食卓と家族
虫が登場しますので苦手な方はご注意下さい。
目が覚めてから3年は経っただろうか。自然に囲まれたこの家も、人ではなくなってしまった自分とここでの家族にも慣れ始めたしまっている。
これまでの生活で分かった事として、良いニュースと最悪のニュースがそれぞれ1つある。まずは良いニュースだが、どうやら俺の人生は終わってはいないようだ。しっかりとした意識があり、四肢もしっかりと動かせるし、肌に感じる風や光から何より生きているという実感がある?
そして悪いニュースは、これが悪夢ではなくここが元いた場所とは全くの別世界でおそらく間違いない。あの事件の後ここで目が覚めてから3年年以上という時間を過ごしている。そしてこの期間の記憶は夢の中のような断片的なものではなく、完璧でなくとも目が覚めている時と同じように覚えている。夢にしてはあまりにも長くあまりにも出来すぎだ。
最悪のニュースはこの世界では俺自身が人ではなくなってしまっていると言うことだ。見た目は人とほぼ変わらないがところどころが人のそれとは全く異なる。腰からは大きな尾が生え、代表には爬虫類のような鱗がところどころ現れている。
「サウロス!飯の準備ができたぞ。せっかくのご馳走だ鮮度が落ちないうち降りてこい」
「今行くよ」
俺の事を“サウロス”と呼ぶのはこの新しい世界での父親、ザルトだ。この世界に来てからそれほど多くの人に会ったわけではないが、それでもこの男が普通ではないと言うことはわかる。巨人かと見間違えるほどの体躯と荒々しい顔つきと顎元に蓄えられた赤茶の髭。いかにも戦士といった風貌の男だが、真実力も見た目に違わず村の大人3人でやっと運ぶ丸太をたった1人で軽々と運ぶわ、通常なら1週間はかかると言われていた場所から2日で帰ってくるわでめちゃくちゃだ。数日前この村に大猪が出た時もたった1人でそいつを棒きれで退治、と言うより撲殺したらしい。
ゲームや漫画でよくあるフィジカルの強さ故知能を捨てたパワー全振りの脳筋というわけではなく、魔法も人並み以上に扱うことに加えて、あらゆることに対する知識も豊富なようで、世界を巡る旅人が何やら知識を求めて訪ねてくることが度々あった。
1つ欠点を挙げるとすればバカなことだろうか。頭が弱いと言う意味でのバカではない。ただ旅の土産として家に入らない程の魔物の頭骨を持ち帰ったり、息子を起こそうと部屋を水浸しにし他挙げ句妻の説教に巻き込んだりと、馬鹿馬鹿しいことをしていない時の方が少ないのだ。
「やっと起きてきたかねぼすけ小僧め。後数秒降りてくるのが遅ければ水をぶっかけてやるつもりだったのだけどなぁ?」
「やめたげなよ父さん。それまたサウロスが巻き添えくらうことになるやつでしょ」
「目覚めには水浴びに決まっているだろ」
「水がダメなんじゃなくてやりすぎるから怒られたんじゃ無かったっけ?あと食べ方汚い!」
父親に対して釘を刺しているのは2つ上の姉タリアだ。同年代と比べても背が高いらしく、かわいいというよりは、かっこいいと言った方があっているかのような外見だ。合理的や落ち着いているという言葉が形を持って動いているかのような印象だが、人当たらも面倒見もよく、性格が真反対である父ともいつも仲良くしていて、2釣りやら狩やらの話をすることが多く、母がいる時には2人でよく出かけている。そして家族の中で唯一父にブレーキをかけることのできる存在でもある。ちなみに頭が良いだけあって魔法の技術も高いそうで、父曰く素晴らしい逸材らしい。
「サウロス、早く食べないと父さんに全部食べられちゃうよ?ほら急いで急いで」
「別に良いよ。そこまでお腹減ってないし」
「何いってるの食べなきゃ元気でないでしょ」
「そうだぞ!ただでさえ体が小さいんだからもっと食え。もっと食ってもっとデカくなれよ」
「はーい」
とは言ったものの、ここの食事は正直あまり食べたくない。食卓には基本的に並ぶのは果物に魚そして食用の昆虫達が並ぶ。狩りでは動物も獲れるが、これらは基本的に保存食にしている。魚や果物はいい、元々どちらも好物で向こうでもよく食べていたから何も不満はない。
問題なのは色とりどりの食用昆虫どもだ。カブトムシやカナブンのような甲虫系からゲテモノ常連の幼虫系までうじゃうじゃと積み重ねられている。甲虫系はまだマシだが、幼虫系はどうあっても慣れることができない、というなら慣れたくない。
だからと言っていつまでも手をつけないのも食卓に並んでいる虫達に申し訳ないのでいやいや甲虫の一つに手を伸ばし口に運ぶ。正直に言うとこの虫達の味はかなり美味いのだが、この無駄に良い味がまた苦手な原因の一つでもある。如何にもゲテモノです食べたら吐き出しちゃうかもね!みたいな見た目からは想像できない美味さのギャップが本当に嫌になる。
「相変わらず虫が苦手なんだね」
「見た目がどうにもね、慣れなくて」
「でも味は?」
「……大好き」
「変なの〜」
そう言うとタリアは山盛りの幼虫に手を伸ばし口いっぱいに頬張る。食卓に並ぶ食材達は家の近くにある森と大きな湖から取ってきているものらしいのだが、そこに集まる昆虫も釣れる魚も日によってその種類が変わる。当然食卓に並ぶ献立も果物以外は日によって大きく変わる。その中でも今日のものは特に好みの味だったらしく、見るからに機嫌が良さそうだ。
滅多に見られない満面の笑みでパクパクと口に運んでいる姿を見ると、向こうの世界でいつも一緒に学食を食べていた友人の顔が脳裏にちらつく。あいつも飯を食べる時はちょうどこんな感じで満面の笑みを浮かべながら口一杯に頬張っていて、そんな姿が微笑ましくて好きだったのだがもう見ることは叶わない。この友人だけではなく学校で仲良くしていたクラスメイトや部活の仲間、そして何より向こうの世界で何年も一緒に暮らしていた母と父に会うことができないのだと思うと、途端に寂しさが胸から込み上げ目尻が熱くなる。
「どうしても苦手なら無理して食う必要は無いぞ」
「え?」
「食材が常に獲れるとは限らん以上、慣れておくと言う意味でも偏食はないに越したことはない。だが無理やりに食えば折角の食事の時間が台無しだろう」
「ありがとう。ちょっと考え事をしてただけだから大丈夫だよ」
そう答えるとザルトはそうかとだけ答えてワシャワシャと力強く俺の頭を撫で回す。俺がこの世界で目覚めてから3年間、精神を病まず転生したと言う事実を受け入れて真っ当に生活することができているのは、ザルトの存在がかなり大きい。普段は不器用で馬鹿らしいことばかりしているが、あまり帰ることの出来ない母に代わり仕事や家事だけではなく育児までほぼ1人でこなしている。ザルトが言うには、俺もタリアも歳の割にはあまりにしっかりとしすぎているから何とか務まっているんだと口癖のように褒めてくれるが、この男なら難なくでこなしてしまいそうな気がする。
何より家族の不調にはかなり敏感なようで、単に体調が優れない時に限らず、気分が良くない状態を察してさりげない手助けや助言をくれる。母もこの父だからこそ仕事に専念する事ができているのだろう。本当にやることが擁護しようのないほどないバカである事を除けば100点満点な父親だ。
「あぁそうだ、今日で母さんの仕事がひと段落つくらしい。暫くは家で過ごせると言っていたぞ」
「じゃあ準備しなきゃだね、サウロスも一緒に手伝ってくれる?」
「手伝う!」
今日帰ってくら俺の母は巫女をしており、外からやってくる魔獣や悪人などから村を守るための結界や月の境目に行われる祭事に関連する仕事をしてるらしく、家で過ごしている時間の方が少ない人だ。巫女を務めているからか、ザルトが言うにはこの世界の歴史や神々の知識、そして魔法などの技術に関してはを凌駕していて、行使するのにかなりの技術を要する封印術も容易く扱うことが出来るそうだ。
俺が生まれてからはザルトの負担を気にしてか家に帰ることも増えたようだが、それでも母と過ごした期間はそれほど長いとは言えず、ザルトやタリアと比べて家族というと言う実感は正直少ない。
それでも、帰ってきた日にはどれだけ疲れていても俺たちの相手をしてくれるし、目覚めてからまもない頃は昔話を読み聞かせてくれた。前世が高校生だったので、同じベッドで親と寝たのはあまりも恥ずかしかったが、それでも中々会えない分できる限りの愛情を注いでくれている事はわかる。
タリアは久々に母が帰ってくるのが相当嬉しいらしく、食事中にフラフラと肩を揺らしたり、跳ねるように部屋中を駆け回りながら普段は嫌がる家事の手伝いを率先して行ったりと目に見えて気分が高揚しているようだった。




