表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七首村連続殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
10/35

10.挿話――この章は堂林凛三郎の手記にあらず

 一月八日の早朝六時――、加茂かも清志きよしは、いつものとおり、愛犬タロウを従えて散歩をしていた。サラリーマン退職後、悠々自適な老後生活を送ろうと、人がいなくなった旧家を一軒購入して、妻とともにこの山里へ引っ越して来た時は、人口が二人も増えるということで、かつての鳳凰ほうおう町の町役場であった鳳凰総合支所の職員全員から、大歓迎の祝福を受けたのを思い出す。あれから、かれこれもう一年が経とうとしている。

 散歩のルートは、毎日の気まぐれでころころ変わる。今日は気分もよいから、久しぶりに石段をのぼって『モネの蓮池』までやって来た。モネの蓮池とは、地元衆が勝手に命名したもので、夏になれば、深い苔色をした水面にぽつりぽつりと薄桃色の花が浮かんで、それなりのちょっとした隠れスポットとなる。今は冬なので、セピア色の枯れたくきや葉っぱがピンと白く張りつめた水面みなもからにょきにょきと顔を出す、モノトーンの情景が造り出されていた。こうしてみると、冬の蓮池もまんざら捨てたものではないなと、加茂はそう思った。

 と、その時だ……。


 タッ… タン―――― 

   タ… タ… タン――― トン――、


 タッ… タン――

   タタラトゥル タン――、 タッ タン――― トン――、


 タァ タン―――

   タァ――、 タァ タン――― トン―――、


 タッ タッ タッ、

   タタタタ、 タタ…… トン―――――。


 池のほとりの高台にそびえる、赤れんがの城壁で囲まれた豪邸から、ピアノの音色がこぼれてきた。せつなくてゆったりと流れる、とてもいやされる曲だ。ちまたではよく聴くかなり有名な曲なのだが、残念ながら、加茂はその曲名を知らなかった。

 きっと、このお屋敷のお嬢さまが弾いているのだろう……。

 こんな朝っぱらからピアノを弾いても、敷地がとてつもなく広いから、さほどご近所迷惑にもならないようだ。ところで、うわさに聞くところ、この豪邸の一人娘は相当な美人であるらしい。ただ、四六時中屋敷の中に閉じこもっているから、村の衆のほとんどが、実際にはそのお姿を拝見したことがない、とのことだ。まあ、こういったうわさなんて、なにかと美化されるものではあるが……。

 悪い魔女が塔へ閉じ込めた……姫。

 残念なことに、加茂の頭には、『ラプンツェル』というグリム童話に登場したお姫さまの名前が、どうしても浮かんで来なかった。


 突然、タロウが威嚇するようなうなり声をあげた。普段は温厚で、あまり吠えたりはしない犬なのに……。

 草むらに落ちていた何かを、タロウがさっとくわえ込んだので、

「ほれ、やめんか。タロウ……」と、加茂はそれを取り上げようとした。

 その時、加茂は心臓が一瞬止まった気がした――。

 愛犬がくわえていたものは、腕時計を装着したままの、生身の人間の前腕部であったのだ……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ