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31話 ミカエラのユリウス観察


「また殿下の呼吸が止まっています!」


「蘇生急いで!」


ヴァレス帝国の第三皇子と第四皇子が産まれてから3日が経った。

国は新たな皇子誕生を盛大に祝うのが一般的な運びとしては正しいのかもしれない。

しかし、現在皇城の一室で繰り広げられるのは華やかなパーティーでも祝いのセレモニーでも無い。

戦場かと錯覚するほどに殺伐とした空気に包まれるその部屋には、祝われるべき産まれたばかりの皇子が医療用魔具の中に横たえられていた。

そんな皇子を取り囲み、医官達が死に物狂いで蘇生活動を行う。


「ひぎゃッ!!」


「呼吸戻りました!」


「よし!このまま安定するまで治癒魔術をかけ続けろ!魔素の調整も怠るな!」


赤子が発したとは思えない血を吐くような途絶え途絶えの呼吸。

その光景を部屋の端から見ていたミカエラは、旦那と親友の間に出来た、念願とも言える子供に覚えの無い恐ろしさを抱いた。

産まれた時より繰り返す心肺停止。

誰もが助からないと思う状態から、何度も蘇りを果たす赤子は控えめに言って不気味だ。

最初の蘇生こそミカエラを含め歓喜や安堵と言った感情ばかりであったが、今となっては医官は理解の及ばない得体の知れない生物を前にしたかのように、緊張の面持ちで作業に当たっている。

医官ですらそんな状態なのだから、ミカエラはさぞ恐ろしいであろうと従者が何度も部屋を出るように進言するが、彼女は動かぬ顔で端的に却下していた。


(まただわ…!)


彼女は理解できない赤子に恐れた訳では無い。

むしろ、赤子に何が起こっているのかが理解できてしまうからこそ、恐れ慄いているのだ。

頭に浮かぶのは薄ぼんやりとした数字の羅列。

ミカエラのギフト『天使の旗頭』の能力によるものだ。

端的に言えば、生物の能力を値として認識する事ができる。

魔具による外部的な補助やギフトなどの授かり物には効力を発揮しないのが少し不便ではあるが、おおよそ鑑定系能力としては破格の精度を誇る強ギフト。

そんなギフトを持つからこそ、この場の誰よりもその赤子の桁外れな能力値が理解できている。

しかし、彼女が真に慄いているのは生と死の境を往復する不可解さでは無い。


(間違いない。あの子、自分でも治癒魔術を使っている!)


呼吸が止まり暫く。

医官達が懸命な延命作業をしているので分かりにくかったが、間違いなく赤子が魔術を発動するのを捉えた。

途端に医官が治癒魔術を施しても焼け石に水だった生命力がぐんぐんと戻っていくのだ。

ミカエラが見ている限りでも三度同じ現象が起これば、口頭無碍だと一笑していた懸念も確信に変わらざるをえない。


(しかも、身体強化魔術まで使ってる…!?)


産まれたばかりの赤子が下手な魔術師よりも達者に魔術を扱っていることに、ミカエラは冷める表情の下で多いに驚き尽くす。

ダントツで人生で一番の経験だ。

第一皇子のヴィンセントを産んだ時もあまりの能力値に度肝を抜かれたが、そのヴィンセントをも大きく凌ぐ能力値と、赤子ながらに魔術を使える異常性はそれを超える。

常人ならパニックも良い程の事実を、ミカエラは氷の如き仮面の下に隠す。

それから暫くして、産後1週間経つ頃になると赤子は何事もなかったかのように健康を取り戻した。


“表面上は”。


(この子、やっぱりおかしいわ…)


緊急治療用の魔具から出され、皇子のために設られたベッドへ移された赤子は、太々しくも暢気に大欠伸をかます。


“生命力をゴリゴリと削りながら”


(四六時中拷問を受けているような痛みに襲われてるでしょうに、何も感じていないの?産まれた時からだから感覚器官が異常をきたした?)


表面上は暢気な様子でも、その実今も重症とも言える体調なのだから戦慄せざるを得ない。

ミカエラはユリウスと名付けられた赤子の寝る籠を覗き込みながら、もはや最近毎日抱いてる困惑を溜息として発露する。

自分のギフトがおかしくなったのかとも疑った。

しかし、他の人を見てみればそうで無い事は明らか。

考えても結論なんてでないと分かっているのに、不思議の塊のような存在に考えを辞める事が出来ないミカエラは、一旦思考を断ち切ることにした。

なんとなしに興味本位で頬を触れてみる。

ブスッとした様子で「なんだよ?」と言いたげな顔で見返してくる赤子は、控えめに言って太々しい。

そんな態度が気に食わないミカエラはユリウスを抱き上げ、上下関係を叩き込むためにぷにぷにの頬を撫でくりまわしてやった。

赤子らしからぬユリウスに使用人たちは不気味そうに接している。

だが、同じく赤子の頃から大人の様な落ち着きを持っていたヴィンセントを産んだミカエラからすれば、まだ子供らしい反応をするユリウスは未知なる恐れには足りえなかった。

ユリウスは生まれた直後が嘘の様にすくすくと成長して行く。

時は早いもので3歳にもなる頃には、不気味であったハズの赤子にも愛情の念がしっかりと根付いているのだから、不思議なものだとミカエラは思う。

自分が腹を痛めた訳でも無いのだから余計に。


「何ですか?ボタンはハズしてないすけど」


「服装ではないわ。今回は顔、クリームがついてるわよ」


「あれ?ほんとだ」


執務の空きが出来て、時間の調整が効いた双子と休憩時間での出来事。

注意を受けることをいち早く察したユリウスが先制して前回の小言を潰すが、残念ながら今回はテーブルマナーの荒さについてだ。


「クロードの兄なのだから、恥ずかしく無いようにもう少し気を張りなさい」


「じゃあクロードに兄を譲ります。まかせた」


「ぼくがおにいさま!」


「そんなことできる訳ないでしょう。ジョークのセンスが壊滅的なのだから、話術の勉強を増やすべきね。クロードも間に受けてはいけないわ」


「え?」


「わかりました!」


本気半分悪戯心半分でユリウスの勉強を増やしてやれば、想像通りポカンとした反応を返してくれる。

接してみて分かったことだが、ユリウスは大人びてるのでは無く、単にリアクションが淡白なだけだった。

相変わらず無表情で太々しいし、生命力は日常的に削れてはいるが、慣れてみればなんて事はないクロードと同じ子供らしい一面が見えてくる。

殆ど手のかからない息子娘達の中では1番手のかかるものだから、ミカエラの性格的に放って置けないのも可愛く思える一因なのかもしれない。

とは言え、変わらない認識もある。


(また能力値が上昇してる。元々桁外れの魔素値は順当なのかもしれないけれど、普通だった他の身体能力系の値もおかしなくらい伸びてる…この子は何か他の生物にでも進化しようとしているのかしら?)


不気味さが消えてもなお深まる異常さ。

まず最も目を引くのが膨大な魔素量。

成長と共に体内に保有できる魔素は増えていくものだが、ユリウスは産まれた時点で国2番目の魔素を体内に抱えていた。

そんな子供がすくすくと成長しているのだから、魔素量も順当どころか天井知らずに増えていくせいで、今では国どころか大陸を見てもぶっちぎりの魔素量を誇っている。

少なくとも、ミカエラが見た中でユリウスを超える人類は目にした事が無い。

だがしかし、これはまだ予測出来ていたことなので比較的驚きは少ない。

真に驚くべきは身体能力。

産まれた時には赤子として標準的か下回るくらいの能力値だったのが、今では見違えるどころでは無い成長の仕方をしているのだ。

今の時点で素の身体能力がそこらへんの兵士と変わらないのは一体どういうことなのか?

そこに日常的に身体強化魔術を併用しているのだから、累計の能力値はおかしなことになっている。

勿論、3歳児なのだから武術の訓練は愚か、身体を鍛えられるような運動はさせていない。

それなのに1日くらい目を離すと値が増えてるのだから驚きだ。

普通能力の最大値が1日で増えるなんてありえない。

知力は学ばび蓄えなければ増えないし、筋力は鍛錬により壊し治さなければならず、生命力は色々な経験を経て増える。

ユリウスは元から知力に関しては大人顔負けだったので、ほとんど伸びていないが身体能力関係の値は軒並みに上昇し続けていた。

この成長こそが最もミカエラを驚かせ続け、ついには呆れさせるに至った異常性だ。

そんな異常な身体能力の内には体力も含まれる訳だが、ここに強い関心を覚えた。


「ミカエラお母様。少し良いでしょうか?」


「ええ、構わないわ」


「なんか最近どんどん勉強の量が増えてると思うんですけど、こんなにやる必要あります?流石に終わらせるのが大変なんですけど」


ある日、ふとどの程度の負荷までなら大丈夫なのか気になり出した彼女は、次々とユリウスに課題を振ってみることにした。

徐々に徐々に増やしていってついに専門教育機関に所属する学生並みの量になった頃。

ついにユリウスが直談判をしに来たのだ。


(ようやくおかしい事に気がついたのね。もう増やし始めて半年くらい経っているけれど)


子供には酷な量になってやっと自分の勉強量がおかしい事に気がついたらしい。

感覚が鈍い鈍いとは思ってたが、ここでもそれは遺憾無く発揮されてる。


「大変なのは理解してるわ。それでも出来ているのならやりなさい。他の兄弟たちも(貴方ほどじゃないけれど)同様に皇族としての責務を果たすために励んでいる。クロードに負けないためにも頑張るのよ」


「わかりました…」


渋々と言った様子で話を終わらせるユリウス。

淡々としているようでクロードの兄としての自覚が一応あるらしく、ああ言えば素直に言うことを聞く事が多いのだ。

それに、面倒くさがり屋のようで、あれでいて意外に勤勉だったりもする。

出来るのならやるべきとミカエラは常々思っているし、自分でも実行していることだ。

それに、少し可哀想にも思えるが、そうせざるを得ない理由がある。

実は、ユリウスは身体能力に比べで知力の伸び、つまり才能に関しては他の兄弟達に大きく劣る。

決して馬鹿とかでは無く、むしろ同年代に比べれば優秀も優秀。

しかし、弟のクロードと比べるとその差は歴然だった。

仮にクロードが1刻分勉強して1を学んだとして、それに対してユリウスは2刻3刻分勉強してようやく1を学ぶのだ。

向き不向きは仕方のない事だとミカエラは他兄弟と比較するつもりは無い。

だが、差を埋められるなら埋めるべきだとも思っている。

だからユリウスの勉強量は他の兄弟と比べて多いのだが、それを速度でカバーして結果的に他の兄弟達と同じくらいの勉強時間に納めていると聞いた時、ミカエラは珍しく1人笑ってしまった。

その甲斐あって、ユリウスとクロードは互いに得意不得意の分野で優劣がつく事はあっても、大体は同じくらいの成績で皇子としての能力を伸ばして行く。

評判もその無愛想さと子供らしからぬ雰囲気を不気味がられることこそあったが、クロードからそれを差し引いた分くらいには評判も高かった。

祝福の儀を迎えるまでは。


「啓示を述べさせていただきます…ユリウス・フォン・ラング・ヴァレスディアが授かりしギフトは『頑強』…になります」


耳を疑った。


(あのユリウスがただのコモンギフト…?)


信じられなかった。

産まれた時より特別の権化とも思えたユリウスがなんて事はない、ありふれたギフトだと言われた事に。


「ユリウス、お疲れ様」


あまりの衝撃にしばらく放心としてると、シルヴァが我先にと労う。

そこでようやくミカエラは正気に戻ると、慌てない様にしながらゆっくりとカンナの横顔を盗み見る。

ただでさえ青白い顔を蒼白一歩手前まで悪くさせたユリウスの実母。

今すぐにでも寝かすべきかとも思った。

それでも力を入れ直した様子を見てやめる。

そうだ、1番落ち込んでいるのは誰でも無くユリウスの筈なのだから。

そう思い当人の顔を良く観察してみれば、やはりいつもと変わらない。

変わらない?


(そんな訳は…びっくりするぐらい平常心ね…)


その時の精神状態も数字から読み取れるミカエラはユリウスのあれが、取り繕っているとかでは無いことをハッキリと確認できた。


(いくらなんでも冗談でしょ…少しくらい気にした方がいいんじゃないのかしら?)


そんな言葉をミカエラは呑み込む。

むしろ、思い詰めている大人組に気を使う余裕まである態度に腹が立つくらいだ。

ことごとく、この息子は自分の予想を斜め上をいくと。

柄にも無く口数の多いその姿を見せられると、自身が情け無いと後ろ指を刺されていると錯覚させられる。

らしくない動揺など直ちに捨て去って、ミカエラはいつもの様に凛とした態度を取り戻す。

とは言え、心配まではそう簡単に捨てされなかった。

祝福の儀も終わりすぐさま迎える新年。

またの名を『フィリスの祝日』。

祝福の女神の名を冠するその日は多くの国々で祝い事を催すのが慣例になっており、ヴァレス帝国でもその例外に漏れず盛大な祭事が催される。

その場には皇帝と皇妃の参加は勿論、子供である皇子皇女も一部の例外を除いて出席が半ば義務付けられている。

ユリウスも出席を余儀なくされたうちの1人だ。

心配の理由など語るべくも無くギフト。

皇族はギフトを授かると同時に翌年の初めの祭事…その日の夜会にて、国1番の権威として発表をする義務がある。

虚偽も多分に含まれる発表でこそあるが、それは高位過ぎるギフトを公表すると、文字通り“大陸中が荒れる”と言う政治的理由が強い。

なので、控えめに発表することはあっても飾る事はまず無い。

何故なら、控えめならばその力を証明する機会があっても問題無いが、飾った場合はどうあがこうとも証明するのが不可能だ。

ある物を小出しには出来ても、無い物はどこまで行っても無いのだから。

過去に凡庸なギフトを授かった皇族達がどのような末路を辿ったか。

少し調べれば脚色された演劇も真っ青な、まるで救いようの無い数多くの悲劇を読み尽くせる。

その様な末路をユリウスが辿る事は無いだろうが、おおよそ足場の悪い道のりになることは間違いないだろう。


(ついにこの日を迎えてしまったわね)


ミカエラは壇上へ上がる義理の息子を眺め、憂鬱な気分に思わずため息を吐きたくなる。

短い時間ながらいくつかの計略も巡らせようとはした。

最も無難で問題なさそうなのが、能力だけで言えば飛び抜けているユリウスを、高位ギフト持ちとして誤魔化す策。

だが、仮にこれですら実行した所で、後々に不都合が生じる事が目に見えていた。

所詮その場しのぎの愚策でしかない。

結局やったことと言えば、せめて大きな混乱をさせないために事前にギフトの情報をぼんやりと流したことくらいだ。

案の定、壇上へ上がったユリウスへ向けられる視線はどれも落胆や侮蔑といった非難めいたものばかり。


「ユリウス・フォン・ラング・ヴァレスディアだ。まずはギフトを授けてくれた神に感謝を。そして、弟に比べ物足りぬ才を埋められるよう、誠心誠意努力を尽くそうと思う。至らぬ点も多々あるだろうが、多めに見てくれると有難い。以上だ」


そんな針の筵の中でも、ユリウスはいつも通りに太々しくも堂々と用意された無難な演説を述べ切った。

その姿に改めてミカエラは馬鹿馬鹿しいなと自嘲する。

あの子はいつなんどきでもあの調子を崩す事はないのだろうなと、じわりじわりと腹筋を刺激したのだった。

憂いもある程度晴れて、ミカエラは自身の公務を全うすべく、主要な来賓との歓談と言う名の交渉を繰り広げた。


「ご歓談中失礼致します。皇妃陛下、少々お耳に入れたい事が」


そうしてユリウスへの心配ごとも薄れてきてしばらくしてから、モルゲンが顔を見せたことで悪い予感を抱く。

やはり居心地が悪くてパーティーを抜け出しただろうか?

コモンギフトを馬鹿にしてきた誰かといざこざを起こしただろうか?

ありふれた厄介事を並べたててみるも、残念なことにそのどれよりも悪質で厄介な問題であった。

グラントン公爵家令嬢アシュペリアが会場から姿を消し、その追跡にユリウスが会場を抜け出したとのこと。


「あの子は毎回私の予想の斜め上のことをやらかすわね…」


ミカエラはなんてことだと天を仰ぎたくなるのをグッと堪えることになった。

結局、不祥事を表沙汰に出来るわけもなく円滑にパーティーを進めるしかなかったせいで、本格的に報告を聞いたのは全てが終わった後だ。

どこぞの国の暗部との戦闘を繰り広げた可能性があると聞いた時には、妊娠時以来の目眩を覚えた。

そうして精神を落ち着ける茶を口に含みながらこの騒動の中心に殴り込みに行った馬鹿息子の部屋で待つこと暫し。

思ったよりも時間も経たずに部屋の主がコソ泥よろしくな態度で部屋へと戻って来た。


「只今帰りましたぁ…」


見た事も無いくらいに体内の魔素を減らし、疲労を蓄積させた様子が全てを教えてくれる。

と言うか、仮にミカエラのスキルが無くともそのおかしな格好を見ればだれでも、ただならぬ事があったのだと一目で分かる見た目だ。


「そんなに疲れ果てるまで、今日も随分遅くまで夜遊びをしているのね?」


珍しく感情を乗せて喋れば、ユリウスは肩を小さく跳ねさせる。

その姿を見ると怒りが急速に萎み込み、少しの安堵と滑稽さが滲んでくるのだから不思議だとミカエラは思う。

産まれた当時のユリウスはまさに未知の化け物であった。

赤子らしく主張の激しいクロードに対して、赤子にしては妙に静かなのも不気味さに拍車をかけていた。

それが、今や身近な者達のみにはなるが、なんやかんやで好かれるまでになっているのだから、態度に反して愛される素質があるのだろう。

そうミカエラは内心に溢すのだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


義理の母と義理の息子というありえないくらい気まずい関係なのが相場の2人ですが、奇跡的な噛み合いで仲は超良好です。

単にミカエラの人が出来すぎているだけでもありますが、性格の相性が良いので蛮族さんと1番仲が良ったりします。

そのせいで、実の母であるカンナは少し嫉妬しているとか。

そんな出番の少ない病弱マザーの活躍は当分先なことを本人はまだしらない…


面白いとおもったらブクマと評価のほどをよろしくお願いします。

モチベーションの維持になりますので何卒。

一作品目の『社会不適合者の英雄譚』の方もよろしければ読んで頂ければ幸いです。

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