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17話 父と兄と執事の密会

「ふぅ、今日はとても疲れたな」


ジルヴァは言葉とは反して満足げな顔で夜の城内を歩く。

日中にユリウスと遊…模擬戦をしていた為に、どうしても処理しなければならない書類仕事が少し長引いてしまった。

投げ出さなければこんな苦労をする必要は無かったのだが、彼の中では家族と戯れる方が遥かに優先順位が上だ。

これくらいの苦労はなんて事は無い。

それにしても、少し見ない内にユリウスがあんなに成長していたことには驚きだった。

モルゲンや山烏と呼ばれる国の諜報機関からの報告を受けてはいたが、話を聞くのと実体験をするのは違い過ぎた。

これはユリウスが普段力をセーブしていたのものるだろうが、それにしても想定外にも程がある。

驚き過ぎて嬉しいを通り越して疲れたなんて経験は初めてかもしれないが、それが可愛い息子がもたらした物と思えば心地よく感じるのだから不思議だとしみじみ感じ入る。

今日はこのまま寝ればさぞ良い寝心地なのだろうが、残念ながらまだ今日はやることがあるので後のお楽しみに取っておく。

気分良く私の執務室に入ればヴィンセントがお茶を嗜んでいる所だった。


「すまない、待たせたかな?」


「いえ、今し方入れた所です。父上もいかがですか?」


「ヴィンセントからの誘いを断る訳ないだろう。一杯貰えるかな」


ジルヴァが自分を待っていたのにも関わらず、その素振りを一切見せるどころかこちらを労ってくれる息子に歓喜する。


「こんな気配りができる息子を持てて本当に幸せだ」


そんな幸福に浸っていると、ヴィンセントは自身でポットからお茶を注ぎ入れると、使用人も舌を巻く所作でジルヴァの前に差し出してくれる。


「お疲れの所申し訳ないのですが、早速話を始めてもよろしいですか?」


互いに激務をこなす皇帝と第一皇子がこんな夜遅くに会っているのは、何も一緒にお茶を飲むためだけでは無い。

それだけでもジルヴァからすれば、充分たり得る。

しかし、育ち盛りの子供のことを思えば、ジルヴァは我儘に付き合わせる事はあり得ない。

わざわざこんな時間に密談をする理由はユリウスに関することだ。


「あぁ、構わないよ」


「でしたら…モルゲン、入ってくれ」


幸せそうに息子の手作り茶を味わっていると、ヴィンセントは手際良く主導して話を進めた。

公務であれば幾分か私情控えるジルヴァだが、今回は息子が中心の話な為にどうしても話が前に進まないのだ。

呼ばれて直ぐに扉が開くと、部屋の前で待機していたモルゲンが一礼を取ってから入室した。


「それでは場も整ったので始めましょうか。最初は今日ユリウスと手合わせをした父上からお願いできますか?」


「そうだねー…流石私の息子!って思ったよ」


「そうですね。ユリウスの才能は父上や姉上に通じるものがあります。ですが、もう少し具体的にお願いできますか?」


そうだろう、そうだろうと腕を組んで深々と頷くジルヴァ。

しかし、もう少し具体的にとヴィンセントに尋ねられると、一度頭の中の情報を整理してから話を続けた。


「まず目に付くのは当たり前だけど剣術、武術だね。剣筋は見ただけだとまだ粗さがあるんだけど、力加減、瞬間的判断力、戦いの組み立ては完璧なんじゃないかな。その剣筋だって子供の出来上がってない身体だからね。負荷をかけないように気を使っているように感じたよ。それでいて割と本気の身体強化をしてる私と打ち合っていたんだから本当に恐れ入るね」


「本気を出したのですか!?」


「身体強化だけはね。ギフトは使っていないよ」


「それでも4歳のユリウスが戦えているだけで驚きですよ…」


ヴィンセントは心底驚いた様子で、珍しく声を跳ね上げる。

子供らしく無いこの子のそんな顔が見れるなんてと、ジルヴァは内心でユリウスに感謝する。


「ははは、将来が楽しみで仕方が無いよ。既に技術だけなら私より上だろうね」


「『剣神の加護』を授かっている父上よりも上と言うことは『寵愛』でも不思議ではありませんね」


断言は出来こそしないが、ジルヴァもその可能性は高い思っている。

並外れた身体能力は言わずもがな。

ただの棒がそこらの真剣よりも切れる武器に変わるほどの強化魔術には、戦経験のあるジルヴァであっても度肝を抜かれたものだ。

技術的に驚かされたのは勿論あるが、それよりも棒を刃物にして使おうだなんていう柔軟すぎる発想の方が、非常に脅威に感じた。

普通は棒で物を切ろうだなんて思わないし考え付かない。

何故なら、そう簡単に出来る芸当では無いので、なら最初から刃物を持っていればいいとなるのだ。

習熟の難易度と効果が見合っていない。

それから、一番驚かされたのは最後の防御。

結果的にはユリウスは一撃を貰うことこそ無かったが、ジルヴァの魔素を纏った木剣を破壊してみせたのには開いた口が塞がらなかった。

後で折れた所を観察してみるとただ防御をしたのではなくて、元々入っていた切れ込みに刃を入れていたことが分かったが、それでも意味のわからない所業だ。

あの一瞬で不利状況なのに武器破壊を狙っていたなどと。


(まぁ、その相手の裏を突くセンスも含めてユリウスの才能なのだろうけどね)


ジルヴァは息子の将来性に微笑むと、ヴィンセントの期待をやんわりと嗜める。


「どうだろうね。その可能性は高いと思うけど、変に期待するのはよそう。あれだけの才能があるのなら別のギフトでも嬉しいからね」


「それは高望みが過ぎるのでは?」


「子供が優秀であるに越したことは無いからね」


ジルヴァはヴィンセントの言う通りだと思うと同時に、そんな事は無いんじゃ無いかなとも思うのだ。

何せユリウスは非常に努力家だ。

だらしない態度こそ目立つ息子であっても、文句も言わずに兄弟の誰よりも皇子教育に励んでいる。

高い魔素量を誇るヴァレスディア家は成長が早く、病にさえ罹らなければ頑丈でこそあるが、それでも子供である事に変わりはない。

集中力は長く継続しにくいし、疲れも溜まるのが早いので休憩も多くなる。

あの年の子なら4時間もトータルでやっていれば上出来と言えるところなのだが、ユリウスはその倍近くをこなす。

8時間と言えば大人であっても根を上げる者が居てもおかしく無いのだが、それを4歳と言う幼さでやるのだ。

ユリウスが趣味としてる読書も合わせれば半日近く学習をしていると言っても過言が無い。

何せ彼が読んでいる本は多岐に渡るが、そのどれもが大人が読むものばかりなのだから。


(ユリウスは少し頑張り過ぎるのは嬉しいのはあるけど、やっぱり心配の方が強くなってしまうな。息抜きもしているようだけど、身体を壊すようならやめさせないといけないね)


ユリウスがそんな事を望んでいないとは理解してるが、それはそれとして心配になるのが親の性だ。

勉強時間を大幅に伸ばした原因であるミカエラですら気に病むレベルの量ではあるのだが、それを苦としない頑丈さのせいで辞めさせる理由も無いのがすこしだけもどかしいのだ。

皇族と言うのは完璧を求められる立場上、充分などと言う言葉は無いのだ。

武術や算術については大天才と称しても良いほどの能力を発揮するユリウスでも、苦手の歴史や礼儀作法となると平凡も良いところ。

出来るのなら出来るだけやるのが正しい。

だから、ジルヴァもミカエラも止める事は無いのだが、何かあればすぐにでも減らさせる準備はしてある。

とは言え、ジルヴァからすれば目に見えた才能なんて無くても生まれてきてくれただけで有難いのだから、過度な才能なんて無くとも気にする事は無い。

むしろ、皇帝のジルヴァが言うべきではないが、無い方が幸せなのかもしれないとまで思っているくらいだ。

そう思うのは彼が才能に恵まれ過ぎているからなのだろうけれど、有る者には無いとは別の苦しみがあることだけは断言できる。


「でも、確かにユリウスは優秀…いや、優秀過ぎたかな。たまに覗き見したり報告書を読んである程度理解していたつもりだったけど、蓋を開けてみれば予想以上だったよ。前に髪の色が急に変わったこともあるし、ヴィンセントが言うように何かあるのは間違いないね」


「父上でもそう感じますか。他にはありますか?」


「他かい?いつもより楽しそうだったよ。早くまた、一緒に稽古をしたいな〜」


「息抜きも重要ですが、他の方々を困らせるのは程々にしてくださいね」


息子に嗜められるとジルヴァの肩が震える。

一応、自覚はしているのだ。

遊んでばかりいるだなんて父としての威厳が減ってしまう上に、ミカエラに叱られてしまう。

そうは分かっていても我慢するのは難しい。

これは部が悪いとジルヴァは露骨に話題を逸らす。


「じゃあ、モルゲン。次は普段ユリウスを近くで見守っている君の感想を述べてくれるかい?」


「畏まりました」


1日の経過報告は数日に一度聞いてはいるジルヴァとヴィンセントだが、報告者本人の意見や感想を聞いたことは無い。

他人の目から見たユリウスがどんななのか、2人は新鮮に感じて少しワクワクする気持ちを抑えて耳を傾ける。


「ただ、側にお仕えし初めて10ヶ月ほどですので、的外れであったりの齟齬が存在する場合がございます。より詳しくユリウス殿下の人物像を明らかにする為には他の従者からもお話を聞くべきだと愚考いたします」


「分かったよ。実際に的外れでも、ここ最近で最も身近に居たのが君だからね。本当にモルゲンのユリウスに対する印象だけでいいから頼むよ」


「では、初めてユリウス殿下に抱いた印象から述べさせていただきますが“あまり子供らしくない”でしょうか。私も子に孫を持っている身ですので物静かとはまた違う、大人のような落ち着きの様な物を感じ、少しばかり困惑したのを覚えております」


確かにユリウスは物静かなのは確かでも、内向的な性格と言うのには無理がある。

人見知りでもないし、意見はきっちり伝えてくる。

何よりも堂々としているので太々しいのだ。

だから、モルゲンのように少し他の人とは違う戸惑いを抱く人達は珍しく無い。

家族はあまり気にする人はいないが、初めて顔を合わせて話す人達ユリウスの独特な空気に話しにくそうにしていることはよく知っている。

ジルヴァからすれば、あれがユリウスの魅力でもあるのと思うのだが、珍しいタイプの人じゃないとは否定しない。


「そして、私が“子供らしく無い”と考えた最たる理由は、先程シルヴァ陛下が申したことと同様にはなりますが戦闘能力にございます」


「やっぱり?」


「教えた事もない強化魔術を使えることも驚嘆に値しますが、真に恐るべきはその技能かと。得意とは申しませんが、私の剣術の腕前は平均より高いと自負しております」


「平均より高いは過小評価がすぎるんじゃないかい?」


「過分な評価痛み入ります」


「別に過分じゃないとおもうんだけどなぁ」とジルヴァは呟く。

モルゲンは騎士でこそないが、この国の諜報や暗殺を生業にする家系の一員だ。

その中でも上から数えた方が早い彼の剣の腕前は暗器の扱いに劣るとは言っても、そこらの騎士よりはずっと高い。

これで平均より高いくらいだなんて言われれば、いくら軍事力に自信があるヴァレスディア帝国でも過大評価がすぎると言わざるを得なくなってしまう。


「話を続けさせていただきますが、ユリウス殿下の剣の腕前は私では足元に及ばないのは間違いありません。それは私が教えさせていただいた帝国式剣術でも変わりません」


「え、ユリウスはもう帝国式剣術をマスターしたのかい!?」


ジルヴァとは違って覗き見などをしていない、報告しか受けていなかったヴィンセントはモルゲンの発言に驚く。

どのレベルでマスターしたのかは人によるだろうが、実践で問題なく活用できると言う意味ならユリウスはあの歳で帝国式剣術をマスターしたと言えるだろう。


「基礎以上はお教えしておりませんので、マスターしたとまでは言えません。ですが、基礎の動きであれば私めには欠点の指摘は出来ないほどの完成度です」


「基礎は完璧なのに次を教えていないのか?」


「お恥ずかしながら、この先をユリウス殿下に指導するのは私では力不足だと愚考しました。基礎であってもあそこまでの習熟具合になるとは想定しておりませんでした。それに本来なら、成長途中なことも考慮すれば体に負荷のかかる応用については控えるべきかと」


「それもそうだね。でも、それだと基礎だけでモルゲンを上回ったってことになるけど…」


「左様にございます。戦闘能力だけで言えば近衛とさほど変わらない様に感じます」


近衛とは騎士の中でも飛び抜けて優秀な者達のみで構成されたエリート集団だ。

そんな近衛と同等と言われれば、流石のヴィンセントも呆れた様に乾いた笑い声を上げる。

聞く人によっては一蹴するような話でも、実際に体感してきたジルヴァは決して誇張で無いと分かる。


「まだ4歳…いや、もう直ぐ5歳か…それでも規格外が過ぎるな」


「本当に驚きだよね。私も今日は今年で一番驚いたよ!質も量もね」


「それにしては嬉しそうですね」


「当たり前だよ!子供に驚かされること程嬉しいものは少ないからね。ヴィンセントも愉快だとは思わないかい?」


「まぁ、確かにそうですね。こんなことは滅多にありませんからね」


戸惑いを隠せなかったヴィンセントだったが、ジルヴァが本心を吐露すれば同じ様に同意して笑う。

暫くして笑いを収めたヴィンセントは引き続きモルゲンから話を聞き、それが終わると一度下がらせる。

ジルヴァはモルゲンが退出する前に準備した茶を口にしてから、続きを切り出す。


「本当にユリウスの将来が楽しみだね。ヴィンセントは最初から見抜いていたのかい?」


ジルヴァは一度表情を引き締めてから、この場を用意した張本人に問う。

何を隠そう、ユリウスの才能を最初から注目していたのはヴィンセントだ。

彼も佇まいを正してから答える。


「そう言う訳では無いですよ。ただ、私と似た様な匂いを感じ取ったもので」


「同じ家族なんだから似た様な匂いになるのは当たり前なんじゃないかな」


「違います、比喩ですよ」


「ん?あぁ、ごめんごめん。そう言うね」


何を当たり前なことをと思ったが、単にジルヴァは勘違いだったことに思い至る。

少しの恥ずかしさを気取られないためになんて事無い風を装うが、ミカエラにもこう言う抜けた所をどうにかするように言われた事が頭を過ぎる。

自分が抜けている自覚こそあるので気を付けてはいるが、それでもどうしてもうっかりは堪えない。


(気を張っていればこんな事は無いんだけど、家族ばかりだとどうしてもなぁ…)


それは置いておくとして、ユリウスがヴィンセントと同じ可能性があると言われれば楽観も出来ない。


「確かにユリウスは産まれこそ少し特殊だけど、それを思えばそこまで変な箇所はないと思うんだ。どうしてそう思ったんだい?」


大人びていると言う評価をもらうことの多いユリウスだが、近しい者達からすれば充分子供らしい仕草も同じくらい多い。

最近になって戦闘能力やジルヴァ、モルゲンをも騙す隠密技術など異様な箇所が目立ち始めこそしたが、ヴィンセントがユリウスに注視し始めたのは目立ち始めるよりも前の話だ。

丁度ユリウスが3歳になった時だったかな。


「恩人に何処となく似てるんです」


理由を聞かれたヴィンセントは過去を思い出す様に笑った。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

面白いとおもったらブクマと評価のほどをよろしくお願いします。

モチベーションの維持になりますので何卒。

一作品目の『社会不適合者の英雄譚』の方もよろしければ読んで頂ければ幸いです。

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