プロローグ:中間試験の決戦★
ずっと書きたかったお話。※3月26日挿絵を追加しました!
風が頬を切り裂くように吹き抜ける。
深い森の中、湊は己の鼓動を耳にしながら、駆け抜けていた。
ヴァルメギア魔術学院——その中間試験にして、学院内での序列を決める重要な戦い。
だが、湊にとってはただのレースではない。
この試験の特殊ルールにより、彼の魔術紋は今、封印されている。
ただの人間として、この広大な森を駆け抜けなければならない。
「……やれやれ、聞いてないんだけどなぁ……」
飄々と呟きながらも、その足は止まらない。
魔術の力に頼れずとも、彼は無駄な動きを省き、最短距離を選びながら駆ける。身体能力だけでこの森を抜ける、それが従者に課せられた試練だった。
そして——木々の隙間から、視界が開けた。
目の前には切り立った崖。その先にはゴール地点となる広場が広がっている。
既に先行していた従者が、地面に魔術陣を展開していた。
衝撃緩和の術式——誰かが落下してくる。
「……ってことは、そろそろ来るな」
湊が空を見上げた、その瞬間——
「がはははは! 主席は吾輩がもらったぁぁぁぁ!!!」
豪快な笑い声とともに、空を割るように降ってきた影。
男の主人が、誇らしげに飛び出した——その表情が、一瞬、悲しげに歪む。
次の瞬間——
「お、お待ちくださ……っ!」
彼の従者が崖の上で手を伸ばしたが、間に合わない。
男主人は、ただひたすらに自由落下を続け——
ドガァァン!!
……虚しく、地面に衝撃が響いた。
しん、と静まり返る空気。
「いや、お前の従者の顔見ろよ……」
湊は遠くで肩を落とす従者の姿を見ながら、小さく呟いた。
続いて現れたのは、金髪碧眼の少女——高潔で完璧主義な少女。
彼女は迷いなく跳び降り、その従者の術式によって完璧な着地を決める。
「……さすが、隙がないねぇ」
湊が呟いた直後——
最後に、柚希が現れた。
目が合う。
アイコンタクト。それだけで、互いの考えが一致する。
彼女の口元が、微かに釣り上がる。
「行くよ、兄さん」
「ああ、いつでもどうぞ」
柚希が跳び出す。
湊は彼女を空中で抱き留め、そのまま崖下へと推進する。
落下のエネルギーを殺さず、むしろ推進力として利用する。
柚希が手をかざす。
爆炎の術式が編まれる。
「——はい、転化っと」
湊が魔術を発動させる。
瞬時に炎の属性が変換され、そのエネルギーが二人を弾丸のように押し出した。
加速する。
風が唸る。
先行するお嬢様主従の視線が、一瞬驚愕に染まる。
「……っ!?」
そのまま、彼らを追い抜いた。
ゴールまで——一直線。
湊と柚希は、誰よりも速く、ゴールへ飛び込んだ——。
——この世界には、魔術が存在する。
だが、それは奇跡でも幻想でもない。
学問として確立され、理論として解き明かされ、体系化された技術。
それが、この学院の礎であり、彼らが生きる世界の裏側に息づく現実——。
そう、この物語は、君たちが知る世界と地続きの話である。