スイーツルーパー
「うーん、今日もいい朝!」
本日も目覚めすっきり。なんだか良いことがありそうです。
「おはようございます、お嬢様。」
「おはよう、ハンナ。」
「朝からご機嫌ですね。」
「今日はなんだか良いことがありそうな気がするの。」
「それはようございましたね。さあ、せっかく気持ちよく目覚めたのですから、お召替えをして朝食を取りましょう。」
私はカトレア・トラヴァース。
トラヴァース伯爵家の娘です。
これでも貴族の一員ですが、社交界デビューもまだの私はトラバース家のとしての仕事は行っていません。
その代り、習い事が多くて大変です。
毎日毎日、同じような習い事を、教える方もよく飽きないものだと思いながら受けています。
そして、習い事の時間以外でも貴族らしい立ち居振る舞いをしなければならないので気が抜けません。
午後のティータイムでようやく一息付けます。
「はぁ~。結局いつもと同じ一日ですわ。」
朝感じた予感も当てになりません。
「まあまあ、お嬢様。明日になれば良い事がたくさんありますよ。何と言っても、お嬢様の誕生日なのですから。」
そう、明日は特別な一日。私の十四歳の誕生日です。
普段は忙しいお父様もお母様も、この日ばかりは屋敷に戻ってきて祝ってくれます。
社交界デビュー前の私は大勢のお客様を呼んでの大規模な誕生日パーティーは行いませんが、家族と一部の親しい人だけのホームパーティーが行われます。
そして、そのパーティーでは――
「お嬢様の大好きなマカロンもたくさん食べられますよ。」
マカロン!
私はマカロンが好きです。
甘いお菓子はだいたい好きだけど、特にマカロンは大好きです。
そんなマカロン大好きな私のために、私の誕生パーティーではマカロンが振舞われます。
毎日食べてはいますけれど、誕生パーティーのマカロンは格別です。
「今年はお父様が王都の有名店で半年前から予約して手に入れたマカロンだそうです。とても楽しみです!」
貴族であってもめったに食べられない逸品です。今から楽しみで仕方がありません。
「それでは、明日の楽しみのために、今日のマカロンは我慢なさいますか?」
「そ、それは無理~!」
明日のマカロンが特別なものでも、今日のマカロンは今日だけのマカロンです。
ハンナにからかわれているだけと知りつつも、マカロンが載せられた大皿を引き寄せます。
そして、一番上の一つを手に取ります。
いただきまーす。
――パク
「え?」
気が付くと、朝でした。
おかしいです。私は何時の間に寝ていたのでしょうか?
午後のティータイムにマカロンを食べ始めた後の記憶がありません。
もしかして、記憶喪失?
それとも……
「おはようございます、お嬢様。」
その時、ハンナがやってきました。
ちょうどいいので、ハンナに聞いてみましょう。
「おはよう、ハンナ。今日は何日?」
「十七日ですよ、お嬢様。明日はお嬢様の誕生日ですね。」
あ、何だ。夢だったんだ。
そして、午後のティータイムになりました。
「……という夢を見たのよ。」
「そうですか。不思議な夢でしたね。それでは、これも夢にならないように、今日のマカロンは止めておきますか?」
「いいえ! たとえ夢でも、私はマカロンを食べるわ!!」
私は悪戯っぽく微笑むハンナからマカロンを奪うと、一つ取って口にしました。
――パク
「あれ?」
そこで目が覚めました。
また夢だったのです。
「そんなー! せめて最後まで食べたかった。」
そしてまた、夢で見たような一日を過ごして午後のティータイムになりました。
「……毎日代わり映えしない生活をしているから、あんな変な夢を見たんだわ、きっと。」
「まあまあ、お嬢様。明日はいつもと違う特別な日になりますよ。お嬢様の誕生日なのですから。」
「ああ、早く明日にならないかしら。お誕生日の特別なマカロンを食べたいわ。」
「では、お誕生日の特別なマカロンに備えて、今日のマカロンは止めておきますか?」
うっ……食べたい。
マカロンは食べたいです。
本当に食べたいです。
目の前にマカロンがあるのに我慢するなんてできません!
ですが……ここでマカロンを食べてしまうと、また夢だったことになってしまいそうで怖いです。
「きょ、今日のところは我慢するわ。」
断腸の思いで声を絞り出します。
「え? ええっ! お嬢様が……あのお嬢様が! マカロンを食べないなんてー!!」
「ハンナは私を何だと思っているの。」
「世界で一番マカロンが大好きなお嬢様ですが、何か?」
そうだけど。
その通りだけど。
私は明日の特別なマカロンが食べたいだけなのよ!
そして、何事もなく翌日になりました。
「おめでとう、カトレア。」
「お嬢様、おめでとうございます。」
私の誕生パーティーが始まりました。
見知った人ばかりの気楽なパーティーですが、みんながお祝いしてくれます。
そして、テーブルに並ぶ色とりどりのマカロン!
(他にも色々と並んでいるけれど、目に入っていない)
本日のマカロンは、九種類のフレーバー。
ショコラ、ピスタッシュ、ヴァニーユ、ローズ、シトロン……
みんな美味しそうでどれから食べるか迷います。
全部食べるけど。
迷ってばかりいられません。最初の一つは……
塩キャラメル、君に決めた!
――パク
「嘘!?」
ちょっと、どうなっているの、これ?
まだ一口しか食べていなかったのよ!
「おはようございます、お嬢さ……」
「ハンナ、今日は何日!」
「? 十七日ですよ、お嬢様。そんなに慌てなくても、お嬢様の誕生日は明日ですよ。」
昨日の朝に戻っている!
これではっきりしました。
一度だけならただの夢だと思ったでしょう。
二度目でも奇妙な夢ですましたでしょう。
けれども三度目ともなると。
しかもこの三度目、丸一日経っています。
夢の中で一晩ぐっすりと寝ているなんて、意味不明です。
だから、これと夢ではありません。
理由は分かりませんが、私はマカロンを食べると十四歳の誕生日の前日の朝に戻ってしまっているのです。
いったい、私の身に何が起こっているのでしょう?
これは、つまり――
「マカロン食べ放題?」
とりあえず、お誕生日のマカロン、九種類のフレーバー全種類制覇しましょう。話はそれからです。
――パク
――パク
――パク
――パク
――パク
――パク
――パク
――パク
――パク
九種類のフレーバー、全種制覇しました!
……三周目ですけれど。
一口食べただけで前日に戻ってしまうので、せめて三回くらい食べないと一個食べた気がしないんです!
随分と時間もかかりました。九種類のマカロンを三回ずつに加えて、つい誘惑に負けて前日のマカロンを食べてしまったことも何度か。
まあ、誕生日の前日の朝に戻ってきているので、時間は全く経っていないとも言えますが。
ですが、このままでよいとは思っていません。
確かに、お誕生日の特別なマカロンは美味しいです。どれだけ食べても飽きることはありません。
いえ、マカロンに関して食べ飽きるなどということはあり得ません。(断言!)
けれども、このままでは未来がありません。私の世界は、十四歳の誕生日で閉ざされてしまいます。
それではあまりにもったいないです。
世の中には様々なマカロンが存在します。これから新しく作り出されるマカロンもあるでしょう。
最高のマカロンがあれば、それ以外は不要などということは絶対にないのです。
十四歳の誕生日には何時でも戻って来れます。
未知なる世界を求めて未来に進みましょう。
◇◇◇
あれから永い永い時が過ぎました。
何度も何度も、数えきれないほどの回数、十四歳の誕生日前日に戻りました。
ある時は、食べたことの無いマカロンを見つけて、覚悟の上で食べました。
ある時は、マカロンの誘惑に負け、ついうっかりと食べてしまいました。
失敗や間違いをやり直すために、わざとマカロンを食べて戻ったこともありました。
絶対に失敗は許されない、と意気込んでいた時には、こっそりとマカロンを持ち歩いていたりもしました。
けれども、やがて過去を故意にやり直すことはしなくなりました。
マカロンさえ食べれば、十年後でも二十年後でも、十四歳の誕生日の前日に戻ることができます。
ですが、例えば十年後――二十四歳の失敗をやり直すためには、十四歳に戻ってから十年待つ必要があります。
そんなに長い間憶えていられません。
それでも間違いを正すために過去へ戻ることを繰り返せば、記憶が混乱して行きます。
それは前回の出来事だったか、前々回の出来事だったか。過去の出来事だったか未来の出来事だったか。今回も起こった出来事だったか起こらなかった出来事だったか。
全てを完全に記憶して、完全無欠な人生を送ることなんてできません。
それに、やってしまった当時はどうしても正さなければならない許されざる失敗に思えても、時間が経って思い返せばどうとでも挽回できる些細な失敗な過ぎないと気が付くことも珍しくありません。
だから、過去をやり直すためにマカロンを食べることを止めました。
マカロンは、過去に戻るための道具ではありません。
私は、ただ純粋にマカロンを楽しみたいのです。
その、楽しむためのマカロンも、滅多に食べることは無くなりました。
食べてしまえば、また十四歳からやり直しです。
何度も繰り返した日常、結果の知れた日々をまた繰り返すことになるのです。
正直、苦行です。
私は、「一度でも食べたことのあるマカロンは食べない」というルールを自分に課しました。
そうしないと、永遠に同じ年月を繰り返すことになってしまいそうです。
知らないマカロンを積極的に探すことも止めました。
世界中の全てのマカロンを食べたとは、欠片も思っていません。
何度人生をやり直しても、全てのマカロンを食べ切ることなんて不可能でしょう。
だから、巡り会うべくして巡り会ったマカロンだけが、私が生涯で食べることのできるマカロンなのです。
それに、毎回一口しか食べられないのが悲しいです。
結局、どうしてこうなってしまったのかは何も分かりません。
何故、時間が戻ってしまうのか。
何故、マカロンを食べることで起こるのか。
何故、十四歳の誕生日の前日なのか。
どうすれば普通にマカロンを食べられるようになるのか。
何一つ分かりません。
調べようにも手掛かりはないし、こんなこと人に相談することもできません。
いえ、相談したことはあるのですが、話してもまず信じてもらえませんし、信じてもらえたとしてもどうにもなりませんでした。
そうして、何度かやり直しするうちに、誰にも相談しなくなりました。
この件についてはもう諦めています。
今はうっかり過去に戻らないように気を付けて天寿を全うしたいと思います。
今更昔に戻ってやり直したいことなんてありません。
ただ、一つ心残りがあるとすれば――
「せめて、マカロン一つを最後まで食べたかったですわ。」
一口食べただけで過去に戻ってしまうのでどうしようもありません。
マカロンの代わりに別のお菓子を試してみましたが、しっくりきません。
どのお菓子もとても美味しいのですが、マカロンほど幸せな気分にはなれません。
やはり、私にとってマカロンは特別です。
それでも口寂しくて、時々新しいお菓子を試しています。
ああ、このお菓子は食べたことがありませんでしたね。
名前は、ウジェニー。マカロンに似た丸いお菓子です。
それでは、いただきます。
――パク
え? あれ? どうして?
マカロンではないのに、過去に戻った?
いえ、これはいつもとは違います。
過去に戻った感覚はありました。けれども、ここは十四歳の一日前の朝ではありません。
見える光景が違います。
いえ、視界がぼやけてよく見えません。
何故か体もうまく動かせません。
声もちゃんと出せません。
状況が分からず、不安になった私は、声にならない声で精いっぱい叫びました。
「オギャア!」
・カトレア
誕生日:2月18日
花言葉:成熟した大人の魅力
『花咲く王国で恋をしない』で使わなかった名前の流用です。
死に戻り――一度死んだ後過去に戻ってやり直す話があります。
何度も死んで何度も同じ時間を繰り返すループの話もあります。
そうした話を読んでいて、死ぬこと以外で過去に戻って同じ体験を繰り返す話は作れないものかと思い、「お菓子を食べると過去に戻る」という話を考えました。
マキロンにした理由は特にありません。何となく思い付いただけで、種類が豊富ならば何でもよかったです。
ただ、話の都合で異様にマカロン好きの少女になってしまいました。