第38話:戻れない場所
本作は毎週水曜・土曜の21時に、2話ずつ更新予定です。
白い天井だった。
病院、というには静かすぎる。
消毒の匂いも、機械音もない。
相馬恒一は、ゆっくりと瞬きをした。
「……起きたか」
低い声。
視線を動かすと、
壁際に立つ男がいた。
黒いスーツ。
無駄のない姿勢。
見覚えはない。
でも――嫌な予感だけは、はっきりしている。
「ここは?」
相馬が聞くと、男は短く答えた。
「保護施設だ」
「病院じゃないのか」
「違う」
即答だった。
相馬は、喉を鳴らす。
体は動く。
だが、どこか――
“線を引かれている”感覚がある。
「俺、どれくらい寝てた」
「二日」
「……そうか」
相馬は、天井に視線を戻した。
(やっぱりな)
あの時。
街灯の下。
透が力を出した瞬間。
自分の中の“何か”が、
はっきり反応した。
嬉しかったのかもしれない。
仲間を見つけた気がして。
でも――
「なあ」
相馬は、視線を戻さずに言った。
「俺は、もう戻れない側か?」
男は、少しだけ間を置いた。
「質問が早いな」
「答えなくていい」
相馬は、薄く笑う。
「顔に出てる」
男は、何も言わなかった。
それが、答えだった。
*
「……透は?」
その名前を出した瞬間、
空気が、ほんのわずかに変わる。
相馬は、それを見逃さなかった。
「やっぱり、関係者か」
男は、視線を逸らさない。
「彼は、まだ観測段階だ」
相馬は、鼻で笑った。
「便利な言葉だな」
観測。
保護。
事故。
全部、
都合のいい言い換えだ。
「なあ」
相馬は、ゆっくり体を起こす。
「俺みたいになる前に、
止めてやる気はないのか」
男は、淡々と答えた。
「それは、本人の選択だ」
「……あっそ」
相馬は、視線を落とす。
右手。
包帯の下で、
“何か”が、静かに疼いている。
(止められなかった)
あの時。
止める選択肢は、
もうなかった。
「なあ」
相馬は、ぽつりと言った。
「力ってさ……
最初は、守るためだったんだぜ」
男は、答えない。
「誰かを守りたいって思った瞬間に、
出ちまった」
相馬は、苦笑する。
「そっから先は、
坂道だった」
止まれなかった。
止まり方を、教わらなかった。
「だからさ」
相馬は、顔を上げる。
「もし、あいつが止められるなら……」
言葉が、途切れる。
その先は、
言わなくても分かっていた。
男は、初めて口を開いた。
「……彼次第だ」
相馬は、目を細める。
「冷たいな」
「現実だ」
*
ドアの向こうで、
ロックの音がした。
相馬は、部屋を見回す。
窓はない。
時計もない。
「なあ」
相馬は、最後に聞いた。
「俺は、どうなる」
男は、短く答えた。
「管理下に置かれる」
「一生?」
「必要と判断される限り」
相馬は、ゆっくりと息を吐いた。
「……なるほど」
視線を落とし、
静かに呟く。
「じゃあ、あいつは……
絶対、間違えるなよ」
透の顔が、脳裏に浮かぶ。
迷っている目。
必死な背中。
(選べなくなる前に)
相馬は、目を閉じた。
ここは、
もう戻れない場所。
だからこそ。
「……頼むから」
誰にも届かない声で、
そう呟いた。




