僕の神様
僕は、彼女の祈りをいつも聞いていた。外に出ることを許されていない僕は、部屋の内から彼女を見ることしかできない。
彼女は毎日、水や食料を運んできてくれる。だが、そんなのは心底どうでもよかった。ただ、君に触れていたい。君と会話してみたい。見つめているだけじゃ足りないんだ。それが僕の全てだった。
ある朝、泣きじゃくる君がやってきた。いつものように食べ物を運んできてくれた。
白い衣が乱れ、肩が小刻みに震えている。彼女は何も言わず、ただ床に膝をついた。額が冷たい板に触れる音が、やけに大きく響く。
「ごめんなさい……」
絞り出すような声だった。誰に向けた言葉なのか、分からないはずがないのに、彼女は僕を見ようとしなかった。
彼女の祈りは、いつも真っ直ぐだ。喜びも、恐れも、嘘がない。だからこそ、胸の奥が軋む。声を返せないこの身が、ひどく歯がゆい。
彼女は震える手で器を置き、鈴を鳴らした。澄んだ音が空気を裂き、部屋に満ちる。僕はその音に縛られている。触れられず、歩けず、ただ在るだけの存在として。
「お願いします、神様……あの子を助けて!」
その願いはいつものように真っ直ぐだった。だが、いつもと違う。絶望、切望……。そんな声だった。
僕は神様にはなれない。僕は君の神様にはなれない。
僕は君のことが好きだった。君はほかの人が好きだった。たったの二言で片付く、単純明快な事実。
不甲斐ない僕を許して下さい。
巫女は、神様と結婚する。それは今はもう昔の話。だが、そんなまやかしを信じていたかった。
僕は助けられない。君の好きな人を。これは嫉妬じゃない。多分。
神様なんて、所詮そんなものなのだ。
どうか、どうか、貴女の為に。泣かないで、祈らないで。
「僕を許してください」
人間みたいに、神に祈ってみた。
「……え?」
振り返った彼女の瞳は濡れて、朝日に照らされていた。
君は僕の神様なんだ。




