35.拍手かっさい
如月恭助の周りに四人の人だかりができていた。別所警部補、千田巡査部長、堀ノ内巡査、それにこの俺、堂林凛三郎だ。
「さあて、いよいよ拍手喝采の時間だね。
ところでさ、古今東西、数ある詰将棋の中で一番難しい問題ってなんだか知ってる?」
妙な言葉で切り出した恭助が、ちらりと俺に視線を送った。
「さあ? 長い手数では千五百手を超えるものがあると聞いたことはあるが……」
詰将棋とは、出題図から先手が王手の連続で最善手をつないでいくと、相手玉を詰ますことができるのだが、さてその正解は、といった将棋パズルのことだ。
「そうだね。長い手数の詰将棋は、もちろん解くのは難しいけど、超手数詰めにするテクニックが分かるとそこから詰め手順が推測できるから、実際に千五百手を超える超手数記録を持つ『ミクロコスモス』という作品は、アマチュアでも解けた人がなんにんかいるみたいだよ。
まあ、一番難しい詰将棋なんて誰が決めたわけでもないから異論があっても仕方ないけど、詰将棋を集めた歴代の書物の中で最も難しいとされているのが、三代伊藤宗看が創った『将棋無双』なんだ。あまりの難解さゆえに、詰むや詰まざるや、と賞賛されている。その将棋無双の中でもさらに群を抜いて難解極まりない究極の作品が、最後を飾る第百番の『大迷路』と呼ばれる詰将棋だ。
この詰将棋、なにが難しいかというと、相手玉に逃げ道が五コース用意されていて、そのいずれにも玉は逃げていいんだよ。普通の詰将棋は、手順の前後が入れ替わると、駒の配置が換わって詰められなくなってしまうから、正解の詰め手順は一通りしかないはずなのに、第百番は、組み合わせで九通りの異なる正解詰め手順があって、そのすべてが同手数の百六十三手で詰め上がるんだ。九通りの詰め手順は、詰め方の指し手ではなくて、玉方の指し手に依存する。つまり、玉方が気まぐれでどの逃げ道から逃げるのか決めて、その逃げ道を攻め方が一つ一つ封じていくという構成になっている。いざ、第百番を詰めてみようとして困るのは、玉の逃げ道があちこちに点在し、そのどれもがすぐに封鎖できるような単純なものではないから、相当先まで読まなければならない。仮に一つの道を封鎖するのに二十手先まで読む必要があるとして、それが五コース存在すれば、百手を読めばいいかというと、そうではない。こういうものは指数関数的に難易度が上がっていくから、二十手の三十二倍の六百四十手くらい読まなければ、実際には解けないんだよ」
本題から外れた話題を恭助はしゃかりきになって説明しているが、将棋に興味のない俺はあくびをこらえるのに精いっぱいだった。
「今回の連続殺人は、まさにこの詰将棋のごとく、大迷路という形容がふさわしい事件だった。単純な物的状況証拠だけでは誰もが犯人となりうる反面、推論を進めていくと誰もが犯人であり得ないという結論に達してしまう。その可能性の道筋を一つ一つ消していくしか解決手段がないわけだから、思いのほか時間がかかってしまった。当初の予定では一週間で片付けるつもりだったのに、本当にざまあないよね。あはは……」
あはは、もいいけど、まず俺を誤認逮捕したことに対する詫びから切り出すべきではないのか。相変わらずネジが一つはずれたトンチンカン野郎だ。
「今回の事件で解決に時間を浪費したもう一つの要因は、二つの先入観に引きずり回されたことだ」
「先入観、ですか……?」
「そうだよ。引きこもりの二人、浅木と西淵――。片方の浅木はやせで、もう一方の西淵はデブ、という先入観。いずれも住民たちが知っていた事実だが、それらは一年以上も昔の情報だった。この一年のうちに、西淵は流行りの糖質制限ダイエットを試みて贅肉を落としており、一方の浅木は肝硬変にかかって激太りをしていた。つまり、犯行時には西淵は普通の人の体型になっていて、浅木は百キロ近いずんぐり体型になっていたんだよ。
ただ、二人とも外へ顔を出さないから、誰もこの事実を知らなかった。もちろん、西淵の母親だけは、息子の体型の変化を知っていたけど、恥ずべき引きこもり息子の現状を世間にさらす事情もないから、世間の誰にもこのことを話してはいなかった」
「ちょっと待ってください。西淵はたしか、道彦が殺された直後に捜査で我々の前に現れた時には、ブクブクに太っていたじゃないですか。それに千桜お嬢さまの祈祷会の時だって、それなりの立派な体格をしていましたよ」
千田が不満げに訊ねてきた。
「デブがやせのふりをすることはできないけど、やせがデブのふりをするのは可能だ。
俺が聞いた話では、西淵家の捜査の時も祈祷会の時も、西淵は毛糸の帽子を深々とかぶって、マスクで顔を覆っていたそうじゃないか。口に綿でも含ませて頬を膨らませ、その上からマスクで顔全体を隠す。さらには、肌着をめいっぱい着こんだ上に、太っていた当時に着ていた百キロサイズの洋服を羽織れば、他人に太っているよう思わせることができる。万が一、誰かから指摘されて贅肉を落としたことが見抜かれてしまえば、それはその時で、作戦を変更すればいい。でも、もしもそれがバレなければ、今後の犯行になにかしら利益が生ずる。西淵はやってみる価値が十分にあるとふんだ。実際に、そのあとの穂積殺しでは、堂々とエレベーターの監視カメラに映ることで、すでに殺された蓮見悠人の存在をほのめかしつつ、自分に有利となる供述を得ている」
「穂積の後頭部の傷は、左手で殴られたような痕跡でしたが、西淵自身は右利きですよね」
「ああ、そうだね。でも右利きの人間が左利きが殴ったように見せかけて殴ることは、そんなに難しいことじゃないんだよ。両手で凶器を握ったままバックハンドで振ればいいんだからね」
「そうやって、西淵はわざと左利きの蓮見悠人が生きていて犯行をしたかのように装ったわけですね」
「そうだね。まあ、軽い茶番劇だよね。やらないよりかはましだな、程度の」
「それにしても、西淵はこの連続殺人を行うためにあえてダイエットをしたというのですか」
「うーん、それは分からないな。たまたまダイエットに興味を持ってやせた後で、犯行をする気になったかもしれないね」
恭助がいい終えると、千田に代わって今度は別所が質問をした。
「恭助さんは先ほど、先入観の誤認識が二つあったとおっしゃいましたけど、まだ一つあるんですかに?」
「うん。もう一つはね、DNA鑑定の結果を神聖視したことだよ」
「なんと、DNA鑑定の結果が信用できんと。そりゃまたかなり過激なご意見ですな……」
予想外の答えに、別所は思わず愚痴をこぼした。
「やれやれ、血液型よりDNA鑑定の方が信頼できるというあやまった先入観は、時に落とし穴となっちゃうよ」
恭助も負けていない。
「逃げ水の淵から見つかった遺体の血液型はB型だったよね。でもさ、なんでも屋が西淵とやり取りした会話の内容を聞いている限りでは、俺にはどうしても西淵の性格がB型だとは思えなかったんだ。だってさ、B型ってもっと機敏でかつ大胆、それに自由奔放じゃん。ちなみに俺もB型だけどね。
用心深くて用意周到、普段は臆病なくせに追い込まれると狂暴化する西淵の性格は、どう考えたってA型のように思えた」
ここで恭助が唱える主張は、俺には全く理解できなかった。血液型性格論の方がどう考えても客観性に欠けると思うのだが……。ちなみに俺の血液型はA型だ。
「西淵の血液型がA型となれば、逃げ水の淵から見つかったB型の遺体は必然的に西淵ではないことになる。
じゃあ、誰だろう……。そうだよ。答えは、浅木夢次だ。ピッタリじゃないか、浅木がB型だったらね」
「そうですな。浅木夢次がB型っちゅうんは、本官も納得できます。ちなみに本官も恭助さんと同じくB型であります」
堀ノ内巡査がやたら嬉しげに賛辞をあびせた。
「そうなると、西淵が今回の事件の犯人である可能性が極めて高くなる。少なくとも、遺体とすり替わって、まだのうのうと生きているのだからね。やつはきっとどこかに隠れ潜んでいるのだろう。ならば、隠れるのに都合のいい場所ってどこだろう。そうだよ。魔女の隠れ家こと、浅木夢次の家だ!」
恭助の身勝手な推論は快調に進展していく。それにしても、さすがは適当主義のB型だ。こんないい加減な推理は、とてもじゃないが、繊細緻密な俺には無理である。
「西淵が犯人であれば、六条道彦が殺された深夜に犯人と密会をしていたこと、その犯人から道彦が無防備な状態で殺されたこと、また、殺される直前になにげなく残したツイートの内容、これらの事実に少しも矛盾が生じない。
ダイエットで激やせした西淵の姿に驚いた道彦は、西淵がトイレに行った隙に、おかしさに耐え切れずこっそりツイートを流してしまったということさ。なにしろ、道彦と西淵は昔からの顔なじみなのだからね。
ところで千田巡査部長。今回の西淵の遺体のDNA鑑定で使用した証拠の品はなんだったっけ?」
「毛髪です。悠人の時と同じです」
千田が答えた。
「さてと、なんでも屋に質問だ。
逃げ水の淵で発見された遺体から採取されたDNAと、西淵の毛髪から検出したDNAが一致した。さらに、DNAによる本人鑑定の信頼度は、俗に九十九パーセント以上(ミス率は一パーセント以下)といわれている。ゆえに、遺体は西淵庸平本人であると断定される。
この三段論法にさあ、根本的な問題ってないかな?」
「鑑定のミス率は一パーセント以下とはいえ絶対ゼロではない。ゆえに、西淵本人だと完全断定はできない、とでもいいたいのか?」
「いや。一パーセント以下というのを疑い出すのなら、そもそも鑑定をすることに意義がなくなってしまう。俺もそこは信頼しているよ。
でもさ、提供された証拠品が本人のものであると断定できるだろうか?」
「まさか……」
「そう。思い出してほしいけど、西淵の母親は家庭内暴力のために息子のいいなりだった。そして、小川から遺体が出た時、七首地区内ではあっという間にその情報が流れたそうだ。うわさを耳にした西淵庸平は即座に母親の志津子にとある指示を出した。そのうち警察が家まで捜査にやってくるから、その時には、この櫛に付着した毛髪を自分のものだといって警察へ手渡してくれ、というものだった……」
「櫛ですか……? じゃあ、その櫛は、実際は誰のものだったのですか?」
千田巡査部長が眉をしかめた。
「浅木夢次――。そして、逃げ水の淵で殺された人物も、浅木夢次。
すなわち、小川で発見された遺体は、肝硬変のために劇太ってしまったあわれな浅木夢次のなれの果てだった……」
納得できない俺は、すかさずかみ付く。
「俺が――、いや、わたしが追いかけていったあのたったわずかな時間で、西淵は浅木を殺し、さらに逃げ水の淵へ突き落としていったというのか? そもそも、浅木はなんで西淵が洞窟にやってくるのを暗闇の中で一人じっと待っていたんだ。お前の推理は矛盾だらけじゃないか?」
「いいや、それは違うな。浅木が殺された時刻は、なんでも屋が西淵を追いかけていった時じゃない。
浅木が殺されたのはね――、その前日だよ!」
「前日……?」
「そう。蓮見家長女の千桜からの、出生の秘密を教えてもらいたいから逃げ水の淵まで来てほしい、そう書かれた手紙を受け取った浅木夢次は、雷蔵に襲われたあの美少女からのたっての頼みということで、なんとか力になってやりたいと思い、逃げ水の淵までやってきた。一月十六日のことだ。
しかし、そこで待ち受けていたのは蓮見家長女ではなく、西淵庸平だった。もちろん、手紙も西淵が出した偽物だった。不意を突かれて、浅木はなんなく殺されてしまう。西淵は遺体を淵のすぐそばに放置して、ひとまず洞窟を出たんだよ。
なにせ、全国有数の過疎地域であり、そのまた住民の誰もが入ろうとしない不気味な洞窟の内部なんだ。遺体を数日置いたところで、見つけられる心配は皆無に等しい。
しかし、ここで西淵は一つミスを犯している。浅木は手紙を現場まで持ってきていて、しかも殺される瞬間に手に握っていたんだ。そして後頭部を殴打された時、手紙は手からすり抜けて洞窟の地面へ落ちた。結局、暗闇の中に残された手紙はのちの捜査で事件解決に貢献する貴重な手掛かりと化してしまう。
翌日、西淵は祈祷会でおおげさに発狂したふりをした。目的は、その場にいる誰でもいいから洞窟へと誘導して、自分が殺される事件の証人となってもらうためだ。逃げ水の淵の近くまで来れば、暗闇で姿が見られないことをいいことに、大声を発して、あたかも誰かもう一人そばにいるようなふりをよそおい、その直後に浅木の遺体を淵の底へ突き落し、さも自分が殺されたかのごとく偽装した。
ただ、なんでも屋は逃げ水の淵のすぐそばまでのこのことやって来たんだ。西淵にしてみれば、まさかこんな闇の奥まではやって来ないだろうと踏んでいたので、さぞかし困惑したことだろう。やむをえず、西淵はなんでも屋の背後へ回りこむと、鈍器で後頭部を殴って気絶させた。ただ西淵にとって、なんでも屋は自分が殺されたと証言してくれる大切な証人だから、息の根を止めるわけにはいかなかった。なんでも屋としてはラッキーだったってことだね。
さらに西淵は、事前に浅木の遺体に祈祷会で西淵が着ていたのと同じド派手な蛍光色のジャンパーとズボンを着せていた。着せたのはおそらく祈祷会の前日だったろうね。その蛍光色の目立つジャンパーだけどさ、豊橋市内のとある大きいサイズの紳士服店に行ってみたら、昨年末に同じ商品が二着同時に売れた履歴が確認されたよ。西淵は遺体とすり替わることを計算して、事前に同じビッグサイズの服を二着準備していたというわけさ。
祈祷会のあと、西淵はみずからの身を隠すために浅木の家に住み込むようになった。当の家主は冷たい水底でやすらかに眠っているのだし、浅木の家といったら、月一の新郷市の職員の定期訪問くらいしか訪れる者がいない。定期訪問なんて居留守で無視すればいいから、隠れるにはうってつけの場所だ。なにしろ、魔女の隠れ家というくらいだからね」
「あのお、西淵が魔女の隠れ家にずっと隠れていたことを、恭助さんはいつから疑われていたのですか?」
千田巡査部長らしい細部の確認だ。
「うん、そうだね。最初におかしいと思ったのは、平川の遺体を見つけた日に、浅木の家の中を一回りまわった時だった。
段々畑に植えられたサヤエンドウは、茶色く枯れてしなびていた。サヤエンドウは冬に植える作物だから、この畑は冬以降手入れがなされていなかったことを意味する。
畑に掘られた穴の近辺にたくさんの日本酒の空き瓶が落ちていた。すなわち、ここの家主が相当な酒好きであったことが容易にわかる。実際に、二年前の雷蔵事件の時に、浅木はよっぱらったままアリバイ工作をしたくらいだからね。
一方で驚くべきことに、家の中には酒瓶が一本も置いてなかった。果たして、これはなにを意味するのか。家主は無類の酒好きのくせに、なんらかの理由で酒瓶を全部廃棄した。もしかすると、浅木夢次は肝硬変にかかったから医師に酒を止められたのかもしれない。さすれば、浅木が激太りしていた可能性も、十分に考えられる。
納屋で保存された玉ねぎやジャガイモは放置されっぱなしだけど、一方で、冬に使用していたはずのこたつやストーブはきちんと片付けられていた。
さらには、俺たちが訪問した時にちょうど柱時計が鳴ったよね。ねじ巻き式の時計が正しい時刻を刻んでいた。でもさ、二か月放置すればねじ巻き式の柱時計なんて止まっちまう。
これらが意味するのは、冬以降からつい最近まで、この家に誰かが居住していたけど、それは本来の住民Aとは違う、別の人物Bであったという可能性だ。
そうなると、肝心の浅木はどこへ消えてしまったのだろう?」
「ちょっと待ってください。そもそも人物Bなどいなくて、浅木が足を怪我したために外へ出られなくなった、という可能性はありませんかね?」
千田が質問を入れた。
「だとすると、外のトイレにも行けなくなってしまう。そうなれば、当然、月一訪問をしている市の職員に、浅木はヘルプを出しただろう。黒電話はあるのだからね。それをしなかったということは、浅木はヘルプを出す必要性を感じていなかったのか、あるいは、ヘルプを出せなかった、ということになる」
恭助は口元に薄ら笑みを浮かべた。
「やがて、浅木の遺体が小川に流れ出たというニュースを知った西淵は、以前からの計略を実行する。もちろん、西淵は祈祷会のあとずっと魔女の隠れ家にこもっていたんだよ。
浅木が使っていた櫛を持ち出して、それを母親へ渡す。そして、この櫛が西淵のだと偽証して警察へ提供するよう指示を出した。
思い出してほしい。通常ならあるべくしてなかったもの――。浅木の家の中には、髪をとかす日常必需品の櫛がなかったんだよ!」
平川の遺体発見時に恭助がポソっとつぶやいた、ここの住民は頭が剥げていたのか、という質問を、俺はふと思い出した。そうだ、あの時点で恭助は、浅木が殺された可能性を疑っていたんだ。
「なんという、用意周到な……」
別所警部補が驚嘆の言葉を発した。
「そうなんだよね。たしかに、一つ一つの先読みが実に鋭い。なかでも、DNA鑑定の証拠品として櫛に付いた毛髪を警察が欲しがることを事前に予測していたところがすごい。
まるで西淵に情報提供をしている密告者がいるんじゃないかって疑いたくなるよね」
「密告者ですか……?」
蒼ざめた顔で千田が繰り返した。
「そう。犯人の常軌を逸した洞察力――。
蓮見悠人のDNA鑑定の時、毛髪が証拠品に使用されたことを知っており、七番目の殺人予告状では、この俺が捜査陣に新たに加わった事実も知っていた」
「恭助さんが捜査陣に加わったこと……?」
今度は堀ノ内が恭助の言葉を復唱した。
「七番目の予告状では、なんと俺のことが書かれていたじゃない。『チビ助くん』ってね。
でもこいつは明らかに犯人の失態だった。だってさ、俺が捜査陣に加わったことを知るのは、訊き込み先の相手か警察内部の人間に限定されてしまうのだからね。俺が警察に同行して訊き込みをしたのは、養護施設と蓮見家くらいだ。もし彼らの中に密告者がいなければ、とどのつまり、警察内部に犯人に加担をする密告者がいる、という結論へたどり着いてしまう!」
恭助がぐるりと聴衆を見回す。その視線の先には、蒼ざめた顔をした別所警部補、千田巡査部長、堀ノ内巡査、それにこの俺がいた。俺もこっそり三人を見回した。本当に恭助のいうとおり、この中に密告者がいるのだろうか?
「ところで、西淵が犯人とすると、やつは今どこに隠れているのか。魔女の隠れ家こと浅木の家は、平川の殺害後は常に警官に見張られている。ならば、実家へ隠れようにも、いつ何時警察がやってくるか分からない。
俺は西淵の気持ちになって考えてみた。そしたら、隠れられそうな場所なんて、井戸田ばあさんの家か七首洞窟くらいしかなかった。七首洞窟での生活はさすがに厳しすぎる。だから俺は井戸田ばあさんの家が怪しいと思った。井戸田ばあさんの家は、ばあさんが死んでから誰も出入りしていなかったし、警察の関心も今やほとんど失せている。さらには、西淵の実家のすぐそばだから、好条件がそろっている。
そこで俺は、井戸田ばあさんの住居を深夜ひそかに訪れてみた。そしたら、誰もいないはずの小さな家の中で薄明かりがポッとともされたんだ。動いていたから懐中電灯だったのだろうね。
俺は確信した。西淵は井戸田ばあさんの住居を隠れ家にしていたんだよ。同時に、西淵が今回の連続殺人事件の真犯人であることもね」
とどのつまり恭助は、西淵が犯人だと確信したあとで、俺を誤認逮捕するよう別所警部補に指示を出したことになる。
畜生、とんでもねえ野郎だ!
「でもさ、密告者が誰なのか依然として分からないんだよな……」
「あのう、本官じゃありませんよ」
引きつった顔で口走る堀ノ内巡査を見て、恭助はにっこり笑った。
「西淵を逮捕する前に、まず密告者から暴き出さなければならない。西淵が捕まれば、密告者はしらばっくれてしまうからね。だからといって、うかつに動いてもしっぽは捕まえられない。俺は、西淵と年齢が近い堀ノ内巡査や千田巡査部長がもしかしたら西淵と親しい関係にあったのでは、と始めは疑った。同じ小学校に通っていたかなど、いろいろ調べてはみたけどさっぱり接点は見つからない。この辺りが一番苦しかったよね。だってさ、こいつばかりはお願いできないじゃん。千田巡査部長に調べてくれなんてさ。
直接の接触関係が見つからない中、もう一つ考えられる可能性が盗聴だった。警察の情報をよく知っている人物の中で、西淵に盗聴されている者がいるかもしれない。
でも、盗聴先から情報を聞き出そうとすれば、まず発信器を仕掛けなければならないし、発信した電波を受信するには、発信器の百メートル近辺にいなければならない。さらには、発信器の電源が電池ということになると、寿命もせいぜい数日というのが市販されている機器の技術レベルだ。まあ、仮に機器に詳しい者が違法改造したところで、半年にもわたる今回の犯行に使用されていたとはとうてい考えられない。
ならば、盗聴ではなくてハッキングだったら。西淵はハッキングの名手だ。そう思いついた俺は、いよいよ千田さんと相談をして、その証拠をつかむためにあんたを逮捕したというわけさ」
恭助が俺に目を向けた。
「な、なんで俺を?」
「さあ、なんとなくかな。
ハッキングされた獲物が千田巡査部長や堀ノ内巡査とは考えにくかった。二人ともコンピュータに情報を打ち込みそうなタイプには思えなかったし、ましてや、コンピュータを使ったこともない別所警部補は論外だ。
そこでまずはあんたを逮捕して、それからタブレットを押収して調べた。案の定、日記と称してあんたは事件の細かな情報をファイリングしていた。しかも、これ見よがしにデスクトップ上で保存しているから、ハッキングされればいとも簡単に読まれてしまう。
ウィルス対策ソフトがインストールされてはいるが、なんと一年以上前に有効期限が切れていた。探偵業を生業にするのなら、ウィルス対策くらいは気を付けておいた方がいいぜ」
正直、耳が痛かった。業務上の予算を削るためにウィルス対策ソフトの更新を渋っていたのだ。
「数年前から、高度なIT技術を持った引きこもりオタクの西淵は、ところかまわず他人の端末をハッキングしながら遊んでいた。そして、関東で名を馳せて売り出し中の私立探偵のタブレットに、偶然にも不正侵入を果たした。西淵は、かねてからもくろんでいた殺人で、あんたが利用できると考えた。個々の殺人の動機を隠すためには、一連の殺人を連続殺人と見立てる必要がある。その際、連続殺人事件であることを見抜いて、さらに証言をしてくれる人物がどうしても必要だった。そこであんた宛てに殺人予告をほのめかすメールが送信された。
以上が、あんたが事件に巻き込まれることとなった真の理由さ。甘いウィルス対策に加え、まめな日記魔。おまけに自信過剰のおせっかい屋だから、きっと事件解決にのこのこと乗り出してくれる。細かい情報に精通しているくせに、その情報を日記に全部書き込んでくれるから、咽喉から手が出るような重要情報が見放題。まさに格好の鴨だよね。あははっ。
あんたの日記を見ると、『DNA鑑定の結果が出て、蓮池から発見された手首と、蓮見悠人が使用していたヘアブラシから抽出した髪の毛が、同一人物のものであることが確認された――』という記述があった。これを読んだ西淵は、いざ自分が殺されたと見せかける犯行で、この情報を利用しようと思い立った……」
俺は耳まで赤くなる思いで、その場にじっとしているしかなかった。
「なるほど、これで西淵庸平の狡猾な行動の裏付けがはっきりしたっちゅうわけですな。
恭助さん、お見事です」
別所が賛辞を贈った。
「でも、まだ問題があったんだよ。それは証拠がないことだ。
今回の事件は、誰にでも実行チャンスがあって、誰にでも動機があり得る。紅谷由惟と知り合いであるだけで、十分に犯行の動機となるのだからね。
だから、せっかく西淵が犯人だと分かっても、逮捕するだけの証拠がない。そこでなんでも屋に一役買ってもらおうと俺は考えた。
警察が容疑者を逮捕する。名前は出さなかったけど、埼玉県在住の二十九歳の男といえば、西淵には誰のことだかすぐに分かる。逮捕後はなんでも屋の日記更新はとどこおるから、西淵はなんでも屋が本当に逮捕されたことを確信する。そうなると、今まで張り詰めていた緊張は一気にゆるむ。その不意を突いて、西淵の母親に事情聴取を申し出れば、西淵にしてみれば、それがなんでも屋の逮捕にともなう裏付け捜査の一環であろうとは思いつつも、もしかして母親がうっかり都合の悪いことを口ずさんでボロを出してしまえば、せっかくうまく進行した計画が台無しにされてしまうと恐れ、母親の口封じを試みるのではと、俺は推測した。結果は、ご覧の通りだ。
えっと、なんていったっけ。ああ、マキエだ。なんでも屋には、いわゆる、犯人をおびき寄せるための格好の『撒き餌』になってもらったというわけさ」
この野郎、ついにこの俺を撒き餌あつかいしやがった……。
「しかし、まだ分からないことがあります。どうして蓮見家は千桜お嬢さまを養子に引き取ったのですか? 彼女はレイプ事件の落とし児なのですよ」
千田が別の疑問を提示した。
「そうだね。その説明も必要だな。
なぜ、蓮見家は身寄りのない千桜を養子に引き取ったのか。もしも千桜が、レイプ事件が原因で生まれた父親知れずの子供ならば、天下の蓮見家が養子に取ることなどあるだろうか。少なくとも昔かたぎの雷蔵がそれを認めるとは思えない。でも実際には、雷蔵自身が積極的に養子にしようと動いていた。その理由は……?
まずはっきりしていることから確認をしておこう。千桜はレイプ事件で種づけられた子供ではないんだよ!」
別所警部補が目を丸くした。
「なぜ、そんなことが恭助さんに断言できるのですか?」
「よく考えてみてよ。妊娠期間が合わないんだ。
由惟が襲われた日は平成十五年の三月二日で、千桜の誕生日が翌年の二月十四日だ。実に十一か月以上の月日が経っていることになる。妊娠期間は通常九か月ちょっとらしいから、千桜はレイプ事件の落とし児ではないことになる。
それに、形が整った千桜の鼻は、蓮見家の血を受け継いでいることを匂わせる。さらに、悠人と雷蔵が千桜を養子にしたこと。いずれも、千桜が蓮見家の正当な後継者であることを示唆しているよね」
「つまり、千桜お嬢さまは、紅谷由惟が蓮見家で生活するようになってからあらたに身ごもったお子さんであると……?」
別所警部補がふたたび目を丸くして声を発した。
「おそらく、そういうことだね」
恭助は小さくうなずいた。
こうして、世にもおぞましく複雑怪奇な七首村連続殺人事件は、天下無双の無頼漢――如月恭助の活躍で無事に解決し、幕を閉じたのだった。その年の冬、俺は久しぶりに新郷市へやってきて、蓮見邸を訪問した。元々の動機は真由子の顔が見たかったということだが、実際には真由子には会えず、それどころか蓮見家の大邸宅には誰もおらず、もぬけの殻となっていた。近所の人に聞いてみたところ、この秋に令嬢は細川地区へ引っ越してしまい、誰もいなくなったとのことだった。
手がかりもつかぬまま細川地区へ出向いた俺は、まず細川診療所に立ち寄ったが、蓮見家の情報はなにも聞き出せなかった。もしかしたらと思い、俺は紅谷佳純のアパートへ行ってみた。すると偶然にも、建物の入り口となる階段に、セーラー服姿の蓮見千桜がたたずんでいた。
千桜は前よりも少し背が伸びたみたいだ。髪も長くなって、中学生とは思えぬほどに大人びていた。千桜は俺の顔を見ると、嬉しそうに手を振ってきた。
「まあ、凛三郎くんじゃないの。久しぶりね」
「たったの半年しかたっていないけどな」
俺はさりげなく格好を付けた。
「驚いたでしょ。千桜ね、今ここで暮らしているのよ」
「紅谷佳純の家でか?」
「そう。おばあちゃんといっしょに……。おばあちゃんはね、千桜の本当の身内なんだよ! たった一人のね」
千桜が目を輝かせる。そうだよな。千桜にとって、紅谷佳純は間違いなく血のつながった唯一の肉親なのだ。
「大変じゃないのか?」
「ううん、全然。わたしにはこっちの方が性に合っているのよね」
「そうか。それならいいけど……」
俺は、佳純が精神不安定で大変じゃないのかと訊ねたのだが、あえて深く突っ込むことはやめておいた。
「凛三郎くん、もしかしたら千桜に会いに来たの?」
「いや、その……、だな」
「ああ、そっか、残念。真由子姉さんに会いに来たんだね。
でも、いっちゃっていいのかなあ。真由子姉さんね。来月結婚するんだよ」
そいつは全くの初耳だ……。
「お相手は近所の知り合いさんなんだって。なんでも、相手の人から再三にわたってプロポーズされていたのに、真由子姉さんは、仕事が忙しいからとずっと拒否していたんだって。でも、なぜか今回は相手の申し出を素直に受け入れて、こうなったらしいの。とにかく、相手の男性の喜びようったらなかったそうよ。いったい、なにがあったのかしらね」
ショックが大きかったのか、千桜の言葉が全部耳を素通り状態だ。
「あら、凛三郎くん、もしかして沈んでいない。残念ね、振られちゃったみたいね。でもさ、あと十年したら千桜が拾ってあげるから、それまで待っていてよ」
「けっ、まだ尻が青い小娘の分際で、大人をからかうんじゃない!」
俺は精一杯の反抗を試みた。
「ふふふっ、そういっていられるのも今のうちかもね」
千桜は愛らしい表情で微笑むと、視線を遠方へ移した。その先には美しく雪帽子をかぶった青い山がたたずんでいた。
「千桜ね、将来はお医者さんになることにしたんだ。お父さんのあとを継ぎたいからね」
お父さんとは、蓮見悠人のことであろう。
「今の時代、医者になるのは大変だぞ。大学を卒業するにも金がかかる時代だからな」
「そうよね。でも、遺産をもらったからどうにか学費が都合つきそうなの。もちろん、国立の大学へ進学できたら、ということだけどね。今は千桜、一人で中学校に通っているのよ。Nバスを使ってね」
そうか、千桜はもう籠の鳥ではないのか……。
「七首屋敷は千桜には大きすぎたわ。だから、ここで暮らす方が幸せ。これからはね、千桜しっかりと勉強するんだから」
「そうか、まあ、頑張れよ……」
西淵の供述をもとに魔女の隠れ家付近の山林を調べたところ、白骨化しかけた蓮見悠人の遺体が見つかった。さらに、千田巡査部長から聞いた話では、観念した西淵の供述は次のようなものだったらしい。
レイプの時、押さえているだけで最後までやらせてもらえなかった。由惟ちゃんを見つけ出したのは自分なのに、この仕打ちの屈辱はいつか絶対に晴らしてやろうと、その時に心に誓った。由惟ちゃんの股間に見つけたかわいらしいほくろを思い出しながら、日々自慰を繰り返し、復讐の機会をじっと待ち続けていた。最近になって、あいつらは、今度は千桜ぽんを襲う計画を立て始めた。千桜ぽんは、由惟ちゃんが汚されてしまった今となっては、将来の自分の嫁となるべきたった一人の貴重な存在だ。千桜ぽんを救うためには、こいつらを順番に殺すしか選択の余地はなかった。
とまあこんな感じの供述だったらしい。とうてい通常の思考では理解できない意味不明な内容だ。
紅谷由惟の股間にも、千桜と同じ魔女の刻印があったことになる。ほくろの場所が遺伝するものかどうかは、根拠はないが、一部の身体の部分にほくろができやすい体質が遺伝で引き継がれる可能性は十分に考えられる。やはり、千桜は由惟が産んだ子供なのだ。
翌年の一月のはじめに、所沢の探偵事務所に如月恭介がひょっこり遊びに来た。なんでも、東京へやってきたついでに、かねてから訪れたいと思っていた俺のところへ出向いたということだった。サイフォンで湧かしたコーヒーをふるまうと、こんなおいしいコーヒーは生まれて初めて飲んだ、と感激していた。つくづく単純な野郎である。
「あれ、気付かなかったの? 蓮見悠人は千桜の父親じゃないよ。だって、由惟がO型で、悠人はA型。そして千桜はB型だよね。これじゃあ、生まれようがないよ」
まさか。でも、千桜のきれいな鼻は、悠人の血筋を引き継いでいる証拠じゃないのか。
俺ははっと気づいた。なるほど、そういうことか……。
「そういうことさ。もう分かったよね」
俺の心を見透かしたかのように、恭助がささやいた。
紅谷由惟の血液型はO型で、娘の千桜はB型。しかし、父親と思われた蓮見悠人はA型だから、彼が父親であるはずがない。
さらに、戸塚真由子の母親の血液型はO型で、娘の真由子はA型。しかし、真由子の父親の血液型はB型だから、やはりこの両親からも真由子は生まれない。
そして、それらすべての矛盾をうまく説明する解答がひとつある。それは同時に、千桜が紅谷由惟の望んで種づけられた子供ではなかった、という悲しい事実も示唆することとなるのだが。
「千桜は気づいているだろうか。母親が無理やりレイプされた事実や、蓮見悠人が自分の本当の父親ではないことに」
やるせなくなって俺は天を仰いだ。
「千桜はいずれ、真相を知ることとなるだろう。なにしろ、頭がいい子だからね。
血液型なんて簡単に気付くことだし、さらには戸塚真由子とは異母姉妹であることも。それに、自分が母親の意に反する相手から生まれたという残酷な運命を。そして、母親が自分を愛していて、自分を守るために最善を尽くしたという事実をもね」
蓮見雷蔵――。当時の村娘の半分を手籠めにしたといういわくつきの人物。今、俺の脳裏にはこいつの忌まわしい肖像写真の姿が渦巻いていた。でも、もういい。全部が済んだことなのだ……。
「はっきりいえるのは、千桜は堂々と胸を張って蓮見家の財産を継げる正当な後継者だということさ。
そもそも、千桜の魔女の刻印を蓮見悠人と雷蔵が知っていたのは、由惟から生まれた赤ん坊を見ていたからだ。そして、二人はこの時点で、千桜が蓮見家の跡取りとなることを決めていたわけだ」
「悠人の気持ちとしては、複雑だったのではなかろうか?」
「さあて、どうだったんだろうね。自分は妻とは死別しており、再婚しなければ跡取りは作れない。でも、再婚する気がなかったのならば、跡取りができたという喜びの方が上回ったのかもしれないね」
恭助はあっさりいい切った。
「お前、これからどうしていくんだ?」
「俺? ああ、大学院試験には受かったよ。数学科に進むことにした。物理学科の学生だから試験対策が大変だったけど、一次試験のペーパーが受かったからさ、もうもらったと思ったね。なにせ俺ってさ、プレゼン得意だからさ、面接試験まで持ち込めば神っちゃうからね」
こいつの減らず口は相変わらずだ。
「へえ、千桜は女医を目指すのか。まあ、悪いことじゃないな。俺も診察してもらいたいものだね」
世間話をしている最中に、リーサが部屋にやってきた。それを見た恭助は目を丸くして喜んだ。
「やあ、君がリーサちゃんか。ええっ、思ったよりもかわいいじゃん。好みのタイプにドストライクだ!
はじめまして。アイ・アム・恭助・キサラギ」
恭助はまるで子供を相手するように、リーサに語り掛けた。
「その声は聞き覚えがあります。たしか、以前は金田一さんと名乗られてましたね」
「へー、すごいな。リーサちゃん。
ごめんよー。あれはね、仕事上どうしても嘘をつかざるを得ない状況でさ。決して、リーサちゃんをだまそうなんて、これっぽっちも考えていなかったんだよ。
本当の名前は、如月恭助っていうんだ」
リーサが瞬きをした。明らかに恭助をうざがっている動作である。
「なれなれしい人ですねえ。リーサ、軽い人はタイプではありませんのよ」
「うわー、絶世の美女から嫌われちまったあ。もう、人生おしまいだよお」
「あらあら、リンザブロウさん。この人、よく分からないお方ですねえ」
珍しくリーサが応対で困っている。
「ちょいと外出してくる。リーサ、その客人の相手をしてやってくれ――」
「はーい、リンザブロウさんのご命令とあらば、リーサ、自信はないけど、全力でやってみます」
一時間ほどで小用を済ませ、俺は事務所へ戻ってきた。すると、恭助の姿はすでになかった。やれやれ、うるさい野郎がようやく帰ってくれたか。俺はリーサに声をかける。
「ところで、リーサ。今後の仕事のスケジュールだが……」
そぐそばにいるのに、反応がない。
「おい、リーサ。聞こえているのか?」
「おやかましいですねえ。リンザブロウさん――。
リーサは今考え事をしているのです。うっちゃっといてください」
「考え事だと? お前は俺の秘書じゃないのか?」
リーサがこの俺に逆らうとは、いったいなにが起こったんだ?
「あーあ。これだから乙女心が分からない朴念仁は困りますねえ。リーサは今、愛しの恭助さんのことで頭がいっぱいで、なんにもしたくないんです」
「愛しの、恭助さん……?」
「そうです。恭助さんのことを思うと、リーサ胸が痛くなって張り裂けそうですのよ」
そうか、そういうことか……。
これまで数多くにわたる無礼千万な所業を黙認してきた俺だが、今度ばかりは堪忍袋の緒がぷっつりと切れた。
「あのクソ餓鬼――。
わずか小一時間の間に、俺のリーサになにを洗脳しやがった!」
とにもかくにも意外な犯人を創作しようと思って書き上げた作品です。フェアーかアンフェア―かで議論が起こりそうなきわどいプロットですが、書いていて一番楽しめた作品となりました。
長い文章をお読みいただきありがとうございます。ご意見・ご感想などいただければ幸いです。
iris Gabe.




