2話 皇子に産まれ直して
蛮族から皇子に転生して早2年。
国1番の身分に生まれ変わって人生勝ち組!人の金を使い回して悠々自適なセカンドライフ(ガチ)を過ごしてやるぜ!なんて思いは欠片もなかった。
何故なら、前世とは違う理由で生きるか死ぬかの瀬戸際を彷徨い続けてるんだからな!
破裂しそうな圧迫感のある激痛。
寝ることが仕事の赤子には時間は腐るほどあった。
有り余る時間を使って原因を探してみたところ、ユリウスが持つ莫大すぎる魔素保有量のせいだと分かった。
それからはひたすらに鍛錬の日々だった。
ブチ壊れる身体を治癒魔術で治し続けるのは勿論のこと、身体自体が壊れないように鍛える。
要するに筋トレをするんだ。
いや、赤子がどうやってするんだよ。
解決策が見つかったのに速攻で問題に打ち当たった訳だが、意外にもすぐに解決する手段があった。
強化魔術を使えば良いと。
強化魔術で身体を強化…俗に言う身体強化を前世では物心つく前から使えていた俺からすれば盲点だった。
産まれたばかりの頃は身体強化もままならない状態だったのでうっかりしていた。
でも、ユリウスの魔素に慣れさえすれば、息をするのと同じ様にしていたことなんて簡単だった。
強化した分だけ身体の耐久力が上がるおかげで痛みはマシになり、筋肉は付かなくても魔素を使う組織が鍛えられる。
一石二鳥。
一見寝ている様に見えてもゴリッゴリに鍛錬をしているスーパーベイビーが産まれてしまった訳だ。
そんな感じで時間が経つにつれて身体は徐々に痛みを感じることの無い成長を遂げた。
他にも精神の方にも変化があった。
性格は変わってないと思うが、口調や考え方が幼子の方に引っ張られこそしたものの、まぁいいかの精神で過ごしている。
他に変わったトコとして、立つ事すらままならなかった状態から立てる様になり、さらには多少なら喋れるまでになった。
時間のお陰は間違いなくあるが、これはものすごい成長だと思う。
つい他人のように、「いやー、子供の成長って速いなぁ」と一周回って感動する…
とでも言うと思ったか!
長ぇよ!?
日がな1日ベッドで寝っ転がるだけの生活が早いと感じる訳ないだろ。
ユリウスの欠陥体質なんて産まれ直して2〜3ヶ月経つ頃には殆ど克服してたわ!
1日中ゴロゴロ、ゴロゴロ、ごろごろ、ごろごろ…体質の前に暇に殺されるわ!
そんな地獄の日々と1日でも早くおさらばする為に数ヶ月で立てるように頑張ったさ。
メイドによる数々の妨害を乗り越えてやっと一人で歩けるようになった時は小躍りしたくなったね。
けどな。
皇子は歩けるようになっても部屋から出れる訳じゃ無いんだよ!
そもそも、言葉が通じないから俺が何をしたいのか乳母もメイドも分からねぇ!畜生!
歩けても言葉が通じない乳母やメイドにはやんちゃな子ってことでさらに過保護になられたわ。
こうなれば、早く喋れるようになってコイツらに命令してやると心の誓って俺は発声の練習を始めた。
そうして、歩ける様になってからさらに数ヶ月。
俺は一歳になる頃にはそれなりに話せる様になっていた。
いや、喋り方を知っていても喋る事って出来ないんだな。
上手く声が出なくて中々苦労した。
まだ舌足らずで少し違和感はあるが、会話をするには充分になったぞ。
「しょとにいきたい」
「お散歩ですね。かしこまりました」
イヨッシャァ!
言葉が通じるって素晴らしいな。
さすが人類最大の発明だ!
最大は火だったか?
まぁそんなことはどうでもいいか。
これでこの糞窮屈な生活とはおさらばだ!…とはならなかった。
「いい天気ですね。殿下、見てください!綺麗なお花ですよ」
ソデスネ…
俺の専属メイドも兼ねているのか乳母がニコニコしながら庭園の一角で立ち止まる。
綺麗なことは間違いないしさ、俺も師匠の畑の花を育ててたことがあるから別に嫌いじゃないのよ?
城はデカくて見応えあるし、庭園も広いから走り回れる雰囲気じゃないのを除けば悪くないと思ってるよ?
「どうしたのですか?おしめ…ではないようですね。あまり楽しそうではありませんが、何かお気に召さないことでもありましたか?」
腕に抱いた俺はよっぽど不満そうな顔をしていたらしい。
乳母兼メイドのフローラは心配そうに聞いてくる。
「あるきたい」
「うーん。それはユリウス様がもう少し大きくなったらにしましょうね」
「なんれ!」
「ユリウス様はまだ危なっかしいですから。さぁ、行きますよ」
「あい…」
フローラは俺に言い聞かせる様に言うとそのまま散歩を再開した。
こんな感じで歩けたとしても足取りのおぼつかない皇子に自由行動が許されず、大抵がフローラに抱っこされて庭園を見るだけという味気なさすぎる散歩しかできなかった。
生きるのには困らないが不自由すぎるぞ、皇子ィ…
着替えに始まり、ご飯にトイレ、風呂とありとあらゆることをコントロールされているのは、元々貧民だった俺には苦痛でしかない。
そんな生活を送りながら2年経った今、俺は幼児に襲われている。
「ゆりゆり、ゆりゆり、あそぼ!」
「いやだ」
灰色という俺の燻んだ色とは違い白銀に輝く髪。
だが、目だけは同じ翡翠の瞳の子供が元気よく俺の前で跳ね回る。
こいつは俺の双子の弟で名をクロードという。
2歳にしては些かデカいがそれは俺も同じ事なので多分この家の奴らは成長が早いんだろう。
誰からも指摘された事がないし。
俺が間髪入れずに断るが、クロードは諦めずに周りをうろちょろとする。
鬱陶しいので無視を決め込んでいると、流石に傷ついたのかいつの間にかションボリとして泣きそうになっていた。
ああもう鬱陶しい!
「あそぶから泣くな!」
「ほんと!やったぁ!」
遊べると分かった途端に泣きそうだったのが嘘の様に笑いやがる。
お前、今の嘘泣きじゃないよな?
そう思ってゲンナリしていると後ろからクスクスと笑い声が聞こえて来る。
「ユリウスはそっけない態度ばっかなのに優しい子。やっぱりお兄ちゃんね」
後ろで笑っている黒髪の女が何とも言えない優しげな視線を向けてくるが、中身おっさんとしては止めろと言いたい。
この女は今世の母親のカンナだ。
「そうなんですよ。この前もアレクのことを嫌そうにしながらも、何だかんだ文句を言いながらもちゃんと遊んでくれたのですよ。可愛いですよねぇ」
カンナの独り言とも言える発言に反応を示したのは乳母のフローラだ。
そのフローラもカンナと同じく今まで向けられたことのない居心地の悪い視線をむけてきやがる。
因みに、話の中にサラッと出てきたアレクは俺の乳兄弟だ。
「ほう?アレクもか。実は私の息子も遊んでもらってな。ユリウス殿下はあれでいて子供受けが良いな」
次に反応を示したのはクロードの乳母であるミルテンシアだ。
あれでいてって何だ。
この脳筋喧嘩売ってんのか?
「そうなの?」
「そうですね。面倒見が良いですから皆んなユリウス様に甘えやすいんだと思います」
「人見知りの激しいシューベルトも懐くくらいだしな」
今ミルテンシアの口から出たのが息子のシューベルトだ。
このミルテンシアとフローラは母と学生時代からの親友で、こうして俺達皇子の乳母に抜擢されるほどらしく、他人の目がなければ気やすい感じで過ごしている。
「それで何をするんだ?」
「ゆうしゃさまごっこ!」
あまり母達のことを考えたくなかった俺はクロードに聞く。
決して逃げ出した訳じゃない。
すると、クロードはニコニコと嬉しそうにやりたいことを言う。
勇者様とはまたベタベタな王道な。
神に選ばれた悪を裁く戦士だったか。
まぁ、子供のごっこ遊びって考えたら妥当だな。
配役としてはクロードが勇者で、俺は自動的に魔物と言う獣達の王、魔王と言う敵役をやることになった。
ここまでは渋々良かったが、クロードは母達に姫と言う役職を与えて巻き込みやがった。
なんて事してくれてんだよ。
そうして俺は居心地の悪い視線に晒されながら、クロードの言う発言に沿った芝居を返すを繰り返す。
ごっこ遊びは佳境に入り、クロードが俺にとどめを刺してやられた振りをした時、外で控えていたメイドが入ってくる。
「ご歓談の所失礼します。陛下がお見えになりました」
「お通しして」
カンナはすぐにメイドに命令すると、すぐに豪奢な服を着た男が部屋に入ってくる。
カンナを筆頭にフローラとミルテンシアの三人は椅子から立ち上がると首を垂れる。
見てくれは20代くらいにしか見えないから、とても陛下と呼ばれるようには見えないが、これでもれっきとした一国の主。
現皇帝にして俺の父親のシルヴァだ。
「皆んな楽にして。カンナは体調の方は大丈夫かい?」
「お気持ちは嬉しいけれど、心配のしすぎですよ」
シルヴァの何度目かも分からない心配にカンナは困った笑みを浮かべて答える。
今でこそ深窓のお姫様って感想を抱くだけの母カンナだが、俺を産んでからつい最近まで体調を崩し続けていた。
「そうか、でも無理はしないようにね」
「はい」
だからシルヴァの過保護も仕方ないっちゃ仕方が無い。
カンナもそのことがよく分かっているからこそ、嬉しそうにしながらも困った様な笑みを浮かべる。
これ以上の心配はうざがられることを理解してるシルヴァは空気を入れ替えるためか、整った面を崩してふにゃりと笑う。
「ユリウス、クロード!二人とも元気にしてたかぁ!」
そして、シルヴァは並んで立っていた俺とクロードに向かって突進する勢いで近づくと、両腕に抱える様に持ち上げる。
「おとさまー!」
「今日も二人は可愛なぁ!」
うっ、気持ち悪い…
精神年齢が初老に入ってる俺が、面が良いとは言え成人男性に頬擦りをされる絵面は誰が見てもキモいだろ。
あ、今はガキだった。
それでもこの背筋がゾワゾワする不快感は変わらない。
「ユリウスとクロードは何をしていたんだい?」
「ゆりゆりとゆーしゃごっこてす!ぼくがゆーしゃでゆりゆりがまおー」
機嫌が天井無しで上がり続けるシルヴァは猫撫で声で聞いてくる。
やはりキモい。
そう思いながら遠くを見つめていると隣のクロードが元気よく答える。
「それは楽しそうだね。でもユリウスは魔王か。悪役は嫌じゃないかい?私が変わってあげるよ」
「いや、別に」
「なんて優しい子なんだ!弟のために魔王役をやるなんて流石お兄ちゃんだね!」
「いや、別に…」
コイツの耳と頭どうなってんだ?
「いや、別に」から何を読み取ってそんな感想になるのかも分からない。
怖いくらいに誉め殺してくるな。
恥ずかしさとか照れを越えすぎて恐怖が湧いてくるぞ。
「よぉーし。じゃあ次は私が魔王役をやらせてもらおう」
結局混ざるのかよ。
俺の話微塵も聞いてねぇだろ。
「おとさまもあそんでくれるの!」
クロードやめろ。
そんな目を輝かせるとコイツのテンションがさらに上がって今よりもキモくなるだろうが。
「この悪ーいパパを退治してみせろ!」
人の目があるのも忘れて高笑いを始めるシルヴァ。
お前の嫁さんはともかく、フローラとミルテンシアとか表情こそ真顔だが目が引いてる奴の目だぞ。
メイドとかもう地面に目が釘付けになってるけど、これ絶対にお前の醜態を見ない様にしてるからだぞ?
前世じゃ戦争孤児だったから母親も父親も居なかったから親子の接し方は良くわからないが、これが普通じゃ無いのは分かる。
前世の部下に親の干渉がウザいと言っていた奴が居たが、当時の俺は贅沢な悩みだなとか思ってたこともあった。
今ならよく分かるぞ。
あまりにも嫌だ。
別にシルヴァの事が嫌いな訳じゃない。
どう贔屓目に見ても愛想が良い様には見えない俺のことも可愛がってくれているし、国の皇帝なんてやってる癖に城にいれば毎日顔を見せにくれている。
良い親なんだろう。
けどな、この対応を毎回やられるのはいくら何でも辛すぎるんだ。
精神年齢初老的にも周りからの視線的にも。
これが思春期ってヤツか…
念願と言っていいかは疑問だが、初めての父親は2歳の子供と全力で遊ぶ頭のおかしい男だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
面白いとおもったらブクマと評価のほどをよろしくお願いします。
モチベーションの維持になりますので何卒。
一作品目の『社会不適合者の英雄譚』の方もよろしければ読んで頂ければ幸いです。