21.怯える大猩々
平川猛成――。六条道彦、西淵庸平らとつるんでかつて名を馳せた不良三人組の一人だ。出頭したというけれど、まさか、今回の一連の事件の犯行を自白しにきたとでもいうのだろうか。ちょっと、信じられない。
「平川は、自分が犯人であるとわざわざ出頭してきたのですか?」
すかさず俺が確認を取ると、千田巡査部長が答えた。
「いえ、それがですねえ。かこまって欲しいと……」
「かこまう?」
「はい。平川がいうには、次に殺されるのは間違いなく自分だから、警察が保護して命を守って欲しい、ということみたいです」
「どういうことだ?」
「とにかく、今やつはここにいますから、別所警部補がここへ到着しだい、早急に事情聴取をはじめましょう」
焦る俺をなだめすかすように、千田が穏やかな口調で答えたが、実際に別所警部補が新郷署へ到着したのは、それから二時間が経過したのちのことであった。
取調室に連れてこられた平川の顔つきは、相変わらずふてぶてしい雰囲気ではあったが、どこか余裕がなさそうな感じにも見えた。大猩々のようにばかでかい図体をしているくせに、なにか得体のしれない物の怪にすっかり怯えきっているようだった。
取り調べるのは、千田巡査部長と別所警部補である。となり部屋で待機した俺と堀ノ内巡査は、取調室の中を映し出すモニターの映像を、固唾を飲んで見守り続けた。
「俺は狙われているんだ。犯人の次の餌食は、間違いなく、俺なんだよ。なあ、助けてくれよ。あんたら、警察だろう?」
乱暴な口調でゴリラは切り出した。
「よく意味が分かりませんが、どうしてあなたが犯人の次なる餌食だと思われるのですか?」
「だって、そうじゃねえか。道彦が殺されて、西淵が殺されて、それから、穂積の兄貴が殺されたんだぜ。だから、次は絶対に俺なんだよ!」
と、つっけんどんに平川はいい返す。
「どうして、六条道彦に西淵庸平、そして、穂積智宙とあなたが関係しているのでしょうか?」
別所警部補がやさしく問いかけると、今度は平川はしどろもどろになった。
「それはだなあ……、ちょっとした出来心だったんだよ。悪気はなかったんだ……。その時の俺は、なにが計画されていたのか全く知らずに、あの場にいたんだよ。
はあ、俺が悪いっていうのか? 悪いのは、悪いのはなあ……」
平川の発言は徐々に支離滅裂なものと化していった。
「その時に、いったいなにがあったんですかねえ?」
別所が確認を求めると、うつむいていた平川は、ようやく観念したかのように、口を開いた。
「あれを知っているのは……、もう今では、道彦の母ちゃんと、それから、あの家政婦しかいないはずだ。なにしろ、六条家自身が先導をして、もみ消したはずなんだからな。道彦の母ちゃんがしゃべるはずはないし……。まさか、あの家政婦が……? そういえば、なんか陰険そうな婆さんだったなあ。
そうか、分かったぞ! ユイの母親だ。そうだよ。あいつだ。あいつしかいない。この一連の事件の犯人は……!」
「ユイ?」
思わず別所が訊き返したが、平川はそれに応じるでもなく、呆然とした様子で、ただつぶやきを繰り返した。
「ベニヤ ユイ、の母親だ。そうか……、うん、間違いない。おい、そいつを捕まえてくれ。あんたら、警察だろ。善良な一般市民がむざむざ殺されようとしているのを黙って見過ごしていていいのか?」
こんな勝手な大男をなだめる別所や千田の苦労もさぞかし大変なことだ。そう思った俺は、いったんモニター画面から目をそらして、大きな欠伸をした。
それにしても、平川がふと口にした『ベニヤ ユイ』とは、いったいなにものなのだろう――?
結局、警護をする見張り警官を一人付けるという条件付きで、平川には家へ帰ってもらうことにした。まさか、拘束をするわけにもいかぬゆえ、こいつは当然の処置であろう。
「本当に平川に護衛の警官を付けるのですか?」
気になって、俺は訊ねてみたのだが、
「最初だけですよ。数日したら、引きあげさせます。そんな暇な警官はここには一人としていませんからなあ」
と、別所はさばさばとした顔で笑っていた。
それから二日後のことだ。別所警部補から呼び出されて、俺は新郷署を再度訪問した。
「ああ、東京から来た探偵さん。ようやく分かりましたよ」
「なにがですか?」
「ベニヤ ユイ、です。ほら、ゴリラがわめき散らしちょったあの人物です。
紅色の谷と漢字で書いて、ベニヤと読むそうです」
別所警部補は内ポケットから手帳を取り出すと、書かれている文字が読みづらいのか、時おり目を細めながら、たどたどしい口調でしゃべりはじめた。
「紅谷由惟――、細川地区で母親と二人暮らしをしておりました。実の父親は、とうの昔に母親と離婚をしていて、現在は再婚した別の相手と新しい家族を築いて生活しちょるそうです。母親は、紅谷佳純といいまして、年齢は四十九歳です。とどのつまり、紅谷っちゅうんは、母方の姓ということですな。
近所の評判によれば、佳純は、背がちっちゃくて、あまりしゃべらん、大人しい人物だそうです。でも、少々うつ病のけがあるようで、定期的に通院しちょるみたいですな」
「うつ病ねえ。昔から、精神不安定だったということですか?」
俺は少し気になって訊ねてみた。
「病院の担当医には昨日会ってきました。その話によりますと、十年か、もうちょいと前くらいに、一度精神崩壊を引き起こして、紅谷佳純は新郷市内の総合病院に緊急入院したみたいですな。そん時は、一年くらいもの長い間、入院しちょったらしいです」
「なるほど。それじゃあ、肝心の娘のほうですが、どういう人物なのですか?」
「紅谷由惟ですね。彼女は中学を卒業したあと、高校には進学せずに、しばらく地元にいたそうですが、ある時ふと東京へ上京しまして、その後はそこで一人で生活をしちょったそうです」
「今の年齢は?」
「それがですねえ……、彼女は故人なのですよ。五年前に二十二歳の若さで亡くなっちょるんです」
「そんな若さで? なにかの事故ですか?」
「いえ、自殺です――」
「自殺……?」
「はい。理由は分かりません。ある日突然、上京先の住んでいたアパートの一室で、首をくくっていたそうです」
「そうですか……」
「若いのに不憫なことですなあ。
まあそれはともかく、母親の佳純の方は、なんの害もなさそうなごくありきたりの年老いた女性です。それを、どうして、あのガタイのがっちりした大男が怖れちょるんか、わたしには全くわけが分かりません」
たしかにいわれてみれば奇妙なことではある。しかし、つまるところは、平川が今回の事件の謎を解く鍵を握っている、ということでもある。犯人が犯行を行った動機――、それを解明するためには、平川が怖れている理由を究明すれば分かるのかもしれない。
「平川を捕まえて、もう一度尋問してみたらいかがでしょう? やつは案外、権力には弱いタイプかもしれません。おどかせばなにかを吐く可能性は十分にあると思いますよ」
「なるほど、探偵さんのおっしゃる通りですな。じゃあ、やってみますか……」
平川に任意同行を願って取り調べをしたところ、実に驚くべき事実が判明した、との連絡を受けた俺が、三度新郷署を訪れたのがそれから一週間後のことであった。
「こんにちは、東京から来た探偵さん。平川の取り調べのときの映像はいつでもご覧いただけますよ。ただ、内容は極めて不愉快なものであることを覚悟してから、ご覧になってください」
俺を出迎えた千田巡査部長は、なにやら意味ありげなことを口走った。
「不愉快なもの、ですか……」
「はい。わたしも商売がら、数多くの下劣なやからを見て来ていますから、多少のことは我慢できると自負しておりましたが、それが間違いであったことを、今回は嫌というほど思い知らされました。全くとんでもないくそ野郎ですよ。あの平川ってやつは……」
いつもは冷静な千田が、いつになくいきり立っているのがよく分かった。
「分かりました。では、覚悟して拝見いたしますよ」
俺はさりげなく返事をしておいた。
モニター画面には、取調室の中の机を挟んで向かい合う平川猛成と、警察側の別所と千田の姿が映し出されていた。平川は、最初のうちはしゃべるのを渋っていたが、殺されるかもしれないという恐怖からか、しばらくすると、ポツリポツリと昔話の供述をはじめた。
「とにかく、全部しゃべったら、俺を助けてくれるんだよな?」
平川がすがるように問いかけてきた。
「さあ、それは話しを聞いてみないとなんともいえないよ。それでも、しゃべりたければ、全部しゃべってしまえばいい」
千田が淡々とした声で応じた。
「分かったよ。俺はとにかくその時、なにが起きるのか知らなかったんだ」
「その時?」
「ああ。あれは俺が高三の時だった。いきなり、道彦から電話で呼び出されて、俺は阿蔵屋敷へと向かった。道彦からは、母屋へは行かずに、直接、離れの陶工房まで来い、という指示だった。俺はいわれるままに、離れへ行ったんだ」
「母屋の六条夫妻には、なんの挨拶もせずにか?」
「ああ。でもこれはよくあったことなんだ。向こうも見て見ぬふりというやつさ。お互い面倒はごめんだからな。もっとも、その夜に限れば、多分、道彦の親はなんにも気付いていなかったと思うぜ」
「夜?」
「ああ、時刻は十一時を過ぎていた。ほとんど真夜中だな」
「そんな遅い時刻に呼び出されて、のこのこ出向いていったのか。君は?」
「夜に道彦の離れに行くことは、ときどきあったからな。別に不思議には思わなかった。ただ、十一時の呼び出しだから、さすがにただ事ではなさそうで、少々妙な気持ちはしたよ」
「それで、六条家の離れに行って、いったいなにがあったんだね?」
「そこにいたのは、道彦のほかに、西淵と、それから、穂積の兄貴だった」
「穂積だって?」
「ああ、穂積さんは俺たちよりも七つ年上だから、当時は大学院生だったってことだな。道彦の家庭教師を任されていて、京都で生活をしていながら、月に一度、阿蔵屋敷に顔を出していたんだ。移動の交通費とかは、全部六条家が出していたそうだぜ。まあ、あの時はまだ金持ちだったからな」
「あの時?」
「そうだ。親父さんが死んじまってから、あそこは一気におかしくなっちまったからな。今では、持っている田んぼとか山とかを売りながら、どうにか食いつないでいるみたいだぜ。なにしろ跡取りの道彦があのざまで、全然働こうとしなかったからなあ」
「それで、深夜の離れの建物の中に、道彦と西淵と穂積がいて、それからなにがあったんだ?」
焦れた千田が強い口調で問いかけると、平川はまた口をつぐんでしまった。ここへ来て、なにかに怖気づいた様子だった。
「平川さん?」
別所にうながされて、はっと平川は顔をあげた。モニター越しでもはっきりと分かる、冷や汗にまみれた蒼白な顔であった。
「そこには、実はもう一人いた……。
由惟ちゃん――。俺たちがあこがれていた可愛い女の子だ」
「あこがれ?」
「ああ。町でも評判の美人娘で、俺たちより四つ下だから、当時は中学二年生だった。細川の夏祭りの時に、西淵が偶然見つけたんだ。とんでもない美少女がいるぞと。あの時の西淵は始終興奮気味だったな。道彦と俺は、最初は西淵をからかって相手にしなかったけど、実際に祭りの会場へ連れていかれると、たちまちのうちに、呆然とその場で立ち尽くしてしまったんだ。
輪になって浴衣姿で踊っている紅谷由惟は、そこにいた全部の男たちの注目の的だった。まわりからはひそひそ話がいくつか聞こえてきて、由惟ちゃんが細川地区に住む中学生であることがすぐに分かった。それから数か月たって西淵に会うと、やつは、紅谷由惟の素性を全て調べあげた、と得意げに語り出した。彼女の自宅の住所や電話番号、鳳凰中学校のクラスや名簿番号、誕生日に、好きな食べ物まで、いったいどこで調べあげたのか。まあ、あいつは根っからのストーカーだったな。六条の離れで西淵は得意げに俺と道彦に由惟ちゃんに関することを語りまくった。でもその時は、たまたま穂積さんも阿蔵屋敷に来ていたんだ。穂積さんがうしろで聞いているのに、西淵は執拗にべらべらと由惟ちゃんのことをしゃべりまくった。今日の由惟ちゃんは、帰り道に独りでバスを降りて家へ帰るのを見かけたとか、何度か見張ったけどいつもいっしょにいるのは必ず女の子だから、間違いなく彼氏はいない。だから、絶対に処女であることも保障する、とまで断言していた。俺は、いい加減にしろ、そんなの犯罪だぞ、と忠告してやったが、道彦が必要に面白がって、もっと続けろよ、とうながすから、西淵はさらに得意になってわめきたてる。ついには、穂積さんが、写真を見せろ、といったから、西淵は穂積さんに盗撮した画像をいくらか見せたんだ。本音をいうと、俺もそれを見て、少なからず興奮しちまった。なんというか、清楚な雰囲気がただよってくる可憐な少女だったな」
平川の話を聞いていて、俺はだんだん煮え切らない苛立ちがこみあげてきた。これから先の話を聞いてはいけない、という予感が徐々に俺にのしかかってきた。離れの陶工房で、四人の男と美少女が一人。これから何が起こるのか、おぞましいことだが、だいたいの想像が付くではないか。あの冷静な千田がいった、くそ野郎発言。そして、狂乱科学者である穂積の専門研究分野は、麻薬――。
「それで、道彦、西淵、穂積、それに紅谷由惟がいて、それからなにが起こったのかね?」
モニターの画面の中で、つねに無表情を続ける別所が訊ねた。
「まず、穂積の兄貴が口火を切った。
だいぶ効いてきたようだな。じゃあ、そろそろ始めるか。祭りを……、とね。
俺たち四人が取り囲む真ん中には、制服姿の由惟ちゃんが脚を伸ばしながら座っていた。塾から帰るところを襲って捕まえて来たらしい。意識はあるようだが、目がうつろな状態だった。それがどうも、なにかの薬を注射しておとなしくさせたということだった。なんでも穂積さんはその手の薬にとても詳しいそうだ。
紅谷由惟――。あれだけかわいい子を見たら、誰だって自制なんかきかなくなっちまうさ。分かるだろ? あんたも男なんだからな。俺が悪いんじゃねえや!」
平川は、突然開き直ったようにいい放った。
「シャツを脱いだ穂積の兄貴が、由惟ちゃんを後ろから抱き抱えると、仰向けに寝転がって、由惟ちゃんを自分の身体の上へのせたんだ。それは見るだけでもとてもいやらしい格好だった。そのまま由惟ちゃんの白い首筋に、穂積さんは愛撫を始めた。それから、道彦に向かって、見とれていないで、ほら、スカートをとっとと脱がせろよ、と命令すると、道彦はまるで魔法にかかったように由惟ちゃんのスカートをひきずり下ろし、細い両脚を無理やりにこじ開けると、美少女の秘部へ、顔をうずめた。その瞬間、由惟ちゃんが小さな喘ぎ声を発したもんだから、もう我慢が出来なくなった。
由惟ちゃんはほとんど抵抗もせずに、俺たちの思いのままになっていった。穂積さんの媚薬とやらが効果を発揮しているのは明らかだった。西淵も、穂積さんの許しが出しだい、少女の美しい素肌に跳びつきたがっているのが、俺にも分かったが、それが穂積さんには面白かったらしく、西淵に向かって、お前だけはこの娘に触れることは許さない、といきなりいい放ったから、俺たちはびっくりした。そのあとも、由惟ちゃんの身体を西淵には一切触らせないように、穂積さんは俺たちに命令した。それは全くの気まぐれというか単なる道楽に過ぎないものだったように思う。でも、俺たちは必死だった。今、与えられているこの快楽を維持するためになら、素直に穂積さんの命令に従うしかなかった。西淵の野郎が隙を盗んで由惟ちゃんの胸を触ろうとしたから、俺がふんづかまえて、一発ぶんなぐってやったら、あの野郎、ピタッとおとなしくなっちまった。はははっ。
そしていよいよクライマックスだ! 穂積さんの指示で、まず穂積さん、それから道彦、そして俺の順番で、由惟ちゃんと俺たちは順番につながっていった。穂積さんはおそらく違うだろうけど、俺と道彦はその時が初めてだった。なにしろ、避妊具でさえも見たことがなかったんだ。そして、西淵が予想していた通り、由惟ちゃんも初めてだった。西淵は最後まで由惟ちゃんに触ることさえもできずに、しまいには自らズボンを下ろして自分のをしごきはじめたから、俺も道彦も大笑いしちまった。あれは本当に傑作だったな。
まあ、あの異様な部屋の中では、もうこのあとなんてどうなっちまってもいいや、と思ったよ。なにしろさ、中学生だぜ。あんなに細くてすべすべで、可愛くてさあ……。
とーほへ、てほへ。
ははは。とーほへ、てほへ。てーほほへ、とおへ――」
当時を語る平川は、しだいに興奮気味になって、しまいには異様な言葉を唱えはじめた。それは歌のようでもあり、なにやら意味不明な文句であった。
「俺たちがひとまわり済ますと、西淵が穂積さんに、次いいですか、と哀願してきたんで、穂積さんもそろそろ許しを出すかな、と思っていたら、穂積さんは西淵を押しのけて、もう一回やらせろ、といった。こんないい女は初めてだ、というのがその理由だった。それから、穂積さんが二度目を済ませたあとで、西淵がにやにやしながら、今度こそはと由惟ちゃんへ近づくと、穂積さんがいった。もう止めておけ、今の俺の行為でほら見ろ、娘の体力はもう限界だ、殺しちゃあ意味ないだろう、といったから、それであの祭りはおしまいとなった。まあ、西淵の野郎にはちょっと気の毒だったけど、最高の体験だったなあ……」
俺は無言でモニターの電源を切ると、思わずそばにあった椅子に蹴りをかませた。これ以上見てたところでなんの意味もない。千田巡査部長が激しくいきどおったのも当然のことだ!




