10話 義母との距離感
なんだか他の奴らがよそよそしい。
まず起きた瞬間から周りの様子がおかしかった。
まず人が無駄に多い。
いつもなら誰か1人しか居ないはずの専属メイドが2人も付いていた上に、起きて挨拶も早々に珍しくモルゲンが心配そうに体調について尋ねてきやがる。
「お体に不調はございませんか?」
「いや、ねみぃけど…?」
「…左様にございますか。それでは、朝の支度を始めさせて頂きます」
なんだ、その心配して損したみたいな反応は。
寝起き一番の感想なんてこれくらいしか無いだろ?
アリスとカゲツも急に力を抜いてるが、本当に何なんだ?
そんなことを一瞬思いはしたが、ひどい眠気のせいでそんな考えを直ぐに放り投げると、いつもの様にされるがままに身なりを整えられる。
半分寝ながら活動させられていると、気がつけば食堂に連れられていた。
ん?
細められた視界からの情報ではあるが、まだ1人しか席についてない所から考えるに、随分早く着いたんじゃないか?
「ユリウス」
「はい?」
しかも、その1人が俺と同じく(理由は別だが)遅く来がちのミカエラだ。
そんなミカエラが1人でいることも意外だが、更におかしいのは何処となく様子がやはり変なところだ。
「調子はどうなの?」
「?特には。いつも通りまだ寝てたいですね」
「…」
朝の挨拶も無しにまたもや調子を尋ねられる。
モルゲンの時と同じ様に返答すれば、ミカエラは二の句も無しに暫く俺をジッと観察していた。
特にこれ以上何も言われないのでさっさと席に着くことにする。
…。
机に突っ伏してぇなぁ…
何となく時計を見てみれば、朝食にはだいぶ早い時間だ。
これならまだ寝てても充分間に合うじゃねぇかと思うが、来ちまったからには部屋に戻る方が面倒なのは言うまでも無い。
ミカエラの前で寝入りでもすれば、説教の上で礼儀作法の勉強が増えるのは目に見えてる。
これがヴィンセントだったら行けたんだがなぁ。
「昨日はどうしたのかしら?」
終わったと思っていた会話だったが、ただ長考していただけでまだ終わってなかったのか。
それにしても、無駄を嫌うミカエラらしくないフワッとした質問だな。
「どうですか…1日中ゴロゴロ寝て過ごしてましたけど」
「それは知っているわ。そうではなくて、昨日は様子がおかしかったように思うのだけれど」
「そうですかね?」
そんなに変わったことがあったか?と記憶をひっくり返してみるもコレと言ったものは浮かばない。
と言うか、昨日はほとんど寝てて活動した覚えが無い…いや、これか。
「あー、やっぱりずっと寝ていたのは良くなかったですかね」
「不調は誰にでも…いえ。ユリウス、貴方昨日私が部屋に行ったことは覚えているかしら?」
てっきり日がな一日中寝ていたことを叱られるものかと覚悟したが、俺の予想とは反してミカエラは心配するような反応を取る。
なんか話が噛み合っていない気がすると、それはミカエラも同じだったようで詳しい質問を飛ばしてくる。
覚えてるも何も寝てたんだからそんなこと…
ん?なんか来ていたような気がするな。
ぼんやりだが人が多く来ていた様な気がして、その中にはミカエラも居た気がする。
夢の内容みたいにフワフワとしたモノで、自分の記憶では無い筈なんだが不思議と気持ち悪さや不快感は無い。
「あー、そう言えば来てましたね。昨日のあれって何なんだったんですか?」
「自分の変化に気が付いていないなかったの?髪が黒くなるだけでなくて、人格が変わっているように見えたわよ」
もしやと思っていたが、モルゲンやミカエラの反応を見て俺の中で1つの確証ができた。
ユリウスの体には俺以外にもユリウス本人の人格も入っていると。
そう思い至った理由はいくつかある。
明らかに前世の俺とは違う考え方や仕草が出るのは勿論だが、コレに関しては肉体年齢に精神年齢が引っ張られてる可能性も無くは無い。
しかし、それだけでは説明の付かない感情や思考の変化が多い。
一例を上げるなら、メイドから寝話に絵本なんかを読んでもらう事があったんだが、当たり前だがそんな内容がおっさんに受ける訳は無い。
なんだが、つまらないと思うと同時にワクワクするような童心も抱いたりするんだ。
言い表すのは難しいんだが、絵本の話を聞いている時に「つまらない」と「楽しい」と言う二つの感想を今の俺は同時に抱く。
普通、そんなチグハグな感情を抱いたら気持ち悪さや違和感を覚えるモンだと思うんだが、不思議とそんな事は無い。
人格の変化以外にも、今日みたいな自分の記憶じゃ無い筈の記憶がある事がごく稀にあったりもした。
やった覚えは無いのに夢の中ではしていたみたいなあやふやな記憶。
だが、周りに尋ねてみれば間違いなくやっている。
そんな出来事がちょくちょく起こっていれば、流石に気にもなる。
それを疑問に思って考えた事があるんだが、俺が転生したんじゃなくて何らかの形でユリウスの身体に居候、もとい憑依してるんじゃ無いかという仮説を立てた。
とは言え、確かめる術が無いから自分を納得させるための口実みたいなモノだったんだが、ミカエラの反応を見るに殆ど当たりだったみたいだな。
それにしても、異変を疑うのはまぁ仕方が無いにしても、人格が変わってることに気が付くのは中々に鋭いな。
「そんな日もありますよ」
「どういう日だったのかしら」
「甘えた盛りなんです」
「貴方が甘えたい、ね…」
何だね、その目は?ユリウスは甘えん坊なんだから嘘は言ってないぞ?
俺自身気持ち悪いことを言ったモンだなとは思うが、そうまで怪訝な目で見なくてもいいんじゃないか?
「仮にそうだとして、髪の色が変わっていたわよ?」
「やるなら見た目からって言うじゃないですか。それです」
「その取って付けたような説明は苦しいわね。はぁ…何かある前に言うのよ。わかりましたね?」
「わかりました」
それはそうとして、正直に記憶が曖昧だなんて言えば面倒な事になることが目に見えているので、正直に話す気にはならないな。
悪魔付きなんて言われたら洒落にならないことくらい俺にだって分かる。
ヴァレスは知らんが昔は国によっては即処分案件だったし、ウラスなんかはその筆頭で疑わしい段階で殺しまくってたっけな。
ミカエラも含めて今の親は心配こそされても危険視はされないと思うが、一から説明するのは面倒だから困ったもんだ。
まぁ、詳しく聞かれたらでいいか。
「ところで、話は変わるのだけれど最近遊びが多いのではないかしら」
「遊び?」
ふむ。
夜の徘徊にモルゲン達との隠れん坊、ギルバートの部屋に遊びに行く、歴史の時間に落書き、その他諸々…
心当たりが多過ぎて何のことか全く分からないぞ。
「どれのことでしょうか?多過ぎてわかりません」
「自覚はあるようね…」
正直に告げてみるとミカエラは呆れるばかりだ。
「今後は控えなさい。勉学に遅れが無かったからこそ強くは言わなかったけれど、直にギフトを授かる儀式もあるのよ。それからは今よりも過密なスケジュールに追われることになるわ」
「門兵にそこまでの教養は必要無いと思いますよ?」
「戯言として受け取っておくわ」
ミカエラは今日初めての笑顔を浮かべるが、絶対に愉快だから笑った訳じゃ無いことだけは分かる。
ただでさえ笑わない美人の笑顔は破壊力があるが、多分周りが言っている意味と俺が思っている意味が違うことだけは分かるな。
ギャップとかじゃなくて、普通に「それ以上ふざけた事を言うなら覚悟しろよ?」ってことなのは間違いない。
取り敢えず空笑いを浮かべておくと、今日のところは許してもらえたみたいでまたスンといつもの澄まし顔に戻る。
「あれー?ユリユリが戻ってる!?」
肝が冷えた所に聞き慣れた高音が耳を突く。
振り向かずとも誰だか分かるソイツはトタタタと軽快な足取りで俺の隣まで早歩きで近寄ると、見慣れてるだろう顔をマジマジと見つめてくる。
次にこれまた珍しいミカエラを視界に収めると慌てて姿勢を正す。
「あ!ミカエラお母様、おはようございます!」
「おはよう、クロード。惜しかったわね、もう少し周りに気を配るべきよ」
「ユリユリが変わっていたのに驚いちゃって…」
「そうね。でも、それで許されない時は必ずあるわ。早めに治すよう努力しなさい」
「はい、頑張ります!」
「期待してるわ」
マナー違反をしたクロードだったが、ミカエラもその気持ちは分かると言った風に頷きながらも、それはそれとして躾のために注意を促す。
本人も途中で気が付き反省もしているからか、俺とは違い声色がだいぶ優しい。
ちなみに、俺とクロードで対応に差があるのは別にミカエラが俺を嫌っているとかでは無い。
単純に誠意と信頼の差と言うヤツで、このようにクロードの反省は目に見えてわかりやすい上に、叱られたことは改善しようと言うのが態度から分かる。
対して俺は注意されたことは「やる事」と「やらない事」がある。
それにパッと見は反省しているようには見えない態度があるからだな。
おっさんの反省なんてこんなモノなのだが、子供と比較されればどちらがより良いかなど比べるまでも無いと言う訳だ。
それに、目をかけてもらっていると言う意味では、しょっちゅう叱られたて直々に礼儀作法の勉強を見てもらうことの多い俺方が優遇されてたりする…らしい。
一度、何故俺ばかりマンツーマンなんだとモルゲンに愚痴を言ったことがあるのだが、人の親になったことのあるモルゲン曰く、手間のかかる子供ほど構いたくなるのが親だとのこと。
うん、意味が分からないな。
ありがた迷惑って言いたいところではあるが、本来のユリウスが存在してるって確定した以上、今まで以上に皇族としての教養は身につける必要がある。
記憶が曖昧で昨日どんなことを話したかは分からないが、他の奴らの反応からしてユリウスは俺の記憶や情報を共有してると思っていい。
仮に持っていないなら滅多に表に出ない子供のユリウスがまともな受け答えは出来るはずもない。
何より、変がどうのこうの以前に記憶障害について触れるハズだからな。
誰も指摘しないってことはユリウスは少なくとも俺の記憶を持って対応したってのは、そう難しい予想じゃない。
何はともあれ、流されるままに皇族余生を過ごしてたが、ある程度目標は決まったな。
俺はあくまで身体を間借りしてる立場だ。
ユリウスのためにも、最低限皇子としての立ち振る舞いを頑張って学ぶとしますか。
カチャ…
「ユリウス、また脇が開いてるわ。あと、肩の力も抜きなさい」
「はい…」
考え事をしてたら姿勢が崩れていることをミカエラは容赦無く指摘する。
目端には俺と同じく朝に弱いルミナリアは、さっきまで眠そうにしていた目を見開くのが見える。
我が事でないことに胸を撫で下ろすと、何事もなかったかのようにお澄まし顔で食事を再開しようとし…
「ルミナリア。貴女も良い加減に目を覚ましなさいな」
「はい、お母様…」
うたた寝しかけていたのを咎められる。
一瞥もしないで横の人物の状態を把握するとか凄い空間把握能力だ。
そういうギフトを持っているのか疑わしくなる光景だな。
それはそれとして、皇族教育は頑張る所存なのでもう少しお手柔らかには頼めないか?
実は蛮族さんの中では3番目に好感度が高いのがミカエラです。
1番目はルミナリアで、2番目がクロード。
なぜ1番目がルミナリアかと言うと、性格的に相性が良いから。
クロードは弛まぬコミュニケーションの産物と、ユリウスの片割れなのが大きな理由ですかね。
なんやかんやで可愛がっています。




