第7話 教えない人
翌日から、世界は何事もなかったように動いていた。
ニュースでは、
「エネルギー施設の小規模事故」
それだけが淡々と流れている。
負傷者なし。
原因は設備の老朽化。
――嘘だ。
でも、誰も疑っていない。
疑う理由が、ない。
学校に戻ると、
「大丈夫だった?」
「ニュース見たぞ」
そんな声が飛んできた。
「うん、かすり傷」
それで終わりだ。
それ以上、踏み込んでくるやつはいない。
俺も、それ以上話さなかった。
*
放課後。
帰り道の途中で、足が止まった。
あの歪みが、まだ残っている気がしたからだ。
目を凝らす。
何も見えない。
でも――
“わかる”。
空気が、少しだけ重い。
「……やっぱり」
背後から、低い声がした。
振り返る。
「……今日は窓じゃないんですね」
「堂々と来た」
男は電柱にもたれかかっていた。
「学校は?」
「行った」
「よし」
それだけ。
「で」
俺は我慢できずに聞いた。
「俺、何なんですか」
男は少し考えてから言った。
「失敗作だ」
即答だった。
「……は?」
「最初から完成してるやつはいない」
そう言って、男は歩き出す。
「ついて来い」
「どこに」
「教えない」
*
連れて行かれたのは、川沿いの人通りの少ない場所だった。
夕方。
風と水の音だけがある。
「ここでいい」
男は立ち止まる。
「何をするんですか」
「何もしない」
「……は?」
「感じろ」
それだけ言って、男は黙った。
風。
水。
遠くの車の音。
「……何も起きませんけど」
「起きてる」
男は川面を指した。
一瞬、水の流れがわずかに乱れる。
「見えたか」
「……今の?」
「今のだ」
男は言う。
「エネルギーは、出そうとして出るもんじゃない」
「溜まって、溢れて、勝手に出る」
「じゃあ、どうすれば――」
「溢れさせるな」
無茶を言う。
「そのために、まず自分を知れ」
男は俺を見る。
「君は、焦ってる」
「……当たり前だろ」
声が荒れる。
「家も、金も、父さんも――」
言葉が途切れた。
男は何も言わない。
「守りたいなら」
静かに言った。
「自分が壊れる感覚を覚えろ」
「壊れる?」
「限界を越える一歩手前だ」
「そこを、止められるようになれ」
「止められなきゃ?」
「暴走する」
昨日の光が脳裏をよぎる。
「……それで、父さんは」
男は目を逸らさなかった。
「そうだ」
拳を握る。
「ふざけんな……!」
その瞬間、胸の奥が熱くなった。
視界が揺れる。
「――っ!」
川の水が大きく跳ねた。
「止めろ」
男の声が鋭く響く。
「今すぐ!」
歯を食いしばる。
――壊れる。
その感覚が、はっきりわかった。
「……っ、はぁ……!」
必死に抑え込む。
水面は、ゆっくり元に戻った。
膝に手をついて、立っているのがやっとだった。
男は静かに言った。
「今のが、一歩目だ」
「明日も、同じことをする」
「限界がわかるまでだ」
夕焼けが、川を赤く染めていた。
体はボロボロだった。
でも――逃げない。
そう決めた。




