声の源流
夏の夕暮れ、澪は祖母の家の縁側に座っていた。涼しい風が通り抜け、どこからともなく線香の香りが漂う。ふと、心の奥から小さな囁きのような声が聞こえた。
「泣いてもいいよ。あなたは、ひとりじゃない。」
その声に、澪はハッとした。今の声は、誰のものだったのだろう?
祖母の声にも似ていたし、自分の心の声のようでもあった。
「ばあちゃん、昔ね、誰かの声が聞こえたことある?」
澪がそう尋ねると、祖母はゆっくりとお茶をすする手を止めた。
「あるわよ。人の中にはね、昔々の声が流れてるの。体を通して、心を通してね。忘れたようで、ちゃんと残っているのよ。」
祖母は小さく微笑んだ。
「私も昔、おばあちゃんの声を聞いたの。悲しいとき、立ち止まりたくなったとき。『進んでも、進まなくても、どちらもおまえの生き方よ』って。」
その言葉に、澪の胸がじんわりと温かくなる。
“進まなきゃ”という焦りが、すっと解けていく。
夜になり、帰り道を歩きながら澪は耳を澄ました。風の音に混じって、またあの声が聞こえた気がした。
「選びなさい。あなたの道を。過去に囚われず、でも忘れずに。」
それは、たぶん先祖たちの声だった。
過去に生きた誰かの、でも今の自分の一部でもあるような。
時を超えて澪の中に流れ、今を生きる力となっている声。
澪は小さく頷いて、空を見上げた。
「ありがとう。ちゃんと、受け取ってるよ。」
そしてまた、一歩、歩き出した。