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第九十話 沼の主

登場人物紹介

◇アリエラ

主人公。魔王軍四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点。

『殲滅女帝』の二つ名を持つ。

褐色肌にボブカットの黒髪、猫のような紅い瞳、獅子の耳と尻尾が特徴の獣人。

冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』所属。

特級冒険者としての二つ名は『爆心地のアリエラ』

好きな茸はマッシュルーム。


◇ピチカ

蒼い髪と瞳にギザ歯が特徴のアクセサリー付けすぎなギャルっぽいハーピィ。

異世界転生者。チートスキル【楽々御粧し】の使い手。

冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』の一応リーダー。

一級冒険者。

好きな茸はマツタケ。


◇レイメイ

魔王直属暗殺部隊『五毒姫』の末妹。

白い長髪と肌に鬼灯のように赤い瞳と愛嬌紅が特徴。

魔王特製の最上級キョンシー(札は丹田に貼っている)。

冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』所属。

特級冒険者としての二つ名は『毒蛇姫レイメイ』

好きな茸はドクツルタケ。


◇フュリス

エルタナ聖王国の女騎士。『百合爵家のフュリス』

小柄な金髪碧眼のエルフで緑基調の騎士装束を着ており、ドングリを発射するウーツ鋼製の銃を使う。

仕事の邪魔をした埋め合わせにアリエラたちが手柄を立てさせてやる事になった。

好きな茸はマイタケ。


 ◇



「ア──アア──────☆」

 

 大陸を北上する一行は世界最大の流域面積を誇る『エヴレス河』とその支流が葉脈のように流れる『エヴレス大密林』を訪れていた。


 ピチカは豹柄の長衣(トーガ)を着用し、奇声を発しながら樹々の蔓にぶら下がって河岸から河岸へと渡っている。


「ピチカさん! 気が済んだら短艇(ボート)に戻ってくださいよ!」

 等と言ってピチカを諌めるレイメイも蔓にぶら下がって河岸を渡っていた。ピチカの目には心なしか楽しんでいるように映った。


 レイメイ──というよりピチカ以外の三名は通気性が良く薄いがしっかりとした黄土色(カーキ)の帽子・収納付き上着(ジャケット)・だぶついた脚絆(ズボン)・丈夫な革の長靴(ブーツ)を身に付けている。

 服の胸元には虫除けの魔術が付与されたオニヤンマのブローチがくっつき、チーム『パリピ☆愚連隊』の三人は冒険者ベルトでズボンを留めている。

 ジャングルに突入するという事でピチカがコスプレ半分で提案した服だったが、実用性も高かったため特に反対もせず全員が着たのだ。


 そんな一行は冒険者組合(ギルド)から得た情報を元に効率良く特級案件相当の魔物や魔窟(ダンジョン)を潰しながら北上できる支流を選び、〈大河帝(セベク)〉を発動したアリエラが漕ぐボートに乗って茶褐色や黒褐色に濁ったエヴレス河を進む。


「ピチカ。レイメイ。そろそろ次の現場よ! 戻ってらっしゃい!」

 河の流れを操るアリエラは(オール)を止め、飛び回る二人を呼び戻した。


「お前らーッ! 油断せずに行こうと言った矢先に遊んでるんじゃないぞ!」

「ゴメンゴメン☆ やってみたくてつい……」

「気を張り過ぎるのも問題ですからね……先に腹拵えでもしましょう」


 一行は密林の奥地で待ち構える脅威に挑むための準備を始める。



 ──識別名『死の渦巻(デスシュトローム)』──

 魔物化によって巨大化はしなかったものの、水流を操る能力を獲得したワニである。

 ただでさえ水中では無類の強さを誇っていた捕食者がこの能力を得た結果、意図的に渦を発生させて獲物を沈め、噛み付くと同時に激しく回転して喰い千切り周囲を血の海に変えるのだ。

──────────────────



 ──その『死の渦巻(デスシュトローム)』の脚を調理したものを齧りながらフュリスは自分の活躍を振り返った。


「自慢になってしまうが、あの一発は我ながら凄かったな! ……しかしっ、ワニ肉って固いな……!(ギチチッ)

「あまり慢心はしないで欲しいですが、実際練習含めて百発百中ですからね……」

「ねー! あんなチラ見えしただけの魔石によく当たったよね!」

「でもこの先にはもっと恐ろしい魔物が出るでしょうからこの香水を持っておきなさいフュリス」



 ──識別名『地獄の絨毯(ヘルカーペット)』──

 “密林に於いて最も恐ろしい存在とは何か?”……と問われた時に候補としてよく挙げられるのがグンタイアリであろう。

 魔物化したグンタイアリである『地獄の絨毯(ヘルカーペット)』は牙や尾棘に激痛を齎す猛毒を持ち、その猛毒によって上がる獲物の悲鳴が更なるアリを呼び寄せ、獲物は瞬く間に白骨と化すのだ。

 仮に勝てたしても野生の世界では旨味が少な過ぎるため、密林に跋扈する強者たちも避けて通る厄介な存在なのである。

──────────────────



 ──その『地獄の絨毯(ヘルカーペット)』を圧搾し煮詰めて精製した獣除けの香水瓶をアリエラはフュリスに渡した。


……(スンスン)本当にこれで獣が逃げるのか? 割と良い匂いだと思うんだが……」

「密林の獣からすればとんでもない異臭ですからね」

「香水ビン捨ててなくてよかったー☆」

「これで雑魚は寄って来なくなるでしょうけれど、本当に危険な魔物に効く保証は無いからしっかり用心なさい」


「フュリスさん。食べ難いならこっちの肉にしますか?」

「ん、ああ……それにしても次はアレか……」



 ──識別名『真球錦蛇(スフィアパイソン)』──

 元々は外敵に対して丸くなる事で身を守る比較的おとなしい蛇であったが、魔物化によってその“丸くなる”特性が極端に強化された。

 巨大化した上に体表の鱗や皮膚を一時的に癒着させて硬質化し、ほぼ完全な球体形となる事で接触面を極限まで減らす事で単純な打撃・斬撃・刺突攻撃を無力化してしまうのである。

 防御力という点においては魑魅魍魎蠢く密林の中でも抜きん出た存在なのだ。

──────────────────



 ──その『真球錦蛇(スフィアパイソン)』を輪切りにして焼いたものをレイメイはフュリスに渡そうとした。


「いやソレはお前が毒殺したヤツだろ!?」

「毒抜きくらいしてますよ失敬な」

「問題は無いハズだから蛇も味わっておきなさいフュリス。次の獲物は手柄にはなっても食糧にはならないでしょうからね」

九頭蛇竜(ヒュドラ)かぁ〜……毒がヤバいんだっけ? でも識別名付き(ネームド)じゃないってコトはあんまり強くはないのかな?」



 ──九頭蛇竜(ヒュドラ)──

 亜竜の一種。

 巨大なワニのような胴と短い脚に九つの頭を持ち、首を断っても平然と再生できる不死身とも思える再生力に、たったの一吸いで地獄の苦しみを味わって死に至る猛毒まで持ち合わせている狂気の亜竜である。

 その上に恐ろしく凶暴でもあり、人畜はもちろんの事、亜竜ながら真竜(ドラゴン)までも餌食とする恐るべき生きた災害である。

──────────────────



「識別名なんて付かなくても成体のヒュドラって時点で特級案件ですよ。……ここは無主地なので法には触れませんが、フュリスさんはヒュドラの毒腺や肝の取り扱い資格なんかは持ってますか?」

「エルタナにはそういった制度は無いぞ」

「へー資格とかあるんだ〜。一応言っとくとあーしも持ってないよ☆」

「ワタクシは持っていてよ?」


「それは知ってます。

 では私とアリエラさんで首を刈るので、フュリスさんは心臓を狙撃してください。ピチカさんはフュリスさんの護衛という事で……」

「いや待て。ピチカも刃渡りの長い剣を扱えるのだからヒュドラと戦えば良いんじゃないか?」

「ギャッ!? で、でもリスちゃんのボディーガードもやらなくっちゃさ……」


 生きた災害とはできれば戦いたくないピチカはフュリスを説得しようとするが──……


「心配するな! これでも森妖精(エルフ)の端くれだぞ? 森の中での隠密は得意だ!」

「まあ……たしかに脱法市場で襲撃して来た時は直前まで気付きませんでしたしね……ヒュドラの嗅覚は鈍いので大丈夫でしょう」

「そうね……ピチカもヒュドラと戦えるくらいになれば上級戦闘員への昇進が現実的になるのではなくて?」

「うおぉ……うん……行こっか(ヤダーッ!!)」


他三名のやる気に押されて戦わざるを得なくなってしまったのだった。



 ◇



 腹拵えを終えて川下りを再開した一行は魔物化したピラニアや電気ナマズに遭遇したものの、水流を操り電流に耐性のあるアリエラには敵わず一方的に斃され、目的のヒュドラのいる沼がある区域に到着した。


 空は曇り陽光は差していないが、夏場という事もあり非常に蒸し暑い。


「暑いな……雨季でないだけマシと思うべきか?」

「雨の方が気配を隠しやすくてありがたいんですけどね」

「あーし雨キラーイ」

「シッ……! 静かに……! 腐敗臭がするわ。もう近くてよ」


 黄金の新月刀(シャムシール)で行く手を遮る葉や蔓を切り払いながら先頭を征くアリエラは鋭い嗅覚でヒュドラの棲家となった沼特有の腐敗臭を感知する。


「ねぇ思ったんだケドさ、アーちゃんが第二形態になってさ、〈大地帝(ゲブ)〉でヒュドラの首を一ヶ所にまとめてビームでぶっ飛ばせば楽勝なんじゃない?」

「それじゃあピチカとフュリスの特訓にならないじゃない」

「そうですよ。素材としても使えなくなりますしね」

「まあ万が一の事が有ればエルタナの復活魔法使いを頼れば良いだろ」


(いつの間にかあーしたちの特訓になってる……! こうなったらやるっきゃないか……)

 観念したピチカは【楽々御粧し(ドレスアッパー)】を発動し、自分とフュリスに全身を覆う蒼色の防護服とガスマスクを着用、翼腕には撥水油を塗って臨戦態勢に入った。


 

 ──腐敗臭の強まる方向へ進み辿り着いた沼には泡立つ深緑色の泥水が溜まっており、到底まともな生命を育めるとは思ぬ様相である。


「シュルルルル゛……」

 その沼の水面からは首の直径約1m程もある大蛇が顔を出して舌をチラつかせて臭いを嗅いでいるが、沼の腐敗臭でほぼ何も感知できず、結局真っ赤な瞳と温度感知(ピット)器官に頼って周囲を見張っていた。


わァ……(シュコー……)デッカ……ベロチロチロしてる」

「よし……まだ気付かれてませんね。アリエラさんは首を斬りつつ、私とピチカさんが斬った首の断面を灼いて再生を妨害してください。落とした首も猛毒の大蛇として活動するので油断しないでくださいね」

「ワタクシは灼きながら斬れるから有利ね」

私はどこ(シュコー……)から狙撃すれば良い? 心臓は前脚の間で良いのか?」


 一行は声を潜めて沼のヒュドラを観察し、大雑把な作戦を練り始める。


「大体そうですね……どうにか目印を付けるので、ここからそれを撃ち抜いてください。

 ではまず私が見張りの首を刈るので二人は続いてくださいね。

 ──〈屠絲魘縛(としえんばく)〉ッ!!」


 指示に全員無言で頷くと、レイメイは音も無く輝鋼銀(ミスリル)の糸をヒュドラの首周囲に巡らせ、一気に引いて首を切断した。


カッ……!(ジュッ……)

 完全に不意を打ったので予想通りヒュドラの首を簡単に切断する事に成功した。


 したのだが──……


「再生……しないな?」


その首は断面から煙を上げて再生する事は無く、落ちた頭の方も断面から蛇の身体が生える事は無く沼の水面に浮かんで絶命している。


「あの反応……吸血鬼(ヴァンパイア)化してますね」

「レイメイにも再生阻害ができるのなら想定より楽に片付きそうね」

「ね! しかも昼なら楽勝じゃん! リスちゃんは銀のドングリあるし!」


 面食らいはしたものの、ヴァンパイアならばむしろ有利に戦えると一行は息巻いた。


「「「ジシャアァアアア(ザバァア!!)ァアアア!!!」」」

 攻撃を受けたヒュドラは沼の中で眠っていた残り8本の首を一斉に展開し威嚇する。

 

「「「ギュロ ロ ロ゛ッ(ビシャシャッ)!!」」」

 裂けるように大きく開かれた口からは、鋭い牙がビッシリと生えた肉で出来た薔薇のような捕食器が展開された。


「キモ────ッ!!」

「ボヤいて無いで攻めますよ! ──〈白毒雲〉!」

「続きなさいピチカ! ──〈付与(エンチャント)猛火(ブレイズ)〉!」


 当初の作戦通りレイメイは〈白毒雲〉に乗って飛び、アリエラは当然のように水面を走りながら激しく燃えるシャムシールで斬りかかる。


 ミスリルと炎で再生を阻害されヒュドラは満身創痍になっていく。


うりゃッ!(ザグッ) アーちゃん灼いて灼いて!」

フ────ッ(ボォオオオオ!)!」


 唯一再生できるピチカからの攻撃もアリエラが口から吹く炎によって灼き焦がされ再生を妨げられる。


「ジャアッ!」「──……(ブヂッボゴボゴッ)ギュロロロロ゛!!」

 文字通り頭数を減らされたヒュドラがまだ無事な頭で灼かれた首を荒々しく食いちぎると、薔薇のような捕食器の備わった首が新たに生えた。


 同様の行為が次々と繰り返され、ヒュドラは平常よりも凶暴化した頭が過半数の危険状態に入る。


「ギャ! そんなんアリ!?」

「これは……心臓狙いの方が手っ取り早いですね」

「ではフュリスが狙い易いように胸が正面に向くように立ち回りましょ!」


 予想外に賢く中々再生力が落ちる様子を見せないヒュドラに苦戦する中、ピチカは攻撃と毒液を舞うように躱している時に視界に入った曇天を見て何か閃いた。


「──あ! いいコト思いついたからちょっと上空(うえ)行ってくるねー!(ギュンッ!)

 言うが早いかピチカは驚異的な速度で上空に飛び去り、()()()()()()()()厚い雲の内部に入る。


 さすがに空には毒が届いていない事を確認したピチカは蒼い踊り子衣装に着替えると、普段の騒がしさからは想像も付かない静謐で神秘的な空気を湛えて舞い始めた。


(ソッコーで聖女辞めた手前、奇跡使うの気ィ引けるケド……言ってる場合じゃないよね)

 

 奇跡──……それは女神の聖女や信徒たちが祈祷や供物、そして魔力を捧げる事によって本人の限界を超えた事象を引き起こす行為である。


 別名“信仰魔法”等とも呼ばれるそれらは、本来なら長い修行と篤い信仰によって培われ研鑽されるものだが、“元聖女”であるという事実はピチカの信徒としての経験の浅さを補って余りあるものであった。


(こう……いいカンジに雲を集めて……切るイメージ……! シャリを混ぜるときみたいな?)

 舞いを捧げる事で発動した奇跡によって厚い雲の層はほどけるように散って行き、地表は徐々に陽光に照らされ明るくなる。


(仕上げに──……(ヴンッ)バック宙ッ!!)


 ヒュドラのいる沼の周囲が明るくなっている事を確認したピチカが大曲剣を脚で握りながら宙返りをすると、まるで剣で斬られたかのように雲は左右に分かたれた。

 差し込む陽光が、雲を断ち割る奇跡【薄明の舞】の完遂を告げる。



「「「ギシャアァアアア(ジュウゥウウゥウ)ッ!!」」」

 突然差し込んだ陽光に全身を灼かれたヒュドラは首を振り回してのたうち回るが、アリエラとレイメイが相手では痛手を与えるどころか次々と首を刎ねられてしまう。


 陽光に灼かれている状態では傷を再生する事もままならず、沼もアリエラの炎によって潜れない程に蒸発させられてしまっているため逃げられず、首での攻撃も困難になったヒュドラは前脚で攻撃しようと立ち上がった。


「──! そこッ!」

 隙を見つけたレイメイは呪符を付けた針を投擲し、立ち上がったヒュドラの胸に突き刺す。


(……! そこかッ!!(パァンッ!)

 茂みの中に伏せていたフュリスはすかさず呪符を狙って狙撃銃(スナイパーライフル)の引き金を引く。


カッ……(ドッ)……ハッ……(ボシュッ……)

 発射された銀のドングリ弾に心臓を穿たれたヒュドラは短く息を吐くと青白い炎に包まれ灰の山となった。


「中々に手強かったですね」

「そうね」


 ……とは言いつつも息を切らす様子も無い二人の元に、再び防護服とガスマスクを装備したピチカが降りて来る。


「終わった〜?」

「フュリスが心臓を撃って仕止めたわ。……突然雲が割れたのはピチカの仕業かしら?」

「信仰魔法の類ですか……普段からやればいいのに……」


「いやぁ……いろいろ条件とかあってさ〜……それにバックれといて奇跡だけ都合よく使いまくるのもどうかな〜って」

「妙な所で律儀ね……」

「『風の女神』なら気にしないと思いますけどね」


「おーい! 毒沼(そんなところ)で話し込んでないで早く撤収しないか〜? 暑いんだが!」

 防護服を着ていても毒沼には入りたくないのかフュリスは茂みの中から三人に話しかける。


「もう心臓を撃ち抜いたくらいではハシャがなくなりましたね……」

「少し寂しいような……成長を喜ぶべきかしら」

「リスちゃん頼もしくなったねぇ……」


 三人は親心にも似た気持ちでフュリスを見るのであった。


「なんだー! その生暖かい目線は!!」

◇亜竜

ドラゴンに似ているがドラゴンである条件を満たしていない生物の総称。

だが必ずしもドラゴンより弱いワケでは無く、ヒュドラのようにドラゴンを捕食する亜竜も存在する。


ちなみにドラゴンと認定される条件は

・石や金属のような鱗に覆われている事。

・水中で呼吸ができる事。

・口から火を吹ける事。

・空を飛べる事(滑空を除く)。

・翼手ではない脚が二対以上ある事。

・体内に竜玉と呼ばれる魔石がある事。

・“逆鱗”と呼ばれる急所が存在する事などが挙げられる。


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