TS転生ドM強制逆転オレっ子魔法少女の日々(短編版)
黒と桃色が対峙する。
方や、筋骨隆々の大男。背丈は5mにも届くほど大きく、連なった複数の腕の太さは丸太のようだ。脚は腕よりもさらに太く、もはや柱ではないかと錯覚するほど。しかし男の中でとりわけ目を引くのはその顔だろう。
獲物を決して逃さないためであろう。数億個の目が一つに集まって形を成す、複眼。鋭い牙はどんな獲物をも引き裂きうるほどにギラギラとしており、威嚇するかのようにガチガチと音を立てながらぶつかり合っている。長く、地面に接するほどに頭部から伸びた触覚はさながらムチのようで、黒と白の縞模様が不気味さを醸し出している。
そう。まるでカミキリムシのような顔なのだ。
その考えが正しいことを示すかのように、大男の体色は黒と白の斑点で構成されている。黒光りする甲殻に、濁った白い斑点が浮かんでいるのだ。
大男の名は、『カミキリン』
彼のような、虫と人が合体したような化け物の事を世間一般では『怪人』と呼ぶ。怪人は人々を襲い、暴れ回る。
突如として現れた怪人に、政府はこれを討伐する為の機関を組織。国の総力を挙げて対応するも怪人には通常の兵器での攻撃が効かず、あわや全滅というところで奇跡が起こる。
別世界より現れた、年端もいかぬ少女。
可愛いドレスを身にまとい、輝くステッキを持った『魔法少女』。
まるでお伽話の英雄のように現れた彼女は、政府の歯が立たなかった怪人をいとも簡単に倒してしまったのだ。
彼女より伝えられた、『魔法少女』の存在。年頃の少女が持つ『魔法』の因子を開花させる事が出来る『妖精』の存在。
少女を戦わせなければいけないという事実に頭を抱える政府だが、国を守るために取れる手段がこれしかない事を知り、渋々承認。以降魔法少女を育成・サポートする為の組織『魔法省』を設立。そうして怪人の脅威に立ち向かえるようになった人類は、今日に至る。
そんな魔法省所属の魔法少女、桃井 こころ こと
『魔法少女・プリズムハート』は、眼前の敵に大苦戦していた。
ツインテールにまとめられた艶のある桃色の髪は汚れでくすみ、健康的でハリのある白い肌は切り傷と擦り傷でボロボロになり、血が滲んでしまっている。フリフリの可愛らしいドレスはところどころ穴が空き、ハート型の宝石部分にはヒビが入っており、今にも砕けてしまいそうだ。しかし、彼女の真紅の瞳は未だにその輝きを失わない。
幾度となく起きる戦いにおいて、圧倒的な力の差があろうとも諦めない彼女の姿は人々を魅了した。
しかし、戦況はいまだ圧倒的に不利なまま。殆ど傷のないカミキリンとは対照的に、傷だらけのプリズムハート。どうにか出来ないかと策を練っているであろう彼女に、ガチガチと牙を鳴らした異形が語りかける。
「貴様は既に満身創痍だ、プリズムハートよ。
このまま戦っていれば我に負けるのは明らかだろう。そこでだ、貴様にいい提案がある。
今ここで命乞いをしろ。そうすれば、貴様の命だけは助けてやろう。無論、我の苗床としてだがな!悪い話ではなかろう?この我が貴様を娶ってやろうというのだ。これほど光栄な話は無い!どうだ?」
カミキリンが口にしたのは、降伏勧告。聞き届けたプリズムハートは両腕で自身の身体を抱きしめてビクッと大きく震えた。
「そ…そ…!そんなこと頷くわけないだろ!!
オレがここで降伏したらお前は街の皆んなに手を出すに決まってる!オレが助かったところで皆んなを守れなきゃ意味がない!」
「そうか。では…
………分からせるしかあるまいな」
瞬間、空気が一気に張り詰める。
瞬く間に距離を詰めたカミキリンが、その極太の脚で蹴りを繰り出す。それまではギリギリで受け流していたプリズムハートは、蓄積したダメージが足に来ていたためか、それとも別の要因か、反応する事が出来ずにモロに直撃を喰らう。
「がっ…は…!?…ごほっ…‼︎」
少女の腹に吸い込まれるように繰り出された蹴りは、その凶悪な力を見せつけるかのように彼女の身体をゴム毬のように吹き飛ばした。
放たれたゴム毬は数軒の家を倒壊させながらぶち抜き、
やがて勢いが収まる頃には、立ち上がる力も残されてはいなかった。
もうもうと立ち込める土煙の中、高速で伸ばされた縞模様の触覚は正確にプリズムハートを捉え四肢を拘束して、カミキリンの元に引き摺り出す。
「そんな事…だと!?
我の誘いをそのように断るとはな!とても許せる行為ではないが…我は寛大だ。
今の一撃で理解しただろう?貴様では我には敵わない。
分かったのなら早く命乞いをしろ。さもなくば…貴様を殺すことになるぞ?」
なおも降伏勧告を続けるカミキリンを、プリズムハートはバッサリと切り捨てる。
「何度…言っても…ケホッ…!断る…!
オレが…皆んなを…守るん…だ…‼︎
それに…お前はオレの…タイプじゃ…ないしな!」
そう告げられた異形の頭に、否、全身に血管が浮き出始めた。ボコボコ、ビキビキと音を立てて現れるそれは、憤怒の証。容赦の一切を捨てた異形は拘束されたままの少女に向かって、全力で引き絞った拳を打ちつける。
「こぼ…っ…!ぅ…あ…あ゛あ゛!!」
地面にぶちまけられる胃液を気にすることなく、異形はひたすらに目の前の憎き相手に向かって拳を振るい続けた。
「フゥ…フゥッ…‼︎
しまったな…ついやり過ぎてしまったか。」
異形が少し冷静さを取り戻す頃には、触覚を剥がそうとする少女の抵抗も消えており、だらんと力なく垂れた腕が、足が、そのダメージの大きさを物語っていた。
「帰るとするか。
愚民どもは後でいたぶれば良い。今は気持ちを落ち着かせなければ…何?」
すっかり興醒めしてしまったカミキリンが帰ろうと背後を振り返り…片脚に感じた違和感を口にする。
「まだ…だ…!ごほっ…!
まだ…負けて…無い…!オレは…諦めない‼︎」
「あり得ん‼︎あれだけの攻撃を受けてなお…なぜまだ息がある!?なぜ我の脚を引き留めることが出来る!?違う…我が身体を動かせなくなっている‼︎」
カミキリンは恐怖した。確実に息の根を止めたと思った存在が、未だに自分の脅威になり得ることに。その上、感知能力のある己が敵に不意を突かれるという事に。自身の身体が…動かぬ事に。
「なぜだ‼︎我には究極の感知能力が…何!?
感知出来ぬ‼︎貴様何を…まさか‼︎我の触覚を‼︎」
「大当たりだ!ボコボコにされている時になんとか触覚だけでも…って壊しといたんだ‼︎
お前の強さはその触覚によるもの!強靭な肉体を操っているのもそうだ!こっちの攻撃が中々当たらなかったのも…その触覚のせいだ‼︎」
「………‼︎あり得ぬ!あり得んぞ‼︎
このような小娘如きにこの我が‼︎」
「身体を上手く動かせなくなったお前はもう終わりだ‼︎これで…とどめ‼︎『プリズムハート•スプラッシュ』!!!」
断末魔を上げる暇もなく、ステッキから迸る光を受けたカミキリンは爆散した。
「…ふぅ!終わったぁ〜!なんとか…勝てて良かった〜!」
違和感を感じないだろうか。
先ほどまではあれだけ苦戦していたカミキリンに対し、触覚を壊しただけであそこまでいきなり勝てる物だろうか?そもそもロクに傷をつける事も出来なかった相手に対し、弱点を見つけただけでなく破壊する事など…出来るだろうか?
否。普通は不可能だ。あそこまで追い込まれた魔法少女は、降参するしか無いだろう。もしくは他の魔法少女が駆けつけ、協力して倒す。これなら納得だろう。
だが、だが!この魔法少女は……プリズム・ハートは…別だ。
彼女は今までもそうしてきた。圧倒的な戦力差があろうとも、それを一手で覆し、勝利してきた。
故に人々は魅了されるのだ。圧倒的なまでの逆転に。
多くの魔法少女には、『固有魔法』がある。
本人しか使うことの出来ない魔法であり、その種類は多岐にわたる。炎や水を操るといったものもあれば、空間や時間、運にまで干渉するものもある。
大抵の場合は本人の魔法少女名にあった魔法となる。
魔法少女としての名前が決まる場合、自分の頭の中に浮かんでくるそうだ。
これは一説によれば、自分の因子が固有魔法に、ひいては名前に影響していると唱える学者もいるが、稀に固有魔法が無い魔法少女もいるため、真偽は定かでは無い。
固有魔法のない魔法少女は落ちこぼれとされ、サポートに回るものが多く、そうでないものはそもそも魔法少女を辞めてしまう。
故に、例外。
桃井 こころ/魔法少女・プリズムハートには、
固有魔法がない・・・・・・・のだ。
だからこそ、彼女に魅了されるものは多い。
落ちこぼれでありながら、どんな時でも諦めず、必ず逆転をする魔法少女。それがプリズムハートなのだ。
オレは桃井 こころ。
魔法少女・プリズムハートであり、
TS転生オレっ子ドM魔法少女だ‼︎
ヒドい形容だって?でもこれ事実だし。
転生に気づいたのは赤子の頃。魔法少女のニュースが出てて、心底驚いた事を覚えている。
転生前は魔法少女が、特にヒロインピンチが大好きだったオレだが、いざ現実となると話は別だ。
少女が痛めつけられてるのを見ても悲しいだけ。
いわゆる「かわいそうなのは抜けない」ってやつだ!
けれどせっかくの魔法少女世界。どうにかしてヒロインピンチを見れないかと考えたオレは思いついた。そうだ。「オレ自身が魔法少女になってヒロインピンチしよう」と!
周りの皆んなは気づいていないが、オレは実は固有魔法を持っている。我ながら相当歪んだ魔法ではあるが、欲を満たすには丁度いいし、皆んなも守れるしで一石二鳥だと思ってるからな!
どんな魔法かって?勿体ぶるな?
じゃあ教えよう!オレの固有魔法は…
『逆 転』だ‼︎
逆転の効果は簡単だ!どんな状況でも逆転出来る‼︎
最強だって?よせよ!照れるじゃんか!
まぁ強いのに変わりはないんだが…この『逆転』はさ、
発動した時点で絶対にピンチになる能力でもあるんだ。
ピンチじゃなきゃ逆転とは言わないだろ?だから先にピンチになるのがこの能力のデメリット…なんだが!
オレからしたらメリットしかないな!
絶対に勝てるから安心だし、どんな雑魚敵でも一度は美味しいヒロインピンチが出来る‼︎
今日だって最高だったな!
苗床って言われて一瞬okしかけてどもっちゃったし、苗床スチルを想像してイきかけて隙が出来ちまったけど…結局勝てるし安心だぜ‼︎
あ〜!逆転って最高‼︎
彼女はこの先もずっと戦い続ける(ヒロピンを堪能し続ける)のだろう。
「ごめんなさい…こころ…私が弱いばっかりに!」
「我々に力があれば…あんな行為をさせなくとも!」
…そんな事を知る由もない、周囲の人間との大きな溝を残して。