二章
夏希と朱鷺子の出会いは、夢の中のような夏祭りの夜だった。そして、夏希は夢を見る。夏希を呼ぶ声は、日常の中でも消えない。
「夏希と朱鷺子って、いつも一緒だね。」
クラスメイトが言った。
「何時から仲良くなったの?」
「何時からやったかな……あの時からかな。」
夏希は、数年前の夏祭りの夜を思い出した――
熱帯夜だったし、祭りは華やかだった。道沿いに並ぶ夜店の灯が明るかった。道の脇に石段があって、そこを夏希は昇っていった。
石段のわきには灯篭が灯っている。その光の届かない隅に目をやると、闇が一層濃く蹲っているようだった。
夏希は友人と祭りに来た。しかし、その友人が誰だったかを今では思い出せない。兎に角覚えていることは、石段の先にあるお堂の前で朱鷺子に会ったことだった。お互いの浴衣を褒め合って、石段を下り、夜店のある通りに戻った。通りはそれ程大きくはない池の周りをぐるりと巡っていて、池の水面に明かりが映っていた。
「朱鷺子。お祭りって、なんか現実ばなれしてるって、思わへん?」
「そうそう。どこか夢の中みたい。」
二人の感性は、まるで双子のように近しかった。
その日の帰り道、夏希は朱鷺子に出会った時の話をした。
「そうだったよねっ。懐かしいね。」
朱鷺子もその夜のことをよく覚えていた。
――その夜、夏希は夢を見た。
誰かが呼ばれている。そう思っていたら、夏希のことを呼んでいるようだ。自分ではない名前で呼ばれている。
砂ばかりの場所だった。丘のようなものもある。声は何処から聞こえてくるのか分からなかった。
夏希の前に、顔の中に真っ暗な両目だけを開けている人のようなものがいた。見ていると、黒い二つの眼窩から何か白いものが出てくる。指先だった。やがて五本の指が出てきた。少女のようなほっそりとした指先だった。やがて手首、肘、二の腕まで現れた白い腕は、夏希のほうへ伸びてきた。夏希は動けなかった。そのままで顔を両手で掴まれてしまう。
夏希が目を見開いているままに、白い両手は夏希の両側頭部を掴み、暗い眼窩へと引き込んでいく――
夏希が悪夢から目覚めた時は、まだ夜明け前だった。そして眠れないままで、朝を迎えた。
朱鷺子が迎えに来て、いつものように家を出て、いつもの道を歩いているのに、なんだか妙な感じがしていた。
「朱鷺子、呼んだ?」
「ううん。」
朱鷺子は、数歩先に可愛らしく落ちるように降りてきた雀を見ていた。
「誰だろうね。」
見回してみたが、それらしき生徒や見知った人はいなかった。
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