1話 蛮族、皇子に生まれ変わる
「やったのか…?」
戦場のど真ん中。
敵の指揮官は自分で下した命令でありながら、信じられないと言う顔で呟く。
ボケてんのかと思うが、そう感じるのはどうやら俺だけのようで、視界に入るその場の全員がおんなじ表情で俺を見下ろしてやがる。
やったに決まってんだろうが。
腹に穴が空いて1日以上も経ってる上に身体中に物が刺さってんだぞ。
お前らにとって願い続けていた蛮族討伐を成功させたんだからもう少し喜べよ。
そう思いながら俺は命の終わりを感じて目を閉じた。
痛ぇなぁ…
痛みにゃ強い自信があったんだが、いざ死を目の前にすると唯一の感覚なせいで余計にそう感じる。
そのせいか昔の痛い目に会った出来事がフラッシュバックしやがる。
手足が吹き飛んだり内臓が潰れたりした事もあったっけか。
これとセットで大体が師匠の笑みと気持ちの篭らない「ごめんね、大丈夫?」が掘り起こされるがまた腹立たしい。
よく考えれば俺が痛い目に遭ったのって殆どが師匠関係じゃねぇか?
それで言うなら今回は師匠が原因じゃ無いから珍しい。
まさか俺の死因が師匠のせいじゃなくて結果的にガキ1人を助けるために命を差し出す事になるとは、蛮族として略奪しまくりの人生だったのに何があるか分からないもんだ。
まぁ、ただ後悔は無い。
俺が気に食わないからなんて感情で動いた結果で、いつも通り大丈夫だろなんて楽観的に考えたツケを払っただけのこと。
最後にアイツらの将兵狩りまくったし、内容は騙し討ちされたモンでも知恵も立派な力だ。
………
まだ痛ぇな?
大分長々と考え事をしたハズなんだが、中々意識の方が消えない。
むしろ痛みの質が変わって冴えてきたくらいだ。
血を流しまくって極寒の中に居る感覚だった体は気が付けば灼熱の中で炙られてるみたいに熱い。
突き刺す痛みは内から何かが弾けそうな圧迫感に変わっている。
これが死ぬってことなのか?
死ぬ前に散々痛い思いをしてるんだから、あっさりと逝かせてくれよ。
なんであれ…
「んぎゃあ!?おぎゃぃ!?(だから痛ぇよ!?死ぬならとっとと死ねよ!?)」
いつまでもしぶとい自分の身体に思わず目を開いて怒鳴り散らかす。
「おぁ?(ん?)」
思うように声が出ない。
そもそも慣れ親しんだ声じゃねぇ赤子みてぇな声に驚く。
異変はそれだけじゃ無い。
動かなかったハズの手足は不恰好にピクピクと痙攣してるみたいではあるが動くようになり、黒ずんでいた視界はぽやっとしたボヤけたものに。
呼吸は血を吐くみたいに乱れて熱いし、耳にはバタバタした音を拾いはするが、これも目とおんなじでどこか遠くから聞いているみたいだ。
訳のわからない状況だが、死を確信した時よりはマシな状況にはなってきた。
だが、そんなことはどうでもいい。
問題は…
「いぎぃ!あぎゃぁ!?(イッッタ!どうなってんだよ!?)」
あり得ないくらい身体中が痛い。
もう訳のわからないくらい軋み上げてる。
一旦落ち着くために深呼吸…は出来ないな。
感じたことの無い悶絶する痛みのせいかずっと呼吸がままならない…と言うか、まともに吸えていない。
この感じ、誰かが治癒魔術でも使ってくれてんのか?雑過ぎんだろ…あ、そうだ。
そんな文句が浮かんだところで、俺も自分で治癒魔術を使えば良いことに気が付いた。
そう思い魔術を使うために魔素を動かそうとしてまた異常に気がつく。
魔素が上手く使えねぇ…
自由自在に操れていた魔素がびっくりするぐらい重い。
ここもダメなのかと悪態を吐きたい気分だが、痛みをまずどうにかしなくちゃならないからグダグダ言わずに魔素を操る。
そうした甲斐あってしばらくしたら治癒魔術が使えるくらいには魔素を操作出来るようになってきた。
うまく魔素が使えないからせめて詠唱をしたいトコだが、声も上手く出せないんだから仕方がないと不恰好な魔術を使う。
体感随分時間をかけて魔術を使えば徐々に体の痛みが引いていく。
しかし、ある程度のトコまで回復してから全く治らなくなった。
何故と思いはするが、これくらいなら我慢できる範囲にはなったから、取り敢えずはこれで良しとしておく。
んて、今の俺はどういう状況だ?
目は見えず、声は出ず、耳は聞こえず、体は動かず、魔素は鈍い。
逆に今はなんだったら出来るんだ?ってくらい全部が不自由だ。
試しにもう一度一通りに確認してみても結果はおんなじで、治癒魔術を使ってこれなんだからどうしようも無い。
次に身体強化魔術を使って五感が治らないか試してみたが、こっちは使おうとした瞬間にこれはダメな感覚があったからやらなかった。
多分、無理に使ったら体が爆散する。
ボヤけた視界で何かが動くのを見るのもストレスだったし、目を閉じて唯一出来そうな魔素を動かず練習をすることにした。
時々あの激痛が戻っては治し、戻っては治しを繰り返してどのくらい経ったのか。
少しだけ身体強化が使えるようになり、体の痛みも気ならなくなってようやく、目をゆっくりと開ける。
見えるのはよく分からねぇ模様がビッシリの籠の中だ。
ぐっ…やっぱ体が上手く動かねぇ。
鈍重な手足を苦労して上げると、そこには見慣れねぇブニブニなモンがあった。
「んぁ?」
赤子の手足?
それとやはり壊れた楽器みたいな声。
ふむ、なるほどなるほど。
俺が赤子になってるのか。
これは予想外だとは思うが、俺はこれに似た体験をしたことがある奴が身近に居たから割とすんなり受け入れることが出来た。
こりゃ、あれだ、転生ってヤツだ。
友人は「俺は異世界転生したんだ」とか言ってたが、俺もそれなんだろうか?
まぁ、可能性としては半死状態の俺を回収した師匠が、面白半分に身体を一から作り直した辺りが1番高そうだ。
変な薬や毒をしこたま飲ませられてたし、アレならやっててもおかしく無い。
最初はそれで納得しようとするが、冷静に考えてみれば違和感が浮かんで来やがる。
師匠にしては随分雑なやり方と設備だとも思ったからだ。
と言うことは、俺は普通?に転生した訳で。
その疑問はバタバタ駆け寄ってきた普通の人間が解消してくれる。
師匠の弟子で人間なのは俺だけな事を考えれば、これが予想外の転生だとすぐに悟ることができた。
それから時は経ち…
やあやあ、こんにちは。
俺の名前はユリウスだ。
誰に向けての自己紹介かだって?ただの独り言だ。
なんでそんなことを唐突にし始めたかって聞かれると、一言で言うと暇。マージで暇。
なら働くなり勉強の一つでもしろだって?
無理な相談だ。
俺は勉強はともかく働くのが心底嫌いだ。
具体的に言うと人から命令されるのが嫌だな。
自由業万歳!
…
うん、今なら命令されてもいいかな…それくらい暇。
だって俺は…
「殿下、そろそろご飯の時間に御座います」
一人の女が頭を下げて近づいてくると、ベッドに寝ている俺を抱き抱えるとそして胸を出す。
別に昼間からやましい事をするわけじゃ無くてこれご飯なんよ。
男としては嬉しい場面で何言ってんだとか思われるかも知れないが、俺ユリウスは本気だ。
年齢は生後半年くらいの幼児で職業、皇子的なものをやってる。
「けぷ」
「殿下はゲップがお上手ですね」
たかだかゲップ一つでそんなに褒めるなよ。
そんな笑顔で言われても、照れるとか一切なしに身体がむずむずする。
乳母は俺のご飯が終わったことを確認すると、元いたベッドに丁寧に寝かしつける。
赤子の仕事は食って寝るだけって言うのは分かるが、それ以外にも何かさせた方が良いと思うんだよ。
だからそこの綺麗な乳母さん行かないでぇぇ!
一方的でいいからなんか喋りかけてぇぇ!
俺はあまりの退屈さに喋れない口に変わって念を飛ばすが、まぁそんなものが通じるわけもなく乳母は出て行ってしまう。
あぁ、いっちゃった…
部屋に残されたのは二人の侍女と俺だけ。
侍女とか周りの世話係は事務的なことしか喋らないから、また静かな部屋に逆戻りか。
会話できないのってこんなストレスだったんだな。
煩わしい下心のあったオッサン達ですら恋しいよ。
いや、幼児が下心のあるオッサンと話すとかどんな状況だよ。
絵面が大分ヤバいな。
勿論今の話じゃなくて前世の話だ。
これだけ流暢に考え事ができる赤子が居てたまるか。
俺、ユリウスは前世の記憶を持つ転生者ってヤツらしい。
死んだと思ったら生まれたての赤子になっていた。
という訳で、俺は会話ができないストレスと退屈さで気が狂いそうな時間を過ごしている。
なので、少し前世について振り返ってみよう。
前世の産まれはしらない。
両親は居なかったし物心ついた時には一人、廃墟で生活していた。
それを考えると今の俺は大分いい環境だな。
え?そう思うなら我儘言ってんじゃねぇだって?
それとこれは話が別だろ。
話を戻すが孤児が一人で生きていくのは普通に考えて無理だ。
けど、不可能じゃない。
その生きる方法だが他人から奪う。
食料を、衣類を、武器を。
狩人的なことをして生きていた。
ぶっちゃけるとマンハントだ。
俺が住んでた場所はそれはもう治安が悪かった。
国同士が戦争真っ只中っていうのもあったし、犯罪なんてそこらかしこで起こってた。
見本はそこら中に居たし、それから学ぶのもそう難しいことじゃなかった。
俺にはこの道の才能があったらしくて、盗むのは最初から上手かったし、殺しについても躊躇いがなかった。
お陰ですくすくとバンデッドが育ったわ。
大人共すら恐れるクソガキはこうして出来上がったんだが、この時の俺はまぁまぁ天狗になってた。
失敗がなかったわけじゃないが、それよりも成功の方が多かったからな。
人から恐れられていた魔術士っていうバケモンみたいな人間を狩れてたのも理由の一つだ。
魔術士って言うのは魔術っていう魔素を使って超常の力を使う奴らだ。
こいつらは高く売れる物を持ってる。
魔術を撃ち込まれれば死ぬだけだが、逆に言えば撃たれなければただの人と戦うだけだ。
バケモノだがしっかりと倒せるハイリスクハイリターンな獲物だった。
そんな俺はある日、一人の魔術士を標的にした。
デカい帽子を被った緑色の宝石みたいな長い髪の女だ。
質の良さそうなローブに、そこらかしこにあしらわれた装飾品。
これはカモだって思ったね。
金に目が眩んだ俺は夜に紛れて女を襲った訳だが、余裕で返り討ちにあった。
それはもうコテンパンだったわ。
魔術士は距離を詰めれば勝てると思ってたが女は俺以上の身のこなしで対処するし、魔術の発動も予備動作無しで放って来やがる。
初撃を見ただけでこれは死ねるって本能が訴えていたから、死に物狂いで凌いで逃げようとしたがそれも叶わなかった。
ああ、こりゃ死んだわと覚悟を決めた時、何故か知らんが女からの攻撃が止んだ。
どうしたんだって女を注意深く観察すると微かに震えていた。
なんだ?魔法の反動とも思ったが違った。
女はクスクスと笑っていやがった。
これが前世で初めて味わった恐怖だったな。
そりゃ、バケモノが急に笑ったんだから誰だって怖いだろ。
立っているのがやっとだった俺は女の笑顔見てそのまま気絶しちまった。
次に目を覚ますと俺を返り討ちにした女が看病をしてくれていて、なんやかんやで弟子にされていた。
なんやかんやで話を省きすぎだって?
俺も分からねぇから説明できないんだよ。
マジで起きたら「キミに興味が湧いた」とか言ったと思ったら成り行きで弟子になっていた。
本当何故?
まぁ、魔術士の弟子になったと言えば聞こえが良いが、実際は雑用係の使いっ走りをしていただけなんだけどな。
生活能力の低い魔術士の女こと師匠の飯を作ったり物の整理をしたり、実験台になったり色々だ。
これと言って魔術を教えてもらうことは無かったな。
いや、見よう見真似でそこら辺の魔術士が使う簡単な物は使えるようになったから、完全に教えてもらっていないとは言えないが。
そんな感じで二十年くらい師匠の世話になったんだか世話をしたんだかよく分からない関係が続いた。
最初は俺と師匠の二人だけだったが、だんだん弟弟子や妹弟子が増えてきていたのもあって、最後の方はやることがなかった。
だから、俺はある日師匠に一人で生きていきたいって頼んでみたら「遊びに行くのかい?いってらっしゃい」と言われて、俺は師匠の弟子を卒業することになった。
自由!
久々の開放感にいい年したオッサンが飛び跳ねそうになるくらいはしゃぎ回ったのを今でも覚えてる。
だがしかし!!
今まで生きる事に必死だった男にいきなり自由を与えるとどうなるだろうか!
答えは簡単で何もできないだ。
師匠と出会うまでは生きることに必要なことしかしていなかったし、拾われてからもなんやかんや忙しい毎日だった。
別に遊びを知らない訳じゃ無かったけど、生きると言うことは働かなくちゃいけないと言うこと。
自分で言うのも何だが腕っ節はまぁまぁな方だと思う。
昔はともかく、この時の俺はあのバケモノ師匠にすら近接戦なら負けなしだったからそれなりに自信がある。
まぁ、近接特化の俺が魔術士の師匠に勝てるのは当たり前ちゃ当たり前だが。
それに他の魔術士から見て盗んだ多少の魔術もある。
これなら何かしら仕事があるだろうと思って町に出てみたは良いが、どれもやる気が出なかった。
当初はお金を稼がないとって張り切ってたが、冷静になってみると俺はその辺の獣を狩れば生きてくのに困らなかった。
そんな訳で、折角自由を手に入れたのに師匠の所よりもつまらない日々が続いた。
そうしてダラダラ過ごしていたら、俺は気が向いたことを適当にしていたら盗賊になっていて、それを続けていたら団を作る事になった末に、国から蛮族と呼ばれて討伐対象にになっていた。
また何故に?って思ったろ。
俺にも分からない。
そんな訳で前世蛮族だった俺は何処ぞの国の皇子に転生した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ヌルッと始まった3作品目の投稿になります。
一人称視点を書いてみたくて始まった物語なのですが、それなりの量が貯まったので一部分を投稿していきたいと思います。
好評なら続きもあるかも?
面白いとおもったらブクマと評価のほどをよろしくお願いします。
モチベーションの維持になりますので何卒。
一作品目の『社会不適合者の英雄譚』の方もよろしければ読んで頂ければ幸いです。