第22話:見逃さなかった
本作は毎週水曜・土曜の21時に、2話ずつ更新予定です。
夕方の空は、低かった。
雲の動きが遅い。
風の向きが、微妙に安定しない。
師匠は、河川敷の少し上流に立っていた。
遠くで、少年が走っている。
(……やっぱりだ)
視線を細める。
走り方は、変わっていない。
無駄も多いし、癖もそのままだ。
だが――
踏み込みの一瞬が、昨日と違う。
師匠は腕を組んだ。
昨日は、速すぎた。
今日の動きは、遅い。
「戻った」のではない。
揺れている。
「……焦るな」
聞こえない距離で、呟く。
川の方で、声が上がった。
師匠の視線が、すっとそちらに向く。
子どもが転び、
斜面を滑り落ちていく。
少年が動く。
――速い。
(今なら、届く)
師匠は、そう判断した。
だが。
少年の指先は、空を切った。
次の瞬間、
周囲の大人が子どもを助ける。
怪我は、なさそうだ。
それでも、師匠は視線を逸らさなかった。
(……外したな)
偶然じゃない。
距離の読み。
踏み込み。
体重移動。
どれも、噛み合っていなかった。
師匠は、小さく息を吐いた。
(来たか)
少年は、まだ気づいていない。
自分が「何かを掴みかけている」ことも、
それが「不安定なもの」だということも。
師匠は、河川敷を後にする。
声は、かけない。
今は、まだ早い。
だが――
(このままじゃ、危ない)
力は、感情に反応する。
意志に引っ張られる。
安定しない状態で使えば、
必ず歪む。
師匠は、歩きながら思い出していた。
昔。
自分も、同じところで躓いた。
同じ距離を、
同じように「届くはずだ」と思って。
そのとき、言われた言葉。
――焦るな。
前と、同じだった。
師匠は、空を見上げる。
「……次は、ちゃんと教えるか」
誰にともなく、そう呟いた。
少年が自分で気づく前に。
壊れる前に。
それが、
今の自分の役割だと知っているから。




