13話
一か月ぶりです。納得いったりいかなかったと、悩みながらようやく更新できました。
第二戦後の幕間と改筆前でははしょられたレミィの試合の走りです。
はしょったところなのでレミィの戦い方を考えるのはちょっと難しかったり……。あと、学園じゃなくて旧王国?と思った方がもしいたら初めの頃に世界観説明しているのでそこをご参照ください
医務室。クローディアはアリスを抱えてやってきた。そんな彼女のもとに医療担当の人たちが駆け寄ってくる。
「すみません、すぐそこに寝かせてください!」
その指示にクローディアは大人しく従い、アリスを寝かせた。
「あとは私たちがしますので、クローディアさんも怪我していますからあちらで休んでいてください」
医務室の休憩所に休むよう言われる。しかしクローディアは首を横に振った。
「大丈夫よ。私のけがは大したことないわ。それと邪魔しないからここにいてもいいかしら?」
「え、ええ……構いませんが……」
これから治療を行おうとした青年は戸惑いながら、クローディアのお願いを承諾した。
「ありがとう」
礼を言って、クローディアは部屋の壁まで下がり、もたれかかった。そうして息を吐いた。表情には疲労が見え、調子がよくないのは明らかだ。
(ちょっと傷もらいすぎたかな……?)
一見すると気づきにくいが、彼女はそれなりのダメージを受けていた。特にあの二人の演奏は外傷には残らないが、かなり精神的にダメージを受けるのだ。
とはいえわざわざ治療を受けるまでもない。それよりもこうやって妹の傍にいてあげたい。その方がずっと癒える。クローディアは微笑みを浮べて、治療を受けているアリスを眺めていた。
医療スタッフたちが話していることを聞くに、アリスはそれなりの火傷と首の骨が折れているらしい。火傷の方はすぐに治療はすむが、致命傷となる首の方は時間がかかるようだ。
「夜には目が覚めていたらいいけど……」
戦うことなら一通りできるが、こういったことになるとからっきしな自分が悔しい。ため息をつき、とにかく今は待つことに徹しよう。
そう考えた時、不意に声を掛けられた。
「お、クローディアじゃん」
声のした方を見ると、そこにはへらへらと笑っているノワールがこちらに手を振りながら歩いてきていた。
「ノワールか……」
「なんだその残念そうな表情は。別に喜ばなくてもいいけど、その顔はやめてほしいな」
「別にいいでしょ? あなたも別に私と話すの好きじゃないでしょ?」
ノワールは返事をしない。代わりにハハハ、笑ってクローディアの隣に立った。
「否定しないのね」
「さあな。実際のところ俺もよくわかっちゃいないからな。あんたのこと」
「…………」
クローディアは驚いた様子でノワールを見る。
「ん? 何か変なこと言ったか?」
「いや、別に……。というかあなたここにいていいの? 次はレミィの試合でしょ?」
「ああそうだけど……それがどうしたんだ? 俺はシーナたちの様子を見に来ただけなんだが」
そういえば、そうね。とクローディアは納得する。そしてこう続けた。
「でも早く戻らないとレミィの雄姿見れないわよ? ちゃんと見てあげないと」
「……? もちろん見るつもりだが、どうしてそこまで言うんだ? お前が気にすることでもないだろうに」
ノワールの答えにクローディアは微妙な表情をする。そして呆れた顔で呟いた。
「まだ何もなかったのね……」
どうやらノワールには聞こえていなかったようで不思議そうな顔をして首を傾げていた。
「気にしなくていいわ。これは私がどうこういう問題でもなさそうだし」
苦笑を浮かべ、クローディアは前を向く。
「ま、いっか。……しかしお前、ずいぶん変わったよな。あれか、20年の修行の成果か?」
話題を変え、ノワールが尋ねる。
「そうかしら? 具体的にどこが?」
「んー、全体的に丸くなったな。昔はもっと近づくなオーラ出してたし、それに目が怖かった」
「ふーん。じゃあ……」
「ああ、今は偉く落ち着いてる。そうだな、昔が手が付けられない野良猫だとしたら、今は飼い猫かな?」
「何よその喩。………でもまあ、あながち否定できないかもね」
クローディアはそう言いながら思い浮かべる。自分が出会った人、そして経た経験の数々を。
「私も色々あってね、少しだけ考え方を変えたのよ」
「そうなんだ。いいじゃないか? 今の方が割と親しみやすいし」
「あ、そ。ならよかったわ。……でもあなたも結構変わったと思うわ。えらくシャキッとしてるし……。あなたこそ何かあったの?」
今度はクローディアが聞き返す。彼女の知っているノワールはもっとヘタレな気がしていたのだったが……。
「俺も同じだよ。いろいろあったんだ。で、このままじゃダメだなーと思ったんだ」
「……お互い何かあったのね。でも、それがいい方向に転びそうでよかったんじゃない?」
「だな」
それからしばらく二人は無言で佇んでいた。そうしてしばらくすると、アリスの治療が終わったのか、先程の青年が疲れた様子でクローディアのところにやってきた。
「応急処置は終わりましたよ。幸い、傷はほとんどなかったため、すぐに目を覚ますと思います。もし起きたら、無理はしないよう言ってもらえますか?」
「ええ、わかったわ。ありがとう、お疲れ様」
青年はぺこりと頭を下げて立ち去る。
「終わったみたいだな。じゃあ、俺も双子の様子でも見に行くか。早くしないと次の試合に間に合わないしな」
そう言ってノワールシーナたちの所へ行く。
「………」
一人になったクローディアは無言でアリスのもとに歩み寄る。寝かされているアリスはすやすやと寝息を立てている。見た目は全く外傷がなく、先程まで戦い、そして死んでいたとは思えない。
「全く、ほんとに無茶してから」
アリスの頬を撫でる。さらさらとした肌は触っているだけで心地よい。全く瑕疵のない宝石のようにアリスは綺麗だった。
「………ずるいけど、いいよね」
あんまり時間を無駄にしてスタッフが戻ってきてもバツが悪い。クローディアはさっさと行動に移すことにした。
「……ごめんね」
クローディアはアリスの服を脱がせる。上半身が露わになった彼女の上に手をかざす。すると彼女の指先から赤い糸が出てくる。それはまるで意思を持った生き物のように宙を這うと、アリスの体にぴたりと触れる。
「んっ!」
アリスが声を上げる。苦しいのか、それとも糸が触れた不快感か。いずれにせよまだ起きる気配はなく、クローディアは作業を続けた。
糸の動きに集中して慎重に操作する。そうして糸はアリスの体へと侵入した。
「さて、ここをこうして……」
なるべく痛みを与えないように、苦しませないようにクローディアは慎重に指先を動かす。しかし、異物が体に入ったことを体ははっきりと認識しているようでアリスはしきりに苦悶のうめき声をあげている。
「我慢してね。もうすぐ終わるから……」
苦しむ妹を労わりながらクローディアは作業を進める。
始めてから10分ほど経ったところでアリスの体から糸が抜けていく。そして全て抜けるとクローディアは糸をつまみ取りちぎった。それから苦しさで汗をかいたアリスの体を拭きとり、また服を着せた。
「これで治りは速くなるし……うん、大丈夫」
もう一度アリスの頬を撫でる。
するとアリスが「んん……」と唸り、ゆっくりと目をあけた。
「……あれ? お姉、ちゃん?」
「ええ、私よ」
「どう、したの? それに、私……」
蘇生したては直前の記憶が覚束ない。そのためアリスもなぜ自分がここで寝かされているのかよくわかっていないのだろう。
「あなたはさっきまで試合をしていて、その時死んだの。試合自体は勝ったけどね」
「……そう、そうだったね。私、二人に負けちゃったんだね」
少しずつ思い出してきたようでアリスはボーっとした表情から意識がはっきりとしてきている。そして辛そうに唇を噛みしめていた。
「せっかくお姉ちゃんと一緒に戦えて、頑張ろうと思ってたのに……逆に足引っ張っちゃったんだ」
随分と弱気なアリス。見ているクローディアまで気持ちが引き摺られそうになる。だが、ここで甘えさせてはいけない。クローディアは弱音を吐こうとするアリスの額にでこぴんをした。
「痛いっ!? お、お姉ちゃん、どうしたの!?」
ばっと飛び起きる。アリスは額を抑え、驚いた表情でクローディアを見た。当のクローディアは呆れた笑みを浮かべていた。
「まったく……何をそんなに弱気になってるのよ。あなたの取り柄はいつものあの明るいところでしょ? こんなことでいちいち悩まないの」
「で、でも……」
「でもじゃないの。あなたはまだ、未熟なの。それなのに何でもできるなんて思い上がっちゃいけないわ」
『未熟』という言葉にアリスは暗い顔をした。しかしクローディアは続ける。
「今はまだみんなに頼っていいのよ。私にだって。そうでもしないといつまで経っても何も変わらないまま」
「………」
「あなたは賢い子だからみんなに迷惑かけないように立ちまわってるけど、それは杞憂よ。みんなわかってる。何年一緒に過ごしてると思ってるのよ」
「………」
「ただまあ、あんまり説教しても今はつらいでしょう。ゆっくり休みなさい」
アリスの頭を優しく撫でる。
「………お姉ちゃん」
「何?」
クローディアを見上げる。彼女の視線は真剣だ。
「『未熟』ってことは、私これからもっと強くなれるよね!? 今よりももっともっと。お姉ちゃんみたいになれるよね!」
「アリス………」
「ねっ!?」
「ふふっ……ほんっと、バカなんだから」
あんまりに真剣なアリスにクローディアは圧倒され、苦笑をこぼすしかなかった。
「これからどうなるかはあなた次第。それに私なんかにならなくていいわ。あなたはあなた。好きに自由に気ままにすればいいの」
ね、と撫でていた手でアリスの頭を小突く。アリスも抵抗をせず、大人しく横になった。
「さ、まだ治りたてなんだからゆっくりなさい。眠れないようならそこにモニターあるからエクセラの試合でも見てるといいわ」
アリスに綺麗に布団をかけてあげ、傷病者用の蒸しタオルを枕元に置いておく。それからモニターをアリスの見やすい位置に置いてあげた。
「じゃ、私は戻るからちゃんと休むのよ?」
「う、うん」
布団にもぐるアリスを確認してクローディアは満足そうに部屋をあとにした。
「さ、第三戦が始まりますよ! 選手の方はすでに準備万端。サンクレウス学園からはエクセラ選手、ノーランド学園からはレミィ=ローランド選手です」
歓声が起こる。今日だけでもう何回目だろうか。飽きもしないほどコロシアムは熱狂に包まれている。
「よろしくお願いします」
レミィはエクセラの前に立つと、右手を差し出す。
「こちらこそよろしく」
エクセラも同じように右手をだし、二人は握手を交わす。
「追いつかれたけど大丈夫か?」
「すぐに突き放しますから。それにあとにあいつもいますので」
「信用してるんだな」
「い、いや別に……。一応私たちのリーダーなんですから、ちゃんと強いってことも知ってますし……」
最後の方は声が小さくなってよく聞き取れなかった。
「本当に仲がいいんだな、お前たちのところは」
素顔を仮面に隠しているものの、声色から笑っている様子がうかがえる。
「か、からかわないでください……」
非常に和やかな会話。とてもこれから死闘を繰り広げるとは思えない。しかし、ふっと二人の気配が変わった。
「とはいえ、お前は一度も俺に勝ったことないよな?」
「そうですね。でも、だからといって今回も大人しく負けませんよ?」
「強くはなっているようだが、俺だって同じだ。『俺』を出さないようにお前を倒すつもりだからな」
「……その言葉、後悔させますから」
レミィは鋭い眼光でエクセラを睨むと、背を向け、距離をとった。
「……それでもまあ、覚悟決めないといけないんだけどな」
互いに距離をとり構える。エクセラは一振りの刀。腰に下げた鞘に納めたそれの柄を握り、いつでも抜けるよう構えている。
対するレミィは細い刀身の剣、ノーランド旧王国時代に貴族の間で使われたレイピアを右手に持ち、体の正面に、剣先を上に向けて構える。
両者すぐに動ける最善の構えをとって開始の声を待つ。
「……」
そんなフィールドの空気を感じ取ったのか先程まで上がっていた歓声はいつのまにか止み、張りつめた緊張感だけが漂っていた。シャナもまたそんな雰囲気にのまれ、なかなか言葉を出せないでいた。
「――そ、それでは! 第一試合第三戦、エクセラ対レミィ=ローランド、勝敗を左右する大事な一戦、勝つのはどちらか………始め!」
「…………」
「…………」
開始の声が上がったにもかかわらず、二人は微動だにしない。得物を構えたまま、じっと相手を見据えている。
少しでも動けばそこからは止まらない。それを承知している二人は自分のペースで動ける最善のタイミングを見計らっているのだ。
見ている者からしたらじれったい、一切の緊張の緩みも許されない状況。今か今かとただ見ることしかできない。
「…………」
エクセラは冷静にレミィを見据え、自身も緊張の糸を張りつめる。
(以前より隙がない……)
わずかな呼吸の荒れ、崩れたリズムの動きなどは一切見受けられない。完璧に隙のない一挙一挙にエクセラは感心し、どう攻めたものかと考えていた。
「考えても無駄か、と」
エクセラは覚悟を決め、静止状態から一気に加速した。
レミィに接近するその途中で鞘から刀を抜き、一思いに振り切る。
「っつ!」
レミィは目の前から襲い掛かる刃を冷静に見極める。レイピアの剣先を刀の側面に当て、そのまま流すようにレイピアを振り下ろす。そうしてエクセラの一刀を力を使うことなくいなした。
「せいっ!」
その動きから身を引き、一緒に体に引き寄せた右腕を突き出す。
だが、エクセラも体をかがめることで躱す。そして振りぬいた刀ですぐに二撃目に移る。下から上に切り上げ。それは目で追うには速すぎる神速の一太刀。
だからレミィは目で見ない。気配、音、他のすべてを駆使して動きを予測し、無理に体を動かして躱しはせず、レイピアを使って受け流していく。
そしてすかさず反撃をする。受け流した動作はそのまま次の攻撃の動作に移り、無駄のない、しかし決して型通りではないレミィの攻撃は的確にエクセラを狙う。目、耳、肩、腕、足。相手のあらゆる部位をランダムに攻撃するレミィの刺突はエクセラに満足な動きをさせないための牽制にもなっていた。
「それでも、まだまだだ」
レミィの攻撃のわずかな隙を縫うようにエクセラも刀を振るう。見た目からレミィの方がより速く的確に動けそうではあるが、エクセラは彼女を上回るスピードで圧倒していく。
「どうした?」
エクセラは応酬の中、レミィに問いかける。
「いつものあんたにしては雑把じゃないのか?」
それはレミィに対する挑発ではない。確かめたい疑念だった。剣筋に一切の迷いはない。むしろ研ぎ澄まされており、彼女の力強さが覗える。だが、どこか気持ちがすれている。何か別のことに気が向いているような……。
「………」
レミィは答えない。代わりに彼女の剣捌きは激しさを増していく。
「答えるわけない、か」
エクセラは大きく斬りこむ。大ぶりな攻撃をレミィは受け流さずに距離をとった。そして離れたと同時にトップスピードでエクセラに向かって突進した。
ガキっと初めて武器同士のぶつかり合う音が響いた。押しこむレミィとそれを受けるエクセラ。表情のわからないエクセラはともかく、レミィの表情は鬼気迫るものだった。
「………」
レミィはレイピアを握る腕に力を込める。そして同時に思っていた。
(私は負けるわけにはいかない……。絶対勝つ。あいつのために……)
そう心の中で呟き、二週間ほど前のことを思い出していた。
せっかく戦い始めたと思ったら回想シーン。よくあることです。
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