10話
ずっとこちらで更新するの忘れてました……。というより今度からこちらを主体にやっていこうかなと考えています。
フウリは即座に距離をとった。自分は近距離戦にあまり向いていない。しかし相手は違う。だからすぐに接近戦にならないよう素早く動く。
「……」
対するイリアは動かない。視線は明らかにこちらを追っているが、様子見なのか行動を起こしはしない。
だからといって油断していいわけではない。フウリは慎重に敵の動きを注視しながら、服の袖口から自分の武器を取り出す。それは一本の筆だった。筆ではあるが文字を書く時に使う者よりはかなり大きい。それをフウリは右手で持つと、イリアに攻撃をすることにした。
「『斬』」
空に言葉通りの文字を書く。するとそこに『斬』という文字が黒く浮かび上がる。それからすべて書き終えると文字は中心にぐにゃりと歪みながら集約し、そして消えた。
「………」
イリアはすぐにその場から離れた。それからすぐに彼のいたところの地面がまるで刃物で斬られたかのように抉れた。
「まだまだ行きますよ」
フウリは『斬』という文字を休みなく書き続ける。文字は現れては消え、そして見えない刃となってイリアに襲い掛かる。
「ふんっ!」
その数の多さに避けるだけでは間に合わないと判断したイリアはついに背中に担いでいた大剣を持ち、抜刀と同時に大きく薙いだ。ぶわぁっと一陣の風が吹くと共に見えない刃は彼の所へ届く前に白い煙のように姿を現し、消えた。
「相変わらず便利な能力だな」
イリアはぼそりと呟く。フウリの能力は過去に何度も対峙したため知っている。もちろんその対策もだ。しかしフウリは策士でもある。自らの弱点をも逆手に取ってくるかもしれない。だからイリアは慎重に行動することに徹した。
次々と襲い掛かる刃を彼は造作もなくいなしていく。
(さすがにあっちもそう簡単には手の内を晒してくれないよなー)
休むことなく文字を書くフウリは次の手を考えていた。イリアの持つ大剣は見た目通りかなりの威力があり、迂闊に鍔迫り合いを挑もうものなら決して太刀打ちできない。だからなんとかしてこの距離を維持しながら優位に立たなければならない。
加えてイリアの能力もある。あれは相当に厄介であるからそれにも気をつける必要がある。
「くっ……」
フウリは手を止める。あまり力を使いすぎても体力切れになるだけ。すぐに次の行動に移る。
「って、な!?」
そう思った瞬間、フウリは殺気を感じ、咄嗟に筆を正面に構えた。
するとほぼ同時にガンッと鈍い音と共に、腕が折れそうなくらいの強い衝撃が彼の腕を襲った。
すぐ目の前にあるのは鉄色の刀身、イリアの得物だった。そして当然イリアもいる。
「速い……ですね」
「……どうした? 隙を晒すなんてお前らしくないな」
慎重に行くつもりが思ったより彼に隙があったため、イリアは一気に押し込んだ。
ぎりぎりと押される。明らかに力の差は歴然、どう切り抜けるか……。考えているうちに刀身はどんどんフウリに迫ってきている。このままでは潰されてしまう。
「こ……の!」
両手で支えていた筆だが、フウリは右手を離した。そして右手を体に引くと同時に体を左に捻る。その結果、筆は斜めに横にそれていき、その上を剣がすべるように落ちていった。
剣をいなしたと思った瞬間、フウリは筆を地面に突きたて、棒高跳びの要領で体を浮かせた。そしてその勢いのままイリアの頭めがけて蹴りを放つ。
「ふんっ」
渾身の蹴りをイリアは大剣を持っていない左手で受け止めた。さらにフウリはもう片方の足で追撃をする。
しかし今度はイリアは上体を逸らすことで躱した。イリアは逸らした勢いで宙返りをし、フウリから離れる。
「『盾』!」
空中に身を晒しているフウリはすその体勢のまま文字を書く。『盾』の文字は彼の前で文字通り大きな盾となった。そしてフウリはその盾を蹴って後ろにさがる。と同時に盾は体勢を立て直したイリアの一撃によって無残に潰されてしまった。
「相変わらずすごい力ですね……」
わずかの交錯の間に起こった応酬にフウリは若干の焦りを感じた。
(思ってはいたが、やっぱり腕力じゃ比較にならないほど向こうが上だ。近接に持ち込んだらほぼアウトだ)
「すごいというのはそれほどお前に腕力がないからなだけだ。俺並みのやつもいれば以上のもいる。俺だけ見てすごいと判断しないようにな」
軽く大剣を振り払って、イリアはフウリと対峙する。
「それと、だな」
イリアは言葉を続ける。
「何を悩んでるかは知らないが、真剣勝負の最中に考え事はするなよ」
「っ………!?」
彼の指摘にフウリは唇を噛む。図星、であるようだった。
「あんまり気を緩めない方がいいぞ」
再びイリアはフウリに詰め寄る。しかし今度はフウリは冷静に対処し、筆で受け流しながら躱す。
「『剣』」
二人のわずかな距離の隙間から剣が現れ、イリアにとびかかる。
しかし、イリアもまたその手を読んでいたがのごとく、無駄のない動きでいなし、逆にカウンターで剣を振り下ろす。
「よっと!」
フウリはバク転をして後ろに距離を取る。その過程で器用にまた文字を書いた。
「『雷』」
瞬間、鋭い閃光がイリアに襲い掛かった。
「くっ!」
攻撃そのものは見切れたが、攻撃の速さに追いつかず、わずかに肩をかすめる。が、動けないほどのものでもなく、イリアは体勢を整えると、すぐにフウリに接近した。
胴よりも下段、膝のあたりを狙った剣をフウリは跳んで躱す。が、その浮いた体にイリアは剣を離して詰め寄る。
その動きにフウリも筆を棍棒代わりに使って反撃する。
「甘い!」
手のひらで筆を受け流し、隙だらけになったフウリの片腕を掴む。
「せい、はっ!」
右腕を左手で、さらにフウリの胸倉を右手でつかむ。そして体をひねってフウリを投げる。背負い投げだ。
数秒にも満たない鮮やかな流れにフウリはろくな受け身を取れずに地面にたたきつけられた。
「かはっ……!」
体の中の空気が一気に吐き出され、呼吸ができなくなる。そしてその隙をイリアは見逃さない。掴んだ腕を抱え込むと、フウリの体を思いっきり引っ張り、宙に浮かせた。
さらにその浮いた体に拳を打ち込む。腹を殴られたフウリは口から血をこぼす。
「くっ……さ、せるか!」
追撃を狙うイリアに対抗すべく、不安定な体勢なままフウリは掴まれていない方の腕をイリアに向ける。
「っ!?」
フウリの腕が向けられた瞬間、イリアは手を離し、大きく後ろに下がった。彼の頬には一筋の切り傷があり、血が流れている。
「物騒な奴だ」
苦笑を浮かべ、足元の剣を拾う。下がるときに一緒に下げておいていたのだ。
「技を受けたのはわざとか?」
「……さぁ、どうでしょうね」
澄まし顔でフウリは筆を拾い、腰の紐にかける。そして両腕をだらりと前に下げる。袖の長い服のため、手はほとんど隠れてしまっている。
「………」
顔を下げ、ゆらりゆらりと体をゆらす。そして数瞬のうち、フウリの姿が消えた。
「しっ!」
イリアは正面に剣を振り払う。すさまじい剣風に砂煙が巻き起こる。正面から近づこうものならそれをもろに受け、視界が一気に奪われるだろう。
「甘いですよ」
ささやく声に聞こえるフウリの声。イリアは自分の剣に何か重みがかかったのを感じた。それと同時に肩に痛みを感じた。
見はしない。だがおそらく肩を刃物か何かで斬られている。そんな痛みだ。
「鼠みたいだな……」
イリアは小さく舌打ちをし、そしてその場を離れた。元の位置から数十メートル離れ、そして周囲の警戒に全神経を注ぐ。
(流石『大陸一のアサシン』といったところか……)
『大陸一のアサシン』。それはフウリの呼び名だ。彼の戦闘スタイル、速さと気配遮断、そして袖に隠したおびただしい数の暗器。これを駆使したヒット&アウェイ。普通の者ならば、何が起きたかわからぬうちに命を刈り取られてしまうだろう。
実際今、イリアにはフウリの気配を一切感じていなかった。自分のレンジに入った瞬間のわずかなさっきしかわからない。だから必ず後手に回ってしまう。
「ちぃ……」
今度は腕を斬られる。腹部には何かしらの打撃ももらった。しかしこちらは反撃もおろかまともな反応ができない。
だからといってさっきのような目くらましは彼には通用しない。その程度の障害は彼のいにも介さない。
「『影』」
さらに能力までも併用し始めた。
「『具現彩灰』……。厄介だ」
攻撃の勢いが二倍に増えた。おそらく自分の分身を生み出したのだろう。
剣を盾代わりに使ってなんとか攻撃をしのぐ。今はそれが精いっぱいだった。
(なんとかして隙を見つけないと)
受ける傷は増えていっている。このままだとジリ貧だ。
(もっと追い詰めてから使いたかったが………)
イリアは盾代わりにしていた剣をその場で大きく振り回す。フウリもさすがにこれは危険だと感じたのか攻撃の手が僅かに止む。フウリはその瞬間を逃さなかった。そのまま地面に剣を突き刺す。距離をとっていたフウリは反応が遅れてしまった。
「しまっ……!」
慌てて動き出そうとするフウリだったが、その前にイリアは行動を始めた。
「『虚大造形』」
一言、そう言い放った。
その瞬間、フウリの視界はコロシアムから一気に暗転した。空は消え、一面暗黒が広がっている。しかし、暗闇で何も見えないわけではない。そしてこれがイリアの手によって起こされたものであると考えるでもなくわかった。
「……迂闊だった」
フウリは己の情けなさに嘆く。もちろんそんなことをしている暇はないが、今のは明らかに自分の臆病さが原因だった。
「とにかくなんとかしてここから脱出しないと……」
姿勢を戻し、筆を構え、フウリは暗闇の中を駆けた。
『虚大造形』。イリアの持つ能力である。それは異空間を作る能力。範囲は限られるが、その中にいるものは全て彼の作る異空間に巻き込まれる。もちろん避けることは対抗しうる能力でもない限りできない。そして異空間内は無限に広がっていていつまでも先が見えない。さらにはこの中では全て行為者であるイリアの思うままに構築することができる。
「一体どこに……」
しかしそんな能力だが、デメリットがあり、一つは異空間内を自由にできるがそれは人に対してはできないことともう一つはイリア自身もこの異空間内に必ずいなければならないということだ。
「……『光』」
文字は眩い光となって周囲を照らす。閃光、とまではいかないがこれも一つの手である。
「! 『礫』×『数多』!」
二つの文字は混ざり合い、無数の石ころがフウリを中心に一気に放たれる。
「『爆』」
そして仕上げに文字を書くと放たれていた石ころが一斉に爆発した。
それだけで空間がぐらりと揺れる。ピキッと何かが壊れかける音がした。空間が壊れているのだ。こうした異空間への大きな損傷は彼の能力を解く一つの手でもあった。
(こうしておけば何かアクションを起こしてくれるはず)
そうしてフウリはまた駆けた。
「おんやー。フウリったら捕まっちゃってるじゃん。あれだけ警戒してたくせに」
「よく見えなかったけど、あれはイリアの最後の反撃のせいだよ。さすがにあんな凶悪な一撃は避けたくなるわ」
観客席に座っているクローディアたちはコロシアム上に広がる黒い棺のような巨大な物体を眺めながら。気の抜けた感じで話していた。
「アリスは見えた?」
「え、うん……」
見えた、というのは先ほどまでのフウリとイリアの攻防のことである。
「さすが『神速』。さすがのフウリもあなたの前じゃ、だもんね」
「それは言い過ぎだよ……」
「クロウはフウリより遅いでしょ。そんなあなたが何言ってるのよ……」
「でも私はフウリより強いもん。まーそれは相性のせいもあるけど」
子供のように笑うクローディアはまた視線を黒い物体に戻した。
「イリアも成長したのね。前見た時よりも大きくなってる。きっとバリエーションも増えてるんでしょうね」
「……あれ? エクセラさんは?」
クローディアに同調しようとしたアリスはふと辺りをきょろきょろと見回す。しかしどこにもエクセラの姿は見当たらない。
「エクセラなら私用で席を外してるわ。もう少ししたら戻るはずよ」
「私用、ですか」
「大方試合の準備だろうね。武器の手入れでもしてるんじゃないの?」
アリスは首を傾げる。
「フウリ君の試合、見なくていいのかな……?」
アリスの言葉にフィーネは「大丈夫よ」と笑って言う。
「陛下さんがそう言うなら……。でもいないからびっくりしましたよ」
「アリスや私じゃないんだから心配無用よ。エクセラはしっかり者なんだから」
少し自嘲した笑いを浮かべ、クローディアはアリスの頭に手を乗せる。
「ほら、試合に集中するわよ。今は中は見えなくてもいつ何が起こるかわからないんだから」
「“創造”」
走り続けるフウリにどこからか声が聞こえる。イリアの声だ。そして声と共に地面が大きく揺れ出した。
揺れは次第に大きくなり、地面からは木々が生え空からは岩が降ってくる。
「くそっ……!」
フウリは上下からの攻撃をうまくかわしながら進む。一瞬聞こえた声でイリアがどこにいるかはわかった。移動しているとは思うが。
そうして動いているうちに異空間内はどんどん作り変えられていく。ある場所からは間欠泉のように水が沸き上がっており、そこはすぐに池となった。波のように盛り上がる土は丘陵を作りあげていく。
フウリはそんな中を走る。この程度はフウリの妨げにならない。筆を構え、異空間の中をイリアを探しながら進む。
「埒が明かないな……。どうしたものか」
しかし一向にイリアの気配を感じられない。気づけば辺り一帯は一つの世界を創りあげていた。
「“雑音”」
またイリアの声が聞こえた。そして言葉が耳に入るとフウリは頭を押さえたくなるような札音に襲われた。足を止め、その場に膝をつく。
「うっさいな……! ちぃっ!」
頭を押さえながら、フウリはいつでも攻撃されても大丈夫なように構える。そして
「がっ……!」
フウリは腹部に鋭い痛みを感じた。と同時に体がふわりと浮く。その感覚のままフウリは背後に吹き飛ぶ。
「………」
体勢を立て直したフウリの正面にはいつの間にかイリアが立っていた。彼は一瞬フウリを一瞥するとすぐに剣を構えて走ってきた。
「『扉』」
フウリはすぐに文字を書く。そして目の前に出現した扉のドアを開け、中に入る。そしてすぐにフウリは出現した扉をたたき斬る。扉は真っ二つになった。
「『弾』×『数多』!」
いつの間にかイリアの背後に現れていた。そしてイリアの背後から無数の弾丸が飛んでくる。イリアは後ろを振り向かずにそのまま跳んで躱す。さらに剣を薙ぎ、その勢いのまま空中で一回転する。薙いだ勢いで風が巻き起こり、さらに弾を吹き飛ばしていく。
「やけくそか……?」
イリアは空を蹴り、背後のフウリに一気に詰め寄る。
「『茨』」
フウリを取り囲むように茨が生えてくる。そして一部はイリアにも襲い掛かってきた。
「ふんっ!」
しかしこれも一薙ぎで払われる。しかしこの間に距離をとった。フウリは次の一手に向けて動き出していた。
だが、
「う、ぐ………」
フウリは文字を書こうとしたが、何も現れることなく、筆はただ空を切るだけだった。
「スタミナ切れか?」
そのフウリの動きをイリアは見逃さなかった。絡みつく茨を振り払い、イリアはフウリに向かって思いっきり剣を投げつけた。
フウリは避けようと動こうとするも
「“雑音”」
再びフウリの脳内に耳を塞ぎたくなるような音が鳴り響く。
「うぁ…………あ……」
この雑音がフウリの動きを鈍らせた。避けられたはずの剣を避けることができず、剣はそのままフウリの腹に突き刺さった。
投げられた剣の勢いのままフウリの体も飛んでいく。背後にある木に剣が突き刺さり、磔にされたようにぶら下がった。
「………はぁ……かはっ」
かろうじて意識を保ちながらなんとか剣を引き抜こうとする。
「お、重……いな」
少しずつ抜くたびに血が溢れ出てくる。完全に引き抜けば失血死するかもしれない。しかしこのまま刺さり続けていても危険である。さらにイリアが迫ってきている。早くしないとこの刺さった剣を薙ぎ払われて両断される。
フウリは筆を握る力を込める。先程は文字が書けなかったが、今度はいけそうだ。
「『爆』」
はりつけられている木に文字を書く。すると木は破裂するかのように大きな音をたてて爆発した。当然避けることのできないフウリは巻き込まれる。
「ぐぁ……。―――抜けた、か」
木から剣が抜け、そのおかげで楽に剣を引き抜くことに成功する。
(この出血量じゃ、長くはもたない……。次が最後か)
彼の見立てではもう少し長引かせる算段だったが、自分の能力の消耗の激しさが予想以上だったため、彼は覚悟を決めることにした。
ボロボロの体に鞭打って、イリアから離れる。呼吸も荒く、手も震える。それでもフウリは筆を握り、文字を書いていく。
「『虎』」
文字は収束し、そこへ一匹の虎が現れた。獰猛な威嚇をし、イリアを敵とみているのか視点を逸らさない。
「『風』『勇』『鋼』『智』」
虎の背中に文字を書きこむ。その全てが虎の体に吸い込まれ消えた。
そして同時に虎は先ほど以上の雄叫びをあげてイリアに襲い掛かる。
「………」
イリアは内心驚きながら冷静に目の前の獣を見据える。剣を構える。
「“幻影”」
言葉と共にイリアの体がブレ、そして二人のイリアが現れた。
虎は一瞬だけ、勢いを殺し二人のイリアを見た。が、スピードが衰えることなく片方のイリアに向かって突進した。
「……そういうことか」
虎が迫ってきている方のイリアは向かい来る虎に自らも突っ込む。互いの距離が数メートルになったところでイリアはその場で勢いよく飛びあがった。
「『鎖』」
フウリが文字を書き終えたのはほぼ同タイミングだった。虎の向かった方のイリアに鎖を飛ばす。
「やはりこれは囮か」
イリアは空中で向きを変えて飛んできた鎖を叩き落とした。そしてもう一人のイリアはそのまま地上にいる虎に襲い掛かる。
「!?」
虎は得物を見失い、戸惑っていたところに横から狙っていた得物とは違うものが来ていた。しかし咄嗟に虎はそれを敵と認識した。すぐに方向転換をしてイリアに襲いかかる。
空中のイリアは下で行われる戦闘を無視して、イリアの方へ詰め寄る。
「前までは生き物を生み出すことができなかったのに、成長したな」
感心したように笑い、剣を振り下ろす。致命傷の彼がもう一撃でもイリアの攻撃を受ければもう勝負は決する。だが、フウリは逃げない。代わりにイリアに笑みを浮かべた。
「なんだ!?」
イリアはフウリの行動を理解できなかった。諦めたのだろうか。しかしそれだと彼らしくない。わずかな焦りがイリアの中に渦巻く。だが、攻撃の手を緩めては逆に危険だ。だから危険を承知で突っ込んだ。
逃げもしないフウリは体を大きく斬られ、後ろに倒れこむ。
『黒い液体』を散らばせながら。
「まさかこれも囮?」
さらにイリアは気付く。切ったフウリ(?)の体に『爆』と書かれていることに。
「ちぃっ……」
即座にこの場を離れようとするも間に合わない。イリアは舌打ちをした。
ドオォォォォォォオン!
けたましい轟音と爆風がイリアを襲った。
黒い空間が亀裂を走らせて、パリンとガラスが割れるような音と共に砕け散った。
観客たちはようやく二人の試合をまた見ることができた。
しかし、すでに勝負は佳境だった。
「はぁ……・はぁ……」
立っていたのはイリアだった。着ていた黒のコートはボロボロの布切れとなり、下に来ていた制服もかなり破れていた。さらには肌は赤黒い血で肌色の部分がほとんど見えない。そして彼の左腕は服ごとすっかりなくなってしまっていた。
「はっ……っつう………」
それでも彼は生きていた。息も絶え絶えになりながら残った右腕はしっかりと剣を握っている。
「…………」
対するフウリもまた満身創痍だった。風穴のごとく彼の腹は空洞になっており、生きているのが不思議なくらいだった。さら彼の胸から腹にかけては大きく斬られたような傷がある。
「……囮ではなく巻き添えだったのか」
イリアは息も絶え絶えに呟く。爆発のせいでのどがやられてしまっているようだ。
「だが、仕留めきれなかったみたいだな」
イリアは剣先をフウリにも向ける。しかしフウリは反応しない。荒い呼吸をしながらそれでもなお鋭い瞳でイリアを睨んでいた。
「終わりだ」
イリアは駆ける。けがのせいでスピードは落ちてはいたがそれでも十分だった。
あっという間にフウリとの距離を詰める。そしてフウリは手に持っていいた筆を落とした。
『割』
地面が割れた。それは当然イリアの足元も同じだった。
「まだ、粘るか!」
穴に巻き込まれないようにわずかに方向をずらして進む。しかしその方向にフウリがいた。
フウリは右腕を突き出す。すると袖口から小刀と槍が飛び出てきた。
「この程度……」
イリアは無理な体勢ながら剣をふるった。その結果小刀は弾いたが、槍はその合間を縫ってイリアに突き刺さる。
加えて、フウリは左腕を下から振るう。こちらもまた袖口からいくつもの武器がその刃をイリアに向けて襲い掛かる。
「くそっ………」
そのほとんどをイリアは満足にガードできずに受ける。動きが止まり、痛みと失血に意識が飛びそうになる。
それでもイリアは動く。ガードに使った剣を引き戻し、体ごと大きくふるってフウリの持つ武器ごと叩きつける。
「………」
もはや声も上げずフウリの体は地面にたたきつけられる。しかし、すぐに体勢を立て直してもう一度イリアに襲い掛かろうとする。
「っ!?」
もうフウリが立ち上がることはないだろうと高をくくっていたイリアはフウリが動き出したことに驚き、動きが止まる。
(しまった)
殺られる、イリアは確信した。そして覚悟を決めた。
だが、彼の身には何も起きない。
「……………」
「………」
フウリの腕はイリアの左胸の前で止まっていた。武器も彼に届いていなかった。
「………はっ……」
フウリは虚ろな瞳でイリアを睨む。そして血を大きく吐き出し、そのまま地面に倒れこんだ。
そして全く動かなくなった。
「おおっと! ついに決着がついたようです! 第一試合第一戦、勝者はイリア=コーネルウスだぁぁ!」
コロシアムが一気に沸き立つ。イリアは自分が相対戦をしていることを思い出した。
歓声鳴り響く中、倒れたまま動かないフウリを見下ろしている。
「昔よりは強くなったな。……技術面だけじゃない、お前は心が強くなった。その負けまいという負けん気がな」
そう言ってイリアもまた咳をすると口から血が零れ出た。
「限界……、か」
フウリに背を向け、ノワールたちの方を見る。表情はわからないが双子の片割れがこちらに手を振っているのが見える。
「とりあえず勝った。……あとは、頼んだぞ」
イリアはそう言って笑うと、足に力が抜け、そのまま自分の体が倒れ、そして意識を失った。