第2話 いつもの一日
放課後の校舎は、まだざわついていた。
「結城、今日部活どうする?」
「今日はパス。家でやることある」
「え、珍し」
「まあな」
軽く手を振って別れる。
走れば間に合う電車を、今日は見送った。
急ぐ理由はない。
夕方の空気は少し湿っていて、どこか落ち着く。
――今日の夕飯、俺の番だ。
家に着くと、玄関の奥から騒がしい声が聞こえてきた。
「兄ちゃん、おかえり!」
「おかえりー!」
「はいはい、ただいま」
靴を脱ぎながら返事をして、冷蔵庫を開ける。
中は相変わらず、派手じゃない。
「今日は鍋でいい?」
「やったー!」
「また鍋ー?」
「文句言うやつは後回しな」
笑いながら包丁を握る。
料理は嫌いじゃない。
誰かが喜んでくれるなら、それでいい。
野菜を切っていると、玄関のドアが開いた。
「ただいまー」
少し疲れた、でも明るい声。
「おかえり!」
弟と妹が一斉に立ち上がる。
「今日、透か?」
「うん」
父は作業着の上着を脱ぎながら、鍋をのぞき込んだ。
「いい匂いだな」
「味は保証しない」
「それ、毎回言うよな」
笑いながら手を洗いに行く父の袖口には、
落としきれない汚れが残っていた。
食卓は、いつも通り賑やかだった。
学校の話。
テレビの話。
どうでもいい冗談。
父は多くを語らないけど、ちゃんと聞いている。
視線を向けて、相槌を打って、必要なときだけ口を挟む。
「透」
「なに?」
「最近、よく動いてるな」
「まあ、やりたいことあるし」
「そうか」
それだけ言って、それ以上は聞いてこない。
でも、ちゃんと見られている気がした。
食事が終わり、父は立ち上がる。
「明日、俺ちょっと早いから」
「何時?」
「五時前には出る」
「早っ」
「起こしたら悪いし、静かに出るよ」
「弁当、置いとくね」
母がそう言うと、父は少し照れたように笑った。
「助かる」
その背中を見ながら、
俺はなぜか、その時間を頭の中で何度もなぞっていた。
いつも通りの一日。
何も変わらない、はずの夜。
――そのはずだった。




