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七首村連続殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
14/35

14.古寺の小坊主

「どうしたんですか、リンザブロウさん」

 突然、リーサが声をかけてきた。

「えっ、なんかしてたのか? 俺……」

 ちょっとだけ、うとうとしていたのかもしれない。なにしろ、こっちに来てからというもの、連日働きづめだ。

「リンザブロウさん、なにかいいことがあったようですね?」

「どうして?」

「だって、鼻の下がのびて嬉しそうな顔をしていますよ。まるで、年下の恋人から告白されたみたいです」

 コミュニケーションロボットのくせして、時に人間よりもするどい直感を持っていやがる。

「そんなことはどうでもいい。それより、今日の仕事はなんだ?」

 俺は顔面を二回たたいてから、そ知らぬ顔をよそおって、リーサに訊ねた。

「はーい、それではリーサが、今日のリンザブロウさんがなすべきお仕事を説明いたします。

 まず、水道トラブルが1件。配水管の目詰まりだそうで、リンザブロウさんなら瞬殺でしょう。次に、臨時の家庭教師が1件。対象は市内の某私立高校生です。定期考査で化学が赤点になりそうなので、速効性のある指導を求むとのことです。とにかく人生がかかっているから、成功したあかつきには報酬がはずむとのことですよ。この仕事は重大ですよね。それから、娘の彼氏の人物調査依頼が1件。娘さんは高校二年生なのですが、彼氏が無職のアラフォーということで、ご両親としてはとても心配で心配で、最近はよく眠れていないとのことです。最後に、独身者同士で開かれる謎のパーティの司会者の依頼が1件です」

 どいつもこいつも、くだらない仕事ばかりだ……。


 そして、さらに数日が経過した。

 いつもなら部屋に入った瞬間に実の母親おふくろのごとくなにかしら小言を発するリーサが、黙って近づいてきたから、いよいよ来たか、と俺はそのあとの展開を察することができた。

「リーサ。なにかあったのか?」

「はーい、リーサです。リンザブロウさん。またまた来ちゃいましたよ。結構、この人、しつこいですねえ……」

「またまた、なにが来たんだ?」

「おメールです。問題の……」

 今、リーサはわざと『お』を付けてしゃべったようだ……。

「さっそく見てみよう。リーサ、俺のタブレットに転送してくれ」

「はーい。かしこまりました」

 そういうと、リーサはこくりとうなずいてから、引き下がった。

 俺はタブレットを取り出すと、電源を入れた。そこには、リーサから転送されたメールファイルがあった。開けてみると、犯人からの新たなる予告状が記されていた。



 前略。


 迷探偵の堂林凛三郎君――。ご機嫌はいかがかね。

 ますます楽しくなってきたじゃないか。君が胃痛で悩んでいないことを祈らずにいられない今日このごろであるが、さっそく殺人の予告をさせてもらおうか。

 次なる事件が起こる場所は、やはり呪われた七首村なのだ。時は、そうだなあ。明日から一月二十五日までのいつか、とでもしておこう。

 はっきり日にちを指定していないことに対するいらだちから、君が地団太じだんだを踏む光景が、小生の眼に浮かんでくるが、そこはまあ、容赦してもらいたい。

 万能なる小生であっても、ときには、日にちを指定してやれる余裕がなくなることもある、ということさ。じゃあね。


    あさきゆめみし。


2016/01/14(木)23時21分送信



「リーサ、今日は何日だ?」

「一月十五日です。昭和の大横綱双葉山ふたばやまの連勝が六十九で止まっちゃった、記念日なんですよ」

 なんでそんな大昔の出来事を知っているのかよく分からないが、とりあえず、明日からまた七首村へ出向き、龍禅寺のお世話になることになりそうだ。

 送信先が、前回のメールのアドレスとは違っている。あさきゆめみし氏は、また、別の第三者のパソコンをハッキングしたのかもしれない。俺はすぐさま新郷署の千田巡査部長へ電話をかけた。


 翌日、龍禅寺へ到着した俺を出迎えてくれたのは、竹ぼうきを手にした寺の小坊主、良魁りょうかい君であった。

「ああ、東京の探偵さん。またいらしたのですか。ようこそ」

「こんにちは、良魁くん――。またお世話になるよ」

 俺はちらっと腕時計を見た。時刻はもう三時になっていた。やはり、所沢から七首村までは遠い、とあらためて痛感させられる。

「和尚さんは?」

「和尚さんは、法事でお経をあげに、となりまちの東栄とうえい町まで出かけて行きました」

 良魁君は、ふもとにある新郷東にいざとひがし高校へ通う高校二年生だ。実家は同じ新郷市にあるのだが、わざわざ山奥の不便な寺に住み込んで修行を積むことで、将来の住職を目指している青年である。

「ところで、良魁君。学校はどうしたんだい?」

「やですねえ、探偵さん。今日は土曜日ですよ。学校はお休みです。ちょうど今、境内けいだいの掃除をし始めたところなんです」

 そういって、良魁君は、まだわずかに残っているケヤキの落ち葉を、丁寧に一カ所に集めていった。

「そういえば、明日、ななこおべのお嬢さんが祈祷会をするそうですね。蓮見千桜さんです。七首屋敷で……」

 思い出したように、良魁くんがつぶやいた。良魁くんに限らず地元の人の多くは、『七首』という地名を、『ななこうべ』とはいわずに、『ななこおべ』と発音する。

「祈祷?」

「はい。お嬢さんは巣原にある熊野くまの神社で昨年から巫女みこさんをされていて、なんでも生まれつき霊能力がそなわった特別なお方だそうですよ。

 今回のお父さんの失踪事件について真相を霊視によって見つけ出すそうで、そのための祈祷を行うとのことです」

「霊視だなんて、現代の二十一世紀にちょっと不釣り合いじゃないか?」

 俺が軽く笑うと、良魁くんは存外、大真面目な顔つきをして反論をした。

「探偵さん。馬鹿にしてはいけませんよ。蓮見のお嬢さんといえば、今までに少なくとも二つの事件を占いで、本人は霊視だといっていますが、解決しているんですからね。

 一つは、熊野神社の賽銭箱の紛失事件でしたが、話を聞かれたお嬢さんが指摘した場所の近辺を探してみると無事に出てきたそうです。

 それから、原因不明の不眠症にかかってお医者さんであるお父さんがさじを投げてしまった患者さんに、お嬢さんが面談をしたら、たちまちのうちに元気になってしまったそうです。なんでも、亡くなった家族の霊に悩まされていたのを、お嬢さんが祈祷によって霊を沈められたそうです」

 良魁くんが一生懸命説明をしているが、どちらの一件も当てずっぽうで口走ったことがたまたま上手く当たっただけとも考えられる。少なくとも俺には、霊魂と会話ができる、という話なんてとうてい信じることはできない。

「その千桜――、いや、蓮見のお嬢さんだけど、父親の居場所を霊視する祈祷をしたけりゃ勝手に一人ですればいいじゃないか。わざわざ祈祷会をもよおすなんて、うわさで流す必要もないと思うけどなあ」

 俺は率直な疑問をぶつけた。

「実はですねえ、その祈祷の最中に村の主な人を招待するみたいですよ。うちの和尚さんもそれで呼ばれたから、この僕が知っているというわけです。でも、もはや村中にこのうわさは広がってしまいました。あっという間でしたよ。退屈がまん延するこんな小さな村ではね……。

 それにですね、今回の祈祷会は一般の人も自由に会場へ入ってもいいそうですよ」

 良魁くんは、若干興奮気味だった。

「たかが一人の小娘が祈祷を行うのに、村じゅうのお偉いさまをわざわざ呼び集めるってのか?」

「あれっ、探偵さん。今、『小娘』っていいましたね?」

 良魁くんの目が急に吊り上った。

「小娘を小娘って呼んだだけだよ」

 俺は率直にいい返した。

「駄目ですよ。天下の蓮見家のお嬢さんですからね。小娘なんかじゃありません。

 彼女はまだ、小学生ですけど、それはそれはまれに見るすごい美人だそうです。村の若い男衆は、興味半分のやじ馬で、実際にはほとんどのものが顔を出すであろうと思われます。

 かくいう僕も、明日は日曜日ですから絶対に参加しようと思っています。もっとも、僕の場合は和尚さんのお供でついていけばいいだけですけどね」

 村中の男が参加したがる良家の令嬢がもよおす謎の祈祷会――。千桜のやつ、なにをたくらんでいやがる?

「なるほどね。そういうことなら俺が顔を出しても大丈夫なのかな」

「もちろん、いいと思いますよ。とにかく、七首のお嬢さんって、そのお……、僕はまだお顔を見たことがないんですが、あくまでもうわさによるとですね――、一点の隙もない上品な顔立ち、雪女のようなきめの細かい白い肌をしていて、長い黒髪のいまどきめずらしい清楚な美少女で、頭もすごく切れるから同級生とはあまり会話がなされないみたいですねえ」

 良魁くんは、うっとりしながらつぶやき続けた。

「顔が見たけりゃ、蓮見家に見に行けばいいじゃないか? 散歩で外に出てくることもあるだろうに」

「ふふふっ、それじゃあまるでストーカーですよ。でも、案外難しいのです。それをしようとした村の衆は結構いたけどお嬢さんはまず外には出て来ないし、朝夕の通学の時も、こいつが唯一のチャンスなのですが、ベンツで送り迎えされていて、しかも、後部座席の窓ガラスには黒いフィルターが貼られ外から中が見えないようになっているんです」

「車から降りる時に、ちらっとくらい見えないのか?」

「車は蓮見家の敷地の中へ入ってしまうらしいので、見えませんね。

 それから、昔は小学校の出入り口の前でお嬢さんは車から降りていらしたのですが、すると、朝のお嬢さんの登校される時間を狙って、小学校の門の前で待ち構える人の行列ができてしまいまして」

「ひまなやつらもいるもんだな」

「望遠レンズを備えたカメラとかビデオカメラで盗撮まがいの行動を取るものまで出てきて、かなり問題になりましてね。今では、蓮見家のベンツは小学校の敷地内まで乗り入れるそうです」

 千桜が、ラッキーだったね、といって見せた笑顔が、ふと俺の脳裏に浮かんだ。本当にラッキーだったということなのだ。


 みずからを霊視能力者だと主張する蓮見千桜――。祈祷会を開いて、遺体のありかを予言するつもりらしいが、ひょっとすると人を集める真の理由は、未知の犯人をいぶりだそうとしているのかもしれない。いや、さすがに考えすぎか……?

 たしかに村中の人を集めれば、その中に犯人がまぎれ込んでいる可能性は期待できる。されど、そこから実際に犯人をいぶりだすことなど、もちろんできるすべはない。

 ともかく明日は、千桜の祈祷会に顔を出さねばならないようだ。


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