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七首村連続殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
28/35

28.魔女の隠れ家

 浅木夢次の目撃情報を求めて、俺と別所、千田と如月恭助の四人は、どうやらこの四人が捜査の固定メンバーになりつつあるのをうすうす感じながら、浅木の家の近くの住民から順番に訊き込みを開始することにした。その前に、浅木の家を定期訪問している新郷市役所福祉課の職員に訊いたところ、浅木夢次は高齢者ではないために、月一の訪問をいちおうは目指しているものの、実際のところは、数か月に一度の訪問でことは済まされている。しかもたいていは留守で、ほとんど本人に会うことはないとのことだった。とくに、ここ一年ほどは、居留守を使っているのか、本当にいないのかどうかは定かではないが、職員の全員が、一度も浅木の顔を見たことがない、と口をそろえて答えた。

 仕方がないので、次に浅木の家の近所の住民への訊きこみをしてみたが、なにしろ半径一キロ以内に民家が皆無という、七首村の中でも究極のへき地に相当する家なので、訊き込み先の誰もが、最近はとんと浅木の姿は見かけなくなったと、同じ答えが返ってきた。一部の住民から、夜になってから浅木の家の方向に向けて車が走っていく音をときどき聞いたけど、それが浅木本人の運転する車なのか、静岡県に抜けていく通りすがりの車なのかどうかまでははっきりと分からない、とのことで、数年前までは、狩猟で取った獲物の肉や毛皮をふもとの部落へ持ってきては、農作物などと交換したりもしていたらしいが、少なくとも、昼間に浅木が車を運転している姿は、ここ一年くらいは全く見たことがないということであった。

 こうして訊き込みを進めるうちに俺たちがたどり着いたのは、蓮見家だ。蓮見邸は、浅木の家からは三キロ近く離れているようで、山道でもあるから、歩けば小一時間はかかろうかと思われる。それゆえに、さほど期待はできないと思いつつも、家政婦長の尾崎洋美を筆頭に、使用人たちに次々と訊き込みを行ってみた。しかし、予想したとおり、いまどき猟師で生計を立てている人間がここ七首に住んでいるなんて、それ自体でびっくりしたとか、そんな下々の人間がこの屋敷へ入って来るなんて、どう考えてもあり得ないとか、浅木の目撃情報とはほど遠い内容の答しか返って来なかった。

 そこへちょうど蓮見千桜を乗せた黒ベンツが、タイミング良く邸内へ入って来た。夕刻の五時過ぎである。とっさに勘ぐったのは、千田はこの時間帯をわざわざ狙って蓮見家を訪問したのではないかということだった。

 車の後部座席から、令嬢蓮見千桜が姿を現した。ほっそりした身体にセーラー服がよく似合っている。この四月から、千桜はふもとの鳳凰中学校へ進学している。千田と別所が緊張しながら両脇へよけてできた通路を、千桜は、両手をスカートの前で組んだまま、軽くお辞儀をしながら、しずしずと歩いて行った。その後ろで控えていた俺には、一瞬視線を向けたけど、無表情で通り過ぎていった。とその時だ。

「へえ。あんたがかの有名な蓮見の美少女か。俺、如月恭助っていうんだ。ちょっと訊きたいんだけどさ、この近くに住んでいる猟師の浅木夢次って男を、あんた見たことないかい?」

と、恭助がいきなり武骨に切り出したから、

「ああ、これこれ。このお方は、かりにも蓮見家のご令嬢なんですよ」

と、びっくりした別所が、小声でくぎを刺した。

「さあ。そのようなお名前の方は存じませんけど」

 千桜は顔色ひとつ変えることなく返答した。

「そう。じゃあ、会ったこともないんだね」

「はい――。

 あの、まだほかにありますか?」

「ああ、ありがとう」

 恭助はまだなにか訊きたそうな顔をしていたが、千桜がのってこないのであきらめた感じだ。それを確認すると、千桜は二階の自分の部屋へあがっていった。

「じゃあ、おじゃまいたしました」

と、別所が告げて、俺たちが引き下がろうとしたその時である。

「あら、浅木夢次さんなら、あたしが知っているわよ」

と、声がしたので振り向くと、そこには戸塚真由子が立っていた。


 それは、俺にとってきわめて不愉快な瞬間であった。とっさに俺は真由子に声をかけようと思ったのだが、千田と別所がいるのを気遣って、それができなかった。

 真由子は、俺には視線を合わせずに、ゆっくりと近づいてきた。

「ほう、戸塚真由子さんでしたな。浅木夢次氏のことを良くご存じであると?」

 別所が丁重に訊ねた。

「いいえ。良く知っているわけではないけど、でもね、もう二年近くになるかしら。会って話をしたことがあるわ」

 真由子はきっぱりと答えた。

「二年前のいつのことでしょうか?」

「あれはおととしの八月十八日のこと、平成二十六年の八月十八日ね。浅木夢次さんがここ七首屋敷へやって来てね、その時、あたししかいなかったから、あたしが応対したんだけど……」

「ちょっと待ってください。あなた、二年前の八月十八日とおっしゃいましたが、どうして日付けまで正確にご記憶されているんですか?」

 別所があわてて確認を求めた。

「どうしてもこうしても……。だってあの日は、大旦那さまが亡くなった日ですもん!」

 戸塚真由子はあっさり断言した。


 大旦那さま――。蓮見家でこの単語が出てきたら、それは、先代当主である蓮見雷蔵らいぞうのことを指す。家政婦の尾崎洋美の話では、たしか二年前の夏に心臓発作で死んだということであったが、千桜の言葉によれば、呪いで自分が殺したのだと断言している。仏壇に飾られた肖像写真を見ると、若い頃はかなりの美男子であったみたいだ。七首村を代表する豪族蓮見家の権力を順風満帆に育て上げた政治的手腕もたいしたものだが、当時の村娘の半分をてごめにかけたという色事師としても、いわくつきの人物である。

「あの日は、そうですねえ。なにから話したらいいのかしら」

 戸塚真由子が話しを続けた。

「大旦那さまが、急にお嬢さまといっしょに散歩に行くといい出したから、どちらまで行かれるのですかと訊ねたら、『魔女の隠れ家かくれが』じゃよ、とっても楽しいところじゃて。なあ、千桜――。

 そういって大旦那さまは、くつくつと笑いながらはぐらかしてしまったのよ」

「魔女の隠れ家だって?」

 思わず俺は、身をのり出したが、真由子は、俺の声を聞くと不機嫌そうに口をすぼめた。

「あっ、いや。なんでもありません。先を進めてください」

 俺はすごすごと引き下がった。魔女の隠れ家という言葉は、たしか鍾乳洞の中で千桜がふとこぼしたような気がする。

「大旦那さまとお嬢さまが七首屋敷から出て行ったのが二時頃。蝉の鳴き声がやかましい、うだるような暑さの炎天下だったわ。二人は仲良く手をつないで、バス停の方へ降りて行ったのよ。

 それからしばらくして、三時半を過ぎた頃だったかしら、浅木夢次さんがここへやって来たの。浅木さんは瓜生うりゅう部落で一人暮らしする猟師で、その時は熊の毛皮をかついでいて、いい毛皮だから買ってくれないか、と持ちかけてきてね。今は買う気がない、と一旦は断ったんだけど、とてもいいものだから、大旦那さまにもぜひ見てもらいたいとせがまれて、ただ今大旦那さまは外出中です、といいわけしてみたんだけど、それなら帰ってくるまでここで待たせてもらおう、と逆にいすわられてしまったわ」

「あのさ、浅木夢次という男の、容姿を教えてもらえない?」

 恭助がさりげなく割り込んできた。

「浅木さんですか? ええと、ちょっと頬がこけたやせ気味の感じで、ぱっと見は三十前後だけど、実際は四十くらいだと思うわ。日頃の不摂生がたたっているのか、顔色が黒ずんでいて、ちょっとしわが多いかもしれない」

「ああ、ありがとう。話の先を進めてよ」

 恭助はあっさりと引き下がった。

「困り果てていたところ、千桜が――、いいえ、お嬢さまが帰ってきたの。一人でね。時刻は四時ちょっと過ぎだったかしら。ひざを軽くすりむいていて髪の毛もちょっとぼさぼさだったから、少し気になって、どこへ行って来たの、と訊ねてみたら、急にえんえんと泣きだしちゃってねえ。それっきり部屋に引き籠もっちゃって、なんにもしゃべってくれなかったのよ。

 それから三十分ほど経っても大旦那さまは一向に帰ってくる気配がないので、だんだん心配になって来た時、浅木さんがいっしょに探してみませんか、と提案してきたの。あたしちょっと引いちゃったんですけど……」

「引いた?」

「ええ。あたしを助手席に乗せていっしょに探しましょうって、どう考えても唐突でしょ?」

「男女二人きりで車の乗ることがお嫌だったちゅうことですか。まあ、浅木もいちおう男ですからなあ」

「いいえ、そうではなくて、そのお……、その日の浅木さんはちょっとアルコール臭かったのよ」

「まさか、ぐでんぐでんに酔っ払っていたと?」

「それほどではないけど、屋敷に現れてすぐの間は相当臭かったわ。まあ、一時間くらい立ち話をしていたから出発する頃にはだいぶましにはなっていたけど、それにしてもねえ。それに、あんまり見ず知らずの人の運転する車には、あたしは乗りたくないのよ。こわいじゃない?」

「でも、その時は仕方がなかった……?」

「まあ、そういうことになるわ。そもそも、勝手気ままな大旦那さまの行き先なんて探しようがないことも分かってはいたんだけどね。

 浅木さんは熊の毛皮を車の後部座席に大事そうに乗せてから、助手席へあたしを乗せて、みずから運転をしたわ。どこか、大旦那さまの行きそうな場所で心当たりはないか、と訊かれたから、まさかとは思いつつも、ぱっと浮かんだ『阿蔵の七滝ななたき』なら以前にお嬢さまといっしょに行かれたことがあると答えたら、じゃあそこまで行ってみましょう、ということになったのよ」

「ああ、阿蔵の七滝ですか。新郷市がほこる風光明媚な滝ですなあ」

 別所がどうでもいいことをさも感慨深げにつぶやいた。

「二十分ほどかけて、あたしたちは阿蔵の七滝へ到着しました。平日ということもあって、駐車場に車は一台もなかったわ。いちおう、七滝口ななたきぐち停留所に書かれている時刻表を確認して、もしも大旦那さまがNバスに乗って、ここへやって来たとすれば、バスは午後二時五十二分に到着していることが分かったわ。駐車場から七滝までは、歩いてさらに十五分ほどかかるの。あそこは、普段ならば、ほかにも遊歩道があって、ちょっとしたハイキングが楽しめるんです。でも、もう時刻が五時をまわっていたので、陽が暮れないうちに急いで手分けして探してみようということになって、あたしは七滝の方へ向かって歩き出したんだけど、途中から浅木さんが大声を出しながら追いかけてきたの。

 追いついた浅木さんはぜいぜい息を切らしていたから、どうしたのですか、と訊ねたら、大旦那さまの遺体が川に落ちているのを見つけた、といったのよ。もうびっくりしちゃった。

 そこで、もう一度駐車場の方へ引き返してみると、駐車場からすぐのところ、七滝口のバス停から遊歩道へ続く小さな橋の手前で、断崖の真下の渓流の岩場の底から、こちらをにらみつけるように仰向けの大の字になった状態で、大旦那さまが倒れていたの。崖の手前には危険防止用の柵などはなかったけど、わざわざ渓流を覗いて見たくなるような場所でもないから、いったいなんで大旦那さまがあのような危険なところへ足を踏み入れて、あげくの果てに、崖下へ落ちてしまったのか、全く理解に苦しむわ。

 それに、出ていった時はお嬢さまといっしょだったのに、どこで別れたのか。まさか、二人いっしょに阿蔵の七滝までやって来たとすると、バス停に二時五十二分に時刻表通りに到着したはずで、バス停からここまで歩いて来るのにちょっとはかかるから、現場へ来たのは三時過ぎだったことになるけど、そうなると、子供の足では、どう頑張ったところで、四時までに七首屋敷まで帰って来ることはできないわ。だから、お嬢さまは、阿蔵の七滝までは絶対に行ってはいない、という結論になるのよ。

 でも、そうだとすると、どうして大旦那さまは一人でここまでやって来たのか。さらには、わざわざ足場の悪い危険な場所へ出向いて、うっかり足を滑らせてしまったのか。もう、さっぱり分かんない……」

 ここで、真由子は言葉を切った。

「ほかにも、おかしなことがありまして、その、ちょっと恥ずかしい話だけど、崖に落ちていた大旦那さまの遺体は、パンツを履いてなかったそうなの。いいえ、ほかはちゃんと着ていたのよ。和服は着ていたけど、下着だけは履いていなかった、ということなの。

 警察からは、認知症の症状が大旦那さまに見られなかったかとか、いろいろ質問されたけど、こと大旦那さまに限って、そんな兆候とは全く無縁の人だったわ。最後までピンピンしていたんだから……」

 真由子はふっとため息を入れた。

「魔女の隠れ家って、阿蔵の七滝のすぐ近くにあるんですかねえ?」

 千田が、腕組みをしながらぼそりと独り言のようにつぶやいた。

「さあ、あたしは全然知らないわ。そんな変な名前の気味の悪い場所なんてねえ……」

 真由子は肩をすぼめていいはらった。

「それでさ、ちょっと確認したいんだけど……、浅木夢次の車って、軽トラ、それとも、ワンボックスワゴン?」

 今度は恭助が訊ねた。

「いいえ、普通のセダンよ」

「なるほど、セダンね……」

 この時の恭助は、意外そうな表情をしていたけど、その真意はよく分からなかった。


 新郷署へ戻ってみると、堀ノ内巡査が長椅子に座って待っていた。なんでも、昼からずっとここで待っていたそうだ。ちなみに今は午後七時を過ぎていた。

「なにかあったのかね?」

 別所が、堀ノ内に気付いて声をかけた。

「はい、今朝けさんこってす。鳳凰中学校へ出かけてきて、紅谷由惟の当時の写真が載った卒業アルバムを借りてきたんですが、とにかく、見てやってくんさい。もう、びっくりですに……」

 そういって、堀ノ内は別所にアルバム冊子を手渡した。俺たちは顔を近づけて、紅谷由惟という名前が書かれた一枚の写真に目をやった。

 その時、俺たちは同時にうめき声を発した。

 紅谷由惟は、うわさにたがわぬ、まれに見る美人であったのだが、別に美人だから驚いたというわけではない。この物語に登場する二人の美少女――紅谷由惟と蓮見千桜。この二人の顔は、瓜二つであったのだ。どちらかというと、紅谷由惟の方が鼻が低くて、優しげな印象をかもしだしてはいるのだが。

「まさか、千桜お嬢さまは、強姦事件で種付けされた紅谷由惟の娘だったっちゅうことか?」

 苦々しい口調で、別所がいい捨てた。

「可能性は十分に考えられます。

 ということは、父親は誰なんでしょう?」

「お嬢さまの血液型はB型だったと、たしか孤児院の園長がいっちょったな?」

「そうです。それから、不良連中の血液型だったら、たしか鑑識からの報告書に書いてありましたよね」

 そういい残すと、千田は自分の机の引き出しから書類を取って、駆け足で戻ってきた。

「ええと、穂積はA型、六条道彦もA型、平川がO型で、西淵がB型ですね」

 俺たちはいっせいに首を傾げた。

「つまり、西淵が父親ってことか? そいつはあり得ないな……」

 そうつぶやきながら、西淵の不細工な容姿を俺は思い浮かべていた。

「まだ分かりませんよ。由惟の血液型がB型だったのかもしれません。そうなれば、たとえ男の血液型がA型でも、B型の子供が生まれることは可能ですからね」

 希望を見出すように千田が補足すると、別所が思い出したように手を叩いた。

「そうだ。とにかく西淵が父親かどうかを調べるだけなら、DNA鑑定で分かりゃせんかな。その、西淵のDNAデータはわれわれの手のうちにあるんだし……」

「それはそうなんですが、でも、肝心の蓮見家のお嬢さんがDNAの提供をしてくれますかねえ。なにしろ、状況が状況ですから、嫌がられるのが落ちだと思いますよ」

 もごもごと自信なさそうに、千田が答えた。

 たしかにそれはいえる。母親の意図でない行為によって生まれた子供が、その出で立ちの秘密を知りたいと思うだろうか?

 ふと如月恭助に目をやると、ずっと大人しく黙っていたので気付かなかったが、遠くに視線を向けながら、なにかしらをじっと考え込んでいる様子であった。


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