第九話 幽霊屋敷
登場人物紹介
◇アリエラ
主人公。魔王軍四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点。
褐色肌に短めの黒髪に猫のような紅い瞳の獅子獣人。
怖い話を聞くと(焼き払えばいいのに……)と思う。
◇ピチカ
蒼い髪と瞳にギザ歯が特徴のアクセサリー付けすぎなギャルっぽいハーピィ。
異世界転生者。チートスキル『楽々御粧し』の使い手。
怖い話は苦手なのに聞いてしまうタイプ。
◇
──ウーヴ皇国の西方都市イーシン。
隣接する町村や東方大陸に近い島々、大陸北西部の人馬部族との交易で栄えている都市である。
圧倒的な武力でウーヴ皇国を建国した『ワン五兄弟』の末弟『西方公ワン・ソンミン』の牛耳るこの都に到着したアリエラは苛立っていた。
(さっきから何度も何度も……!!)
アリエラは新しい町に着く度にその町に棲む猫や猫妖精を探しまわるのだが、ウーヴ皇国の町にはまるで見当たらないのだ。
それは仕方ないかと一時は諦め、ピチカと共に芸能ギルドに申請をした上で大通りで舞を披露したところ、武術至上主義国家を名乗るだけあって観衆はネコ獣人の黄金髑髏を被ったアリエラの殺戮舞踊に怯える事もなくウケは良かったが、投げ銭をする客は思った程いなかった。
これも自分の舞がまだ未熟であるのだろうと納得したが、断続的に起きる自分の舞を邪魔する上に猫を町から追い払っているであろう地揺れには我慢の限界を超えようとしていた。
(ネコ不足でイライラしてんのかなアーちゃん……
ネコ自体がいないからネコ探しの依頼とかも無いだろうしな〜……町の外れとかならネコいるかな?)
一方宙を舞うため地揺れに邪魔されないピチカはアリエラが地揺れに苛立っている事には思い至らなかった。
イクネト島で披露していた時よりも蹴りのような動きを多様する舞だという事を差し引いても荒々しい所作で舞っていたアリエラだが、地揺れに慣れてきたのか落ち着きはらい再び流麗な動きを取り戻し始めたその時──今までとは比べ物にならない大きな揺れが発生しアリエラの体勢を僅かに崩した。
(……ッ!?)
(アーちゃんがミスった!?)
観衆の一部は「おっ、もうそんな時間か」等と言いあまり驚いていない様子である。
昼時からはワン・ソンミンが日課の修行を始めるので地揺れが一層酷くなるというのは住民にとっては日常的な事であったが、アリエラを含め今日この都市へ来たばかりの者たちは皆よろめき驚いた。
「んあぁア゛ッ!! もう!!!」
やっと調子が出て来たと思った矢先に更なる邪魔が入り、舞の振り付けのミスまでしてしまったアリエラは腹立ち紛れに魔王軍四天王最強の怪力を持つ自らの肢体を力任せに振るい、町の住民たちの〈麒麟震天脚〉による地揺れを掻き消す程の衝撃を起こした。
「ちょっ! アーちゃん!! 狂戦士ってるって!!
おちついて〜……深呼吸〜☆」
「ハッ……!! スゥ──ハァ──……落ち着いたわ。
ありがとうピチカ……」
「いいってコトよ☆
みなさーん! もう大丈夫でーす!!
……アーちゃんもう行こっ」
「ええ……(ま〜たやってしまったわ……)」
「──今のバカデカ地響きはオメェの仕業かぁ?」
ピチカがアリエラの手を引きそそくさとその場を後にしようとした時、群衆の向こうに軽く2mを超える獣率の高い白虎の獣人──『西方公ワン・ソンミン』その人が現れた。
修行を中断してそのまま来たのか上裸で立派な縞模様を見せつけながら群衆を掻き分け、牙をちらつかせ凄んできたが、アリエラは冷静に受け答えしながらソンミンの肉体を観察した。
「ええ……失礼致しましたわ。
ちょっと力が入り過ぎてしまって……わざとじゃありませんのよ?
(急いで来たにしても到着が早すぎる……〈縮地〉というヤツかしら)」
「そうかい……まあ次から気ィ付けろや。
こんな所で踊ってんなら身分証明くらい出来ンだろ?
オレ様はここら一帯の領主『西方公ワン・ソンミン』。オメェらは?」
アリエラが視線を送るとピチカはその意図を理解し、神業【楽々御粧し】を使用してアリエラの二の腕と自らの脚首に冒険者ベルトを装着した。
「ワタクシは特級冒険者のアリエラと申しますわ。
(ワン・ソンミン……! 魔王軍の優先抹殺リストに載っている大物じゃない)」
「あーし……わたしは二級のピチカでーす(オレ様って言う人初めて見た……!)」
「特級だァ〜……? まさか『栄誉の壁画』で大兄貴の記録を塗り替えたってヤツか?
たしかに獅子獣人だが……こんな華奢なネーチャンだったとはな……。
……今どーやってベルト着けたんだ? 氣の揺らぎすら見えなかったぞ」
「あ゛ッ、手品ですよォ〜……やり方はちょっと秘密ってコトで……」
「冒険者の傍ら舞の披露もやらせて頂いておりますの。
ではワタクシ達はこの辺で……行きましょピチカ」
会話を強引に切り上げ今度はアリエラがピチカの手を引いて去ろうとすると、行手をソンミンの大きな手が塞いだ。
「おぉ〜っと待て待て。
オレ様含め町の皆がビックリさせられて迷惑したんだワ。
迷惑料代わりに町の皆に奉仕するべきだとは思わねーか?」
自分に非があるとはいえ、ソンミンの明らかに弱みにつけ込む気マンマンといった言動にアリエラは少々辟易した。
様子を見ていた群衆も特級冒険者相手にふっかけすぎだと思ったのか苦々し気な顔をしたが、口出しをする者は皆無だった。
「……まあそうかもしれませんわね。
それで……? 奉仕というのは具体的にはどんな内容なのか伺っても?」
「話が早いヤツは好きだぜ。
──この町の外れに有名な幽霊屋敷が有るんだがよ……肝試しに行ったっきり行方知れずになるヤツが多くてな……まあオレ様の部下たちは皆無事に帰って来たがな!
西洋風の立派な屋敷だから出来れば改装して再利用してぇんだが、工事しようとすると事故やら体調不良やら……“白い人影”を見たって話もあったな。
そんなワケで屋敷の調査をしてマジで亡者でも居たら始末してオレ様に報告しに来てくれや」
「了解致しましたわ……ピチカもいい?」
「オバケかぁ〜……とりあえずギルドに報告してから行こっか」
「そんじゃ頼むわ! オレ様は修行があっから帰るわ!
依頼じゃなくて奉仕だから費用はそっち持ちな(笑)」
ソンミンは軽い調子で色々と押しつけると来た時と同様に音も無く縮地で立ち去った。
「フゥ〜……厄介事を招いちゃってごめんなさいねピチカ」
「まー特級冒険者って時点で目ェつけられてたかもだし……。
ところでアーちゃんはオバケ平気? あーし怖い話聞くのはけっこう好きなんだけどさ〜ガチ心霊スポット行くのって初だからお守りいっぱい着けよっかな……」
「それがいいわ。幽霊屋敷とは言っていたけれど霊体系のアンデッドとは限らないから出来るだけ備えましょ。(白い人影ね……もしや……)」
「塩とか効くかな〜? 買い物してから行こっか☆」
二人は昼過ぎまでギルドへの顔出しや買い出しがてら噂話の聴き込み等を行い現場へと向かった。
◇
西都イーシンに限らずウーヴ皇国の建造物はほとんどが木造であり、地揺れ対策に平屋建ての左右対称、俯瞰で見るとロの字型で中庭がある四合院造りとなっている。
しかし、件の幽霊屋敷は四合院風の豪邸ではあるが、荒れ放題の広い外庭に、ほとんど漆喰の剥がれたレンガの外壁が不気味な二階建ての古びた中央大陸様式の館だった。
四隅が小さな尖塔になっており城塞のようにも見える。
「おぉ〜……まだお昼なのにけっこー怖いね……。
てか幽霊屋敷の調査って夜じゃなくてもいーのかな?」
ピチカは安っぽい修道服に着替え、首には交差した三本槍を象った『光の女神イースネス』の聖印(安物)を掛け、髪には五芒星や塩の結晶を模した髪飾りの他、とにかく魔除けに効き目のありそうな物を大量に身につけていた。
「わざわざアンデッドに有利な夜に行く事ないでしょう?
領主に目を付けられてしまった事だし……暗くなる前にさっさと終わらせて別の町に行きましょ」
アリエラは赤いチュニックに着替え、首には太陽を持ち七宝の翼を広げた蒼玉スカラベの首飾りを掛け、頭に紅玉で飾ったオオカミ獣人の黄金髑髏を被った。
右手には刃から柄まで全てが黄金の消防斧、左手には翠玉の生命十字を持った。
「そのデコったドクロはアンデッド特効なカンジ?」
「そうね……万が一暗くなるまで長引いてもこの子なら対処できると思うわ。
ところでピチカその聖印……貴女『光の女神』信徒なの?」
「んぁ? ああこれ? 光ならオバケに効くかなーって。
今は別になんにも信仰してないよ〜。
やっぱ魔王軍的には女神信仰ダメ系?」
「禁じていないけれど……推奨されてはいないといったところかしら……まあ女神狩りをしている組織だから……。
話が逸れ出したわ……早く調査しましょ」
「そーだね☆ 先陣はアーちゃんに譲ってあげるね☆」
「怖がってるだけではなくて……?
まあいいわ。ワタクシの所為で始まった仕事ですもの」
両開きの立派なドアを引き開けると、二階に直通する両階段のあるエントランスにかつては煌びやかに輝いていたであろうシャンデリアが蜘蛛の巣と埃だらけになっていた。
そのいかにもな幽霊屋敷っぽさにピチカが感心して見上げていると背後のドアが勢いよく閉まり大きな音がエントランスに響き渡った。
「ギャヒィア!? なっなな、何!?」
「ナニかが居るのは間違い無さそうね……ん?」
閉まったドアを見ると先程までは無かった板がドアノブに掛けられていた。
なにやら派手な彩色の飾り付けが施してある板には可愛らしい文字で次の文言が記されていた。
『♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
♡わたしは二階にいるヨ♬♡
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡』
「明るい感じが逆にこわい!!」
「無理矢理脱出も出来るけれど……ここは誘いに乗りましょうか。調査ですものね」
周囲を警戒しながら両階段を上がると正面扉にまた同じような板がドアノブにぶら下がっていた。
『★★★★★★★★
★こっちだヨ♫★
★★★★★★★★』
正面扉を開けるとおそらく昔は賓客の待合室か応接室として使用されていたであろう部屋に色褪せたソファや壊れた家具が積み重なり埃を被っていた。
そして部屋の奥の扉にまた板が掛かっていた。
『☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
☆わたしは左にいるヨ♪☆
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆』
「んん〜……? これって……」
「どうかしたの? ピチカ」
「なーんかこれ前世の有名な怖い話で聞いたコトあるよーな……」
「どんな話なの?」
「なんか廃墟で肝試ししたらこんな感じの案内があってねぇ〜……進んでったら分かれ道の左右に頭と体が置いてあるとか書いてあるの。
んで……その話だと体がある方に行ったら『後ろから頭が来てるから振り向かないでね』って声がしてあわてて窓から飛び出して二度と廃墟には近づきませんでした……みたいな?」
「なるほどね……ではこの先に似たような案内があればその通りにして何者が背後から来るのか確かめましょ」
「ヒィ〜……首無し妖精のイタズラとかかな?」
「それなら可愛らしいけれど……ここは東方大陸だから飛頭蛮とかいう吸血鬼の一種かもね……行方不明者が出ているという情報が信憑性を帯びて来たわ」
「実体があるほうがヘタに幽霊とかより怖くなってきたかも……」
板のぶら下がった扉を開けると廊下が左右に広がっており、二人は案内通りに左に進んだ。
突き当たりにある引き出しの上に置いてある板には
『❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎
❤︎キュートフェイスは左❤︎
❤︎セクシーボディーは右❤︎
❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎』
と書かれていた。
「ちょっとオリジナリティ出してきてるね……」
「フフッ……ではセクシーボディーとやらを拝みに行きましょうか。
ワタクシと比べて自信を無くさないといいけれど」
屋敷の奥へと続く廊下をアリエラは躊躇なく進み、ピチカは話通りなら頭の方が追って来るであろう背後を逐一気にしながら進んだ。
廊下の突き当たりにある扉……尖塔の部分への扉を開けると家具がひとつも置かれていない殺風景な大部屋の屋根裏に続く階段の手摺りに『セクシーボディーはこの上だヨ』と書かれた簡素な板が掛かっていた。
「……急に板を飾る気力が失せちゃったのかしら」
「ね、ねぇそろそろ頭がコッチに──
「私ネタバレは良くないと思うんですよ……」
──……え?」
不意に声をかけられたピチカが後ろを振り向くと人間を易々と丸呑みに出来そうな大きな白蛇が佇んでいた。
白蛇は鬼灯のように真っ赤な瞳を爛々と輝かせ、長い体で退路を塞ぎ、割れた舌先をチロチロと出し入れしている。
「おっ、思ってた怖さとちがーう!!!」
恐怖が幽霊へのものから直接的な生命の危機に対するものへと変わったピチカは窓から飛んで逃げようとしたが予想外の蛇の登場に身が竦み動けなくなった。
一方アリエラは持っている斧を振りかぶる事もなく白蛇に話しかけ始めた。
「やっぱり貴女だったのね『レイメイ』
また気配の消し方が上達したのではなくて?」
「ここ訓練相手には事欠きませんから……アリエラさんは自分探し(笑)の一環でこの屋敷に?」
「来るつもりはなかったのだけれど……成り行き上仕方なくね。
ああ紹介が遅れたわねこの娘は新入りのピチカよ。
今一緒に旅をしているの」
状況が飲み込めないでいたピチカだったが会話内容からこの白蛇も魔王軍の関係者なのだと理解した。
「はじめましてぇ〜……」
「ゼブブ卿から話は聞いてますよピチカさん。
自己紹介の前にちゃんと姿を見せておきましょうか……」
そう呟くと屋根裏への階段から足音が聞こえピチカが振り向くと、袖の余った白い長袍を着たの起伏の少ない華奢な首無しの身体が階段を下りて来た。
「思ってた怖さも来たー!!!」
「落ち着きなさい……」
その身体と白蛇が合流すると巨大だった白蛇はみるみる縮み、長い胴体と尻尾は艶やかなプラチナブロンドの長髪に、顔は鬼灯のような赤い瞳で目尻に愛嬌紅を差した気怠げな色白の少女のものとなり身体と一つになった。
「では改めて自己紹介を……私はレイメイ。
魔王陛下の右腕『五毒姫』の末妹。
『親指のレイメイ』です……!」
レイメイは片足を上げ手を頭の前後に構えた決めポーズをとって見得を切りながら自己紹介した。
「お……おう……そっか」
ピチカは少し引いた。
◇『光の女神イースネス』
西方大陸を支配している女神。
白い髪と瞳に、背中と腰辺りから生えた白翼、日焼けした肌が特徴。
遥か昔から信仰者の戦乙女の肉体に受肉しており、強い戦士を探して世界を飛び回っている。
白いワタリガラスと狼を聖獣としている。
翼を持つ者や狼の狂戦士たちに深く信仰されている。