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光を背負う少年は、世界を守れない  作者: ゆうなるな


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3/10

第3話 鳴らなければよかった電話

目が覚めたとき、部屋は静かだった。


カーテンの隙間から、まだ薄い朝の光が差し込んでいる。

時計を見ると、六時を少し回ったところだった。


――もう、父さんは出たあとだな。


布団の中で一度だけ寝返りを打って、起き上がる。

廊下に出ると、台所から小さな物音がした。


「母さん?」


「おはよう」


母はいつも通りの声で、弁当箱を閉じていた。


「父さん、もう行った?」


「うん。五時前に」


「そっか」


それだけの会話。

特別なことは、何もなかった。


学校の準備をして、家を出る。

玄関を閉めるとき、なぜか一度だけ、昨日の食卓を思い出した。


理由はわからない。

ただ、胸の奥に小さな引っかかりが残った。



午前中の授業は、頭に入らなかった。


黒板の文字をノートに写しているはずなのに、

気づけば同じ行を何度もなぞっている。


「結城、大丈夫か?」


前の席のやつが、振り返って聞いてきた。


「大丈夫」


そう答えた声は、ちゃんと自分のものだった。


昼休み。

購買でパンを買って、いつもの場所に座る。


スマホが震えた。


母からだった。


――珍しいな。


昼に連絡が来ることは、ほとんどない。

通話ボタンを押す。


「もしもし?」


少し間があった。


『……透』


母の声が、震えていた。


「どうした?」


『落ち着いて聞いて』


その一言で、胸がざわついた。


『お父さんが……』


言葉が、続かない。


『仕事先で、事故があって』


周囲の音が、急に遠くなる。


「……事故?」


『今、病院に向かってる』


母の声は、必死に整えられていた。

でも、わかってしまった。


「俺も行く」


『透は――』


「行く」


それだけ言って、電話を切った。



病院は、白すぎた。


消毒液の匂い。

無機質な壁。

早足で行き交う大人たち。


母は、受付の前に立っていた。


「母さん」


振り返った顔は、泣いていなかった。

泣けていない、という方が近かった。


医師の説明は、短かった。


専門用語は、ほとんど覚えていない。

ただ、最後の一言だけが、頭に残った。


「……残念ですが」


その瞬間、世界が一段、下に落ちた気がした。



家に戻ったのは、夕方だった。


弟と妹は、親戚に預けられた。

家は、驚くほど静かだった。


昨日まで、確かにあったはずの生活が、

音を立てずに消えていた。


食卓に置かれたままの椅子。

干しっぱなしの作業着。


袖口の汚れが、目に入る。


「……」


声は、出なかった。


悲しい、という感情が、まだ追いついてこない。

代わりにあるのは、現実感のなさだけだった。


父は、もう帰ってこない。

それだけが、事実だった。


夜。

布団に入っても、眠れなかった。


天井を見つめながら、

昨日の父の声を、何度も思い出す。


――最近、よく動いてるな。


その言葉が、胸の奥で引っかかったまま、離れない。


何か、言えばよかったのか。

何か、できたことがあったのか。


答えは、どこにもない。


ただ一つだけ、はっきりしたことがあった。


この日を境に、

俺の日常は、もう戻らない。

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