19.挿話――この章は堂林凛三郎の手記にあらず
それは一月二十八日の夜もふけた午後十時二十分の出来事であった。京都市内の四条烏丸交差点から北へ曲がった場所にあるブリリアントホテル四条烏丸の513号室で、トントンと扉をたたく者がいた。やがて扉が開かれて、中から顔を見せたのは、四十前後と思われる長身の男である。
「おう、早かったな……」
整ったハンサムな顔立ちでいかにも異性からモテそうな男である。落ちついた表情の中に潜む鋭い眼光からは、知的で几帳面な性格が見てとれる。
訪問者の姿を一目見た男の眉が吊り上った。明らかに予期していたのとは違う相手に、意表を突かれた様子であった。しかし、訪問者が、顔を覆い隠しているマスクとサングラスを順にはずして、素顔が男に見えるようにすると、男の表情はすぐさまいつもの冷静なものへと戻った。
「なんだ、お前か……。一瞬、誰だか分らなかったぜ」
戸口に立っている訪問者は、長袖の黒いジャンパーを上着にまとっていたが、なぜかその右腕は、まるで中身がないかのようにひらひらとはためいていた。
「要件はなんだ? 俺は今忙しくてお前の相手をしている暇はないんだがな……」
扉に手をかけていた男は、そう一言告げると、その招かざる訪問者を部屋の中へ入れてから、そっと扉を閉めた。そのまま、窓際へ向かおうと、男が訪問者に背を向けた瞬間であった。後頭部に強い衝撃を受けた男は、もんどりうって前のめりに崩れ落ちた。