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七首村連続殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
30/35

30.読者への挑戦

 昼飯代わりのカロリーメイトをほおばっている俺のところへ、如月恭助がやってきた。眠そうに眼をこすっているが、昨晩からあまり寝ていないらしい。

「やあ、なんでも屋。今度の事件の要点をまとめてみたんだけど、ちょっと見てくれないかな。なにしろ、とことんややこしいからね。この事件は」

 そういって恭助が差し出したのは、数枚にわたって文章が印刷されたA4版の用紙であった。

「こいつらをつなぎ合わせれば、たぶん事件の全容が浮かび上がってくるはずなんだけどなあ」

 そう告げると、恭助はそばに置いてあったソファーにばったりと倒れ込んで、ぐうぐうと寝入ってしまった。

「さあて、そう簡単に事が進むかな?」

 俺はそのメモに目を通す。



 七首村連続殺人事件のあらまし――


 井戸田五鈴事件(い)

1 井戸田五鈴の生存が最後に確認されたのは平成二十七年の十月七日。その後、堂林のもとに十日に送られたメールには、十二日の犯行予告が記されていた。

2 井戸田の遺体は、十月二十五日に警察によって発見される。血液型はO型。その二日前の二十三日に新郷市役所の職員が井戸田の家を訪問したが、本人には会えなかった。

3 井戸田は自宅の丸井戸の中に、頭からまっさかさまに落ちていた。死因は頸椎骨折。

4 井戸田の住居は孤立した一軒家で、下七首地区の最深部にある西淵庸平の家から、さらに五百メートルほど山を上った場所にある。

5 井戸田は一人暮らしで、資産も親戚もなかった。

6 井戸田はかつて蓮見家の使用人として働いていたことがある。


 六条道彦事件(ろ)

7 堂林に十二月二十七日に送られたメールに、二十八日の犯行予告がされていた。

8 阿蔵屋敷の離れの陶工房にて、六条家の跡取りである六条道彦の遺体が発見される。時刻は二十八日の早朝六時半で、発見者は家政婦の笠圭子。

9 遺体の状況から割り出された死亡推定時刻は、二十七日の夜中から二十八日未明の間であった。

10 被害者の六条道彦は二十八日の深夜零時三十四分に『人間変われば変わるものだね』という謎めいたツイートを残している。

11 二十八日の早朝六時半に離れの陶工房へ薪を取りに行った笠は、そこで轆轤にうつ伏せている道彦を発見した。

 遺体の首には紐で絞められた痕跡があり、顔は鉈でぐしゃぐしゃにつぶされていた。

12 顔による判別は困難であったにもかかわらず、房江夫人と笠が口をそろえて、遺体は道彦であると断言した。

13 遺体の発見時には、達磨ストーブの薪が燃えカス状態になっていた。寒い夜だったので、燃えカス状態では十分な暖を取ることができなかったはずだが。

14 離れの横にあるかわやのタオル掛けが引きちぎられるように壊されていた。

15 道彦はジーンズのチャックを開けて陰部を露出した状態で死んでいた。

16 道彦の直接の死因は絞殺である。

17 道彦の血液型はA型である。

18 前日の夜には雪が降っており、離れの前に三つの足跡が残されていた。ひとつは道彦の運動靴スニーカーで、もう一つが謎の人物の編上げ靴、三つ目が笠の長靴だった。運動靴と編上げ靴は、敷地外の方向からやってきて、離れに入る。さらに、編上げ靴だけが、再びやって来た方向へ帰っていた。長靴は母屋の方から来て、一旦離れへ入り、再び母屋の方へ戻っていた。

 また、離れには入っていないが、すぐそばまでやって来て引き返す笠の長靴と房江のつっかけの足跡も残されていた。


 蓮見悠人事件(は)

19 堂林に十二月二十九日に送られたメールには、一月六日の犯行予告がされていた。

20 蓮見悠人は七首屋敷の現当主であり、細川診療所へ勤務する七首村唯一の医師でもある。

21 悠人が一月五日の夕刻に姿をくらます。最後の目撃者はNバスの運転手で、十八時二十二分に悠人が下七首停留所でバスから降りるのをはっきりと目撃している。バスの運転手は悠人の顔をよく知っている。

22 悠人は車の運転をしないという複数人からの証言あり。

23 一月八日早朝。モネの蓮池のほとりに人間の前腕部が落ちていた。前腕部は右の腕で、腕時計を嵌めていた。発見者の加茂清志は近所の住民で、犬の散歩中であった。

24 腕時計は悠人のものであると、家政婦の尾崎洋美が証言した。

25 DNA鑑定の結果、前腕部は悠人のものであることが判明した。さらに前腕部の血液型はA型であった。

26 悠人は左利きである。

27 悠人は民俗学にも精通しており、七首伝説などを記した『七首村史』を執筆している。


 西淵庸平事件(に)

28 一月十四日に、堂林へ犯行予告メールが送られる。予告日は、一月十五日から二十五日まで、というあいまいなものだった。

29 一月十七日に、蓮見家長女である千桜が七首屋敷の奥の間にて祈祷会を開いた。祈祷会の参加者は多数。主な人物は、蓮見千桜、尾崎洋美、戸塚真由子、良延、良魁、平川猛成、西淵庸平、加茂清志。ほかに、警察側では、千田巡査部長、堀ノ内巡査、堂林凛三郎も出席した。

30 千桜は堂林に自分のことを魔女だといった。

31 祈祷会の途中で、西淵が叫び声を上げながら外へ飛び出し、そのまま七首洞窟へ走っていった。真っ先に気付いた堂林が、すぐにあとを追いかけるが、見失う。やがて、逃げ水の淵と呼ばれる洞窟の奥底で、西淵の叫び声と水に落ちる音を耳にした堂林は、直後に何者かから後頭部を殴られて気を失う。

32 逃げ水の淵付近の現場には、西淵がかぶっていた毛糸の帽子が落ちていた。

33 さらに、祈祷会の前日に当たる一月十六日に逃げ水の淵までやって来るように懇願された謎の怪文書が、現場に落ちていた。差出人の名前は蓮見千桜となっていたが、本人は書いた覚えがないと真っ向から否定した。

34 五月二十四日に、逃げ水の淵の水が流れ込む洞窟の出口にある小川にて、男性の遺体が見つかる。DNA鑑定の結果、遺体は西淵庸平であることが判明した。

35 西淵の血液型はB型である。


 穂積智宙事件(ほ)

36 被害者である穂積智宙は、大学の准教授で、麻薬を研究していた。

37 高校時代の穂積の神童ぶりに目を付けた六条家当主の勝之が、穂積に奨学金の賞与を申し出る。

38 奨学金は七年間支給されたが、平成十五年の四月に突然停止される。理由はパトロンである勝之が穂積に激怒したためといわれている。

39 平成二十八年一月二十六日に、堂林へメールが送られる。犯行予告日は二十八日、場所は京都だった。

40 二十八日午後八時前に、ブリリアントホテル四条烏丸のフロントに、穂積智宙を名乗る人物から、部屋番号を忘れてしまったから教えて欲しいと外部電話があった。

41 穂積は翌日二十九日に京都大学で開かれる研究会に参加するために、同ホテルで宿泊をしていた。

42 同日午後十時過ぎに、帽子、黒眼鏡、マスクを付けた黒ジャンパーの不審人物が、ブリリアントホテル四条烏丸のエレベーターの中にある防犯カメラに映っていた。

43 その人物の右腕の袖は、ひらひらと揺れていた。

44 十一時過ぎに513号室を訪問した女が、部屋の中で倒れている穂積を発見する。遺体の後頭部は鈍器で殴られていた。女は穂積が呼びつけた商売女だった。

45 犯行現場の部屋の扉は、足下のすき間にストッパーがはさまれていて、自動鍵オートロックがかからないようにされていた。

46 遺体の血痕から、穂積の血液型はA型であることが分かった。

47 穂積に残された後頭部の傷は、左側が上になるように斜めに殴り降ろされていた。仮に犯人が右利きであったとすると、このような傷跡を残して殴れないことはないが、やや不自然な動きとなる。


 平川猛成事件(へ)

48 穂積が殺された後、平川猛成がした自供によれば、平成十五年に阿蔵屋敷の陶工房に、穂積智宙、六条道彦、平川猛成、西淵庸平の四人が集まって、当時十四歳の紅谷由惟を拉致して、麻薬を注射で投与したのち集団暴行をした。

49 平川は暴行事件に関与した仲間が次々に殺されていくのを知り、次に殺されるのは自分だと断言した。

50 六月五日に堂林に犯人から犯行予告メールが送られる。予告日は翌日の六日。

51 平川は五日から会社を無断で欠勤していた。

52 平川と別所中の妻が六月になってから平川と連絡を取っていないと証言した。

53 十五日に山奥の浅木夢次の家から平川の遺体が見つかった。首は切り落されていて、現場の厠には『ヘガワにて、ヘガワが死せり』と血文字が残されていた。

54 遺体の血液型はO型だった。

55 平川の呼び名は、戸籍上では『ヘガワ』となっている。

56 首を切り落としたチェーンソーは片手でも操作ができるものだった。

57 現場となった家の持ち主である浅木は、七首屋敷のかつての当主である蓮見雷蔵が変死を遂げた日に戸塚真由子が目撃しているが、それ以降の村人による目撃情報はなく、現在は行方不明である。

58 浅木はマタギで生計を立てていた。

59 現場の畑に植えられていたサヤエンドウは茶色く枯れてしなびており、納屋に安置されているジャガイモや玉ねぎも半分腐りかけていた。


 蓮見家が千桜を養子にしたいきさつ

60 紅谷由惟の母親である紅谷佳純の出身地は青森県で、家族は代々イタコと呼ばれる霊媒師であった。

61 紅谷佳純は驫木郵便局の職員だったが、金銭の不正事件の容疑者として追及されたため、娘の由惟を連れて愛知県へやってきた。

62 佳純を責めた郵便局員の数名が、その後、失職したり原因不明の精神錯乱を引き起こした。

63 紅谷佳純とその夫であった小笠原光男の血液型はともにO型である。すなわち、娘の由惟もO型でなければならない。

64 佳純は情緒不安定である。

65 平成十五年の三月末に、佳純が長期入院することとなり、一人暮らしになる由惟を不憫に思った蓮見悠人が、由惟を七首屋敷に引き取って生活させた。当時、由惟は細川診療所に通院していたから、悠人は由惟の差し迫った状況を知ることができた。

66 その後、由惟は千桜を産むが、平成十六年の五月二十一日に、由惟は千桜を連れて蓮見家から失踪する。

67 同日、豊橋学園なかよし館の係員が施設の玄関口で、揺り籠に入れられた赤ん坊を見つける。

68 揺り籠の中には置手紙があり、赤ん坊が千桜という名前で、生年月日が二月十四日、血液型がB型であることなどが記されていた。

69 さらにその十年後の平成二十六年の二月十四日に、蓮見悠人と雷蔵、尾崎洋美の三人がなかよし館へやってきて、十歳になった千桜を引き取って蓮見家の養子とした。

70 引き取る際に、雷蔵が千桜の身体に刻まれている『魔女の刻印』を確認したいと申し出た。

71 結局、魔女の刻印が千桜の身体にあることを、尾崎洋美が確認した。


 蓮見雷蔵変死事件

72 平成二十六年八月十八日に、蓮見雷蔵は千桜を連れて、『魔女の隠れ家』へ行ってくるといい残し、七首屋敷を出る。時刻は二時頃。

73 同日三時半に浅木夢次が七首屋敷へ顔を出し、戸塚真由子と話をする。浅木は毛皮を売りたがっており、雷蔵が出かけていることを聞くと、帰ってくるまで待たせてもらうと居座った。

74 四時過ぎに千桜が一人で七首屋敷へ帰ってくる。

75 さらに三十分ほどしても雷蔵は戻ってこないので、心配した浅木と真由子は雷蔵を探しに七首屋敷を出る。

76 二人は阿蔵の七滝へ向かう。その時、セダン車を浅木が運転し、真由子は助手席に乗っていた。

77 五時過ぎに阿蔵の七滝に到着した二人は、駐車場の近くの渓流で雷蔵の遺体を発見する。

78 着流し姿だった遺体は、パンツを履いていなかった。


 その他気になること

79 犯行予告メールは、ハッキングした赤の他人のメールアカウントから堂林宛てに送信されている。

80 不良グループはSNSで、千桜を拉致する計画を模索していた。

81 龍禅寺の良延和尚は蓮見雷蔵とは従弟いとこである。



 最後の項目81の内容は全くの初耳だった。驚いた俺は恭助を揺さぶって訊ねてみた。

「ああ、千田さんが調べてくれたんで一応書いておいたんだけど、あんまり事件に関係はなさそうだよね」

と、寝ぼけまなこで恭助がした返答は、実にそっけないものだった。


 その時、所沢事務所にいるリーサからメールが送られてきた。ついに来たか……。その忌まわしきメールを俺は開いてみた。案の定、そこには犯人からの次なる犯行予告メールが添付されていた。



 前略、堂林凛三郎氏をはじめとする警察諸君へ。


 さあ、いよいよ七つ目の首だね。七首村というくらいだから、今回は重要度も高いのかな。ええと、文字はたしか『と』だね。『と』か……。いったいどこを探せばあるのかなあ。

 よし、決めた。じゃあ、指示を出すよ。七つ目の事件は、七首村で今月の間に起こることだろう。今日は二十二日だったよね。まだ今月の終わりまでは日にちがたっぷりあるから、ちんけな脳みそを絞ってせいぜい奮闘することだな。

 そういえばさ、君のお供に新しく加わったチビ助くんは役に立っているのかい。まあ、雑魚が何人そろおうが、小生には全く影響はないのだけどね。


   あさきゆめみし。


2016/06/22(水)/8時41分送信。



「おい、恭助。起きろよ。次の犯行メールが来たぞ」

 俺はソファーで寝ている恭助を揺り動かした。無理やり安眠を妨害された恭助は、最初は迷惑そうにしていたが、犯行メールと聞いて目の色がぱっと変わった。

「ちょっと見せて。ふむふむ、予告日は今月の終わりまでとね……」

 その間じゅう俺はずっと恭助の表情を観察していたが、文末に書かれた自分の悪口の記述を見た途端に、恭助の眉がきっと吊り上がった。俺は、恭助がその文章に明らかなる不快感を抱いたのだろうと推測したのだが、直後に恭助がはきだした台詞せりふはそれとは全く相反するものであった。

「なるほどね、おちゃめなやつだな。ふふふっ……。そう来たかよ。こいつは傑作だ。あははは……」

 このあと、恭助は狂ったようにいつまでも笑い続けていた。


 さて、ここで読者諸君へ俺からささやかなるアドバイスをささげたい。これ以降、ストーリーは事件の解決へ向かって一気に急展開する。推理自慢の読者諸君のことだから、俺や恭助に代わってこの難事件の真相を暴いてみようという欲求を持たれた方も多数いることだろう。ならば、今こそがその分岐点なのだ。

 これまでに記述された内容のすべてを冷静に分析すれば、読者諸君は純粋な推理によって事件の真相に到達することが可能である。まあ、仮に今回の事件が架空フィクション推理小説ミステリーであるとするならば、さしずめここが『読者への挑戦』という章になるのであろう。

 事件は複雑怪奇、さまざまな人物が行き交い混沌を極めているが、恭助がまとめた八十一項にも及ぶメモは、多少なりとも読者諸君には役に立つこととなろう。


 真実の追及は、誰かが以前に信じていた『真実』を疑うことから始まる――。


 さあ、賢明なる読者諸君よ、この連続殺人事件の暗闇に閉ざされた仰天の真相を、どうか白日の下にさらしてくれたまえ。

 ここから先は解決編となります。熱心な読者の方は、先へ進まれる前にご自分の推理を再検証してみてください。

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