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光を背負う少年は、世界を守れない  作者: ゆうなるな


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第41話:許容値の外側

 朝の光は、何事もなかったかのように差し込んでいた。


 窓の外では、いつも通りの音がする。

 車の走行音。遠くの話し声。規則的な生活の気配。


 それらすべてが、自分とは無関係のもののように感じられた。


 結城透は、椅子に座ったまま動かない。


 手のひらを見つめている。


 何も起きていない。


 何も出ていない。


 ——だからこそ、わからない。


 どこからが“始まり”なのか。


 どこまでが“許されている範囲”なのか。


 昨日の訓練の感覚が、まだ残っている。


 出そうとして出したわけじゃない。

 止めようとして、止まらなかった。


 それだけだ。


 それだけのはずなのに。


 あの瞬間、確かに思った。


 ——止まらない。


 それは感覚じゃない。


 確信に近いものだった。


 ドアが開く音がする。


 振り返らなくてもわかる。


 師匠だ。


 足音が、一定のリズムで近づいてくる。


 透の正面で止まる。


 しばらく、何も言わない。


 沈黙が落ちる。


 それは重いものではなく、ただそこにあるだけのものだった。


 やがて、低い声が響く。


「——今日は、確認だけする」


 短い言葉だった。


 指示でも、命令でもない。


 事実の提示に近い。


 透は、小さく息を吐いた。


「……出すのか?」


「出さない」


 即答だった。


 間がない。


「出さない状態で、どこまで保てるかを見る」


 透は視線を落とす。


 手のひら。


 何もない。


 だが、何もないことが、保証にならないことはもう知っている。


「……意味、あるのか」


 言葉が、少しだけ掠れる。


 師匠は答えない。


 ただ、少しだけ間を置いてから言う。


「ある」


 それだけだった。


 理由は言わない。


 説明もしない。


 だが、その一言には、逃げ道がなかった。


 透は目を閉じる。


 何も出さない。


 何も起こさない。


 それだけのこと。


 本来なら、できて当然のこと。


 ——それが、できるかどうかを測られている。


 静寂が広がる。


 時間の感覚が、ゆっくりと薄れていく。


 呼吸の音だけが、やけに大きく感じる。


 一分。


 三分。


 どれくらい経ったのか、わからない。


 その間、何も起きていない。


 だが。


 それでも、確実に“何か”が積み上がっていく。


 見えない圧力。


 内側から押し上げてくるような感覚。


 透は、わずかに眉を寄せた。


 まだ、大丈夫だ。


 まだ、出ていない。


 そう判断する自分と。


 ——もう、遅いかもしれない。


 そう囁く何かが、同時に存在している。


 指先が、わずかに震える。


 意識した瞬間、それは強くなる。


 止めようとする。


 抑え込む。


 ——その“行為”自体が、引き金になる。


 息が乱れる。


 浅くなる。


「……っ」


 声にならない音が漏れる。


 その瞬間。


 空気が、わずかに歪んだ。


 ほんの一瞬。


 誰も気づかないほどの変化。


 だが。


 それは“発動”だった。


 透の目が開く。


 自分でも、はっきりとわかった。


 ——今、出た。


 止められなかった。


 出すつもりはなかったのに。


 それでも、出た。


 静寂が戻る。


 何も壊れていない。


 何も起きていない。


 だが、それは結果であって、評価ではない。


 師匠が、ゆっくりと息を吐いた。


「……今の、わかったか」


「……ああ」


 短い返事。


 それ以上の言葉は出てこない。


 必要もない。


 もう、理解しているからだ。


 これは“出す訓練”じゃない。


 “出さないことができないかどうか”の確認だ。


 そして。


 今の結果は——


 失敗ですらない。


 もっと前の段階。


 評価の土台にすら乗っていない。


 師匠は、少しだけ視線を逸らした。


 その動きは小さく、意味を読み取ることはできない。


 だが。


 その沈黙の長さだけが、現実を示していた。


「……今日はここまでだ」


 それだけ言って、背を向ける。


 止める言葉は出なかった。


 透も、何も言わない。


 言えることが、何もない。


 ドアが閉まる。


 音が、やけに大きく響いた。


 ひとりになる。


 静かな部屋。


 変わらない景色。


 だが、ひとつだけ、確実に変わったものがある。


 ——許容値。


 どこまでが安全で、どこからが危険か。


 その境界線は、もう存在しない。


 あるのはただ一つ。


 出るか、出ないか。


 そして今、自分は——


 何もしていなくても、“出る側”にいる。


 透は、ゆっくりと手を握る。


 力を込める。


 何も起きない。


 だが、それは安心にはならない。


 ただの“結果”でしかないからだ。


 ——次は、わからない。


 その不確実性だけが、確実に存在している。


 静かな朝は、もう戻らない。


 透は、何も言わずに目を閉じた。

本作は毎週水曜・土曜の21時に、2話ずつ更新予定です。

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