26話 宴の裏の陰謀
「ヴァレス帝国の四大貴族、グラントン公爵家に治癒系統のワールドギフト持ちが確認された。陛下からこの子供を秘密裏に我が国へ招くようご命令だ」
決して大きな声では無いのにも関わらず、主人の声は伝えた相手に一言一句違わずに耳に届く。
呼び出された騎士、シャルメア・ヴァン・ホステイルは思わず、肩口まで伸びる金糸を揺らす。
予想できなかった命令が下され目を見張る。
眉を顰めそうになるのを主人は目敏く感じ取るが、そう反応することは織り込み済みのために、目くじらを立てることはなかった。
何故なら、命令の内容は言葉を取り繕ってはいるが、それはつまり誘拐して来いと言う事に他ならない。
シャルメアは裏の仕事を生業とするような暗部の類ではなく、守るべきもののために剣を手に取る騎士なのだ。
幼少の頃より血の滲む鍛錬を積んで今の地位を勝ち取ったのだから、彼女で無くとも騎士ならば受け入れ難い任務だろう。
さらに言うなら、シャルメアがなによりも不服なのは、心より忠義を捧げる声の主、ヴァルドニス殿下から、その様な命を下されたことだ。
「発言をお許しいただけますか?」
「許可する」
上官に意見をするなど言語道断の所業だ。
それも、国王直々の任務に口を挟むなど罰則モノなのだが、最初からこうなることが分かっていたヴァルドニスはすんなりと許可を出す。
取り繕っていたつもりが、あっさりと不満を見抜かれたことにシャルメリアは恥に思いつつも、言いたかったことを口にする。
「恐れながら、帝国から平民の子供を誘致するならともかく、公爵家の者となると熟考を重ねるべきではありませんか?」
ギフト持ちの質と量はあればあるほど国益に直結するのは、誰であっても知っている常識だ
そもそもな話として貴重なギフト持ちを引き抜く時点で外交問題は確定。
他国の公爵令嬢ともなれば多少の知恵があれば答えなど言わずもがな。
ヴァレス帝国に並ぶ大国であるアルトニアをしても、容易に刺激するのは普通は躊躇われる。
普通は…
「お前の言いたい事は分かっている。下手をしなくとも戦争は避けられないだろう」
「ならば…」
「しかし、既に秘密裏に議会を開き、上層部で作戦の可決がなされているのだ。神殿からの強い要望もある。奴らは治癒のワールドやゴッツギフトを神聖視しているからな」
「それは存じておりますが、何故神殿が絡んでくるのでしょうか?強い権力を持っていても、秘密裏と言うことは王家を含むごく一部の貴族しか参加出来ないハズでは…」
頭の痛い話だとヴァルドニスは椅子にもたれかかる。
事の発端は光臨教と呼ばれる宗教だと語られるが、シャルメリアが言うように権力こそあっても戦争を起こすほどの発言力はない。
と言うのも、王国で1番布教が進んでいる宗教なだけで、国教と呼べるほどに密着はしていないからだ。
本拠地が別の国にあるのも理由の1つになる。
それでも無視できないのはアンデッドと呼ばれるしせる化け物を祓う事のできる専門技術や、門外不出の優れた医療技術など多岐に渡る恩恵が大きいのが挙げられる。
そのせいで政治の決定権を握るほどではないが、かと言って無視も出来ないという、非常な立ち位置になるのがこの光臨教と言う宗教だ。
だから、利用はしてもあまり力を持たせたく無いと言うのが現国王を含めて貴族達の総意だったりする。
そんな宗教が王国の上層部のみが集まる極秘会合呼ばれるなどありえない。
間違いなく治癒のワールドギフトの持ち主を巡って争いになることがめにみえているからだ。
口を挟むのが不自然なのは、シャルメリアじゃなくとも思う事だ。
その理由をヴァルドニスは語る。
「機密に抵触する部分は話せないが…ヴァレス帝国に治癒のワールドギフト持ちが現れた情報を手に入れたのが神殿だからだ」
「王室と光臨教の間でギフトの持ち主を巡って利権問題で争いになるのでは?」
「そこはもう折り合いが付いてた。俺もその場にいた訳じゃないから詳細は把握していないが、光臨教が『聖女』の称号を与え、所属は魔術師団にする共有と言う形に落ち着いたそうだ」
まるで物を扱うかの様な物言いにシャルメリアは眉を顰める。
現れたと言うこと例のギフト持ちが子供なのは間違いない。
人道的など考えていては政治はできないとは言え、気持ちの良い話ではない。
それは主人であるヴァルドニスも同じであろうが、王太子に任じられているだけあって貴族の言い分も理解している。
「仮に治癒のワールドギフトの持ち主を誘致に成功したとして、この件で光臨教が政治に口を出す口実になってしまいかねません」
「だろうな。だが、それを含めての決定だ。上層部も治癒のワールドギフトがもたらす国益を考えれば、是が非でも手に入れなくてはと躍起になっているのだろうよ」
嘲笑するように言うヴァルドニスであるが、恐らく彼が1番その有用性を理解している。
何を隠そうヴァルドニスが王太子の地位を獲得できたのは、戦での功績を積み重ねたからに他ならないからだ。
アルトニア王国はヴァレス帝国、レピ連邦、エルドラド共和国と並び、大陸における4大国と呼ばれている。
4大国全てが聖ウラス大帝国崩壊直後に基盤が出来上がっているだけあって、多少の誤差はあれど今に至るまで長い歴史を積み重ねている。
そんな大国の内の1つであるアルトニア王国も当たり前のように栄華を極め続けて…はいなかった。
細かな事情は幾つかあるが、大きな原因として数世代前からの中枢部の腐敗と、邪獣と呼ばれる人類に敵対する生物が活性化したことにより、徐々に徐々にと国力を低下させて行っていた。
それこそ、現国王のマハドガルが前国王をクーデターで王位を奪っていなければ、大国としての地位を死守するどころか、国としての存続が危ぶまれるくらいに。
だからこそ、国王も貴族も国力を回復するために躍起になっている。
「ヴァレス帝国と戦争になれば国益がなどと言っていられる場合では無いと思いますが」
「俺も同じ考えだ。だが、国内の反乱分子を鎮圧し続け、他国と邪獣に切り取られた国土は粗方取り返し続けてしまったのが、陛下含めて上層部に自信を持たせてしまったのだろうよ。それに時期も悪い」
「王国内での新たなゴッズギフトとワールドギフト持ちの誕生ですね」
「ああ。幸か不幸かどちらも戦闘向きのギフト持ちだからな。片方はまだまだ子供だが、既に小国の軍に匹敵する能力があるときたものだ」
「戦闘に特化した最高位ギフト2名と治癒に特化したワールドギフトが揃えば、かのヴァレス帝国であろうともどうにかなると上層部の方々は考えているのですね」
基本的にゴッズとワールドの所有者は、その貴重さ故に国に完全秘匿される。
その為にどれだけ国に所属しているか詳細こそ定かではなくとも、王国に所属する最高位のギフト所持者が3人も増えれば、同じ大国のヴァレス帝国と言えども優位に立てるのは間違い無い。
「あわよくば領土を増やすことも視野に入れているのかもしれんな。邪獣共の進出のせいで我が国の虚壊領が広がってしまった。その補填もついでにしておきたいのだろうよ」
「わざわざ大国であるヴァレス帝国からやることではないのでは?」
「そうだが、陛下ここで溜まりに溜まった鬱憤を晴らしておきたいのだろうさ。陛下も臣下も国民も、全員が奪われる側から奪う側になり勝利の美酒の味を知ってしまったのだ。なら、強敵を打倒した時に得られる美酒の味を渇望するのはおかしな話ではないだろう」
そう口にするヴァルドニスはまるでアルトニア王国全ての人々の声を代弁するかのように言う。
悪徳貴族や周辺諸国に蹂躙された国民が。
邪獣に領土を奪われ、腐敗し切っていた王や大臣に搾取され続けた貴族が。
そんな崩れかけの王国の未来を嘆いていた王族が。
散々奪われてきたのだから、今度は我らの番だと心の中で叫んでいるのだ。
戦争はいわばこの王国の意思だ。
勿論、全員が全員戦争をすることに賛成な訳ではない。
「理解できない…とは言いませんが、個人的にはあまり賛同できる話ではありませんね。私自信が内乱の中で育ち、戦場にも出ましたが、恨み辛みの凄惨さは身に染みていますので」
少なくともシャルメリアは戦争など起きない方が良いと思っている。
子供の頃に腐敗した前国王の残党と現国王の間で起きる苛烈な内乱を知ってはいる。
苦しい思いも辛い思いも多くしたが、だからこそそんなことは起こらない方が良いと強く思っているのだ。
こうした考え方をする者も多くいるが、それよりも目に見えた利益を提示されるとそちらに飛びつきたくなるのが人の心理。
マハドガルは武で成り上がった国王であり、政治に関しても乱暴な手段ばかりであっても、利益をしっかり国民に還元して支持を獲得していたりする。
「全くだな。だが、俺達は軍人だ。王太子である俺も例外では無い」
「心得ております。無用な発言を謝罪いたします」
「よい」
いくら不服に思うとは言え、上官であり使える主君に向かって不満を述べるなど言語道断。
軍人の心理を説かれ、騎士としての役割に立ち直ったシャルメリアは腰を直角に曲げて謝罪をし、ヴァルドニスは鷹揚に受け入れる。
「質疑応答はここまでだ。任務の話に移るぞ」
「はッ!」
シャルメリアが気持ちの折り合いが付けられた所で、ようやく本題を切り出す。
「誘致対象はヴァレス帝国グラントン公爵家長女、アシュペリア・フォン・ラヴァ・グラントンだ。任務の概要を話す前に、今回は特殊な形で事に当たってもらうことになる」
「特殊?どう言ったものでしょうか」
「端的に言えば、陛下は俺にこの任務をお与えになったが、幾らか人員を派遣なさってくれる事になった。先に紹介しておこう」
ヴァルドニスが「入れ」と鋭く告げる。
音も無く扉が開かれると焦茶髪の男が入室した。
(鍛えられてはいるけど、歩き方が騎士のそれじゃない。つまり、国王陛下お抱えの暗部の者)
長身に引き締まった身体は彼が只者ではないことを、シャルメリアは目聡く見破る。
そうして、横目に入ってきた男を警戒しながら見定めていると、ヴァルドニスから紹介がなされる。
「今回の任務においてお前と共に実働部隊として働くジャスパーだ」
「ご紹介に預かりました。黒豹騎士団所属ジャスパー・ヴァン・レイヴンです」
「剣狼騎士団所属、シャルメリア・ヴァン・ハイクレスよ」
一度互いに向き合った両者は無駄話もせずに簡潔に名乗り合う。
ついでに、実力の探り合いまで。
2人揃って行動が一致するのは、どちらも生真面目で慎重な性格をしているからなのが、傍観しているヴァルドニスにはよく分かる。
何はともあれ、仲違いや相性の不一致が無いようでなによりだ。
「さて、互いに挨拶を済ませた所で、任務の概要について説明しよう」
挨拶を終えた2人が自分に向き直ってから、ヴァルドニスは任務について話し始めた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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モチベーションの維持になりますので何卒。
一作品目の『社会不適合者の英雄譚』の方もよろしければ読んで頂ければ幸いです。




