第八十八話 不思議の国のフュリス:ハートの女王編
登場人物紹介
◇アリエラ
主人公。魔王軍四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点。
『殲滅女帝』の二つ名を持つ。
褐色肌にボブカットの黒髪、猫のような紅い瞳、獅子の耳と尻尾が特徴の獣人。
冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』所属。
特級冒険者としての二つ名は『爆心地のアリエラ』
ボードゲームは動きに制約が多くて苦手。
◇ピチカ
蒼い髪と瞳にギザ歯が特徴のアクセサリー付けすぎなギャルっぽいハーピィ。
異世界転生者。チートスキル【楽々御粧し】の使い手。
冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』の一応リーダー。
一級冒険者。
ボードゲームはルールやセオリーを理解できない事が多くて苦手。
現在、謎の敵の術によって『いかれ帽子屋』をイメージした服を着させられている。
◇レイメイ
魔王直属暗殺部隊『五毒姫』の末妹。
白い長髪と肌に鬼灯のように赤い瞳と愛嬌紅が特徴。
魔王特製の最上級キョンシー(札は丹田に貼っている)。
冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』所属。
特級冒険者としての二つ名は『毒蛇姫レイメイ』
ボードゲームをしながら意味有り気な会話をしてみたい。
現在、謎の敵の術によって“『時計ウサギ』風バニーガール“姿にされている。
◇フュリス
エルタナ聖王国の女騎士。『百合爵家のフュリス』
小柄な金髪碧眼のエルフで緑基調の騎士装束を着ており、ドングリを発射するウーツ鋼製の銃を使う。
仕事の邪魔をした埋め合わせにアリエラたちが手柄を立てさせてやる事になった。
ボードゲームは兄姉にカモにされていたので嫌い。
現在、謎の敵の術によって“アリス風の空色のエプロンドレス”姿になっている。
──────────
「ああっ大変だ薔薇を早く赤く塗れ!」
「急げ急げ〜!」
正体不明の敵による洗脳の影響下から脱している一行は空を飛んで森を脱出し、明らかに次のイベントが待っていそうな白黒調の城と、迷路のような白薔薇の生垣が植えてある庭園に降り立った。
その庭園の生垣に咲く白薔薇に赤い塗料を塗るのは屈強な獣人や鳥人の兵士である。
『トランプ兵』の役を割り当てられているのであろう彼らの胴体にはトランプの絵柄と数字が描かれている。
「あれは……! アリエラさんの親衛隊員ですね……という事はやはり『ハートの女王』はアリエラさんと見て良さそうですね」
「イヤな予感ほど良く当たるものですゾ❤︎」
「どーする……? 元ネタだとなんかクロッケー? で勝負するんだっけ?」
「それは……どういう勝負なんだ?」
生垣の隙間から様子を窺うピチカは『不思議の国のアリス』の展開を思い出そうとするが、ハッキリとした情報は出てこない。
「う〜ん……ゲートボールみたいな?」
「それも分からないんだが……」
「そこまで進行する前にアリエラさんに一撃入れられれば良いんですが……」
「勝て……と言われるとキツいけどこの形態をやめれば洗脳を解除するくらいは可能ですゾ❤︎」
別の姿があると言いたげな発言にフュリスは一瞬首を傾げたが、ベルが『魔法少女』と自己紹介していた事を思い出して納得する。
「ああ……変身できるのか! 魔法少女だものな!」
「あ、いやそういう話ではなく……レイメイ殿。我輩も正体を明かしてしまいましょうか」
「そうですね。既にフュリスさんには私たちの正体はバラしていますし誤差でしょう」
納得した内容を否定された矢先、突如口調と声色が変わったベルとレイメイの発言にフュリスはなんとなく次のセリフが読めた。
「ん? まさか──……」
「そのまさか! 我輩は魔王軍四天王が一角──……
『蝿蛆元首バアル・ゼブブ』と申します」
自己紹介と共に翅妖精の姿から大きさは変わらないものの、“蝶の口吻と髑髏模様の翅が生えた蝿の蟲人”の姿に変わったバアル・ゼブブはお辞儀をした。
「……! アリエラといい貴方といい、なぜ四天王が二人もこの大陸に……?」
「いや我輩は蝿が生息できる環境なら何処にでも居ますぞ? この辺り一帯の蝿との連絡が取れない事に気が付きましてな……結界の外から無理矢理に念波を飛ばしてこの『付け火のベル』を演じている群れを操作しているのですよ。
只今【全能鍵】の使用許可を取っているのですが、あまり時間をかけ過ぎるとフュリス殿が処刑されてしまう可能性が高いので……アリエラ殿への攻撃は必須でしょうな。
……とは言え、結界によって召喚に大きく制限が掛かっているので少々命懸けになるやもしれませんな──……」
作戦を練っていると軽快なラッパの音が鳴り響きトランプ兵の役を演じるアリエラの親衛隊たちは整列し、槍を掲げてアーチを作った。
「女王様がお出でなさるぞォ!」
本来出迎えをする時計ウサギ役のレイメイが何も言わずともトランプ兵たちが声を張り上げハートの女王の登場を宣言する。
「フフフ……」
槍のアーチを通って現れたハートの女王は一行の予測通りアリエラであった。
上下前後左右各部位のそれぞれが交互に赤と黒に分かれたドレスを着ており、ハート型に整形された真紅の宝石の嵌まった冠を被っている。
「ヨもいるニャ……」
ハートの女王役のアリエラの腕には『ハートの王』役の『シレフ王国・国王タック』の姿もあった。
「やっぱアーちゃんは女王だったね……似合ってるな〜」
「言ってる場合じゃないですよ……フュリスさんは見つからないよう気をつけてくださいね」
「ああ……くそッ銃さえあれば私でも一撃入れられるんだが──……というかピチカ、【楽々御粧し】で着替えさせてくれないか? 仮装をやめればアリス扱いされて処刑されずに済むんじゃないか?」
「そう言えばそうですね……ついでに預けておいた武器も出してください」
「いやそれが……なんか発動できなくてさ……」
「ほう……? 神業に直接影響を与える事が出来るとは到底考えられませんしな……着替えられぬようにピチカ殿やフュリス殿には暗示が掛けてあるのやもしれませんな。
とりあえず今は出来る範囲でアリエラ殿に一撃入れる事だけ考えましょうぞ……というワケでフュリス殿」
「えっ、な、何でしょう?」
「我輩が今操っている蝿たちを銃のように品種改良するのでアリエラ殿を狙撃して頂けますかな?」
アリエラへの攻撃を自分が担当するとは露ほども思っていなかったフュリスは狼狽える。
「わ、私が!? それに銃のように品種改良とは……?」
「言葉通りですが……我輩を構成する蝿を掛け合わせて卵を弾丸のように射出する狙撃銃のような蝿を産み出すのですぞ。……まあその蝿は反動で弾け飛んで死ぬでしょうがお気になさらず」
「気にしますが!?」
「しぃ〜! リスちゃんしずかに!!」
「ピチカさんも静かに! 見つかりますよ!」
隠れている状況であるのに大声を出すフュリスにピチカは注意するが、つられて大声を出してしまい更にそれを注意するレイメイも声を荒げてしまう。
「何だ今の声は!?」「何者だ!?」
「侵入者だ!」「引っ捕えろ!!」
──────────
「ふぅん……侵入者ね……まぁよくてよ。首を刎ねるのは後にしましょう。それよりクロッケー大会よ……」
当然トランプ兵やハートの女王役のアリエラたちに聞き咎められ、ニセモノとはいえ記憶から身体能力が再現されたトランプ兵を演じるアリエラの親衛隊員には抵抗できず、一行は捕らえられてしまった。
初対面時はアリエラと敵対状態だった三名は懐かしいような気持ちになりつつ身構えたが、敵としてこちらを刃物のような冷たく鋭い目つきで見下すアリエラに初めて対峙したピチカは身震いする。
(敵になったアーちゃんコワ〜……)
「くッ……(私とゼブブ卿だけなら逃げる事もできるでしょうが……)」
「ふーむ……(魔王軍でないフュリス殿に万が一の事があれば外交問題……それよりアリエラ殿の精神的ダメージが大きそうですな)」
(身構えはしたが……銃の無い私にどうこうできる相手ではない──……ん?)
半ば諦めかけたフュリスがアリエラの方を見ると、アリエラは抱き抱えたタックに顔を近付けていた。
そして──……
「フゥ────……ッ♡ スゥ────……ッ♡
タックちゃんは今日もお腹フサフサなのねッ♡♡
わしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ♡♡♡」
「ギニャァア゛ ア゛ ア ァ ア゛ォ ! ! ?」
タックの体毛に顔を埋め、臭いを嗅ぎながら激しく頬擦りを始めた。
(……!? 洗脳されてない!?)
(いつものアーちゃん……! でもさっきの冷たい目は……)
(自力で正気を保って──いや、アレは正気なのか?)
(全く効いていないというワケでもなさそうですが……微妙に抵抗しているようですな)
いつものアリエラらしい態度ではあるが、“正気か?” ……と問われれば即答はしかねる状態のアリエラに一行は動きを止める。
「ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぅ〜♡♡♡」
「ニャう〜……うべァッ…………」
見ている間も続けられたアリエラの可愛がりは攻撃と見做されたのかハートの王役であるタックのニセモノは霧散してしまった。
「ハッ……!? 消えた!? ……まあいいわ。
それよりクロッケーを……ワタクシってばルールをよく知らないわ……武闘大会にしましょうか!」
猫妖精が消えたというのに軽く流すアリエラを見て洗脳状態ではあるという事は理解した一行は“武闘大会”という言葉に戦慄した。
「(半端にアリエラさん成分が残っているせいでマズい流れに……! こうなれば先手必勝!)
──〈鵺雷鳴掌〉ッ!!」
アリエラの洗脳が中途半端だからなのか、そもそも戦う流れに持って行って全滅させるつもりなのか曖昧になったが、とにかくマズい流れになっている事に焦るレイメイはアリエラの脳天目掛けて劈掛掌を放つ。
しかし──……
「──……無礼者。衛兵! 首を刎ねなさい!」
アリエラは難なく劈掛掌を片手で掴むと、親衛隊たちにレイメイへの攻撃を指示した。
「くッ……〈魘々長──……がッ……ハッ!」
すかさず両腕を伸ばして追加攻撃をしようとしたレイメイだったが、アリエラの中段蹴りが直撃し、肋骨や背骨の一部を破壊されながら吹き飛ぶ。
「メ、メイメイッ!! ──んギャッ!」
ピチカが咄嗟に飛んで受け止めるが、勢いを殺し切れず地面を転がり回った。
「私の事はいいですからフュリスさんを!」
「痛ぅ〜……わかった!」
(マズい……! 私がさっきゼブブ卿の提案を即座に実行しなかったせいで……! 完全に足手纏い──何か出来る事を考えねば……!)
ピチカが庇うよりも早くハートの女王アリエラがフュリスに迫るが、脈動しながら巨大化するバアル・ゼブブが高速飛行し行く手を遮り魔術を発動する。
「させませぬぞォ! ──〈蝿の王・初世〉!」
かつてアリエラが『火の女神ルトゥルス』の器として暴走していた際、魔王が攻撃手段として発動した〈蝿の王〉と〈嵐の王〉の同時発動により自らを雷雲とする蝿の魔人が顕現。
結界により召喚・交配させる蝿が大幅に少なくなっているため、本来の出力には遠く及ばないが、自らの身体に流した雷で無理矢理動かした四本の腕は目にも止まらぬ速さで拳打を放った。
しかし──……
「フン……生意気な……ッ!」
「ぬうゥッ……!! (幾度かの死闘を乗り越えて我輩のデータより強くなっていますな……出来れば別の機会に実感したかったものですな……!)
レイメイ殿ッ! 我輩ごとどうぞ!!」
アリエラは倍以上の速度と威力の拳打でバアル・ゼブブの攻撃を潰し、四本の腕を破壊する。
二人の拳がぶつかり合う度に周囲に雷が迸り、巻き込まれたトランプ兵たちは霧散していく。
時間稼ぎの甲斐あってピチカはフュリスを脚で掴んで逃げ出したが、その気になれば身体を雷と化せるアリエラにとっては誤差程度の距離でしかないため窮地を脱したとは言い難い。
「くッ……──〈五毒飛頭降『蛇』〉ッ!!」
レイメイの頭を胴体から切り離し、巨大な白蛇(ウサ耳付き)へと変貌させてバアル・ゼブブごとアリエラへ大口を開けて咬み付きに向かう。
しかし──……
「アハハハッ! 刎ねるまでもなく首が飛ぶとは! 面白いッ!」
アリエラは拳を破壊されたため組み付こうと接近したバアル・ゼブブの頭を右眼から放った赫い熱線で撃ち抜き爆ぜ散らし、迫り来るレイメイ(蛇)を殴り上げて迎撃した。
「カッ……ハッ……!
(ゼブブ卿もやられた……! 万事休すか……!
──……ん? アリエラさんの尻尾が二本……!?)」
諦めかけたレイメイ(蛇)が落下しながら見つけたのは、本来アリエラに生えている獅子の尻尾ともう一本──……
“縞模様の道化服に覆われた細長い猫の尻尾”であった。
「ニャニャ〜ン♪ 女王にイタズラしかけちゃうニャ〜♪」
アリエラの背中にいつの間にかしがみ付いていたチェシャ猫役のアンリの尻尾である。
(あれはさっき見逃したチェシャ猫……そうだたしか女王をからかって怒らせるんでしたっけ……マズいですね……この上さらに怒らせるだなんて……)
重ねて状況が悪くなりそうな予感がしたレイメイ(蛇)であったが、特に対策が思い浮かばず地面に力無く叩きつけられる。
「ニャ〜……ンッ! っと!」
そんなレイメイ(蛇)を尻目にチェシャ猫役のアンリはアリエラが着るドレスの裾を踏みつけた。
「うッ!? 無礼も──あら可愛い〜♡
しましまピエロさんなの〜♡ 首を刎ねなさい!
“首を刎ねなさい“ですって!? 何を言ってるの!?
刎ねようにも既に首が無いじゃない! そもそも──……」
裾を引かれたアリエラは振り返ると反射的に処刑を命じたが、道化服を着たアンリの姿を見ると本来の人格が顔を出し、瞬時にハートの女王に戻るも、またもや本来の人格が顔を出し抵抗を始める。
(アリエラさん成分が強くなってきた!? これは……)
二つの人格が膠着状態に陥り動きを止めたアリエラを見たレイメイ(蛇)は最後の好機とばかりに鎌首を擡げる。
しかし──……
「──そもそも首の有無以前にワタクシがッ!!
アンリちゃんの首をッ!! 切るワケがッ!!
無 い で し ょ う が ッ!!!!!
……ハッ!? ワタクシは一体……!?」
レイメイが特攻を仕掛けるよりも先に、アリエラは自分自身の頬に強烈なビンタをかまし、正気に戻ったのであった。
◇ 〈蝿の王・初世〉
魔王が暴走するアリエラへの攻撃手段として発動した魔法。
蝿を召喚・使役する〈蝿の王〉と
嵐を操る〈嵐の王〉の同時発動によって雷雲を操り、雷雲そのものにもなれる蝿の魔人が顕現する。
〈蝿の王〉シリーズは現在〈十三世〉まで存在する。
普段バアル・ゼブブとして振る舞うのは〈蝿の王・七世〉である。




