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24話 公爵令嬢の不満

第一印象はお人形みたいな人だと、アシュペリアは壇上の少年を見て思った。

母親であるカンナは病気勝ちのせいでアシュペリアは残念ながら会う機会に恵まれていないが、少なくとも皇帝陛下には似ているのはその優れた容姿を見れば判別が付く。

黒と白の絵の具を適当に混ぜた様な髪を長く伸ばしているせいで一見少女にも見えるが、動揺もなく笑顔の1つも見せずに堂々と喋る姿は非常に機械的だ。

可愛らしい顔をしているハズなのに、全く可愛いと思えないと言う、チグハグな感想を抱くのは彼女だけじゃないだろう。


(まるでお母様から読み聞かせられた本に出てきた幽霊に取り憑かれたお人形みたい)


それがアシュペリアがユリウスに抱いた第一印象。

しかし、その評価はジルヴァの一言ですぐに変わった。


「喜ばしい事にユリウスは『頑強』、クロードは〜…」


皇族なのにどこにでもある様なギフトしか神様から貰えなかった人。

ありえない。

我ら公爵家の上に立つ人の中に落ちこぼれが居るのも、それなのに何にも気にしていなさそうなあの顔がただただ腹立たしかった。

他にも、噂でクロードと並んで大人顔負けの優秀さだと、城内でもっぱらの噂になっていたのも向かい風になる。

まるで裏切られたかのように感じて余計に。

落ちこぼれがレジェンドギフトを持ってるクロードと同じ様に振る舞っているのは、身の程を弁えていないのかそんなことも分からないのか。


「ユリウス・フォン・ラング・ヴァレスディアだ」


第一声を直に聞いて何となく後者なのではないかとアシュペリアは朧げに思った。

父であるランデウスに連れられて挨拶をしに行ったは良いが、やはり顔を見て改めてこの人が嫌だと確信した。

身の丈に合った謙虚な言葉を使ってても、その偉そうな態度が鼻に付く。


(才能が無いのに話術もマナーも及第点くらいの努力しか出来ないの?権力しか取り柄が無いのかしら?)


アシュペリアは嫌悪感から内心で悪態を吐きながら、顔に出ないように微笑を固定する。


「グラントン卿から噂は聞いている。非才な身故、教えられることの方が多いだろがお手柔らかに頼むよ」


「恐れ多くも、わたくし程度で殿下に教えられることなどありませんわ」


あ…意地悪からつい言い方が悪くなっちゃった。

いくら神様に愛されなかったって言ってもこの人は皇族だ。

やってしまったと一瞬思いはしたが、直ぐにこんなのに気安く接しられたくないので悪く無いと考え直した。


(なんであなたなんか愚物に教えるを施さなきゃいけないのよ)


やっちゃったと少し後悔しながら何を言われるのか身構えれば、ユリウスは言葉の意味もわかってなさそうな反応しかしない。

それがさらにアシュペリアを苛立たせる。


(これくらいの言葉の裏も読めないの?)


少しでも皇族だからと気遣ったことが馬鹿らしく思う態度に怒りを通り越して呆れしか無かった。

そんな娘の内心など知らない父からまさかの提案がされた。


「でしたら、後ほどある幼年達の集いで娘のパートナーを務めていただけないでしょうか?」


咄嗟にそんなのは嫌だ!と大声で拒否したい気持ちをアシュペリアはどうにか抑える。

ランデウスは何かとユリウスを気にしている様子がる素振りがあったので、何となく気に入っているのだとは知っていた。

だが、それは他の殿下方よりも少しだけ目を向けていることが多い程度の話で、さらに言えばギフトが分かっていなかったからこそ反応だと。

普通の子供よりも優秀だとは聞いていたし、実際に話してみてそこら辺の子息に比べれば賢そうだとアシュペリアも認めはする。

ほんの少し。

しかし、クロードと比べれば差は歴然だし、選び抜かれた人達に教えてもらっているのだから、皇族ならこれくらい出来て当然でもあるのだ。

それなのにランデウスがユリウスをまだ気にする理由がアシュペリアには理解できない。


「とんでも無い。殿下程落ち着きを払っている子はそうそう居るものではありませんよ。貴方様でしたら娘とも話ができることでしょう」


(はっ、お父様の考えを汲み取ろうとしていたら、話が決まりそうになってる!?)


アシュペリアは慌ててユリウスの顔を見みる。

しかし、そこから読み取れることなんて無く、やっぱりお人形みたいに全然顔が変わらないから何を考えてるのか分からない。


「アシュペリア嬢はどうだ?」


どうだ?ではない。

アシュペリアは全力で「断りなさい!」と心の中で念を送ってみる。


「…わたくしでよければ是非に」


が、そんなことがユリウスに通じるわけもなかった。


(この人にそんな気の利いたことを出来ると思ったのが間違いだったわ…)


公爵家当主であるランデウスとユリウスの間で交渉が終わってるのだから、グラントン公爵令嬢のアシュペリアに断ることなんてできない。

嫌々でも頷くことしかできなかった。

ランデウスの取り付けた約束通りの時間にユリウスを迎えに行ったアシュペリアは、疲れも見せない太々しいままの顔にもう辟易とした感情が湧き上がる。

それをおくびにも出さずにユリウスとランデウスの社交辞令を見守る。


「レディ、お手をどうぞ」


「ありがとうございます」


ニコリと微笑むアシュペリアに対してユリウスは無機質な顔のまま。

男性からお誘いするような流れを作られてから誘いに乗ってあげたものの、笑顔の1つも出来ない皇子に青筋を浮かべる。


(こっちが笑っているのだから貴方も笑いなさいよ)


そうしてランデウスに見送られてから子供用のテーブルに向かう2人。

その間、一言も喋らないでただただ歩き続けた。


(才が無いのはまだ仕方が無いかもしれないけど、ここまで何にも喋らないなんてありえるの!?)


ムキになって自分から話しかける事は絶対にしないと心に誓っているアシュペリアであるが、それはそれとしてエスコートをする側がこの態度はあんまりな扱いなのではとイライラが積もらせる。


(はぁ?もう我慢の限界よ!?)


我慢の限界は割と早かった。

ようやく席に座ったと思ったら、ユリウスは1人お茶を飲んでのんびりし始めたのだ。


「殿下はレディのエスコートも学んでいないのですか?」


机を叩きたい気持ちだけはどうにか抑え、アシュペリアは忠言と言う形で文句を述べる。

しかし、それも気にした様子も無く、気の抜ける声音でらりくらりするユリウス。

あまりの能天気さに、頭痛までしてくる始末だ。

言い訳なんてさせない、正論で殴るように言うとようやくユリウスの表情が少し変わった。

無表情なのはそのままだが、少しだけ目を見開いてるし多分驚いてる…のだろうとアシュペリアは解釈した。


「良いこと言うじゃんか」


口調も整えない崩したものに変わった。

ようやく、仮面の様な表情を剥ぎ取って本性を暴けたと、少し得意気に気分をよくしたが一瞬のことだ。

そんな些細な変化に精々するよりも、やはり全然言葉の裏の意味を理解していない無知さ加減にイライラがまた増えただけ。

お馬鹿にでも通じる様に「貴方のことよ?」と伝えてみると、事実を認めてるとこから分かってはいたらしい。

それなら皇族としての自覚を持つ様に教えて差し上げようと言葉を尽くしてみるが、結局意味の分からない言葉を残してさっさと逃げだしてしまった


(なんっなのあの人は…!?)


アシュペリアはドレスの裾を握りしめる。

折角この日の為に両親が用意してくれた貴重なドレスなこともお構いなしに、頭の中はあの放蕩皇子の文句で溢れかえる。

『ギフト』に恵まれない上に努力も出来ないし責務も全うする気が無い。


(あのどうしようもない人に対する言いようの無い怒りで大声で叫び出したい気分よ!)


公爵令嬢としてそんなことは出来ないけれど、この場に居たら何かの拍子にこのイライラが溢れかねない。

だから、後を追うみたいで癪ではあっても、何かをやらかすよりはマシだとアシュペリアは頭を冷やすために外に出る事にした。

誰かに呼び止められないよう足早で外に出ると、冬の寒さが顔をチクチクと刺すように撫で付ける。

ホールの外も新年会の会場になっているのだが、冬の寒さのせいで警備の者達がポツポツと居るだけで、予想通り他の人は殆ど見当たらない。

ここならあの放蕩皇子の文句を言っても問題無いのでは?とアシュペリアの能力に魅惑的な案が浮かぶ。

しかし、人が全く居ない訳じゃ無いと考え直すと、流石に叫ぶのは控えるのが無難だった。


「わぁ…」


あの皇子のせいであんまり周囲を見れてなかったけれど、冬の寒さが頭を少し冷やすと視界がひらけた。

落ち着いて見渡してみれば綺麗に飾り付けられたイルミネーションが視界いっぱいに広がってたのだ。

色とりどりの光に照らされる庭園は公爵家で見たものよりもさらに幻想的に映る。

角度を変えると別の絵画を見ているみたいに大きく見え方が変わるのに、離れて見ても雑多どころか統一感があるのはまるで魔法を思わせる。


「っ…!!」


そんな絶景に見惚れてはしたなくもキョロキョロと忙しなく顔を動かしていると、イルミネーションよりもすごい幻想的な光景にアシュペリアの目が吸い寄せられる。

ぽわぽわと浮かぶ優しい光。

赤、青、黄に緑、白、紫…数えれないくらい多くの彩色達はまるで優雅に踊っているかのよう。

しかし、アシュペリアの目を引いたのはこの優しい光達ではない。

その光達が嬉しそうに集まっているその人に目を引かれた。

さらりと流れる艶やかな黒は夕闇の中であっても目を惹き、光達と戯れる顔は微笑みが彩っている。

アシュペリアと同い年くらいなのに、まるで大人みたいな落ち着きは静謐を際立たせてる。

真冬を忘れさせる春の様な薄着に違和感を覚える所なのだが、あの人の場合は温かな光と微笑みを浮かべているせいで冬の寒さなんてない妖精さんの様に感じられた。

アシュペリアが時間も忘れてただただ見惚れていると、ふいに光に囲まれていたあの人と目が合う。


「あ…」


何かにせっつかれるみたいにアシュペリアは急いで何か話しかけようとしたが、内容が決まらないどころかまともに声も出てこないことに焦る。

いつもならスラスラ出てくるはずの挨拶も、あの人を前にするとどうしても陳腐に思えて却下してしまう。

まるで神が遣わせた真っ黒な色をした天使みたいだ。


「えっと…」


「こちらへいらっしゃいませんか?暖かいですよ」


堂々とすることを教育されてきたハズなのに、この時ばかりはアシュペリアも下を俯き視線を彷徨わせる。

普段なら絶対にしないが、黒髪の天使さんの微笑みを前にすると平静を保てない。


「は、はいぃ…」


緊張で痺れる口をどうにか動かしてみても、出せたのは消え入りそうな声が精一杯だった。


普段なら人並み以上の警戒心を持つアシュペリアをして、あの笑みと同じくらい甘い声で招かれれば言われるがままに近寄ってしまう。

黒髪の天使さんの側へ寄れば「暖かい」の意味が分かった。

不思議なことに言う通り肌を刺す寒さが一気に和らいでいく。

「どうぞこちらへ」と勧められたベンチに座る頃にはポカポカとした暖かさが身を包む。


「え、ほんとに暖かい!」


「凄いですよね。この子達のお陰なんですよ」


魔法の様な現象に気恥ずかしさも吹き飛ばしてアシュペリアは興奮しながら思った事を溢してしまう。

直ぐに「はっ!?」と隣の人物のことを思い出すと、顔を染めて再び俯くいて嬉しそうに笑う黒髪の天使さんから目を逸らしてしまう。


(こんな事やってはいけないと分かっているのに、さっきから身体が言うことを聞いてくれない!?)


淑女としてあるまじき失態もあるが、なによりもこんな変な態度をこの美の象徴の様な人に見られたと思うと自然と顔に熱が昇る。

恥ずかしさを紛らわせる為にアシュペリアが出した結論は、あくまでも周りに目を向けようとして視線を外しただ。

そうして、改めて光の玉達を見る。


「これは精霊…?」


よく見てみるとアシュペリアが知っているのより小さく、夜だから魔素の発光が強くてすぐ分からなかったが、かろうじてそれが精霊だと分かる。


「へぇ、これが精霊なのですか」


「え?」とアシュペリアが声を漏らす。

彼女には黒髪の天使さんに惹かれて集まっているように見えたので、つい見慣れているのかと思ったからだ。

驚くアシュペリアの内心を「あぁ」と悟ったらしい黒髪の天使さんはすぐに答えてくれる。


「見慣れてはいるのですが、この子達がどんなものなのかは知らなかったもので。精霊と言えば聖なる武器に宿ってたり、神々しい獣や人の形を取っていると本で見た印象が強いし、詳しく調べたことは無かったんです」


この光の玉達が精霊だと知った黒髪の天使さんは、アシュペリアから視線を離す。

改めて自分に集まっている精霊のひとつを手に慈しみを含めて撫でた。

捕まえられた精霊は嫌がることもしないで、むしろ嬉しそうに光の色を強くする。


「教えてくれてありがとうございます。一つ勉強になりました」


「い、いえ…滅相もありませんわ!」


ニコりと笑うその顔はアシュペリアが今までに見てきたどの芸術品よりも素敵に思える。

いつまでも見ていたい気持ちと、これ以上見続けるのも苦しいと言う、自分でもよく分からない感情がせめぎ合う。

結局、アシュペリアは我慢できずに正面の景色に逃げるしかできなかった。

黒髪の天使さんも同じように庭園鑑賞に戻る。

暖かい陽だまりを思わせる視線も消え、顔も直視をやめればアシュペリアの嵐みたいにぐちゃぐちゃだった感情が少しづつ落ち着いてくる。

そうしてくると今度はさっきまで美しいと思っていたイルミネーションが、少しだけ褪せて見えて来るのだから不思議だ。

魅力の半減したイルミネーションに興味が薄れると、代わりにその原因になっている黒髪の天使さんのことをつい考える。

女性なのか男性なのか窺い知れない顔立ちと声だが、服装から男性なのだと推測できる。

歳はアシュペリアと同い年くらいか。

まだまだあどけなさばかりの子供の筈が、今まで見てきたどの同い年の子達と比べても静謐で神秘的な魅力に満ちている。

そう考えるとアシュペリアの中で一つの疑問が浮かび上がって来る。


(これほど目立ちそうなお方なのに見たこともなければ噂を聞いたことすら無い)


混乱していても人を覚える事に自身があるアシュペリアは、衣服についてもしっかりと覚えている。

間違いなく最高級の物で恐らく身分は侯爵以上は確実。

『ギフト』も窺い知れないが、これだけの精霊に好かれているところから平凡な『ギフト』では無いと断言できる。

アシュペリアの知る精霊に好かれる『ギフト』を授かっている人はスペリオルだったか。

それでもちょっとした儀式の準備をして数体引き寄せるのが限界だったのを思い出す。

精霊の質、階級などもあるので一概に優劣はハッキリしなくとも、これだけの数の小さな精霊を引き寄せるのは異常だ。


(あ、分かったわ!)


アシュペリアに天啓が舞い降りる。

何でこんな素敵なお方が見たこともなければ噂を聞いたことも無いのかが。

恐らくこの方もワールド『ギフト』以上を授かっているのだろう。

国力に直結するグランド以上のランクの『ギフト』持ちは、適正の年齢になるまでその内容を秘匿する場合が多い。

アシュペリアもそのうちの1人だからこそ、そのことに直ぐ気がつく事が出来た。


「ご令嬢、私はこの辺で失礼いたします」


アシュペリアが黒髪の天使さんについての考察を重ねていると、本人から声がかけられてつい肩を跳ねさせてしまう。


「まだしばらくはここも暖かいままでしょうが、精霊さん達に帰って頂いたので、早めに会場へ戻った方がよろしいですよ。ドレス姿では風邪をひいてしまいますから。それでは」


黒髪の天使さんは優雅に立ち上がるとゆったりとした足取りで立ち去る。

その背中をぽぅっとアシュペリアが見送っていると、気がつけばあれだけ辺りを照らしていた妖精達が一体残らず消えていた。

せめて名前だけでも聞こうと思っていたのに、つい見惚れていたせいで機会を逃してしまい肩を落とす。


「はぁ…」


何もかもが上手くいかないことに大きくため息をついて項垂れる。

感情の振れ幅以外にも、黒髪の天使さんに出会ってからやってしまった奇行の数々も、アシュペリアの心労を溜める要因だ。

反省もそこそこに、このままベンチに座り続けていても良く無いと、アシュペリアも会場に戻ろうと席を立つと…


急に視界が真っ暗に覆われた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

面白いとおもったらブクマと評価のほどをよろしくお願いします。

モチベーションの維持になりますので何卒。

一作品目の『社会不適合者の英雄譚』の方もよろしければ読んで頂ければ幸いです。

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