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5話 できる執事とは

我、この世に生を受け早3年也。

うん、これはおかしいな。

2歳になってしばらくしてから礼儀作法についての勉強が始まったのはいいんだが、ビックリするくらい覚えられない。

何で挨拶に長文が必要なんだよ。

「こんにちは」でいいじゃねぇかよ。

あとテーブルマナーはさらに意味がわからない。

ナイフやフォークを複数使う必要がまるで感じられない。

洗うの大変だろ、下働きのことも考えやがれバカヤロー。

そんな慣れない皇子生活でも、最近は少しづつ覚えてきて多少マシにはなったが中々の苦行に変わりは無い。

失敗する度にフローラが笑顔で「もう一度」と言われ続けた成果と言うべきか、謎の覇気に気押された強迫観念に駆られたからと言うべきか。

とにかく、及第点を貰えるくらいには頑張った。

ちなみに弟のクロードは俺よりも礼儀作法が上手い。

一応中身いい歳したオッサンが何故3歳児に物覚えで負ける。

もしかしてアイツの中身も俺と同じ転生者なんじゃないかって疑うレベルだぞ。

え?俺の礼儀作法が一般の子供よりも酷いんじゃ無いかって?

そんな訳ないだろ、そう言うことにしておくんだよ。

あとは他にも魔術の勉強なんかも始まったな。

最初は2歳児に何てこと教えようとしてんだよ、貴族ってこういうもんなのか?英才教育が過ぎるだろって思ったぜ。

けど、俺の知る魔術の勉強とは違って当たり前っちゃ当たり前だが子供用の訓練だった。

魔素を感じたり動かしたり簡単な術式を覚えたりだな。

こっちは仮にも魔女の弟子なだけあって流石に幼児には負けない…と最初は思ってた。

なんか教えられた通りにやっても魔術が出なかったんだよ、俺。

前世では簡単なモノなら割と色々使えたのに、まさかの結果に驚いたわ。

いや、強化魔術や治癒魔術は日常的に使っているから、厳密に言うなら身体の外で使用するタイプの魔術が使えないが正しい。

今と昔じゃ魔術の術式が違うからそれが原因かとも思ったが、俺が覚えていた昔の術式もユリウスの体じゃ使えなかった。

単純な話だ。

ユリウスに体内以外にある魔素を操る才能が恐ろしい程に無い。

残念…と言いたいところではあるかもしれないが、俺としては体内限定でも魔術が使えるだけ充分幸運だった。

なにせ、使えなきゃ普通に死んでたし…

それに、皇族だからかユリウスの才能が高いのかは知らないが、保有する魔素量だけでいえば前世とは比べ物にならないくらい高い。

まぁ、クロードの魔素もユリウス程じゃないにしろかなり高いから血筋だな。

魔術に関してはこんな感じで兄弟2人してゆるーく慣らし勉強をしていた。

あとはちょっとした言語や歴史なんか教養の勉強。

そのおかげで俺が生まれた国がヴァレス帝国って名前なのを知れた。

うーん、知らん。

孤児で貧民で後の蛮族な前世とは言え魔女の弟子をしていたからそれなりに教養はあった。

国の名前なんかも大体覚えてたと思うんだが聞いたことがないんだよな。

他の国も聞き覚えがなかったが、大陸の名前は『プルタニア大陸』と前世のと同じだから不思議な感覚だ。

俺どんだけ未来に転生したんだよ。

だが、新しい国名を覚えるのは朝飯前だ。

そもそも国の数が前世に比べれば少ない。

あんときはどの国も戦争戦争で乱世ってやつで地勢が安定してなかったのもあるから、地図を見れば今がどれだけ平和かってのが分かるな。

それよりも苦労したのが言語だ。

前世の知識があるからかどうにも覚えにくかった。

喋る時にも言えることだが、前世の言語から多少言葉が変わっているせいで混乱すんだよ。

そもそも知らない単語があるのは当たり前で発音もちょいちょい違うんだよな。

けど、この土地が俺が元々暮らしてた土地なのか近かったのかは分からないが、原型が分かるくらいには前世の言語に似てる。

そのせいで齟齬に色々苦労した。

これなら新しい言語ひとつ覚える方が簡単だったかも知れねぇな。

こっちはさっきから比較に出してる弟のクロードに勝っている。

大人気ないって?

現時点で3歳児に勝てる分野がこれしかないんだから仕方ないだろ。

体を動かすことが出来ないから比べる物が少ないのもあるが、それでも中身オッサンのせめてもの意地だよ。

お前らも3歳児に負け越せば気持ちも分かるさ。

そんな感じで意外に忙しい日々をおくっていた3歳児にも慣れたある日。


「お初にお目にかかります。わたくし、シルヴァ皇帝陛下よりユリウス殿下専属のお世話係の任を賜りました、モルゲンと申します。至らぬ点もあると思いますがどうかよしなに」


いつも通り部屋で最近の趣味の読書ゲフンゲフン…勉強に勤しんでいると、見たことのない老人が部屋に入って早々挨拶をしてきた。

これはあれだ。

いわゆる執事ってやつか。

おぉー、皇族に転生してからも執事って役所があるのは知ってたが、いつも付き従う書物に出てくるような執事は初めて見るな。


「ふぅん…これはご丁寧に。私はヴァレス帝国第三皇子ユリウス・フォン・グラン・ヴァレスディアだ。こちらこそ未熟者ゆえにお手柔らかに」


無駄に丁寧な挨拶に俺も同じく返す。

礼儀作法も生まれた時から叩き込まれれば元蛮族の俺でもこれくらいは出来るんだよ。

ユリウスになって一番苦労だけはある。

あとどうでもいいことではあるが、第三皇子と名乗ったが俺の上には兄が2人と姉が1人、さらに今年生まれたばかりの弟が1人居る。

まぁ、クロード以外は正妃の子供で腹違いだけどな。


「これはこれは。そのお歳でその身のこなし…クロード様同様ご噂に違わぬ聡明さですな」


俺の所作を見たモルゲンの微笑みが深まる。

まぁ、クロードは置いておくとしても俺は中身がオッサンだから年相応の方がマズイ。

にしても、専属のお世話係ねぇ…

今まで俺の身の回りは乳母のフローラを筆頭にある程度固定のメイドがしていた。

だが、俺が3歳になったのを境に専属のお世話係代わりだったフローラが世話係を辞めた。

そもそもが侯爵夫人だったからな。

ある程度俺が大きくなれば元々世話係からはそのうちに外れることになっていたんだろ。

これはクロードも同じだ。

だから、今の俺には専属で付き従う従者というものが居ない。

皇族には多かれ少なかれ専属の従者が必須だって言われていたから、そのうちに付くのは分かっていたけど早い。

これ自体に疑問は無いがこのモルゲンという老人を付けられたことは気になるな。


「そうか?周りにいるのがクロード以外だとアレクかシューベルトだからな。そう言われてもピンとこない。あの二人もこれくらいはできるぞ」


噂とかどうせ皇子を持ち上げるための方便だろ。

そう思って少し皮肉めいたことを言うがモルゲンは可笑げに笑う。


「はっはっはっ。あのお二人方も近年稀に見る才能の持ち主ですからな。一般的であればユリウス殿下と同じ年頃の子息はそこまでの作法は難しいものですよ」


だろうな。

いい歳したオッサンが苦労して覚えたことをそこらのガキに負けてたまるか。

だが、かと言って居ないわけでもない。

クロードとか良い例だし、俺の兄達も俺くらいの年頃にはこれくらい出来ていたらしいしな。

そこまで煽てるようなことじゃない。

うーん、これ以上は俺が余計なボロを出しそうだから変に突っかかるのは止めるか。


「そういうものか。で、専属のお世話係とは言うが実際にどうするんだ?身の回りの世話はメイドだけでも足りてるぞ」


だから純粋に疑問に思ったことを言う。

皇族と呼ばれるだけあって俺の身の回りのことで不自由することは無いから態々専属の世話係が付く必要性が分からない。


「おっしゃる通りですが、ユリウス殿下の身辺のお世話をする者達はあくまで生活のサポートが主な仕事です。わたくしのような専属の側使えはユリウス殿下が将来的に担うであろう業務のサポートに今後出てくる男性ならではのお世話をさせていただきます」


男性ならではの?

それはあれか、下の話か?下の話なのか??


「他にも僭越ながらお勉強をお教えさせていただきます」


それは性知識か?

別に猥談が嫌いな訳じゃない。

むしろ好きな部類だが、男から真面目に生物知識の夜のアレコレを学ぶなんて嫌だぞ。


「ご安心を。このモルゲン、そこらの教師よりも博識だと自負しております。作法に魔術、護身術、一般教養、限りはありますが全霊を持ってお教えいたします」


おっと、少し顔に出過ぎたな。

まぁ何で嫌そうなのかは勘違いしてるが、それは俺もだしお互い様だ。

それにしても護身術か。


「護身術も教えるのか」


「主人を守ってこその側使えにございますれば。こう見えてわたくしは武術は得意なのですよ」


俺の呟きにモルゲンはにこやかに答える。

いや、見れば戦えるっていうのはすぐに分かったんだが、また話が食い違ってるな。

俺はただ護身術を教えてもらえるのが意外に思っただけだ。

年齢もあるがどうもシルヴァは体の弱いカンナと第二皇子の影響もあって、俺たちの体が丈夫じゃないって思ってる節があるからな。

溺愛もあるがだいぶ過保護だ。

そのせいで俺とクロードはいまだに素振り用の模擬剣すら触ったことがないどころか、外で自由に遊ばせてもらえることもない。

しかし、あれでも父親であり皇帝で冷静な判断はしっかり下せるらしい。

態々勘違いを正すのも面倒だし、もう一回ここは流すか。


「そうか。これからよろしく頼む」


「御意に」


俺の適当な言葉にモルゲンは嫌な顔ひとつ浮かべず、どこぞの誰かとは比べ物にならない礼を返事と共に返した。


「それでは、早速勉学の方に移らせていただきます」


「え、今からか?」


「はい。午後はカンナ様の元へ訪問する予定がございますが、昼食の時間まででしたら支障はございません」


顔合わせだけじゃ無いのか…

そう思い、椅子の上からでも見上げる形になる執事に無言の圧をかけてみるが、子供の迫力なんて高が知れているものに動じる訳もなく、俺は机に齧り付くハメになるのだった。


「ユリウス殿下、本日のお勤めお疲れ様にございます」


夜飯を食い終えて部屋の椅子に溶ける俺に向けて、モルゲンは何事もなかったかのように言いやがる。

その原因の一部はお前のせいだけどな!


「直にご就寝のお時間かと思われますが、もうしばしのご辛抱をお願いしたく申し上げます」


「なんだ?もう動かないぞ?」


「殿下はそのままごゆるりとお寛ぎくださいませ」


寝支度をしてもう寝るだけの段階になって、モルゲンは不穏な一言を告げやがる。

やがて人を呼ぶと数名の奴らが部屋にゾロゾロと入ってくる。


「紹介が滞っておりましたので、本日よりユリウス殿下の専属従者を務める者達をご紹介したく思います」


「今?」


「はい」


「それモルゲンの自己紹介の時にいっぺんに済ませれば良かっただろ」


「大変申し訳ございません。皇后様より勉学の方を優先せよとのご命令だったため、この様な形にさせていただきました」


まさかのミカエラからの指示だった…

皇后ミカエラはジルヴァの正妻、つまり俺の義理の母になる。

ミカエラは教育にうるさいからいかにも言いそうだ。


「ミカエラお母様の言葉なら仕方が無い。せめて手短に頼む」


「畏まりました」


俺に言える文句なんて精々がこのくらいだ。

不貞腐れてる俺に構うことなく、初めに見知った顔が一歩前に出る。


「本日よりユリウス殿下の専属メイドを務めさせていただきます。アリシアにございます」


金色の髪を肩の辺りまで伸ばした女…俺が産まれてからずっと世話をしてるメイドの1人だ。

びっくりするぐらい表情が無な彼女を俺はアリスと呼んでる。


「アリスとカゲツの自己紹介はいらないだろ」


「従者の管理も主人の勤めにございます。それにこう言った儀式は必須です」


アリスともう1人はそれこそユリウスになってから1番長い付き合いの人間だ。

今更自己紹介なんてする間柄じゃないと文句を言ったら、目ざとくモルゲンから注意が入る。


「そういうモノか…」


「まぁ、ユリウス様そう言わずに。ちゃっちゃと拙者も済ませますゆえに」


アリスの次に一歩前に出た黒髪の女は、にへらっと表情と口調を崩して話しかけてくる。


「アリシア同様、本日よりユリウス様にお仕えいたします、名をカゲツと申します。何卒よろしくお願い申し上げまする」


カゲツは元々俺の実の母、カンナの身の回りの世話をしていたらしい。

その伝手で俺の世話係を続けていた訳なんだが、アリスと同じでついに専属にされたか。

俺がものぐさなのを知る2人は簡潔に自己紹介を終えて新顔の2人に手番を譲る。


「ユリウス殿下、ご挨拶申し上げます。お二方と同じく専属メイドを務めさせて頂きます。カロラインと申します。ご用命の際は何なりと」


深緑の髪を束ねたメイドは前2人よりも有耶無耶しく頭を下げる。

コイツはアリスやカゲツと違って新顔…もしかしたら俺が覚えてないだけで初めてじゃ無いかもしれないが、少なくとも顔馴染みになるほど接したことは無い。

最後はメイドでもなければ女でもない唯一、若い男の執事の番だ。


「夜分遅くにこの様な機会を設けて頂き、恐悦至極に存じます」


いや、モルゲン…と言うかミカエラのせいでこんな時間になってるだけで、別に設けたくはなかった。


「主にモルゲン殿の補佐をさせていただきます。執事見習いのフィーダです。誠心誠意お仕えさせていただきます」


茶髪のいかにも好青年と言った感じのフィーダは、1番緊張しながら堅苦しい挨拶を述べる。

女の方が肝がすわってるのは定説なのか、フィーダが単に緊張しやすい性格なのか。

深々と下がってる野朗のつむじを見つめながら、そんな事を考えていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

面白いとおもったらブクマと評価のほどをよろしくお願いします。

モチベーションの維持になりますので何卒。

一作品目の『社会不適合者の英雄譚』の方もよろしければ読んで頂ければ幸いです。

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