『プレスマンの芯の折れたやつを拾いにいった娘と朗読開始の声』
あるところに、父親と母親と娘二人が暮らしていました。父親は行商人、母親は後妻で、上の娘は先妻の子、下の娘は後妻の子でした。よくある話ですが、後妻である母親は、父親が行商に出ている間、上の娘につらく当たるのでした。
この日も、継母は、上の娘に竹かごを背負わせて、裏山でプレスマンの芯の折れたやつを拾ってくるように言いつけました。プレスマンの芯は、よく折れますから、拾うこと自体は難しくも何ともないのですが、竹かごの目の大きさが荒過ぎて、拾っても拾ってもこぼれ落ちてしまうのです。上の娘は、一日中、プレスマンの芯の折れたやつを拾い続け、山の奥に入ったまま、帰ってきませんでした。
夜遅く、父親が行商から帰ってきて、上の娘が見当たらないので、母親に尋ねると、そんなに上の娘のことが気になるなら、山に探しに行けばいい、と言い放ちました。父親は、全てとはいわないまでも、ほとんどを察し、山へ上の娘を探しに行きました。
大変遅くなりましたが、上の娘は、名前を、はい、と言います。ここまでは名前なんかどうでもよかったのですが、ここからは重要になります。別に、今、考えたわけではありません。必要に迫られるまで、思い出さなかっただけです。
父親は、はい、よーい、はい、よーい、はいよーい、はいよーい、と呼び続けました。はいよーい、はいよーい。父親の声は、夜の山に響き続けました。
そろそろ夜が明けようというころ、父親の呼ぶ声に答える声が聞こえました。いまーす、いまーす、と聞こえます。どこにいるのでしょう。なぜ、こちらへ来ないのでしょう。はいよーい、いまーす、はいよーい、いまーす。
朝になっても、二人は帰ってきませんでした。次の日も、その次の日も。永遠に。このときから、山に入ると、はいよーみまーす、はい読ーみまーす、と、いかにも朗読が始まりそうな声が響くのでした。
教訓:この村には、速記をするものはいなかったので、はい読みます、という言葉を聞いても、何とも思わなかったという。




