第八十九話 霧の主
登場人物紹介
◇アリエラ
主人公。魔王軍四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点。
『殲滅女帝』の二つ名を持つ。
褐色肌にボブカットの黒髪、猫のような紅い瞳、獅子の耳と尻尾が特徴の獣人。
冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』所属。
特級冒険者としての二つ名は『爆心地のアリエラ』
猫の夢を見ると寝相が悪くなる。
◇ピチカ
蒼い髪と瞳にギザ歯が特徴のアクセサリー付けすぎなギャルっぽいハーピィ。
異世界転生者。チートスキル【楽々御粧し】の使い手。
冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』の一応リーダー。
一級冒険者。
たまに前世の夢を見てうなされる。
◇レイメイ
魔王直属暗殺部隊『五毒姫』の末妹。
白い長髪と肌に鬼灯のように赤い瞳と愛嬌紅が特徴。
魔王特製の最上級キョンシー(札は丹田に貼っている)。
冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』所属。
特級冒険者としての二つ名は『毒蛇姫レイメイ』
眠らないので夢も見ない。
◇フュリス
エルタナ聖王国の女騎士。『百合爵家のフュリス』
小柄な金髪碧眼のエルフで緑基調の騎士装束を着ており、ドングリを発射するウーツ鋼製の銃を使う。
仕事の邪魔をした埋め合わせにアリエラたちが手柄を立てさせてやる事になった。
高所から落ちる夢をよく見る。
◇ベル
可愛らしい髑髏模様の翅が特徴のピクシーの少女の姿をした特級冒険者。自称“魔法少女“
二つ名は『付け火』
その正体は四天王『蝿蛆元首バアル・ゼブブ』である。
意識を形作る蝿の群れは常に活動しているため、眠らない。
◇
「──……ぐはァッ!? 〈不思議の国〉が……突破された!?」
大小様々な茸が犇く『妖精立ち入り禁止区』の奥地….。
吸血鬼『霧の血族』の真祖であり、死霊術師団『ゲダの指』幹部『指輪付き』でもある金髪の少女──……
『夢魅のアリス』は湿った地面に両膝を突き、天を仰ぐ。
自らの身体を霧と化して形成する十数kmに及ぶ現実改変結界からほぼ全員が脱出して来た事への衝撃は測り知れず、魔力も大幅に消耗したアリスはその場に球体関節の両手足を突き崩れ落ちる。
「この気配は……『蟲の血族』と『蝶の血族』か……!? なぜ!? ハートの女王が殺したハズ……!」
強力故に制限も多い〈不思議の国〉の内容は術者であるアリス本人にも自在には制御できない。
既存の物語をある程度なぞる形でしか対象を洗脳できず、洗脳された被害者たちの様子もアリスには夢を思い出すような朧げな形でしか認知できないのだ。
「分身だったの……!? くそ……! 『導師ゲダ』よ──……!? 指がッ……!」
アリスが左手薬指の指輪に魔力を込めて『導師ゲダ』の左腕を召喚しようとした瞬間、遠方から銃声が響きアリスの左手薬指は弾け飛んだ。
「指っ、指を──……銀ッ!?」
急いで指を拾おうと右手を伸ばした瞬間、微かに光る物を捉えたアリスは反射的に手を引く。
自らの細胞を凍傷のように崩壊させる忌々しい銀の気配に総毛立ったアリスは銀の糸──正確には輝鋼銀──が飛んで来た方向を睨んだ。
「くッ……外したッ……〈白毒雲〉ッ!
『霧の真祖』……しかも『指輪付き』ですよね? 今、霧に化けて逃げようとしたら私の〈白毒雲〉が混ざって大変な事になりますよ……ヘヒヒッ」
大きな茸の影からアリエラに蹴られた脇腹を押さえるレイメイが現れ、酷い目に遭わされた恨みの籠った嗜虐的な笑みを見せる。
「わたしは『ゲダの指』が一柱にして『指輪付き』の一角──……『夢魅のアリス』ッ!!
(厄介な……! でもわたしが自力で空間転移できないとでも──……!?)」
アリスが霧に化けて逃げるのを諦め、自力で空間転移しようとした瞬間、『妖精立ち入り禁止区』を取り囲むように炎が噴き上がり、転移は阻害された。
「結界を張るのは上手でも抜け出す方はそうでもないみたいですね。
──〈屠絲魘縛〉ッ!!」
「ちぃッ!(炎の結界……!? 灼き殺す気──……は無いか……味方も範囲内にいるから……)」
ぎこちない動きでレイメイが手を引くと、周りに再びミスリル糸が展開され斬り裂きにかかるが、アリスはなんとか四肢を動かして回避──
「コンニャローッ!!」
「ぐうッ!? よくも鳥風情がッ──……なんだ!?」
──したのも束の間、背後から顔にはガスマスク・脚には重い鉄輪が付いたピチカが現れ、蹴りを喰らったアリスは近くに生えていた大きな茸に叩きつけられる。
怒りに任せてピチカに反撃しようとしたアリスが立ち上がろうとした瞬間、怒り狂った巨竜が足踏みしたかのような地揺れが起こった。
「(『爆心地のアリエラ』か……!
ネフェルやエルトートさんの眷属を撃退しているだけの事はあるというワケだ……!)
チッ……仕方ないかッ」
アリエラに抵抗する余力は無いと判断したアリスが観念したように手首を生身ならば有り得ない角度に捻ると、球体関節の腕に仕込まれていた短剣が姿を現す。
「あッ! させるかーッ!!」
攻撃されると思ったピチカは、すかさず第二撃目の蹴りを叩き込む。
「くそッ……(いや……蹴り飛ばされて距離を稼いで──はッ……!?)」
蹴りを敢えて受けるつもりであったアリスは突如としてピチカの鳥脚に握られた蒼玉の大曲剣に腕と胴体を両断された。
【楽々御粧し】によって瞬間装備された大曲剣による斬撃には真祖であるアリスも反応し切れず、ドロリと澱んだ血をぶち撒けて倒れ伏した。
「ギャッ……やりすぎた!?」
「まだです! 首を斬ってください!」
背骨を蹴り砕かれた影響で上手く立てなくなったレイメイが急いで追撃を促すが、実行より早くアリスに異変が起きる。
「…………自傷する手間を省いてくれてありがとう。顔は覚えた……次は確実に殺す!」
単なる血溜まりがまるで底無し沼のようになり、アリスの身体は見る見る内に沈んで行く。
「(これは『ネフェラリエラの姉』が消えた時と同じ──……)ピチカさんッ! 止めてくださいッ!!」
「オッケー! 逃がすかッ……あれ!? いなくなってる!」
脚で掴みかかった時には既にアリスの姿は消えており、ピチカは転移門の役割を失った血溜まりを踏み荒らした。
その直後、怒りで獣化したアリエラが駆け付ける。
「ピチカッ! 術者は!?」
「逃……げられたっぽい……」
「アリエラさんの〈炎獄界〉の転移阻害を突破するとは……神業ですかね……あの血溜まりを使った転移術は──……ってフュリスさんはどうしたんですか?」
「警護はゼブブ卿に任せたから心配無くてよ。ひとまず危機は脱したと見て良さそうね」
「あ〜……疲れた……依頼どーする?」
「一応完了させて報告に行きましょう。……その際、依頼主や組合職員に少しでも不審な態度が見られたら即座に拘束して尋問します。遭遇戦ではなく、明らかに私たちを狙って攻撃されていた気がしてなりませんからね……アリエラさん。〈葬送帝〉で身体修復してください」
やられっぱなしだけは回避できたものの、結局敵にはまんまと逃げられてしまった『パリピ☆愚連隊』は鬱屈とした気分で茸採集の依頼を完了させるのであった。
◇
「ひぃいい……なんでこんな目にぃ……!」
「な、何も情報を漏らすようなマネは決してしてません!!」
依頼を受けた冒険者ギルド支部に戻るなり、一行が思っていたよりも怒っていたレイメイは依頼主と受付嬢の森妖精の男女をミスリル糸で捕縛した。
「お、おい止せレイメイ! 本気で怯えてるだろ!」
「洗脳はされていないようだし……」
「ヴァンパイアならもう大火傷しているハズですゾ❤︎」
「そーだよメイメイ! あ、リーダー命令だよ!」
「チッ……分かりましたよ。これ、依頼の茸です」
諭されたレイメイは憮然とした顔で依頼主に大量の茸が入った布袋を突き出す。
「に、二度と依頼するかーッ!!」
依頼主のエルフは乱暴に袋を引ったくると、怒りながらギルドを後にした。
「あー……八つ当たりするから〜……ごめんなさい。ほらメイメイ謝って!」
ピチカは去ってしまった依頼主は諦め、せめて受付嬢には謝罪するようレイメイの肩を押す。
「……すみませんでした」
「一応言い訳をしておくと、現場に『指輪付き』が待ち伏せしていたようで結構危なかったのよ」
「エ、『指輪付き』ですか!? ……倒せましたか?」
ただの採集依頼から出てくるとは思わなかった犯罪集団の幹部の名に受付嬢は驚き、現場に特級冒険者三名が臨場していた事もあり期待を込めて詳細を求めた。
「いいえ残念ながら逃げられたわ。その上、住人の茸人は皆殺しにされてしまっていたし……。
……レイメイは索敵に自信があっただけに責任を感じているみたいで感情的になってしまったみたいなのよ。
ごめんなさいね。赦してやって頂戴」
アリエラが軽く頭を下げながら謝罪すると、受付嬢の方が恐縮してしまう。
「あ、いえいえ! こちらも情報漏れが無かったか精査しますので……後ほど詳細をお聞かせ下さい! 手配書の作成に活用致しますので……」
居心地が悪くなったのか受付嬢は受付カウンターの奥へ引っ込んでしまった。
騒ぎが一旦収まり、気疲れもあってか空気が弛緩し始めた頃、レイメイが口を開く。
「ふう……改めてすみませんでした。判断を誤りました。アリスの物語に巻き込まれたと判った時点でハートの女王であろうアリエラさんに攻撃しに行くべきでしたね……」
「いいえ、一番強くて脅威になるワタクシが完全に抵抗できなかったばかりに危うくレイメイを殺してしまうところだったわ。……ごめんなさいね」
「いやッ、私がゼブブ卿の提案をさっさと受け入れて狙撃していればカタが付いたんだ! すまんッ!!」
「いやいや❤︎ 先ずはワタシが無理にでも外側から結界を破るべきでしたゾ❤︎ ……真に申し訳無い……」
各々が反省の弁を述べては肩を落とす様子を見たピチカは、重苦しい空気に耐えかねて冗談めかしながら口を開いた。
「あ、あーしも途中まで“コスプレイベントだー☆”……とか思ってノンキかましちゃっててゴメンなさい……なんちて」
「……それは本当に反省してください」
「ま、まあ全員生還できたんだから良かったじゃないか! なあ! あ、ゼブ──ベル殿の分身がやられてたか……?」
「全体から見れば極々一部なので心配ご無用ですゾ❤︎ 気分を沈めたところで物事は好転しませんゾ❤︎」
「そうね……また襲撃に来るような口振りだったし、その時は存分に復讐させて貰いましょ。
この先は識別名付きや特級案件だらけの密林に踏み込むから油断せずに──……とは言え楽しむところは楽しみながらね」
「ああ、そうだな!(ジャングルか……虫除けがちゃんと効いてくれると良いが……)」
「報酬は貰えたし、お買い物行こーよ☆(ジャングルかぁ……ターザンみたいなヒトとかいるかな……)」
「無駄な物は買わないようにしてくださいね?(ジャングル……大蛇には困らなさそうですね……)」
早々に気分を切り替えた一行は、それぞれがジャングルに思いを馳せながら次なる旅支度をするのであった。
◇ 茸人
幻獣の一種で菌類。
手足が生えた茸のような姿の者から、人間の頭頂部に茸が生えたような見た目の者までが存在し、容姿や体格の個人差が激しい。
容姿や体格と同様に知能の個人差も激しく、種族全体での結束力に欠けるが、湿度が高い環境ならばいくらでも増殖できるため数は多い。




