表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Kings of Dolls  作者: ゆきうさぎ
8章 第一試合最終戦 フィーネvsノワール
19/19

18話

「はぁはぁ……いい加減しつこいわね! さっさとくたばったらどう?」

「それはこっちのセリフだよ。疲れが見えてきてるけど大丈夫なのかい?」

 二人はずっと撃ち合いを続けている。しかもお互いに一度も掠ることなく、ひたすら受け流し、そして相手への反撃をしていた。

 しかし、徐々に疲れが出始めてきたようで、若干だが動きに余裕がなくなってきていた。繊細さを欠いた攻撃が目立ち、次第にいらだちがつのってきた。

「ああ! もううっとおしい!」

 ここで、ようやくフィーネが距離を取り、後ろへ下がった。しかしノワールはそれを許さなかった。離れるフィーネをすぐに追撃し、休む暇を与えない。

「悪いけど、一気に行かせてもらうよ!」

 両腕に力を込め、フィーネの頭めがけて一撃が振り下ろされる。

 回避が間に合わないと判断したフィーネは二本の扇を頭の前で交差させて受け止める。

 ガキィィィィン!!

 耳をつんざくような金属音が響く。フィーネは必死にノワールの一撃を耐えている。なんとか均衡を保ってはいるが、彼女の足は地面に沈んでいき、少しずつ後ろに押されている。腕に込める力はフィーネの限界まで達し、全力を振り絞ってノワールの一撃を塞いでいるはずなのだが、斧はフィーネの眼前に着実に迫ってきている。

「――――くっ!」

 このままでは確実に押し切られる! フィーネはすぐにそう思い、なんとかこの状態から抜け出そうとする。しかし、明らかに押し倒されそうな態勢からではどうあがいても防ぐだけで精いっぱいだった。

 じりじりと押される。ノワールはさらに力を込め、押し切ろうとする。対するフィーネは必死に抜け出そうとあがく。

 そもそも体格差を覆すほどの筋力を持っていない。しかも上からの力と下から力では物理的に考えて上からの力の方が明らかに強い。

 つまりフィーネは完全に手詰まりだった。

「あっ………!??」

 ついに均衡は破られ、フィーネの手から扇が離れる。少し後方に飛んでいった扇は今のフィーネではすぐに拾いに行けない。完全に無防備だった。

「覚悟…!」

 そんなフィーネにノワールは全く手を抜くことなく、渾身の一撃を振り下ろした。

「―――――!」


 誰もが息を飲んだ。決定的ともいえる瞬間を目の当たりにして。

 吹き上がったのは鮮血の雨。その量は見てるものも目を覆いたくなるくらいのものだった。まさしく真っ赤な花が咲いたようであった。

 フィーネは遅い動きでノワールと距離をとった。見るからに先程までのキレを失っている。

「はあ……はぁ……くそっ! 捌けきれなかった」

 よろよろと上半身をかがめ、胸のあたりを苦しそうに押さえている。表情もかなり辛そうだった。

「これはやばいな。ちょっと深くやられたかも……?」

 そう言って胸を押さえているフィーネの手は真っ赤に染まっていた。しかも指の隙間から赤黒い液体がポタポタと滴り落ちている。よく見ると、彼女は肩口から腰のあたりまでを大きく斬られていたようだった。さらに傷が少し深いようで出血が収まる気配はない。見るからにいつ失血死してもおかしくないくらいの重傷だ。

「でも、まだ行ける。このくらいの傷ならまだ全然動ける」

 それでも彼女は気を確かにして立っていた。呼吸は荒く、失血も激しいが、それでも彼女はいつものように気丈でいた。

「やっぱり“これ”は使わなきゃダメか……」

 ポツリ、とつぶやく。そしてフィーネはノワールの方を見た。

「あっちの方もまだまだだよね……」


「……あー、ちくしょう。すっかり忘れてたよ」

 武器は吹き飛ばし、完全に無防備なフィーネを斬ったはずなのに、彼はフィーネから手痛い反撃を受けていた。肩口から肘辺りまでに大きな切り傷があり、そこから血を流している。痛みのせいなのか、腕をだらしなく下げている。見る限り大したケガではないのだが、あの巨大な斧を持つには少し辛いようだ。

「まあ、そこまで大したケガじゃないけど……これからどうするか、だな」

 気まずそうな顔は彼の今までの経験からきたものだった。フィーネ=イニーツィオの隠し玉の一つ。今の瞬間に使われたのだった。

 それはノワールが忘れてしまうほど、長い間誰も目にすることがなかったものである。だから彼は反応が遅れ、反撃をもらってしまった。思い出せば、これが一番厄介だったはずなのだが……。

「あっ! まさかお前……!? 今まで全員に仕掛けてたのか!」

 「忘れていた」という言葉にノワールはある考えが頭をよぎった。それはフィーネにしかできない、彼女の能力であった。

 当の本人は何のことやらと言わんとした顔でこちらを見返した。あの様子だと否定するつもりも隠すつもりもないようだ。

「まぁ、確かに禁止されてるわけじゃないけどさ……。容赦ないだろ」

「勝つのに手段なんて選んでられないのよ? あらゆる手を使って勝つ。それが戦いってものじゃないかしら?」

 ぎりっと歯を噛む。フィーネの言っていることは正論ではあるが、他人から忌まれるのは避けられないはずだ。しかし、だからといってフィーネを糾弾するような人は誰もいないだろうが。

「ま、それも解けたのだからもうどうでもいいよ。それよりもあれをどうにかしないとな」

 太陽の光に反射して、かすかにだがきれいな光を放つそれは、フィーネを囲むようにまるで生き物のごとく漂っている。

「攻めるにもたぶんあれで全部止められる。だとしてもあいつの攻撃は全部離れていても届く。これ完全に手詰まりだろ」

 あまりの状況の悪さに思わずため息をつきそうになった。正直言ってこのままでは勝ち目はない。何か打開策を見つけなければ……いや、この状況はこれで二度目だ。あの時のようにはもういかないようにと決めたはずだ。

「……やるしかないのか……」

 もうなりふり構っていられない。ここであれこれ考えても自分はどうすることもできないのだ。ノワールは覚悟を決め、斧を握ると、痛む腕を我慢しながらフィーネに突撃する。

 一方のフィーネも今のところ自分の方が優位に立ててはいるが、いつこの状況が逆転してもおかしくないと理解していた。だからこれから先は今まで以上に油断は許されない。心の中にわずかに残していた余裕を埋め、目の前の敵を倒すことだけに頭を切り替える。

「……ここからは手加減できないよ」

 フィーネは小さくそう呟くと、すでに拾っていた扇を持って構える。

「はぁ!」

 一瞬で距離を詰め、ノワールは斧をフィーネの頭に向かって真っすぐ振り下ろす。しかし、斧はフィーネの目の前で動きを止めた。ぎりぎり、とノワールは何かを押すように力を込めるが、斧は微動だにしない。しかしその間にも扇が横からノワールの胴を狙って迫ってくる。

「っ!!」

 すぐに後ろに一度下がって、回避する。それからすぐまた反撃に出る。けがした腕の痛みも忘れ、まるでおもちゃのように斧を振るう。だが、それでもフィーネまでは届かない。彼女の前に透明な壁があるかのように、ノワールの攻撃はすべて阻まれる。だからといってノワールはあきらめなかった。防がれるのも承知で、休むことなく斬撃を繰り出す。

 上下から、左右から、斜めから…………。必殺の威力を持ち、風のような速さで繰り出される攻撃はすべてフィーネを薙ぎ裂こうと言わんばかりに振るわれるが、ことごとく彼女の前で無力化されていった。

「あなたにしてはずいぶん考えなしの攻撃をするのね。そんながむしゃらな攻撃じゃ、一生私に当たらないよ?」

 扇を開き、先程のように爆刃を飛ばしていく。二人の距離はほとんどないため、すぐに爆発が起きる。当然二人は避けることもできずに爆風に巻き込まれる。

「くそっ……!」

 爆発に即座に反応して、距離をとったが、回避は間に合わなかった。直接爆発によるダメージはないが、爆風に巻き込まれ、少しずつ痛みが蓄積していく。このままではジリ貧だ。ノワールは過去の経験をもとに練った打開策を用意していた。しかし、今はまだ使い時ではない。かといって、あの撃ち合いをしてみても、フィーネの切り札を一向に崩すことができないのだった。

 そしてそんなノワールを黙ってみておくほどフィーネは甘くない。今度は彼女の方からノワールに接近する。両手に扇を構え、X字に振り下ろす。

 斧を横にして、受け止める。腕力ではノワールの方が上なので、簡単に受け止めることができた。それからフィーネは抑えられている扇を軸にして体をノワールの上にあげる。そして今度は腕を大きく動かし、それと同時に扇を動かしてノワールの背面を狙う。

 すぐに反応したノワールは斧を後ろに振り回して扇を側面から弾き飛ばす。

「――むっ!」

 フィーネは簡単に吹き飛ばされるが、すぐに態勢を立て直して着地した。地面に足が着くと同時にまたノワールに突撃する。

「今度はそっちの番ってことか!」

 ノワールは悪態を吐きながら応戦する。フィーネの攻撃自体は何ともないのだが、考える余裕を奪われ、さらにはあの爆刃のせいで徐々にダメージが積み重なっていく。しかもお互い、至近距離で爆発しているのにも関わらずフィーネには傷一つもない。

「便利だな。“それ”」

「まだ扱いなれてないけどね。でもそういうのがいらないものだから、これは」

 その瞬間、二人の動きに変化が生じた。今まで軽々とフィーネお攻撃を受け止めていたノワールだが、急に受け止めるたびにその表情が険しいものに変わっていく。よく見てみるとわかるのだが、先程までフィーネとノワールの互いの武器がぶつかりあう音は同時二回しかしなかったのだが、不思議なことに気づけば三回に増えている。

「なにが『扱いなれてない』だ、よ!」

 力を込めてフィーネの攻撃を押し切り、一気に攻勢に出る。態勢を崩したフィーネだが、やはり慌てることもなく、余裕の表情たった。

「無駄よ」

 斧はまたしてもフィーネの前で阻まれる。フィーネは扇を開いて大きく振ると、突風が起き、ノワールは吹き飛ばされた。

「この羽衣『雅』は持ち主の意志とは関係なしに、ありとあらゆる攻撃を防いでくれる。呪いや空間を無視するようなものは除くけどね。……だからあなたみたいな力技一本のような相手だと、これだけで十分防げるのよ。それにうまく操れば、攻撃にも使える。この性能はあなたもわかってるでしょ?」

「……ああ知ってるさ。昔もこれに手も足も出ずに殺られたからな。よーく覚えてるよ」

 再び距離を取り、二人は睨み合う。過去にノワールは同じようにフィーネと対峙していた。その時もフィーネのあの羽衣の前に成す術もなく敗れた。彼にとっては苦い思い出だ。だからこそ、次のために彼は対策を考えてきた。もっともフィーネの能力による干渉のせいで、実際に使われるまですっかり忘れてしまっていたが。

「けどな、今回は前みたいにいかないよ。あんたの『能力』だってわかってる。ちゃんと対策は考えてきた。今までのはそのための時間稼ぎさ」

 ノワールは厳しい表情から一変、不敵な笑みを浮かべた。

「上手くいくかは知らないけど、やるだけのことはやるさ」

 その言葉とともに、辺りに変化が訪れた。あれだけ明るかった空はいつしか雲に覆われ、薄暗くなっている。不穏な空気が辺りを包む。何かが起こる。そう感じざるを得ない雰囲気をフィーネは感じた。

「……使う気ね」

 冷や汗が流れる。相手がどう出るかは読めない。だが、少なくともろくなことにはならないはずだ。用心して構える。

 その間、ノワールは何も言わず、攻撃をしようという素振りも見せずにただ立っていた。そんな彼の周りを青白い光が包み込んでいく。異質な空気が漂う中、次第に光は彼の右手に集束されていく。そしてノワールが右手を天に向けて伸ばすと、光は眩い輝きを放って、空に放たれた。

「『緋天想起(テンペスタスカイ)

 光は雲の中に突き刺さり、弾けた。一瞬だけ、薄暗かった地上が真っ白になるくらいに照らされる。そして光が消えると、次の変化が現れた。

 ポツリ、ポツリと小粒の雨が降り出した。雨脚は次第に強まり、やがて大粒の雨が辺りを襲う。普通の雨とは比べ物にならない、雨粒の一つ一つが体に当たるたびに痛みを感じるほどの激しい雨が降り続ける。雨は大地に降り注ぐと、その雨粒の大きさと激しさのせいでどんどん地面を抉っていく。やがて大きな水たまりが何か所にもできた。

「天候を自在に操る能力。この雨が何の意図を持って降らせているかはわからないけど……これくらいで私は止まらないわ」

 これ以上何もないと判断したフィーネはすぐにノワールに迫る。槍のように降り注ぐ雨をも無視し、一直線に駆ける。

 ノワールも負けじと応戦した。斧で一撃一撃を受け止め、何とか攻勢に出ようとしていく。しかし、やはり羽衣の前に阻まれる。雨のおかげで爆発の火力自体は弱まってきているが、爆風そのものは消せるわけではないし、むしろ雨のせいで煙がなかなか晴れなくなっている。

大きく扇を振るってきたフィーネの一瞬の隙をつくと、思いっきり弾き返し、一旦離れた。

「……まだ無理か……」

空を見上げ、思わず舌打ちをしてしまう。雨脚は依然として強く、とどまることを知らない。さらには雷鳴までも轟き、嵐の中のようである。



 激しく振り続ける雨の中、二人はびしょ濡れになってもなお、戦い続けていた。依然としてノワールの攻撃はフィーネに届くことはなく、羽衣の前に全て防がれている。一方のフィーネもノワールに決定打を与えることなく、チマチマとした攻撃を繰り返していた。

 羽衣を攻守にうまく切り替えながら、ノワールを追い詰めようとする、しかしノワールも腕っぷしだけでフィーネの攻撃を弾き返し、隙あらばなんとか羽衣の守備範囲外を狙おうとしている。

「楽しくなってきたわね!」

 撃ち合うさなか、フィーネが楽しそうな声をあげて笑う。もちろん手を休めることなく。

「何が……っ、『楽しい』だよ。こっちは必死なんだって!」

 縦に振るった斧は、あえなく羽衣に阻まれる。羽衣の隙間から見えるフィーネの表情は童心に帰った少女にも見えた。

「それが楽しいのよ! 一瞬の油断が死に繋がる戦いがね。あなたもそう思うでしょ? この生死をかける戦いが嫌じゃないって」

「……悪いが共感できない……な!」

 渾身の横なぎがフィーネを捉える。羽衣でガードしているはずなのに、それごとフィーネの体は吹き飛ばされた。だが、大した勢いでもないので、簡単に態勢を立て直す。

「このままじゃ、ほんと埒があかないな。そろそろ……でもっ!!」

 目の前に迫る鉄扇を体を横に動かして躱す。次いで、横から来るもう一本の鉄扇は、斧で弾く。

 ずっと続く撃ち合いにお互いが疲れを感じてき始めていた。動きが先程よりもかなり鈍ってきている。

 だが、二人は笑っていた。余裕がないのはわかっている。少しでも気を緩めれば、一瞬でやられる。

 それでも二人の顔からは笑みは消えない。

「はぁっ……はぁっ……腕がしびれてきたわ。早く休みたい」

「じゃあっ……さっさと負けてくれないかなっ!? 俺だって限界近いんだよ」

 ノワールの顔面を狙って鉄扇を突く。喰らったら間違いなくただでは済まない速さで繰り出される突きに対し、上体をそらして躱す。そこから後ろに一回転して、距離をとり、反撃の一撃を振るう。

「しまっ……!」

 後悔の声を漏らしたのは目の前のフィーネの動きに気づいたからだ。

 フィーネはその動きを読んでいたかのようにノワールから距離をとっていた。大きく振りかぶったノワールの一撃が虚空を斬る。その隙をフィーネは見過ごさなかった。

 態勢を低くしてノワールの懐に飛び込むと、宙がえりをするように下から体ごと鉄扇を振り上げる。

「うぁっ……!」

 ノワールは咄嗟の回避を試みるも、間に合わなかった。胸に鉄扇を受け、後方に撃ち飛ばされる。

 軋む体を振り絞って態勢を直すそうとするが、吹き飛ぶノワールの隣には追撃を仕掛けようとしているフィーネが鉄扇を構えていた。

「まだまだいくよ!」

 両手に持った鉄扇を左右から同時にノワールの体に打ち込む。両脇のあたりに渾身の一撃が直撃した。

「がっ……」

 鈍い音と共にノワールの口から苦悶の声が漏れた。明らかに肋骨が折れた。ノワールは悲鳴をあげる体を振り絞って、フィーネに向かって斧を振るう。

 しかしフィーネは最小限の動きで身を逸らしてそれを躱した。さらに生まれた隙を縫って攻撃の手をさらに続けた。

 鉄扇の先端を地面につけ、それらを軸にして体をよじらせる。反動で勢いをつけ、両足でノワールを蹴る。

 ゴッ! と低い音を立ててノワールは後ろにのけ反った。ぐらりと視界が揺らぎ、体の力が抜けていく。かろうじて倒れないように体を支えるも、うまく重心がとれない。

「くそっ!! だけど……やぁ!」

不安定な体勢のまま斧をフィーネに向けて振るう。ただ振るうだけではなく、フィーネに向かって投げたのだった。

「悪あがきのつもり?」

羽衣の防御で斧を弾き飛ばす。そして武器を手放し、無防備となったノワールに鉄扇を撃ち込む。

避ける素振りも見せないノワール。フィーネは手に伝わる感触と音に手応えを感じた。

だが、そう確信したフィーネは不意に体が引っ張られる。

すぐに原因がわかった。

「まさか鉄扇を掴んだの!?」

答えはない。両手で左右から迫ってきていた鉄扇を掴んだノワールはそのまま力任せにフィーネを上空に投げ飛ばした。

投げ飛ばされるも、すぐに空中で立ち直り追撃を警戒するためにノワールを見据える。

しかし、ノワールは何もして来なかった。いや、何かをしているがそれはフィーネへの攻撃ではなかった。

(このタイミングで能力? なんで……)

この雨をどうしようというのか。疑念に襲われるフィーネだが、後ろから羽衣越しに伝わる突然の打撃にそのまま地面に落ちていった。

「その羽衣、本人の意思とは無関係に防ぐんだろ? ならこれがどこに飛ばしたのかわかんないと思ったけど……予想通りだったな」

落ちてくる斧を拾い、ノワールは地面に倒れるフィーネを見た。さすがは最強と言われるだけある。とっさに受け身をとり、ダメージを最小限に抑えている。

フィーネはよろよろと立ち上がり、口に溜まった血を吐いた。いくら受け身をとったとはいえ、かなりの高さから落とされた。痛さや体の動きから見るに左手は折れている。肋骨ももしかしたらそうかもしれない。だが、

「まだ終わりじゃないよね?」

笑顔で構える。だらりと下がった左手は痛々しそうで、呼吸も荒い。

だが、諦めようとしないフィーネを見てノワールも答えた。

「無理しなくていいんだよ。俺だってもう限界が近いんだしさ」

さっき受け止めたときの衝撃で腕はほとんど折れているようなものだ。斧を握るだけで痛い。

だけどまだ終われない。彼の切り札は今からなのだ。

手に光が宿り、それは空に放たれた。

「最後だ。『緋天想起』!」

激しく降り続いていた雨が止む。風も落ち着いた。しかし、空は依然として暗いままだった。

「何をしたの……!?」

最初はわからなかった。それは微々たる変化だったから。だが変化がはっきりとしたものになったとき、フィーネは何が起きたか理解できた。

「寒っ!! 気温を下げたのね!」

体感温度がどんどん下がっていた。氷点下は下っているだろう。雨で濡れた体が体に張り付くような寒さを与える。

さらに空からは白いものが落ちてきた。

雪だ。

「雪に変えて何のつもりか知らないけど……このくらいの寒さ、何ともないわよ?」

自分の体の頑丈さはわかっている。この程度の気温差では体に何の影響も及ばさない。ノワールの意図はわからないが、このままいける、とフィーネは確信した。

対するノワールは持っている斧を両手で握ると、左右に引っ張った。すると、斧は二つに裂け、二本の少し小型の斧となった。

ふーっと息を吐く。これが全てだ。これで決まらなかったら自分はもう打つ手はない。だから……

「全力でいくよ」

 初速から一気に加速し、フィーネに近づく。もちろんフィーネも反応していた。

右の斧でフィーネの胴体を狙う。しかし、羽衣に防がれる。今度はフィーネが鉄扇でノワールの胸を突く。それは右手を強引に引いて弾く。左の斧が下から迫る。だが、それも羽衣によって無力化される。

雪が激しく吹きつける。吐く息は白く、体を動かしていないと濡れた体が凍ってしまいそうだ。

フィーネは舞いながら爆刃を飛ばす。ノワールは直撃だけを避け、しかし爆風を受けながらも攻撃を続けた。

「はぁっ……これはどう!!?」

止まらない猛攻にフィーネは地面に向けて爆刃を飛ばした。

激しい爆発音とともに二人の体は吹き飛ぶ。

雪は視界の妨げになるほどの勢いとなった。立つのもやっと、寒さのせいで身震いが止まらない。

それでもノワールは攻撃をやめない。

すぐに距離を詰め、両斧を振り下ろす。だがこれも羽衣に止められた。

(………もうすぐだ!)

あと少し……フィーネはノワールの目的に気づいていない。

「諦めが悪いわね!」

フィーネの方もかなり限界が近いようで、攻撃に粗くなってきた。

鉄扇がノワールの眼前に迫る。だが、動きが遅く、力があまりこもっていない。斧で弾かずに、そのまま躱した。

そしてそのわずかな粗を縫って、ノワールは彼女の背後に回った。

「っ!?」

彼女が振り向く前にノワールは斧を薙いだ。

鋭い金属音が二人の間から響く。フィーネが扇で防いだのだ。だからノワールはそのまま勢いに任せて斧を振り回した。

「まだだ!!」

飛ばされるフィーネをすぐに追う。先のノワールの一撃のせいでフィーネの手から鉄扇が一つ離れていた。

「くっ! でも……」

残る一つの鉄扇を振るい爆刃を飛ばす。体勢を立て直す時間稼ぎのために。

しかし、その目論見は失敗した。

「なっ!? 突っ切ったの?」

体に刃が刺さりながらもこちらを追うノワールの姿が目の前に迫っていた。

両手に構えた斧をフィーネの体めがけて一気に薙いだ。

「無駄……よ……!?」

フィーネは最後まで言葉を続けることができなかった。

否、言葉を言うどころではなかった。

「くっ!!」

とっさに鉄扇で斧を受ける。強い衝撃が腕に伝わる。

「なんで……?」

腕力の差でどんどん押される。限界が近い。

「なんで羽衣が動かないの?」

自動で防いでくれるはずの羽衣がノワールの攻撃に対して何も反応しなかった。

羽衣の方に目をやると、理由はすぐにわかった。

「凍ってる……。まさか!?」

「あれだけ濡れて、一気に冷やされれば、たとえすげえ羽衣でも凍るよね? 所詮は布なんだから!」

ノワールは腕に力をさらに込める。痛みで緩めたくなるが、我慢だ。ここさえ乗り切れば……

「これが王の意地だ!!」

一気に力を入れて押し切る。しばらく続いた鍔迫り合いだったが

「!??」

フィーネの手から扇が吹き飛んだ。そのまま斧はフィーネに振り下ろされる。

「あっ……!?」

赤い鮮血とともにフィーネの腕が切り落とされた。

驚愕と悔しさに目を閉じたフィーネの顔を目にしながら最後の一撃をぶつけた。

「終わりだ!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ