第七十八話 特級案件『迷わせの森』
登場人物紹介
◇アリエラ
主人公。魔王軍四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点。
『殲滅女帝』の二つ名を持つ。
褐色肌にボブカットの黒髪、猫のような紅い瞳、獅子の耳と尻尾が特徴の獣人。
冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』所属。
特級冒険者としての二つ名は『爆心地のアリエラ』
双子の姉が一人、異母弟妹が二人ずついた。
◇ピチカ
蒼い髪と瞳にギザ歯が特徴のアクセサリー付けすぎなギャルっぽいハーピィ。
異世界転生者。チートスキル【楽々御粧し】の使い手。
冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』の一応リーダー。
一級冒険者。
実は異母姉が一人いる。
◇レイメイ
魔王直属暗殺部隊『五毒姫』の末妹。
白い長髪と肌に鬼灯のように赤い瞳と愛嬌紅が特徴。
魔王特製の最上級キョンシー(札は丹田に貼っている)。
冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』所属。
特級冒険者としての二つ名は『毒蛇姫レイメイ』
血縁のある兄弟姉妹はいない。
◇フュリス
エルタナ聖王国の女騎士。『百合爵家のフュリス』
小柄な金髪碧眼のエルフで緑基調の騎士装束を着ており、ドングリを発射するウーツ鋼製の銃を使う。
仕事の邪魔をした埋め合わせにアリエラたちが手柄を立てさせてやる事になった。
兄が五人、姉が二人いる。
◇
「ほ、本当に私がやるのか!?」
苔むした岩が転がる森に進入した昼下がり……フュリスは自ら銃で仕留めたシカの身体を前に震える手でナイフを握っていた。
「アナタが獲ったシカでしょう?」
「イヤならそのまま食べればいいじゃないですか」
「あーしらは生でもイケるケド、リスちゃんにはキツいんじゃね? メイメイ手伝ってあげなよ」
仕留めるところまでは良かったものの、生で食べられる『パリピ☆愚連隊』の三人と違い調理しなければ肉を食べられず調理経験も皆無に等しいフュリスは途方に暮れる。
「仕方ないですね……ほら血は抜いたんで内臓抜いて解体しましょう。さあ腹を裂いて……」
「うおぉ──……うわぁッ!!」
レイメイが逆さ吊りにしたシカの首に指を突き刺し吸血して血を抜くと、フュリスは指示に従い恐る恐る腹を裂いたが、溢れ出た内臓に悲鳴を上げて後退った。
「……今までどうやって食事してたんですか?」
「任務中は携帯食とか……果物食べたり……」
「騎士としての強さ以外にも要訓練ね……」
「てかシカ料理するのに火ィ使っていーの? エルタナから出たケド森の中ではあるしさ……シカって刺身でイケるのかな?」
「「「…………」」」
根本的な問題にピチカが突っ込むと、全員がシカと桶に溜まった内臓を見た。
「とりあえずワタクシが〈葬送帝〉で保存しておくから、どこか最寄りの里にでも行って料理しましょ。フュリスにちゃんとした身支度もさせなくてはならないし……」
「そうですね。攫ってきた時のまま殆ど手ぶらで連れ回してましたからね……」
「服ならメイメイの予備なら入りそうだし、リスちゃん着替える?」
行動を共にするようになってから数日、ピチカはずっと同じ騎士服を着ているフュリスに着替えを促す。
「……! 臭うか……?」
「そのあたりは大丈夫でしょ。汚れは定期的にワタクシが魔術の火で灼き飛ばしているのだし……」
「気分の問題だよ〜。ずっと同じ服じゃ休まんないでしょ? 寝る時くらいパジャマとか着てなよ。
あーしの【楽々御粧し】って洗濯機能付きだしさー」
「え、初耳ですよそれ」
「便利だな……しかし、他人の服を着るのは好きではないからな……やはり近場の里に寄って買い物だな」
「私も他人に服貸したくないです」
「仲良くしなよも〜……」
「……──〈葬送帝〉ッ。
それより、早速……奉仕活動をしなければならないようね……何かに囲まれているわ。その上、道が失くなっているわ」
会話を他所にシカを手早く解体して影の沼に沈めたアリエラは周囲を警戒した。
言われたピチカとフュリスが振り返ると、つい先程まで歩いていたハズの道には苔むした大樹や草花で塞がれており、到底歩いて通れるような隙間は無くなっていた。
「あれぇ? ナニコレ!? 道が……」
「これは……! 『迷わせの森』か!」
──『迷わせの森』──
“迷いの森”と呼ばれる場所は森林部のある大陸ならば一つや二つは存在するものだが、南西大陸に存在する『迷わせの森』は一味違う。
擬態する魔物や精霊の類が共生し、動く森となって旅人を無理矢理迷わせ、罠に誘い込み捕食するのだ。
なんとか生還した冒険者たちによって情報が伝えられた現在でも『迷わせの森』による死者・失踪者は後を絶たない。
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「気配を消すのが上手いですね……まんまとやられるとは……」
「けれど気付かれるのが早過ぎたようね……とりあえず来た道を塞いでいる樹木は薙ぎ倒してしまえば良いのだもの……ねッ!!」
アリエラは素早く振り返ると、『迷わせの森』の道を塞いだ何者かが関与したであろう樹木に右眼から熱線を照射した。
「……ッギャアァ ア゛アァ!!」
巨人を優に上回る背丈の樹木は熱線に貫かれても一瞬耐えようとしたが、やはり耐え切れず悲鳴を上げ、枝葉や根に擬態させていた手足を振り回してのたうち回った。
「ギャヒィ〜!!」
「樹人か……! 銃では厳しいな……エルタナ領外だし、この際火を使っても構わん! 『迷わせの森』に関わる精霊や魔物は特級案件の駆除対象だ! やってしまえ!」
「言われなくてもそのつもりよ」
暴れるトレントから距離を取ったフュリスはレイメイの背後に隠れながら指示を出す。
「ギュオ゛オ……」「出テケェ……」
「他所物メ……!」「森ノ糧トナレ……」
その間にも暴れるトレントの撒いた火花が周囲の樹木に燃え移り、その樹木の内の幾本かに擬態していた別のトレントたちが灼けた部分を自ら手折りながら姿を現した。
識別名『憎樹林』──……
『樹の女神エンニル』信徒の悪い部分を煮詰めたようなこのトレントの集団は非常に排他的であり、共生関係にある魔物を除く全ての動物を迷わせ、森の養分にするべく殺戮する恐るべき邪悪な精霊である。
そんな彼らの顔はいつも獲物に見せるような憎悪にではなく、アリエラに対する恐怖によって歪んでいた。
「「……ッウ、ウォオオ゛ッ!!」」
──しかし、明らかに恐怖しているにも関わらず『憎樹林』はアリエラに襲いかかる。
「……? ────妙ね……逃げないわ。命懸けで襲う理由も無いでしょうに……」
「いや逃がすなよ!? エルタナの民も相当数コイツらの犠牲になっているハズだ!」
いくら巨体を誇るトレントとはいえ、心身共に万全でない状態でアリエラに敵うハズも無く、『憎樹林』はあっさりと爆砕され物言わぬ木屑と化した。
「この程度で特級案件になるとも思えないし……まだ何か──いるわよね当然」
周囲を警戒するアリエラの背後の岩が僅かに動き、目にも止まらぬ速度でゴムのように伸縮を繰り返し、アリエラ目掛けて連打される。
識別名『変幻蜥蜴』──……
魔物化したこの巨大カメレオンは体色だけではなく、体質すらも変化させ周囲に溶け込み、環境の一部として気配をほぼ完全に遮断できる隠密奇襲の天才である。
木に留まればその身体は木のように、岩に留まれば岩のように堅く重く、それでいて動物としての柔軟性を欠く事なく繰り出される舌の連打は通常ならば脅威だろう。
「フンッ…………」
「グゴゴッ……!」
だが、既に臨戦状態に入っていたアリエラには奇襲が通じず、岩の強度を持つ舌もあっさりと殴り壊されてしまい『変幻蜥蜴』は全ての強みを失ってしまった。
「ゲゴッ、ゴゴォ──」
──しかし、先程の『憎樹林』と同様、『変幻蜥蜴』も恐怖に駆られたようにアリエラに体当たりを敢行し岩のようになった身体を体内の魔石ごと粉砕された。
「……何かおかしいわね?」
「なんか……必死すぎる気がしない?」
「確かに……擬態からの奇襲が本領の割には蛮勇が過ぎるな……」
「そうですね(微かに感じるこの気配──バラすと不公平だし黙っておくか……)」
レイメイは何かに気付いていたが、敢えて気付いていないフリをしてフュリスが巻き込まれないように立ち回る。
とりあえず一度通過して見知った道に引き返そうとした一行に岩陰から声をかける者が現れた。
「こ、こんにちわ!」
上半身は身体に張り付く花のような服を着た美しい人間あるいは森妖精のようだが、下半身は大きく鮮やかな花弁と軟体動物のように動く茎や根で構成されている──人花と呼ばれる精霊である。
識別名『誘う人花』──……
現代の一般的なアルラウネは大人しく可愛らしいが、この先祖返りしたアルラウネたちは甘言で旅人──特に若い男──を誘い込み、幻覚作用のある花粉を浴びせて前後不覚に陥らせた上で生命力を吸い取る恐るべき生態をしているのだ。
「こっちは危ないから引き返しちゃ──あ゛ッ……」
「……その危ない方向に潜んでいたお前は何だ?」
喋り切る前にフュリスは素早く腰に差していた短銃を抜くと、アルラウネの眉間を正確に撃ち抜いた。
だが、それを皮切りに周囲の陰という陰から次々にアルラウネが顔を出し、恐怖に引き攣った表情で辿々しく話しかけてくる。
「お、お、お願い先に進んで……」「ひ、引き返さないでくれればもう攻撃しないから……」
「は、反省してます! 反省してますッ!」「助けて助けて助けて……」
明らかに何者かに脅されている様子を見てアリエラは一考し、とりあえずアルラウネたちに事情を尋ねるべく手を差し伸べた──
「ちょっと落ち着いて頂戴……誰かに襲撃を強要されているのなら──……ッ!?」
──瞬間、反射的に一歩退がったアリエラの右手首は通り過ぎた何かに切断され、鮮血と共に右手が宙を舞った。
「あッ……アーちゃん!? かかか回復ッ! 回復して!!」
ピチカは慌てながらもアリエラにトビ鳥人の黄金髑髏──〈豊穣女帝〉の触媒と翠玉の生命十字を装備させる。
「……ありがとうピチカ。三人共退がってなさい。狙いはワタクシでしょうから……。
──そうでしょう? 『マザー・フィオーラ』」
襲撃者の正体に確信を持った声で名前を呼ばれると、慈母のような微笑みを湛えた桃色のアルラウネが手に付着したアリエラの血を払いながら歩み出した。
正確に表現すれば、“アルラウネに擬態した何か”である『マザー・フィオーラ』の下半身は軟体動物のような脚ではなく、節くれ立ち刺々しい四脚と蛇腹状の甲殻に覆われた昆虫の腹部が伸びている。
「ご明察です……アリエラ様。この度は四天王の座を頂戴すべく、失礼ながら不意打ちを行わせて頂きました。
アリエラ様はジーク様と違いお優しい面もお持ちですから、心苦しいのですが隙を突くのに利用させて頂きましたわ」
少女のような本物のアルラウネたちと比べて人間に擬態している部分がやや齢を重ねているように見えるマザー・フィオーラは、見た目通りの落ち着いた声で膝折礼のような動作を取り挨拶した。
「──〈豊穣女帝〉ッ」
「……今一瞬で触媒を装備したのは神業によるものですね? 新入りさん」
「ギャヒィ!? ……そうです! ジャマするつもりはないですッ!!」
不意打ちとはいえアリエラの手を切断する攻撃能力を持つマザー・フィオーラに視線を向けられたピチカは戦慄した。
「そう怖がらずとも……同胞に危害は加えませんよ。
ただし──……ここから先は手出し無用でお願い致しますね?」
「は、はいッ! アーちゃんガンバってね!
メイメイ! リスちゃん! 早く逃げとこ!!」
「ですね……行きますよフュリスさん」
「お、おいちゃんと説明しろ!」
状況を理解できず文句を言うフュリスを連れてピチカとレイメイは来た道を引き返して距離を取った。
「では改めまして……ゼブブ卿麾下『蟲の血族』が眷属……
『マザー・フィオーラ』……参りますっ」
不気味な軋みを上げながら昆虫の脚と腹部に力を溜めて、五人目となる四天王の座を賭けたアリエラへの挑戦者が名乗りを上げた。
◇ 樹人
精霊の一種。
太い枝の腕に根の脚を持ち歩き回る樹木。
基本的には優しい性格の者が多いが、怒らせると一級冒険者でも手に負えない程に強い。
年老いると地面に脚の根を下ろし、腕の枝が退化して人面樹になる。
地域によって頭部の枝葉の剪定のトレンドが異なるらしい。




