4話 魔術の授業
「ユリウス殿下、クロード殿下。検査に引き続きロイマンがお二方に魔術についてお話しさせて頂きます」
うーん、慣れないな。
相も変わらず柔な笑みを浮かべるロイマンはわざわざ子供相手に礼を取るが、皇子を相手にしていることを考えても大袈裟すぎないか?
もっとフランクにいこうぜ?
ま、そんなこと出来ないし言えないんだが。
「どうぞ、よろしくお願いします」
「します!」
ロイマンの口上に次いで、となりに座るクロードが勢いよく手を上げる。
元気なのは結構なんだが、隣に居ると耳がキーンとするので出来れば声量を落として欲しい。
ロイマンは子供好きなのか元気溌剌なクロードを見てどことなく楽しげだ。
「所で、お二方は魔術はお好きですか?」
「すき!きれいだしかっこいい!」
「すき」
「それは嬉しい話です。私もここでお仕事をさせていただいてるだけあって魔術が大好きなのですよ」
クロードと俺は真逆のテンションではあるものの同じ答えを言う。
それを聞いたロイマンは満足げな反応を示す。
そりゃ、宮廷魔術師なんてやってるくらいなんだから大小はあれど魔術が好きじゃなきゃならないだろう。
子供相手用の話し方をわざわざしているのは分かるんだが、どうにもコイツテンション高すぎてキモいなという感想がでてくる。
いや、ロイマンは悪く無いんだが、中身が大人の俺からするとどうしてもな。
許せ。
「クロード殿下の言うとおり、見た目がカッコよくて綺麗なのもありますし、その探究しきれない奥深さも魅力的です。ユリウス殿下はどんな所が好きなのですか?」
冷めたような気持ちで聞いていると、話に加わってこない俺に気を遣ったロイマンが話を振ってきた。
身分的に公平に扱わなきゃならないから仕方ないのかもしれないが、別にそんなのいらないぞ。
そんなこと言えないから素直に答えるが。
「便利そうな所」
「おお、良いところに目をつけますね。魔術はカッコよくてキレイなだけではなく便利な物なのです。ご存知かもしれませんが、城に宮殿などの主要施設に備え付けられた設備の大半は魔術が関係しているのですよ?」
「そうなの!?」
俺達に魔術に興味を持たせるように話を膨らませるなぁ。
わざわざ任されるだけあって子供の扱いがうまい。
「ええ、そうなんです。例えば夜に部屋を照らしてくれる灯り。なんと、あれは光る魔術が込められた道具なんです」
「えー、あれまじゅつなの!?」
「それらを魔具と呼びます」
「まぐー!」
「他にも火を出したり水を出したり様々な魔術を使った道具が至る所にあるので、気が向いたら探してみるのも面白いかもしれません」
「さがしてみる!」
こうやって大人しく座って話を聞く落ち着きがあってクロードは歳の割には成長が早いが所詮2歳だ。
この活発さ通り好奇心も相応にあるが、そんな無責任なこと言って大丈夫か?
「その際にはお付きの言うことをちゃんと聞くんですよ」なんて言ってるが、後で上役から文句を言われても知らないぞ。
ちなみに俺は勝手に探索をして見つかった時の言い訳として活用させてもらうつもりだ。
悪い大人に良いように使われるのも社会経験だ、ロイマン少年。
そんな犠牲が確定したことなんて知るわけも無いロイマンは話を続ける。
「お話の中に出てくる悪者を倒すカッコいいものから、身近にある生活を助けてくれる役立つ便利なものまで、幅広い使い道が魔術にはあるんです」
「すごい!」
「そんな凄い魔術ですが、使い方次第では便利なだけでは無く危ない代物でもあるのです」
「あぶないの?」
今まで元気にしていたクロードの顔が不安で曇る。
皇子でなくとも子供を怖がらせた訳だが、ロイマンは慌てることなく出来るだけ穏やかな声音を出しながら首を横に振るう。
「コントロールがうまく出来ないと自分が出した火で驚いてしてしまうかもしれない、または水をかぶって風邪を引いてしまうかもしれない。危険は色々です」
「まじゅつってほんとはこわい…?」
「そういう一面があるのは事実です。それを知ってほしいからこそ、このような怖いお話をしましたが、決して魔術が怖いものという訳ではありません」
大したことない例ではあるが、クロードには効果的面と言った具合の怖がりようだ。
大人が子供に言い聞かせをさせるために使う、よくある手段の一つだな。
実際には火なら爆破して火傷なら幸運で、下手をすれば部位欠損だってなくは無いから、良い感じに上手くぼかしたな。
例えば、産まれた直後に俺は身体強化をしようとした訳だが、アレを無理やりやっていたら身体が弾け飛んでいた可能性が高い。
目に見えた現象を起こさない強化魔術ですらこれなんだから、知識無しに使用するのは危険を通り越して馬鹿のすることだ。
魔術を覚えたての奴が調子に乗って火だるま、窒息しかける、切り傷だらけになるのはよくある話。
そんなことは知らないクロードだが、怖いものということは理解できたらしく、どんどんと元気が抜けていく。
明るかった奴が静かになったせいで暗い雰囲気空気になってきたが、ロイマンはそんな空気を入れ替えるために一度手を鳴らした。
「では、魔術を怖くなく使うにはどうしたらいいでしょうか」
「うーん…あ、ゆっくりつかう?」
「流石クロード殿下ですね。ゆっくり魔術を使えば安全に使うことができます」
質問に身を少し固めるながらもクロードはしっかりと答えを出し、ロイマンはニコリと回答を誉める。
それを聞いたクロードは褒められたことと魔術を安全に使えることが分かり、抜けていた元気を取り戻すように調子が上がる。
「ですけど、毎回ゆっくり使っていては不便だと思いませんか?じゃあ、次。ユリウス殿下はどうすれば安全に使うことが出来ると思いますか?」
しかし、そこは下げて上げた意地の悪い大人らしく、次は上げて落とす方法を取るロイマン。
問題点を指摘し、次にまだ答えを言っていない俺の名前を呼ぶ。
「練習する」
「大正解です。魔術はしっかりと鍛錬を積めば早く安全にすごいことが出来るようになるんです!」
面白みもクソもない端的な答えだが、子供が答えとしては満点だと声のトーンを一段階上げて補足する。
「おぉー」と心の底から感心するっていう、クロードの尊敬の眼差しがこそばゆいから早く話を進めてくれ。
「しかし、魔術をいきなり使うのはかなり危ないんです。では、どうやったら危なく無い鍛錬をすることができるのかとおもませんか?」
「おもう!」
「それはズバリ、魔素を感じて動かせるようになればいいのです。そうすれば魔術を自在に使える手助けになりますし、危なくて失敗しそうになったら途中で止めてなかったことにできたりもします」
「おぉー」
ようやく今日の本題に入ったらしく、ロイマンは魔術を使う訓練をするさらに前の段階の魔素の操作、感知の訓練について切り出した。
魔素はなにも持ってれば使えるなんてものじゃない。
身体と一緒で動かすためにはそれなりにトレーニングが必要になってくる。
そのために鍛える箇所と言うのが魔素回路なんて言われる、身体中に張り巡らされてる魔素の通り道だ。
これが鍛えられていないとまずまともな魔術は使えないと言ってもいい。
言い換えれば筋肉に近いのかもしれないな。
「今日はこの魔素を感じたり動かしたりする鍛錬をお二人にお教えしたいと思います」
「どうやってやるの!?」
「一般的には瞑想をして自身の中に溜めてある魔素を感じるところから始まり、感じることができたらそれを動くように念じます」
「めいそう?ねんじ?」
「瞑想は目を瞑って自分の中の魔素を探す事をで、念じるは自分の中にある魔素に動くよう命じる事です」
知らない単語に首を捻るクロードに、ロイマンは子供でも理解できるように取り敢えずの説明をする。
瞑想も念じるも本来の意味では無いのだが、細かい説明をした所で子供に理解できるような事でもなければ、することも不可能だから大方間違いでは無い。
正直、俺も説明しろと言われたら詳しくは出来ないし。
その点、ロイマンは上手い事噛み砕いた説明で、子供に教えるのが凄くうまいな。
「実際にやってみますね」
そう言うとロイマンは目を瞑り、浮かべていた笑みも引っ込める。
何を実演してくれるのかワクワクしてるクロードは、いつになったら始まるのか今か今かと待ってるが、残念ながらこのパッと見は寝ているようにしか見えない姿がその実演だ。
魔素が見えないどころか感じられない者にはそうにしか見えないが、俺にはロイマンが滑らかに体にある魔素を動かしてるのが分かる。
「このようにしてやります」
瞑想をやめて目を開けて微笑んだロイマンに、クロードはコテンと首を傾げる。
当たり前だが、何をやっていたのか理解できていないことが分かる仕草だな。
「そうなるのも無理はありません。側から見れば急に寝たふりを始めた変な人でしかありませんからね。しかし、今のが魔素を感じて操作する最も一般的な手段の『瞑想』と『念じる』です」
「それするとまじゅつつかえるようになるの?」
「ええ、長い時間をかければ魔素を感じ取れるようになりますよ」
「こう?」
クロードは詳しいやり方を聞くよりも早く、真似をするように目を瞑って瞑想の形を作る。
だが、それはただ目を瞑っているだけで仮に何時間何日続けた所で変化は起きない。
精々良い夢がみれるくらいだ。
ロイマンは「その調子です」と褒めるが、これに対した価値が無いことを知っているので、「その辺で結構です」と切りやめさせる。
「こんな感じでまずは自身の内にある魔素を感じる。これが第一段階です。第二段階で感じ取った魔素を動かして、第三段階で外に放出。この三つが出来て初めて魔術を使う資格が得られます」
一つ二つ三つと順番に三本指を立てながら、魔素の鍛錬の工程を簡潔にまとめる。
魔術に興味津々なクロードは、今言われた事を忘れないように小さな声で復唱する。
ロイマンはそれを遮らないように言い終わるのを待ってから次の話に移った。
「お二人にまずマスターして頂きたいのは第一段階である魔素の感知です。先程、長い時間をかけて瞑想をすると言いましたが、実はそれよりも簡単な方法がございます」
ロイマンは感知の習得に関する裏道があると、悪い事を教えるよう声を顰めてからウィンクをする。
イケメンがやると酷く様になっていて腹が立つな。
白けた目を向ける俺の横で、そんなことよりも裏技の存在を聞かされたクロードは、早く話を聞きたいと目を輝かせて身を乗り出す。
「その方法というのは外部から自分の魔素を動かしてもらい、感じやすくさせてもらうといったものです」
「がいぶから?」
「ええ。今回ですと私がお二方の体にごく少量の魔素を流して動かさせて頂きます。あと、これは絶対に守って欲しいのですが…」
先程からおうむ返しをするクロードに頬を緩め続けていたロイマンだったが、注意喚起をするとなると締まりのない顔を引き締めて真剣な表情を作る。
「この方法を他の人にやってもらおうとしたり、逆にやろうとしてはなりませんよ?しっかりとした能力が無い者がこれをすると、された側が非常に苦しい思いをし、魔術が一生つかえなくなることもあります」
「それってあぶないの?」
再び不安で顔を曇らせるクロードに、ロイマンは少し考え事をしてから口を開く。
「そうなりますね。しかし、それは使い方の問題です。クロード殿下はフォークとスプーンの扱いが非常にお上手だと聞いています」
「?うん」
魔素の話から急に関係もない食器の扱いに付いて尋ねられたクロードは、訳がわからないが取り敢えずと言った様子で頷く。
それを満足げに聞いたロイマンは再び表情を緩める。
「お食事をするのにフォークやスプーンは便利な物ですよね」
「そうだね」
「ですが、こうは思ったことはありませんか?フォークって先端が尖っていて怖いな、スプーンを咥えすぎると食べてしまいそうで怖いなと」
「ううん。でも、こわいかも」
「そうなんです。フォークやスプーンでも誤った使い方をすると怖い物なんです。しかし、そんな怖い物でもクロード殿下は正しい使い方を学び、便利に使いこなしています」
まだ話の本筋を見出せないクロードは難し顔をして唸りそうだが、言わんとすることを理解しようと話に聞き入る。
本当にコイツは2歳児なのか?
これは例え話な訳だが、それに気が付かなくとも意味のある会話だと認識するとか、下手な大人よりも既に賢いんじゃないか?
少なくとも、俺が前世でこのくらいの時はそんな思考をしていたとはとても思えない。
「魔素を人に動かしてもらうのも同じです。無知に使えば危険ですが、正しい知識を持った者が使えば便利な手段の一つとなるのです。違いはフォークとスプーンほど正しい使い方を知っている人が少ないくらいです」
「へぇー、そうなんだ」
「ええ。ですから、無闇に人にやってもらおうとしたり、逆にやろうとしないでくださいね?私との約束です」
「うん、わかった!やくそくする」
例え話を聞き終えたクロードは合点がいったと感心すると、ロイマンの言葉に勢いよく同意する。
それに満足したロイマンは続けて「ユリウス殿下もですよ?」と言ってきたので、適当に「わかった」と返事をしておく。
にしても良い感じの例え話をしたもんだ。
俺なら実際に後遺症が残らない範囲で痛い目に合わせるところだぜ。
「お二人がお約束をして頂いた所で、実際に魔素を感じる訓練をしていこうと思います。体に悪いところなどはありませんか?」
「ない!」
「とくに」
「畏まりました。ではどちらから致しましょうか?」
「はい!」
ようやく魔術について学べるとなると、我慢に我慢を重ねていたクロードは被せ気味に返事をする。
基礎の基礎だから面白い事なんもないんだが、この調子なら魔素を感じられただけでも大はしゃぎしそうだ。
「クロード殿下が最初ですね。ユリウス殿下、構いませんか?」
「いいよ」
角が立たないように確認を取られたので、俺は手短に答える。
揉めることもなく順番決めが終わるとロイマンは一度立ち上がって移動した。
「では、クロード殿下。前の方に失礼致します」
そう述べてからしゃがみ、確認を取ってから左手でやさしくクロードの腕を取って、右手を手の甲を包むように添えた。
クロードはワクワクと小さく体を揺する中、ロイマンは最後の注意事項を告げる。
「もし痛みなどを感じた場合はすぐにお申し付けください。それでは行きます」
「おねがい!」
ロイマンが集中するために口を閉じ、クロードもそれに倣って体を固める。
それでも溢れ出る喜びは抑えられないらしく、顔だけは輝いている。
変化は暫くしてからだ。
最初に「ん?」とクロードが呟いたのを火切りに、「わ、わぁ、わぁぁー!?」と気の抜ける声を出し始めた。
リアクションが大きくなってきた所でロイマンは添えていた手を離す
「どうですか?」
「なんかね、からだのなかがぶわぁーって!こう、ぐあーってして、うにょにょーって!!」
「どうやら魔素を感じることができたようです
ね」
「これがまそなんだ!ねぇねぇミー、からだのなかがね!」
「お次はユリウス殿下ですね」
魔素を感じ取れたクロードは興奮しすぎて言葉にならない感覚をどうにか口にする。
すぐにこの気持ちを伝えたいと、ロイマンへの説明もそこそこに隣に控えていたミルテンシアに話しかけ始めてしまった。
それを微笑ましげに見守っていたロイマンは暫くそっとしておくことを決めたらしく、俺の方もこの間にやることにしたらしい。
先程と同じ説明を再びすると、手に取った俺の手に魔素を流そうとする。
……………
「…ん?」
暫くしても変化は訪れず、同じくそれが分かっているロイマンは中々魔素を流せないことに首を傾げた。
もう暫く続けても変化が無いと分かると、仕方なしと手を退けられる。
「ユリウス殿下、どこか変化はありますでしょうか?」
「ないよ」
「やはり…」
困り顔で念の為に魔素が流れたのかを確認し、俺は正直に答えると心辺りがあるように相槌を打つ。
まぁ、俺からすればこの結果は最初から分かり切ってたことなので、そこまで深刻に考える必要はないんだが。
「どうやらユリウス殿下は外部からの魔素の影響を受けにくい体質なようです」
「うん」
「ですが、お気になさらないでください!これはあくまで外部からの影響を受けにくいだけでして、決して魔術が使えないと言う訳ではございません!」
俺の返事を気落ちしてると勘違いしたのか、ロイマンは励まそうと少し慌てるが別にただ返事をしただけだ。
だが、俺が淡々と返事をするせいか、ロイマンは申し訳なさそうに視線を泳がせながら、自分が知る限りの説明を次々に述べていく。
年齢的に魔素の出し入れが難しい年齢だとか、体の魔素が凝り固まっているだとか言うが見当違いと言うやつだ。
ロイマンの魔素が流せなかった理由は単純に、俺が体の中で動かしてる魔素に流した魔素が弾かれて入らなかっただけだ。
そうとは知らず慌てるロイマンは、アクシデントが起こったのもあって一先ず今日の講義をここで締めくった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
面白いとおもったらブクマと評価のほどをよろしくお願いします。
モチベーションの維持になりますので何卒。
一作品目の『社会不適合者の英雄譚』の方もよろしければ読んで頂ければ幸いです。