第18話 それでも、いつも通り
本作は毎週水曜・土曜の21時に、2話ずつ更新予定です。
朝、目が覚めたとき、
透は一瞬だけ、昨日が何曜日だったか分からなくなった。
カレンダーを見る。
平日。学校。
「……行くか」
布団を畳み、キッチンへ向かう。
冷蔵庫を開けると、残り物が少しだけあった。
火をつける。
包丁を握る。
その動きが、やけに滑らかだと、
自分でも思った。
「……気のせいか」
卵を溶いて、野菜を刻む。
手元が、ぶれない。
弟と妹が起きてくる。
「兄ちゃん、今日早い?」
「うん。ちょっとな」
理由はない。
ただ、そうした方がいい気がした。
朝ごはんを出し、
洗い物をして、
制服に袖を通す。
鏡の前で、少しだけ立ち止まる。
――昨日より、姿勢がいい。
そんなことまで考えて、
透は首を振った。
「……何考えてんだ」
学校への道。
人の流れに混じる。
横断歩道で、車が止まらない。
透は、反射で一歩前に出て、
隣の小学生のランドセルを引いた。
キキ、とブレーキの音。
「ごめんね!」
母親が頭を下げる。
「いえ……」
透は、小学生の肩に手を置いたまま、
少しだけ驚いていた。
――今、考える前に動いた。
それなのに、
怖さがなかった。
学校では、いつも通りだった。
授業を受けて、
ノートを取り、
昼はパンをかじる。
クラスメイトと、どうでもいい話をする。
笑う。
うなずく。
相槌を打つ。
「透ってさ、意外と世話焼きだよな」
そう言われて、
「そうか?」と返す。
意識したことはない。
放課後、校舎を出る。
昇降口で、誰かが転びそうになる。
透は、また考える前に手を伸ばしていた。
「大丈夫?」
「……あ、ありがとう」
手を引き上げる力が、
思ったより強かった。
相手が軽く息を詰める。
「ごめん」
「いや、助かった」
何も起きない。
誰も気にしない。
透だけが、少しだけ立ち止まった。
――今日、何回目だ。
守った。
助けた。
間に入った。
どれも、大したことじゃない。
でも。
「……疲れてないのに」
身体が、軽い。
夕方、家に戻る。
買い物袋を持ち、
鍵を開ける。
家の中は静かだ。
夕飯の準備をしながら、
透はふと思う。
――もし、昨日みたいなことがまた起きたら。
迷うだろうか。
答えは、すぐに出た。
迷わない。
それが、少しだけ怖かった。
火を止め、
鍋の蓋を閉める。
「……ま、いいか」
透は、そう呟いた。
何も変わっていない。
生活は、昨日の続きだ。
ただ――
自分の中に、
積み上がっている何かを、
まだ、言葉にできないだけだった。




