第37話:止める訓練、地獄編
本作は毎週水曜・土曜の21時に、2話ずつ更新予定です。
最初に言われたのは、
「出すな」でも
「もっと出せ」でもなかった。
「――止めろ」
それだけだった。
*
訓練場は、昨日と同じ場所だ。
低い天井。
冷たい床。
逃げ場のない空間。
違うのは、透の中だった。
(出したら、止めなきゃいけない)
それが分かっているから、
体が先に、怖がっている。
「立て」
師匠の声。
透は、中央に立つ。
「今日は、守るものはない」
透は、はっとする。
「誰もいない。
壊れて困るものもない」
師匠は、淡々と続ける。
「だから今日は、
“止められなかった”では済まない」
透は、唾を飲み込んだ。
*
「出せ」
短い命令。
透は、目を閉じる。
胸の奥にある“何か”を、
意識的に探る。
(……あった)
いつも通りだ。
確かに、そこにある。
ゆっくり、押し出す。
空気が、震えた。
「……っ」
出た。
昨日より、はっきりと。
床に、細かな亀裂が走る。
「止めろ」
師匠の声が、重なる。
(止める……!)
透は、必死に力を引き戻そうとする。
――でも。
止まらない。
出力が、増す。
「っ……!」
歯を食いしばる。
力は、
“守る”という命令を失って、
行き場を探して暴れる。
「止めろ、透」
師匠の声が、少しだけ強くなる。
「止めるってのは、
“消す”ことじゃない」
透の視界が、揺れた。
「流れを切れ。
出した力を、
自分の中に戻すな」
(戻す……?)
そんなこと、考えたこともない。
今までは、
出るか、出ないかだけだった。
「……無理です!」
透の声が、震える。
次の瞬間。
衝撃が走った。
*
師匠の拳が、
透の腹に叩き込まれる。
「――っ!!」
息が、止まる。
床に、膝をつく。
「今だ」
師匠の声。
「止めろ」
透は、咄嗟に、
力を“外”へ逃がそうとした。
――違う。
「違う!」
師匠の声が、空気を裂く。
「逃がすな!」
(じゃあ、どうすれば――)
透の頭が、真っ白になる。
力は、
まだ、出ている。
止められない。
このままじゃ――
*
その瞬間。
昨日の光景が、
フラッシュバックする。
倒れた相馬。
泣いていた人。
恐怖の視線。
(――嫌だ)
守れなかった。
止められなかった。
同じことは、
二度と。
透は、歯を食いしばった。
(出したまま……)
初めて、
逆の発想が浮かぶ。
消すんじゃない。
押し戻すんでもない。
――握る。
透は、
出ている力を、
“その場に留める”イメージをした。
広げない。
暴れさせない。
ただ、
そこに置く。
「……っ!」
体が、悲鳴を上げる。
全身が、重い。
まるで、
見えない重りを、
全身で抱え込んでいるみたいだ。
床の亀裂が、
それ以上、広がらなくなる。
空気の震えが、
少しずつ、収まっていく。
「……」
師匠が、何も言わない。
数秒。
十秒。
透の膝が、震え始める。
限界が、近い。
「……師匠」
声が、掠れる。
「これ……」
師匠は、静かに言った。
「それが、“止める”だ」
*
次の瞬間。
透は、倒れた。
力が、霧散する。
床に仰向けになり、
荒い息を繰り返す。
全身が、痛い。
でも――
壊れていない。
師匠が、上から見下ろす。
「今のは、
止められたとは言わない」
透は、息を整えながら、
それでも、頷いた。
「……はい」
分かっている。
でも。
「……でも」
声が、震える。
「昨日よりは……」
師匠は、少しだけ、口角を上げた。
「地獄の入口には立ったな」
透は、苦笑した。
「……まだ、入口ですか」
「ああ」
師匠は、背を向ける。
「ここからは、
毎回、今日よりきつい」
透は、天井を見つめた。
怖い。
正直、逃げたい。
それでも。
(止められるなら)
守れるかもしれない。
誰かを。
自分を。
透は、ゆっくりと体を起こした。
「……もう一回、お願いします」
師匠は、振り返らずに言った。
「それでいい」
地獄は、
始まったばかりだった。




