第2章:支払うべき代償
塔の頂上へとゆっくり上昇する冷たい金属のエレベーターの中、空間の狭さだけでなく、目に見えない緊張感が空気を重苦しくさせていた。フイ(Huy)は、先ほどの工業地区への襲撃以来、謎に包まれた先遣兵アレックスを観察し続けていた。
アレックス・ホルヴァート(Alex Horvath)。両親の姓名はなく、書類上にも彼自身の曖昧な情報がわずかにあるだけだ。フイは関連するあらゆる記録を調べ、本人に直接問い詰めさえしたが、アレックスはただ「軍にいたことがあり、多くの場所を転々とした」とだけ答え、それ以上は口を閉ざした。
帝国軍レギオンやレティアンの回し者であるという証拠も見つからなかった。ドーム内閣の推薦によるものならば、隠さねばならない何らかの理由があるはずだ。 戦闘能力の面で見れば、この男は極めて危険だった。雷のエレメントを使いこなし、敵を屠る際もその表情に感情の揺らぎは一切ない。今は契約上の仲間として少しは安心できるが、ストーンの奪還に成功した時、その雷を帯びた剣先が自分たちに向けられないという保証はどこにもなかった。
フイは将来への不安を一度脇に置き、自ら口を開いた。 「アレックス・ホルヴァート、君が言った『ストーンよりも大切なもの』というのは本当か? このストーンが俺たちにとってどれほど重要か分かっているのか……」 「興味ない」 アレックスは即座に言葉を遮り、天井を見つめたまま到着を待っている。 「何だと? 俺たちが血を流してまで奪おうとしているものに興味がないというのか?」 フイは声を荒らげたが、苛立ちを抑えて壁に寄りかかり、溜息をついた。 アレックスは沈黙を貫いたままだ。
(これでは会話にすらならない。ツバメ旅団に誘おうなんて到底無理な話だ。冷徹な奴というのは、いつもこうも言葉が足りないのか)
「それは、私たちの希望なのよ」 エレン(Ellen)が口を開いた。彼女はアレックスに歩み寄り、真剣な眼差しで語りかけた。 「エネルギー・ストーンはこの世界のあらゆる生命の魂。万物を育み、人類を発展させる力の源なの。私たちが生まれた時から享受してきた、数千年も続く空気のような存在なのよ」
その時、フイが手のひらを開くと、真っ黒なエレメンタル・ストーンが現れた。間もなく、その石はまばゆい青色の光を放ち始めた。 「ドームの下では、地上でエネルギーを吸収した石を使わなければ生きていけない。だが時が経つにつれ、石だけでは生命を維持しきれなくなっている」
フイと兵士たちの瞳に暗い影が落ちる。 この世界の住人は、それぞれ異なるエレメントのエネルギーを宿している。人が死ねば、そのエネルギーは体外へ排出され、霧散してしまう。 数年前からドーム内では、石のエネルギー源とするために人間を誘拐する事件が多発していた。犠牲者を拘束し、装置を使って生きたまま最期の一息までエネルギーを吸い出すのだ。 フイの手にある小さな石ならまだしも、発電機ほどの巨大な石を維持するために、一体どれほどの命が必要になるのか。
「このままでは、ドームの人々は自分たち自身の手で絶滅してしまうわ」 エレンは床に座り込み、しばらく考え込んだ後、エレベーターの天井を見上げた。 「あの高い場所にある、無限のエネルギーを持つストーンだけが救いなの。レティアンがクルシュを占領した時、目に見えない障壁を張ったせいで、ストーンのエネルギーがドームに届かなくなった。奪うしかないのよ、ドームに希望を取り戻すために」
「無意味だ」 アレックスは嘲笑うかのように、冷淡に周囲を見やった。 「ストーンを手に入れたところで、死者が生き返るわけじゃない。そんな儚い希望にしがみついていろ。俺には必要ない」
会話は平行線をたどり、フイが反論しようとした時、エレンがそれを制した。 「もういいわ、彼に言っても無駄よ。小説でも映画でも、白い髪の男ってのは氷みたいに冷たいものよ」 「言わないさ。……エレン、何分経った?」 エレンが袖をまくり、気だるげだった瞳を見開いた。 「あと十二分しかないわ!」 タイマーがゼロになれば、緊急閉鎖システムが作動し、工業地区内の者は丸一日脱出できなくなる。 「これ以上の無駄時間は命取りだ」
...
エレベーターが最上階に到達した。扉が開くと同時に、ライフルを構えたレティアンの警備兵たちが待ち構えていた。 ドォォン! 警備兵たちは問答無用で発砲した。中が確認できないほどの激しい火花と濃い煙がエレベーター内を包み込む。 蜂の巣になったエレベーターの入り口を確認するため、警備兵たちがようやく手を止めた。
二人の警備兵が先んじて中へと踏み込む。赤い瞳を光らせ、銃口を天井の大きな穴に向けた。 その瞬間、フイとエレンが同時に飛び降り、最大速度で二人の警備兵を「盾」にして外へと突進した。背後の兵士たちが発砲したが、弾丸はすべて味方の背中の装甲に弾かれた。
フイは警備兵の腰にある剣を抜き放ち、一閃して敵の銃を斬り飛ばした。盾にしていた兵を放り投げ、最速の蹴りで後方の兵を吹き飛ばす。レティアンの警備兵は機械的に動くため、飛んできた味方を避けようともせず、共倒れになった。
一方で剣を使う警備兵たちは鋭い反応を見せ、空気を切り裂くような剣筋で襲いかかる。フイは体を反らせて後方へ回り込み、片足で地面を支え、もう片方の足で青い光の軌跡を描く旋回蹴りを繰り出した。 弾き飛ばされた剣の隙を突き、フイは逆手に持った刃を突き立てた。衛兵たちが反応する間もなく、彼らの視界は暗転し、その場に崩れ落ちた。
同時にエレンも盾にしていた兵を突き飛ばし、両手のハンドガンで敵の頭部を正確に狙い撃った。遠距離物理耐性が強化された装甲であっても、覗き穴である目の隙間を貫かれればひとたまりもない。 わずか数秒の出来事だった。包囲していた警備兵は全滅した。
「隊長! あと九分よ!」 エレンが叫ぶ。 「分かっている、前方の赤い光の部屋だ。……だが、アレックスはどこへ行った?」 フイは辺りを見回したが、彼の姿はない。もはや構っている暇はなく、ストーンの保管場所へと走り出した。 案内役がいようがいまいが、今は一刻を争う。
四人は迫りくる追手を振り切り、ついに塔の頂上にある最後の部屋へ辿り着いた。 扉に手をかけようとしたその時、フイの脳内に声が響いた。 『アレックス! 何をためらっている、早く私と一つになれ!』 「一つに……?」フイは驚き、思わず手を引っ込めた。 「どうしたの、隊長?」エレンが反射的に身構える。 「……何でもない」 フイは深く息を吸い込み、扉を蹴り破った。真っ赤な部屋の光が彼を包み込む。
静寂の中、塔の頂上の中心装置で揺らめく赤いストーン。それはクルシュ全域を覆うほどの巨大な力を放っていた。だが、その希望の光の前に、先客がいた。 「来るのが遅い。このストーンには、大して興味をそそられなかったがな」 装置からストーンを手に取ったのは、アレックスだった。
契約通り、アレックスは即座にストーンをフイに手渡した。だが、彼自身の意識はすでにエネルギー拡散装置へと向けられていた。 「仕事は終わりだ。ここにはもう、価値のあるものなんてないぞ、アレックス!」フイが叫ぶ。 「いいえ、もっと重要なものがあるわ」 アレックスは装置へと歩みを進めた。その顔には傲慢な笑みが浮かんでいる。 「何を馬鹿な真似を……!」 フイは理解できず、立ち尽くした。
「永遠の命。あの声が、この装置の中に入れと呼んでいる。そうすれば、私は永遠不滅の生を手に入れることができる」 アレックスの脳内に、神聖な聖歌のような呼び声が激しく鳴り響く。 『そうだ、アレックス! 我らの永遠の命だ。すべては死に絶えるが、不滅の生だけがお前を救うのだ!』 装置に近づくほど、声は強まる。逆らうことのできない衝動が、彼を一歩ずつ進ませる。
アレックスには見えていた。赤い人間の形をした魂たちが狂ったように舞い踊り、激しい渦となって彼を切り刻もうと襲いかかってくるのを。 彼は叫んだ。全身から激しい紫の雷が放たれ、近づくものを拒絶する。 フイはそこでようやく気づいた。アレックスの冷徹さは冷静さではなく、狂信に近い渇望だったのだ。
「正気かよ! エレン、手を貸せ! 引きずり出すぞ!」 二人が駆け寄るが、荒れ狂う雷に弾き飛ばされる。 一瞬の出来事だった。中心装置がアレックスを飲み込んだ。彼の体はエネルギーの渦に引き裂かれ、断末魔の叫びをあげる間もなく塵となった。装置が大きな爆発を起こし、頂上の鋼鉄パネルが緊急ロックモードで作動し、彼を閉じ込めた。
鋼鉄の壁が部屋を遮断し、金属音と共に警報音が鳴り響く。 反対側の巨大な鋼鉄の扉が開いた。重々しく、それでいて正確な足音が響き、拡声システムを通した声が響き渡った。 「警告! 異常事態発生。守護者第5号:タノショウグン(Tanoshogun)、起動」
暗闇から現れたのは、青い装甲に金の縁取りをあしらい、角のある兜を被った者だった。下の警備兵とは格が違う。その手に握られているのは、自身の身長ほどもある光のエネルギーで形成された「大太刀(Odachi)」だ。 威厳ある外見とは裏腹に、その瞳と肩の装甲は、まるで目の前の光景を娯楽として楽しんでいるかのように、嘲笑を浮かべているようだった。
塔の攻略には最後に「ボス」が現れるのが常だが、まさか最強の戦力だった者が、これほどあっけなく命を落とすとは。
「隊長、あと五分よ!」エレンが叫ぶ。 フイは苦笑しながら剣を抜いた。彼は希望の重みと、失われた命の重みをその手に感じながら、エネルギー・ストーンを強く握りしめた。 「……和解ってのは、無理そうだな?」




