39話:止める訓練、失敗
本作は毎週水曜・土曜の21時に、2話ずつ更新予定です。
今日は、
いつもより静かだった。
訓練場に入ってから、
師匠はほとんど喋らない。
透も、何も聞かなかった。
聞けば、
逃げ道を探してしまいそうだったから。
「……始める」
師匠の短い一言。
透は、中央に立つ。
足の裏に、
冷たい床の感触。
(止める)
それだけを、
頭の中で繰り返す。
*
「出せ」
透は、息を吸った。
胸の奥にある“それ”は、
もう隠れていない。
触れれば、すぐ応える。
(出す)
空気が、震えた。
昨日よりも、
はっきりとした感覚。
床に、亀裂が走る。
「止めろ」
(今だ)
透は、
力を“その場に留める”イメージを作る。
広げない。
暴れさせない。
――できる。
一瞬、
そう思えた。
「……っ!」
だが、次の瞬間。
力が、
別の方向へ引っ張られた。
(――何だ?)
自分の意思とは関係なく、
出力が跳ね上がる。
空気が、歪む。
「集中しろ」
師匠の声。
(してる……!)
しているのに、
止まらない。
むしろ、
言うことを聞かなくなっていく。
(戻せ……!)
違う。
(押さえろ……!)
違う。
頭の中が、
一気に混乱する。
*
「……っ!」
鈍い衝撃。
壁が、砕けた。
コンクリート片が、
床に散らばる。
透は、
自分の手を見た。
震えている。
止められなかった。
完全に。
「――終わりだ」
師匠の声が、
空気を切る。
次の瞬間、
師匠の手刀が振るわれる。
透の意識が、
一気に引き戻される。
力が、
強制的に遮断された。
*
透は、床に倒れ込んだ。
息が、苦しい。
肺が、うまく動かない。
「……ごめんなさい」
反射的に、
その言葉が出た。
師匠は、答えない。
透は、
拳を床に打ち付けた。
「……できると思ったんです」
声が、震える。
「昨日より……
ちゃんと、触れた気がして……」
師匠は、
しばらく透を見下ろしていた。
「それが、失敗だ」
淡々とした声。
「手応えを、信用したな」
透は、顔を伏せる。
「力はな、
慣れた瞬間に一番裏切る」
その言葉が、
胸に刺さる。
「止めるってのは、
“うまくやる”ことじゃない」
師匠は、続ける。
「失敗する前提で、
壊さずに耐えることだ」
透は、歯を食いしばった。
「……俺は」
声が、掠れる。
「俺は、
向いてないんでしょうか」
一瞬。
師匠の表情が、
ほんの少しだけ変わった。
「向いてないなら」
低い声。
「とっくに、
ここには立っていない」
透は、顔を上げる。
「だが」
師匠は、言葉を切る。
「今日の失敗は、
“次は止められない”側の失敗だ」
その意味が、
透には分かった。
相馬の顔が、
脳裏をよぎる。
止められなかった人。
戻れなかった人。
「……次は」
透は、
震える声で言った。
「次は、
ちゃんと止めます」
師匠は、首を振った。
「違う」
透の心臓が、跳ねる。
「次は、
“止められなかった場合”を想定する」
「……え?」
「お前一人で止められない時、
どうするかを考えろ」
透は、息を呑んだ。
それは――
自分の限界を、
認めるということだ。
「それができなければ」
師匠は、はっきりと言った。
「お前は、
いつか“処理される側”になる」
言葉が、
重く落ちる。
透は、
何も言えなかった。
床に散らばった
砕けた壁の破片が、
失敗を、
はっきりと物語っていた。




