第一話 エアギターは魂の叫び
ジャキッ、ジャキッ、ジャキッ……!
ヘッドホン越しに響く疾走感あふれるビート。
その音に合わせ、俺——湊はギターをかき鳴らしていた。
右手は激しくピッキングし、左手はフレットを押さえるように動かす。
目を瞑り、リズムに乗る。指先の感覚が研ぎ澄まされ、指先の動きに合わせて、ギターが震え、音が身体に響くような感覚に包まれる。
音の波に乗り、演奏は佳境へ。
ラストスパート——今までで最高のプレイだ。
その時——コンコン。
部屋の扉をノックする音がした。
……が、俺には聞こえない。
意識は完全に音楽の世界に浸かっている。
そして、フィニッシュ。
「っしゃぁぁぁあ! やり切った……!」
興奮冷めやらぬまま、俺はゆっくりと目を開けた。
「……何やってるの?」
目の前に、妹の柚希がいた。
「なっ!? いつの間に!?」
驚き、飛び跳ねる俺。
「いや、さっきからずっといたんだけど。ノックもしたし」
「嘘だろ、俺、聞こえてなかったぞ!?」
「そりゃあヘッドホンしてたし、夢中だったもんね」
柚希は冷静に腕を組み、俺を見つめる。
「……で、そのギターさ」
「おう! なかなか良い音出てただろ!?」
「うん、めちゃくちゃいい音だったよ。……弦が張られていればね?」
「…………は?」
俺はギターを見下ろす。
そこには、一本の弦すら張られていないギターがあった。
「……………………。」
「エアギターかっこいいね、兄さん」
「違う! これは魂の演奏だ!」
「うんうん、知ってた。で、本題だけど」
柚希は溜息をつきながら、俺の前に腰を下ろした。
「なあ柚希よ、兄が最高に熱い演奏を終えたばかりだというのに、その冷めた視線はなんだ?」
「気のせいじゃない?」
「完全に冷ややかだった!」
「ねえ、兄さん。そもそも、なんで今の高校に入ったの?」
突然の問いに、俺は目を瞬かせる。
「え? なんでって……そりゃ、普通に受験して受かったからだけど」
「うん、それはそうなんだけどさ」
柚希はじっと俺を見つめる。
「兄さん、本当に『普通に』受験したの?」
「……? どういうこと?」
「兄さんってさ、正直、勉強得意じゃないでしょ?」
「お、おい失礼だな! 兄としての威厳を傷つける発言は控えてくれたまえ!」
「実際どうだったの?」
「……まあ、ノー勉で突っ込んで受かったけど?」
「やっぱり」
柚希は軽く頷いた。
「私、進路を決めたの。兄さん——」
「皆まで言うな!」
俺は柚希の言葉を食い気味に遮った。
こういう話は分かりやすい。進路相談なんて、兄として真剣に向き合うべき話題じゃないか。
「お前がやりたいようにしろ。俺はお前のお兄ちゃんなんだぜ?」
俺は胸を張り、自信満々に続ける。
「お前が何を選ぼうと、俺が反対する理由なんかないさ。それに——」
俺は少し真剣な表情になって、柚希を見た。
「そのために、お兄ちゃんの手助けが必要なら、なんだってしてやるよ。むしろ、俺が手助けできるのに、他の誰かを頼られたら……そっちのほうが悲しいぜ?
兄として、お前の人生に関われないのは寂しいし、悔しい。だからこそ、俺はお前が選ぶ道を全力で支えたい。それが兄の役目だろ?」」
柚希は、驚いたように目を見開き、そしてどこか安堵したように微笑んだ。
俺は迷いなく頷き、胸を叩くように言った。
「俺はお前のお兄ちゃんなんだぜ? だからお前の選ぶ道が間違ってるわけがない!」
「……そっか、なら決まりね」
柚希は小さく微笑んだ。
俺は満足げに頷きながら、自分の言葉に酔いしれていた。
……まさか、これが自分の人生を激変させる選択になるとは、この時は夢にも思わずに。