第六話 未知なる館
重厚な扉を押し開けると、俺たちは建物の中へと足を踏み入れた。
「おぉ……!」
俺は思わず声を上げる。
外観からはまるで中世の洋館のような雰囲気を想像していたのに、内部は驚くほど近代的だった。白を基調としたシンプルな壁、清潔感のあるタイル張りの床、整然としたデザインの照明。
「……なんか思ってたんと違う」
俺は戸惑いながら周囲を見渡した。
もっとこう、映画に出てくるような古びたシャンデリアとか、骨董品の並ぶ棚とか、赤い絨毯の大階段とか、そういうものがあるかと思っていたのに——。
「兄さん、何を期待してたの?」
「いや、ほら、せっかくこんな荘厳な外観なんだから、中もゴシック調の豪華な雰囲気かと思って……」
「残念だったわね。ここはそんな趣味の場所じゃないの」
マリアが微笑む。
「むしろ……なんか病院の待合室っぽいよな?」
そう、見渡せば見渡すほど、ここはまるで病院のロビーのような雰囲気だった。白く無機質な壁に、どこにでもありそうな長椅子が並べられている。
「なんか……想像と違いすぎて、逆に不安になってきたんだけど?」
「別に何もおかしくないわよ。ほら、先に進みましょう」
「えっ、ちょっと待てよ! せっかくなら、もうちょっとテンション上がる感じのリアクションをさせてくれ!」
俺は無理にでも盛り上げようと、両手を広げて言ってみる。
「これが近未来と過去が融合した最先端のデザイン建築かァーーッ!? まさか異世界!!」
「……」
柚希が無言でこめかみに手を当て、ため息をついた。
「……兄さん、そんなこと言ってて虚しくならない?」
「お、お前な! ここはもっとこう、感動するべきポイントだろ!」
「なんでそんな必死に盛り上げようとしてるの?」
「いや、だってこの空間、なんか妙に落ち着かないんだよ! 期待してたのと違うからテンションの持っていき方が分からん!」
俺は訴えた。
「まるでパーティ会場に行ったのに、実際は会社の会議室に通されたような、この肩透かし感!」
「よく分からない例えだけど、兄さんが困惑してることだけは伝わったわ……」
マリアはクスクスと笑いながら、奥へと進んでいく。
「そんなに肩透かしを感じるなら、もっと驚く場所を用意してあげるわ」
「ま、まだ何かあるのか?」
「ええ、とても興味深いものがね」
俺は半信半疑のまま、マリアの後を追う。
そして、館の奥へ進むと、目の前に突如として現れた——巨大な、まるで要塞のような重厚な扉。
「うおお!? なんだこのラスボスの部屋みたいな扉は!」
「兄さん、リアクションがいちいち大げさ……」
「いや、これはさすがに驚くだろ! 何だよこの物々しい扉は!? これ、もしかしてボタン押したら『カギが掛かっている』とか出るやつじゃないのか!?」
「そんなRPGみたいな仕掛けはないから……」
柚希の冷静なツッコミを受けつつ、俺は改めてこの異様な雰囲気に身震いする。
「……ここ、いよいよただの旅行先じゃない気がしてきたぞ?」
「ようやく気づいた?」
マリアが楽しそうに微笑んだ。
「さあ、準備はいい? この扉の向こうで、あなたの新しい生活が始まるわ」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「……って、これ、どこに繋がってんの?」
俺の疑問が解消される前に、マリアの手がゆっくりと扉を押し開けた——。
◆
扉の向こうに広がっていたのは——
ごく普通の応接室だった。
「……ん?」
俺はしばらく無言で立ち尽くす。
ふかふかのソファー、ガラスのローテーブル、壁際にはシンプルな棚。まるで役所の相談室か、ちょっと洒落た企業の応接室のような落ち着いた空間だった。
「え、なにこれ。え?」
俺の混乱をよそに、柚希とマリアは何の迷いもなくソファーに腰を下ろす。
「いやいやいや!! なんで!? さっきまでの重厚な扉は!? あの壮大な前振りからのこの普通っぷりは何!? ねえ、なんで二人とも普通に座ってるの!?」
「……兄さん、うるさい」
「うるさいじゃないんだよ! なんで誰も何も言わないの!? あれだけゴツイ扉抜けた先がこんな普通の部屋で、なんで普通に座ってるの!? 柚希ちゃん、文庫読み始めないで!? お兄ちゃんだけ状況に対して心が追いついてなくて疎外感を感じてるよ! 構って!」
「はいはい、分かったから落ち着いて」
マリアが優雅に微笑みながら、カップに紅茶を注ぐ。
「ここで少し待機してもらうわ。いずれ案内の人が来るから、それまでくつろいでていいわよ」
「え、そういうシステム!? なんでそんな役所の受付みたいな対応なの!? 俺、もっとこう『いよいよ運命の幕が開くッ!』みたいな展開を期待してたんだけど!?」
「兄さん、現実を受け止めて」
「受け止められるか!!」
こうして、俺の心はひとり取り残されるのであった——。