3話 皇子さまの魔術適正
子供ってのはこんなにも暇なモンだったのか。
前世じゃ物心ついた時からセコセコ働いてたから余計にそう思うのかもしれない。
盗みが仕事に入ればだが。
どちらにしろ生きるのに必死で時間なんていくらあっても足りなかった気がする。
それに比べて今世のお坊ちゃま生。
衣食住に困らないのは当たり前などころか、身の回りの世話すらメイドにやってもらえる。
俺のやることなんて乳離れした今、ちゃんとした飯が食える様になってテーブルマナーの勉強、後は言葉を覚えさせるために絵本とかの昔話を聞くくらい。
あとはクロードとシルヴァの遊び相手で残りは暇な時間だ。
で、その自由時間にやることと言えば基本フローラに散歩に連れてってもらうか昼寝をするか、本を読むかの三択くらいのせいで大層暇な人生を送っている。
ちなみに、家族が訪ねてきた時の相手は公務だ。
仕事じゃ無いとは断じて認めない。
これが良く聞く身内で殺し合いを推奨する王族なら話は違ったかもしれねぇが、うちはシルヴァが家族は仲良し主義のせいで権力争いは無いとは言わないが、大分緩いから命の危険もない。
生活に困らないだけ幸せなのは間違いないんだが、贅沢とは分かっていても刺激が欲しくなる。
そんなことを思いながら、多少怪しい読み書きを学ぶために今日も子供向けの本を読む。
暇つぶしがこれ以外にすることが無いから読んでいるだけだが、暇を弄ぶ俺に吉報が知らされる。
「ユリウス様、お出かけのお支度を致しますので絵本はまた後にしましょう」
「何処に行く?」
まだ2歳児、もう直ぐに3歳児の俺にはその日にある予定は知らされない。
子供に予定を伝えても理解できないだろうしな。
だからこんな風に普段から行事があってもフローラが管理していて、その時間になれば伝えてれる。
「今日はクロード様とご一緒に魔術を使えるのかをお調べしに宮廷魔術士団へ行きます」
魔術とは世界中に満ちる魔素って言うエネルギーを利用し、火を出したり水を出したりと、自然現象を操る技術として一般的に知られている。
前世が魔術師の弟子として色々な説を知ってはいるが所詮は仮説だし、俺は魔術の真理を知りたいとか言う学者気質でも無いから不思議な技術くらいの認識だ。
用途は身の回りを便利にするものから未知への探究まで様々。
まぁ、俺がよく知ってる用途と言えば殺し合い、すなわち戦争だな。
昔は魔術が使える人間は貴重で重宝されてたが、それは今でも変わらないのか?
なにか理由があるにしても、体の出来上がってない子供の魔術適正を調べ様だなんて物騒な話だ。
身体が出来上がってない幼児は体に魔素を溜めておける量が安定してないせいで、そういう検査を受けさせることは無い。
ユリウスなんかはその最たる例で、安定しないからこそ魔素に殺されかけてたりした。
例外として戦争をしてる国だとガキの内から少しでも才能がありそうな奴を集めるためにしているが、この国は戦争をしている気配は無い。
話を聞かないって言うのもあるが、戦時中の国は城や宮殿でもピリついた雰囲気が多少なりともあったりする。
昔、忍び込んだ時の所感だから根拠は薄いが。
何にせよ、これを機に魔術を使ってもよさそうなら多少暇が紛れそうだ。
絵本を回収されると俺はフローラに成すが成されるままに服装を整えられ、いつものように抱えられて部屋を出る。
うーん、やっぱ俺から出向く感じなのね。
昔のイメージにはなるが、特権階級っていうのは何でも命令して買い物や用事があれば人を呼び出すのが普通だと思ってた。
だが、うちの皇族はどうやら違うらしい。
時には呼びつけることもあるが、基本暇な奴は自分で行動しろ主義だ。
こういうのを知ると時代なのかヴァレスディア家が変なのか少し気になるな。
俺がフローラに揺られてしばらくして、俺が住んでいる宮殿から別の宮殿へ移動する。
「ここは?」
「魔術宮と言って国内でもとりわけ優秀な魔術士、宮廷魔術士がお仕事をする場ですよ」
あー、魔術に関する国の研究機関ね。
確かに建物の中から魔素量の高い奴がゴロゴロ居る。
「ユリウス殿下、ランバード夫人。お待ちしておりました。今回の案内役兼殿下方の保有魔素量の検査を担当させていただきます。ロイマン・フォン・レクレリーズにございます」
俺の気が逸れていると前の方から出迎え役が挨拶をしてきた。
コイツも中々の魔素量でエリートを謳っているだけはある。
「お出迎えご苦労様です」
「いえいえ、職務ですので。むしろ我々が出向くべきところなのですが…」
「陛下の意向ですからそう畏まらないでください。ユリウス様も普段行けない場所を見れて楽しんでるご様子ですし」
フローラの社交辞令にロイマンは申し訳なさそうに眉を落とす。
にしても、暇な奴は自分で動けな方針はやはりシルヴァの考えか。
あと俺ははしゃいでいないぞ。
外出出来て嬉しいことは嬉しいが、ちょっと久々に見た別の景色が珍しかったのと、国一の魔術士集団がどんなもんか気になっただけだ。
「それなら我々も嬉しい限りです。おっといけない。ご婦人にこのまま立ち話をさせてしまい申し訳ありません。ささ、ご案内させていただきます」
すぐにフローラが俺を抱えていることに気を払う余裕が戻ると少し慌てた様子で魔術宮の中へ促す。
まぁ、このいかにもお嬢様みたいな見てくれのフローラが俺を苦労して抱えてる様に見えるのは分かる。
腕も見た限り枝みたいな細腕だしな。
だが、実際には高い魔素を持っているのとフローラ自身が魔術士だからか見た目よりも遥かに力持ちだ。
俺の世話係はパッと見ると非力に見えるが、身の回りの世話の中には護衛も含まれてるらしいから、全員が実力で荒事にも対応できたりする。
「クロード様は既にいらっしゃいますか?」
「はい、先程ご到着されました。ですので、魔素の検査はユリウス殿下のご気分が問題ない様でしたらすぐにでも始められます」
ああ、そう言えばクロードと一緒に検査するとか聞いたが、一緒に行かなかったってことは俺の支度に待ちきれなくなって先に飛び出したのか。
これまた無駄に凝った部屋に通されると先に待っていたクロードが「ゆりゆり!」と目を輝かせて突撃してくる。
「お待たせしましたクロード殿下」
「ううん、だいじょぶだよ!」
俺が体を硬くするとフローラが気を利かせてくれてクロードの突進の勢いを削いでくれる。
流石、俺の乳母だ。
よく分かってる。
おかげで手をがっしり掴まれるだけで済んだ。
何で子供の手ってこんな湿ってるんだ…?
「まほうだよ、まほう!たのしみ!」
「魔法じゃなくて魔術だ。魔法は絵本の中だけにしかないんだぞ」
「そうなの?」
クロードは周りから読み聞かせてもらっている物語せいか、魔術と魔法を同じだと思ってる。
因みにだが、この二つは違う。
魔術は魔素を操り、その結果の現象のことをいうが、魔法は御伽話の産物だ。
思ったことがそのまま現実になるとか、単純に理解できない高度な魔術、あとは解明できない現象なんかを魔法というらしい。
要するに空想の便利な言葉だ。
「ユリウス殿下は博識ですね。そのお年頃ですと魔術と魔法は同じものと思っている子も多いのですが」
後ろのロイマンが感心した声で言うが、俺からしたらおべっかにしか聞こえないな。
別に馬鹿にされてるとは思わないが、中身がおじさんのせいで何とも言えない気持ちになる。
「そんなことより、魔術を使えるのか調べるんじゃないの?」
「これは失礼を。はい、ここでは殿下方の魔素と呼ばれるものの量をお調べさせていただきます」
ロイマンが言い終えると控えていた部下がサッと物を机の上に置く。
見た感じ水晶か?
注意深く見てみると薄く人工的に引かれた線が幾つも見える。
これは魔具か。
「これはなに?」
2歳児のクロードにはそんなこと分かるはずもなく、不思議そうに見つめながら聞く。
「これは魔素測定器と呼ばれる魔具にございます」
「まぐ?」
「魔具とは魔素で動く道具の総称です。クロード殿下の身の回りにある物ですと照明や冷暖房などでしょうか」
「へーーー」
ロイマンは丁寧に質問に答えるが、質問した側のクロードは目の前の魔素測定器とか言う魔具に気を取られていて話半分にしか聞いてないな。
ま、子供の集中力なんてこんなもんだ。
「それでこの魔素測定器なのですが。説明するよりも体験した方が早いですね。クロード殿下、これを両手で触れてみてください」
「こう?」
クロードは躊躇なく水晶玉に手を置くと水晶玉が黒く光る。
それを見たほかの奴らは「おぉ…」と驚いた声を上げるが、俺にはさっぱり分からん。
「ひかった!」
「流石は皇族…いえ、シルヴァ陛下のご子息と言うべきでしょうか。並外れた魔素量です…」
今まで笑みを絶やさなかったロイマンは、冷や汗をかきながら独り言を口にする。
驚いてないで説明しろよ。
クロードもだが、俺も何が何だか全く分からねぇんだよ。
「これはどう凄いの?」
焦れた俺は呆然とするロイマンに話しかける。
するとロイマンはハッと正気に戻ると仕切り直すように咳払いをする。
「こほん。失礼しました。この魔素測定器ですが名前で予想がつくかも知れませんが人の身に宿る魔素量を測るものとなっております。それで、どう測るかと言えば、見ての通り発光の色で見分けます。魔素の量により発光の色が変わり、下から赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、黒、白の順番で多い魔素を持っているとされています」
へぇー、今はそんな便利な物があるのか。
前世だと魔素量を測る方法なんて無かったから、測ることが出来るギフト持ちが適当に多いから少ないかを決めてた。
だから多い、普通、少ない、無能っていう風に区別されてたっけな。
「それではお次はユリウス殿下、こちらにお触れください」
凄いと言われてピョンピョンと騒がしい動きをするクロードをミルテンシアがさっと回収するのを見計らい、ロイマンは俺を水晶の前へ誘導する。
さてさて、今世の俺の魔素量はどんなもんかな。
とは言っても、クロードが黒と言うことは俺の魔素量は白は硬いと思ってる。
兄より優れた弟なんて存在しないとかいう偏った思想から…なんて、そんな楽観的な考え方をしているからじゃない。
魔術士って言うのは測定なんてしなくても、ある程度自分の魔素量を知ることが出来る訳だが、魔術士じゃないが曲がりなりにも魔女の弟子をしていたんだ。
それくらいのことなら出来る。
そんな魔女の元弟子の俺からして、ユリウスの魔素は人間とは思えないほどに莫大だ。
なにしろ、多すぎて自分の肉体を破壊するレベル。
前世と比較して数百倍の差だと思うんだが、正直ところ規模が違いすぎて比較出来ないくらいだ。
その代償と言ってはなんだが、治癒魔術を常時発動していないと勝手に死にかねないのがタマに傷。
今でこそ苦労して鍛えた身体が魔素に耐えられるようになったから、定期的に治癒魔術を使うだけにとどまってはいる。
しかし、俺が転生してなかった場合、どうやってコイツ生きるんだ?
そんなことは置いておくとして…さてさて、今世の俺の魔素はどんなもんかな。
「おお、これは…!?」
水晶から発せられる光を見て、周囲の奴らは再び騒めく。
が、そんなのはどうでもいいくらいに俺は首を傾げていた。
何故なら、水晶から放たれている光は白どころか黒でも無い紫色だったからだ。
手を離すと周りから口々におべっかを浴びせられるが、予想と反した結果にそんなものは耳に入らない。
感覚がにぶったか?
クロードどころか、俺よりも高い魔素を持ってる奴は居ないと思ってたんだが。
「ユリウス殿下、たしかに紫は黒よりも低いと思うかもしれませんが、紫でも数年に一人の大天才なのですよ。それに、これは現時点での結果で成長次第では大きく伸びるのでそう気を落とさないでください」
困惑してる俺の顔を不満そうと解釈したロイマンが、慰めの意味も込めて補足をしてくれる。
別に不貞腐れてる訳じゃ無いんだが…
微笑ましいものを見る顔をされているところを見るに、何を言った所で子供扱いをされるんだろうな。
だだ甘な親や兄達から似たような対応ばかりされるから慣れたものだが、どうも釈然としないんだよなぁ。
居た堪れないような虚しいような。
まぁ、それはいい。
そんなことよりも、感覚が鈍っているのは結構致命的だから、鍛え直しながらどこかで試せる場所が欲しいんだが都合がいい場面はなかったか。
不貞腐れてるようにしか見えない俺を生暖かい目で見つめる周りを無視して、今後の計画を練るのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
面白いとおもったらブクマと評価のほどをよろしくお願いします。
モチベーションの維持になりますので何卒。
一作品目の『社会不適合者の英雄譚』の方もよろしければ読んで頂ければ幸いです。