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七首村連続殺人事件  作者: iris Gabe
解決編
33/35

33.暴かれる真実

 ちょっとの間、死のような沈黙が続いた。気が付けば、壁時計がコツコツと時を刻んでいる。

「ははは、そいつは面白い推理だ。坊や、気でも狂ったのかい?」

 恭助とにらみ合っていた俺は、口元をふっとゆるめた。

「さあて、どうなのかな? 少なくとも俺は、十分に正気なつもりだけどね」

 恭助は平然と受け答えた。

「元をたどれば千桜が孤児院にいた三年前の出来事に端を発する。あんたは『豊橋学園なかよし館』までわざわざ出向いて訊き込みをしていたそうじゃないか。おととい、俺は一人でなかよし館へ行ってきたけど、そこで園長にあんたの写真を見せたら、園長はあんたの顔を覚えているってはっきり証言したよ。

 そもそも、今月十七日になかよし館へ別所警部補たちといっしょに捜査へ出かけた時、あんたが同行しなかったのを俺は奇妙に思ったんだ。だけどさ、考えてみれば同行なんてできるはずないよな。園長と顔を合わせれば速攻でバレちまう。あんたが蓮見家からやとわれて千桜の行方をひそかに調査していた私立探偵であったことがさ――」


「あんたは三年前に蓮見家から紅谷由惟が産んだ娘の行方調査を依頼された。関東で名を馳せた売り出し中の私立探偵――。実力は保証済みで、あとは金さえ積めばおおいに成果が期待できる。そして、蓮見悠人と雷蔵はそれに飛びついた。

 とどのつまり、この忌まわしい事件が起こる前からあんたは知っていたんだよね。千桜のことを――、蓮見家のことを――、そして、あんたの強力な調査力を持ってすれば、おそらく紅谷由惟の事件のこともね――」

 恭助が語気を強めて威嚇するのを俺はさりげなくかわす。

「穂積が殺された時、俺は所沢にいたんだぜ。完璧なアリバイが成立しているじゃないか」

「そう来たか……。じゃあさ、それを裏付ける証拠は……?」

「近所の定食屋のおばさんが俺のことを覚えているから、きっと証言してくれるよ」

「ふふふっ、それもすでに聞いている。事件の当日、定食を運んできたおばさんに、わざわざ日付と時刻を訊ねて確認を取ったそうじゃない。随分と都合のいいアリバイだよな」 

「ふん、なんとでもいえ。アリバイが成立していることに変わりはないのさ」

「たしかにあんたは午後六時まで定食屋にいた。でもさ、今の時代、六時に所沢にいただけじゃあアリバイにはならないんだよ。新幹線を使えば、十時に京都のブリリアントホテルへたどり着くことは可能だからね。定食屋のおばさんの証言なんてなんのアリバイにもなっていないのさ」

 得意満面の恭助に、俺は憐れみの視線を送る。

「それだけじゃないぜ。

 俺はその日の十時過ぎに新郷署の千田巡査部長と電話で直接会話している。『今のところ事件はありませんか?』とね。まだその時刻には穂積の殺害が発覚していなかったから、電話はすぐに切られたけど、千田巡査部長は覚えているはずだし、調べれば履歴が残っているはずさ。所沢にある俺の探偵事務所から新郷署に向けて掛けた電話の通話記録がね」

 顔色を変えずに俺は淡々と述べた。

「そうだね。でも、そいつもすでに調べてあるよ……。

 たしかに、一月二十八日の午後十時二十四分に、あんたの所沢事務所の固定電話機から新郷署へ電話があって、千田巡査部長がそれに応じている。そしてその時、千田巡査部長は、たしかにあんたと会話をしたと証言している」

「はははっ――。そういうことだ。六時ならともかく、十時半に所沢にいた人間が、その時刻に京都で殺人を実行できたというのなら、いったい俺はどんなスーパートリックを使ったんだい?」

 今度は俺が引導を渡してやった。

「ふふふ。あんたはね、実に奇想天外な方法でアリバイを構築したんだよ。まあ、俺が知る限り、こいつは前代未聞で空前絶後のトリックだな……。

 あんたが十時に実際にいた場所は京都だった。そして、所沢で電話を掛けていたのは、あんたのふりをした共犯者だったのさ」

「共犯者だって――? ばかばかしい。じゃあ、そいつは俺になりすまして千田巡査部長とのうのうとしゃべっていたというのか?」

「まさにそうなんだよ。あんたの声音をまねながら、堂々と千田巡査部長と会話のやり取りを交わした有能な共犯者がいたんだ!」

 恭助はにっこりと笑みを浮かべた。

「リーサという名前のかわいらしい淑女レディがね……」


 ああっ、天井が、壁が、世界が、ぐるぐると回り出す。畜生、恭助に嵌められた! 俺をこの部屋に残したのも、すべてが計算ずくだったというわけか……。

「あんたに奥さんがいるって別所警部補から聞かされたときさあ、俺はしっくり来なかったんだよね。まあ、偏見といっちゃあ偏見かもしれないけど、あんたには結婚しているような雰囲気オーラが全然なかった。薬指に指輪も嵌めていないしね。

 そこで俺はさっそくあんたの事務所に電話を掛けてみて、あんたの奥さんと称する人物と話をしてみたんだよ。そしたらさ、奥さんがなんて返事をしたと思う? 奥さんの出身地は東京の秋葉原だけど、年齢はわずか四歳なんだってさ。

 あはは、分かるかい。どうやら、最先端の人工知能は嘘をつくのがまだ苦手のようだね」

 俺は天を仰いだ。通常の感覚の人間ならば電話で奥さんと名のった人物に個人情報を訊ねる不謹慎な質問をするはずがない。この鬼警部の息子という肩書きのチビ助――。とぼけるふりをしながら虎視眈々と獲物の寝首を狙っていたのだ。

「ためしにちょっとご主人を真似てくれないかとリクエストしてみたら、お安い御用ですよと、即興であんたの物まねをしてくれたよ。そしたらさ、声があんたにそっくりで、完全に男の声になっていたんだ。あんまりびっくりしたんで、どうしてそんなすごいことができるのかって訊ねてみたら、なんでも、リーサが発声する声はもともと人気のボーカロイドをインストールしたもので、その声をサンプリングしたあんたの声で置き換えることで、あんたの声まねができるんだってさ。技術的にそれ自体それほど難しいことではない、とも説明してくれたよ。とにかく、俺が繰り出す質問の一つ一つに真摯しんしに受け答えしてくれちゃってさ。本当にいい子だよね、リーサちゃんは……」

「それじゃあ、逃げ水の淵で背後から俺を殴ったのは誰だったというんだ? 俺の頭部に付けられた傷が正真正銘の傷だったことは、真由子をはじめとして多数の証人がいるはずだ!」

 すがるように俺は切り札を出したが、恭助は一向に動じない。

「あんたが倒れていた洞窟の場所にさ、天井が低くなっている鍾乳石の大きな塊があったよ。そこにあんたの血痕が付着していた。つまり、あんたは犯人から襲われたのではなくて、勝手に鍾乳石に頭をぶつけて倒れていたことになる。もしかしたら、自作自演でわざと鍾乳石に後頭部をぶつけ、そのまま倒れて意識を失ったのかもしれないね。目的は、架空の犯人をでっちあげるためだ!」

 恭助の指摘に対して俺は全く反論ができない。まずい、このままでは後がなくなってしまう。

「俺には動機がない……。そうだよ、俺には動機がないんだ。こんな陰惨な連続殺人をしにわざわざド田舎まで来る理由がない!」

 最後の望みをかけて、俺は抵抗を試みる。

「動機かい? 実はね、そいつもあるんだよ。あんたがこの冷酷無比な殺人をどうしてもしなければならなかった動機がね」

「なんだ、それは?」

「今をさかのぼること七年前。当時あんたは東京の大学に通っていた。貧乏でしがない学生生活の中でも思わぬ恋が芽生えることもある。いきつけの定食屋でバイトをしていた可憐な少女にあんたは一目ぼれをした。彼女は上京して一人暮らしをする二つ年下の女の子だった。清潔感のある品の良い整った顔。ひかえめでおどおどした性格。この少女は、そうだよ、紅谷由惟だった。蓮見家を家出した由惟は、千桜を豊橋なかよし館に置き去りにしてそのまま上京していたんだ。そして、たまたまあんたと出会った。若い二人は少しずつ親密になっていった。

 しかし、ある日突然、理由も告げずに由惟は自殺を遂げてしまう。あんたにとってはまさに青天せいてん霹靂へきれきといったところだったかな。

 でも、それまでに彼女と交わした会話の断片から自殺の原因究明をするうちに、あんたは突き止めたんだ。由惟を自殺に追い込んだおぞましいレイプ事件とその首謀者たちをね」


 不意にこみ上げる思いで胸がいっぱいになった。恭助の指摘通り、俺は七年前に紅谷由惟を知っていたのだ。どこか影を持ったにこやかで清楚な美人。彼女は東京では紅林由布子くればやしゆうこと名乗っていた。俺は由惟に恋をして、由惟も俺に好意を抱いた。次第に関係は親密になっていったのだが、付き合いはあくまでもプラトニックなものだった。自殺する数日前に由惟は俺にある驚愕の事実を告げる。それは、ストーカーに悩まされていることだった。

『BYみいつけた。あの時の動画、まだ持っているんだよ~』

 短く書かれた不気味な手紙を俺に見せた彼女は、悪魔が襲ってくるとすっかりおびえ切っていた。俺は由惟から相談を受けたもののなすすべもなく、間もなく彼女は自殺を遂げてしまう。どうやら直前にストーカーとの接触があったことが自殺の引き金となったようだ。ストーカーはわざわざ東京までやってきて、こともあろうか由惟を襲ったらしい。必死になってストーカーの行方を追跡した俺は、やがてそいつが穂積智宙という大学の准教授であることを突き止めた……。


 気が付くと俺のうしろには別所と千田の二人が控えていた。なるほど、真由子を逮捕するといっていたのも、なにもかもが全部猿芝居だったのだ……。別所警部補が俺の肩にそっと手をかける。

「堂林凛三郎さん――。連続殺人の重要参考人として、あんたを逮捕しますに!」



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