第20話:できてしまったこと
本作は毎週水曜・土曜の21時に、2話ずつ更新予定です。
朝は、いつも通りだった。
目覚ましより少し早く目が覚めて、
台所でフライパンを温めて、
卵を焼いて、味噌汁を作る。
特別なことは、何もない。
「透、今日早い?」
母の声に、透は手を止めずに答えた。
「うん。ちょっと用事ある」
「無理しないでね」
「大丈夫」
それも、いつも通りのやり取り。
――なのに。
湯気の立ち上る鍋を見たとき、
透は、ほんの一瞬だけ違和感を覚えた。
湯気の流れが、やけに分かりやすい。
上に昇って、
天井に当たって、
散っていく。
(……前から、こんなだったっけ)
考えたのは、それだけだった。
学校へ向かう道。
自転車の横を、車が通り過ぎる。
風が、強い。
でも今日は、目を細めなくて済んだ。
砂埃が、顔に当たらない。
(ラッキーだな)
理由は、それで済ませた。
昼休み。
購買に向かう廊下は、人でいっぱいだった。
「うわ、無理だこれ」
誰かが言う。
透は流れに身を任せながら、
ふと、前の生徒の足元に目をやった。
転びそうになっている。
反射的に、腕を伸ばした。
「大丈夫?」
「え、あ……ありがとう」
それだけのこと。
でも、透は少し首をかしげた。
(今の、距離あったよな……)
気にするほどでもない。
そう思って、すぐに忘れる。
放課後。
校舎裏の、自販機の前。
小銭を落とした生徒が、しゃがみ込んでいた。
「取れない……」
自販機の下。
手を伸ばしても、指が届かない。
「貸して」
透は何気なく言って、しゃがむ。
指を伸ばす。
――取れた。
「あ、すご」
「いや、普通だろ」
そう言って、コインを渡す。
でも立ち上がった瞬間、
透は自分の手を見た。
ほんの少し、熱が残っている。
(気のせいか)
最近、こういうことが多い。
それだけだ。
夕方。
河川敷。
走る。
息が上がるまで。
それでも、足は止まらない。
(今日、調子いいな)
ペースを落とさずに走れる。
肺が苦しくならない。
川の流れが、やけにゆっくりに見える。
立ち止まって、息を整える。
胸の奥が、じんわり熱い。
前と、同じ感覚。
「……疲れてるだけだな」
透はそう結論づけた。
できる理由を、探さない。
できてしまったことを、疑わない。
家に帰ると、
弟と妹がテレビの前で騒いでいる。
「兄ちゃん!これ見て!」
「あとでな」
頭を軽く叩いて、台所に向かう。
包丁を握る手が、ぶれない。
火加減も、感覚で分かる。
全部、前からできていたこと。
――そう思い込むには、
少しだけ増えすぎただけ。
夜。
布団に入って、天井を見る。
染みの形は、昨日と同じ。
なのに。
(なんでだろうな)
自分が、
少しだけ前に進んでいる気がした。
名前のない変化。
説明できない感覚。
それを、まだ透は「力」だとは呼ばない。
ただ。
できてしまった。
それだけの一日だった。




