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第九話 ようやく語られる真実


 俺は、バスローブ姿の柚希を前に固まっていた。


 濡れた黒髪が肩にかかり、首筋を伝う水滴が柔らかな肌を滑り落ちる。その様子は、夜の灯りに照らされて妙に艶めかしく——


「……お、お前、もう少しちゃんと拭けよ」


 とりあえず、視線を逸らしてそれっぽいことを言う。


「? 別に平気よ?」


 何が平気なのか。俺には理解できない。妹の無自覚さが時々恐ろしい。


「で、どうしたの? こんな時間に」


「あ、ああ……ちょっと、聞きたいことがあってな」


 俺がそう言うと、柚希は軽く微笑み、部屋の中へと手を差し向けた。


「じゃあ、入って」


 そんなに軽々しく兄を部屋に招いていいのか……という思いはよぎったが、今はそれどころではない。俺は意を決して部屋に足を踏み入れた。




 部屋の中はシンプルだったが、所々に柚希らしさが見える。机の上には整然と並んだノートとペン、ベッドの横にはお気に入りの小説が積まれている。


 そして、湯気の立つカップが二つ。


「……お前、俺が来るのわかってたのか?」


「なんとなくね」


 そう言いながら、柚希は俺にカップを手渡す。ハーブティーの香りがふわりと鼻をくすぐる。


「で、聞きたいことって?」


 俺はカップを手にしたまま、意を決して口を開いた。


「……ごめんなさい、状況を1から説明してほしいです。かっこつけるの、限界。」


 それを聞いた柚希は、くすりと笑った。


「……やっぱりね」


「やっぱりってなんだよ」


「ううん、兄さんなら、気づいてなくても無理矢理納得しようとすると思ってたの。でも、やっぱり限界が来たのね」


「そりゃそうだろ! 俺、なんの説明もなく高校を退学して、いつの間にかこんな場所に来てるんだぞ!? 誰かが状況を説明してくれるのをずっと待ってたのに、誰もしてくれないし! ……もう無理だ、頼む、教えてくれ」


 柚希は、少し申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんね。兄さんが混乱するのはわかってたけど……言い出すタイミングを逃してしまってたの」


「……いいから、頼む」


「わかったわ。じゃあ、順を追って説明するわね」


 柚希は軽く息を整えて、静かに語り始めた。


「私は、この学園——ヴァルメギア魔術学院に、推薦を受けたの」


「……魔術学院?」


 その言葉が出た瞬間、俺の思考は一瞬停止した。


「え、魔術? 魔法の魔?」


「そうよ」


「いやいやいや、おかしいだろ!? 魔術ってあれか!? 火を吹いたり雷を落としたりするやつか!? そんなもん、ゲームやアニメの話じゃ——」


「そういうものよ」


「…………」


 俺はカップをテーブルに置いた。


「待て待て待て。お前、それ本気で言ってるのか?」


「ええ、もちろん本気よ」


「いや、無理があるだろ!?」


「でも兄さん、もう実際に体験してるわよね?」


「え?」


「転移装置を通って、ここに来たじゃない?」


 ——あ。


 思い出した。あの謎の洋館、突然の転移、そしていきなり現れたこの島。


「あれも、魔術の一つよ」


「…………」


 そう言われると、確かに納得できる。


「……マジで?」


「マジで」


「……あああああ、頭が痛い……」


 俺はソファに崩れ落ちた。


「で、その魔術学院に、お前は推薦されたってことか?」


「そう。魔術の才能を持つ人間は、ある一定の基準を満たすと、この学園に招かれるの」


「ほうほう、それは理解できる。お前は優秀だからな。……でも、俺は?」


 柚希は軽く頷く。


「入学するためには、一人の従者を選ぶ必要があったの」


「従者?」


「主人——つまり私が持つ魔術を最大限に活かすための相棒のようなものね。二人一組で学ぶのが、この学園の決まりなの」


「…………」


「そして私は、その従者に兄さんを選んだ」


「…………は?」


 俺は柚希を見つめる。


「え、ちょっと待て。なんで俺?」


「兄さんしか考えられなかったから」


 柚希は、ごく自然にそう言った。


「……いやいや、俺、魔術とか使えないぞ?」


「……それはどうかしら?」


「お前、なんで疑問形なんだよ!!」


 俺のツッコミが部屋に響く。


 こうして、俺はようやく、この世界の裏側にある真実を知ることになった。


 そして、俺の「普通の高校生活」が完全に終わっていたことを——このとき、ようやく理解した。





「まず魔術について。兄さんが今いったものでほとんどあってる。ただ、ほんの少しだけ違うの」


「……違う?」


「魔術は、学問の一つなの。科学と同じように、法則があって、理論がある。そして、それを体系的に学び、制御する技術。それが魔術よ」


「……学問? 火を吹いたり雷を落としたりするやつが?」


「そう。自然界のエネルギーを操作する技術として確立されていて、誰にでも使えるわけじゃない。でも、根本的な理屈は科学と変わらないのよ」


「でも、そんなすごいものがあるなら、どうして誰も知らないんだ?」


「それは魔術が、秘匿されているからよ」


「秘匿?」


「魔術に関する情報は、魔術を行使できる者以外には開示されない。一般の人々が魔術の存在を知ることはないの。なぜなら……」


 柚希は一瞬、言葉を選ぶように口を閉じ、それから静かに言った。


「……魔術は、危険だから」


「危険?」


「ええ。魔術はエネルギーの制御を前提とした技術。でも、制御を誤れば、大規模な災害を引き起こすこともある。下手をすれば、使い手自身が暴走してしまうことだってあり得るの」


「……暴走?」


「人の持つ魔力は、それぞれ異なる性質を持っているの。でも、もし適切な管理をしなければ、魔力が暴走し、最悪の場合……人は魔物のような存在に変わってしまうこともあるわ」


 俺は息をのんだ。


「だからこそ、魔術は厳重に管理され、選ばれた者だけが学べる学問として扱われている。一般社会での魔術の知識が封じられているのは、その危険性を考えれば当然のことなの」


「……そんな世界だったのか」


「兄さんは、今日まで知らずに生きてきた。でもそれは、兄さんが特別だったからよ」


「……特別?」


「兄さんの魔力は、普通の人とは違う。だからこそ、私は兄さんを従者に選んだの」


 柚希の言葉に、俺はますます混乱する。


「ちょ、ちょっと待てよ……俺の魔力? 俺、そんなもん持ってるのか?」


「ええ。そして、それは——」


 柚希は俺をじっと見つめ、ゆっくりと続けた。


「——おそらく、兄さん自身も気づいていないものよ」

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