第23話:同じ場所
本作は毎週水曜・土曜の21時に、2話ずつ更新予定です。
夕方の空気は、少し冷えていた。
日はまだ沈みきっていないが、
川沿いには長い影が伸びている。
河川敷に足を踏み入れたとき、
透は気づいた。
すでに、師匠がいた。
「……もう来てたんですね」
「たまたまな」
師匠は川を見たまま答える。
透は、その少し後ろに立った。
昨日と同じ場所。
同じ距離。
なのに、体の感覚だけが噛み合わない。
「昨日さ」
透が、ぽつりと口を開く。
「走ってたら、変な感じして」
「変?」
「体が重いっていうか……
うまくいかなくて」
師匠は、相づちを打たない。
否定もしない。
ただ、聞いている。
「前は……
もう少し、できた気がしたんすけど」
言い終わりは、弱かった。
師匠の視線が、透の足元に落ちる。
立ち方。
踏みしめ方。
「今、無理にやってるな」
「……え」
「考えすぎてる」
それだけ言って、
師匠は一歩、前に出た。
川に向かって、石を投げる。
石は、水面を二度跳ねて沈んだ。
「届かせようとするな」
透は、眉をひそめる。
「でも、届かないと――」
「昨日は、届いたか?」
言葉が止まる。
「……届かなかったです」
師匠は、ゆっくり振り返った。
「なら、それでいい」
「よくないでしょ」
思わず、強く言っていた。
師匠は、ほんの少しだけ口元を緩める。
「できなかったってのはな」
視線を、空に向ける。
「できなくなったって意味じゃない」
透は、何も言えなかった。
胸の奥が、ざわつく。
「今日は、走るな」
「え?」
「帰れ。
飯食って、寝ろ」
「でも――」
「今やると、
余計に分からなくなる」
師匠の声は、低い。
命令じゃない。
説教でもない。
経験談だった。
「……はい」
透は頷いた。
納得はしていない。
けれど、逆らう気にもならなかった。
背を向けかけたとき、師匠が言う。
「同じ場所に立て」
透は振り返る。
「前と、同じだった」
意味は、分からない。
それでも。
その言葉だけが、
妙に胸に残った。
河川敷を離れる透の背中を、
師匠は静かに見送る。
(まだだ)
だが、
確実に、近づいている。
そう、分かっていた。




