第七話 いざ腕試しへ
登場人物紹介
◇アリエラ
主人公。魔王軍四天王最強の怪力と頭脳を持つ紅一点。
褐色肌に短めの黒髪に猫のような紅い瞳の獅子獣人。
任務失敗を結構気にしている。
◇ピチカ
蒼い髪と瞳にギザ歯が特徴のアクセサリー付けすぎなギャルっぽいハーピィ。
異世界転生者。チートスキル『楽々御粧し』の使い手。
任務失敗はあまり気にしていない。
◇
東方大陸──……。
読んで字の如く中央大陸から見て東に位置する九大大陸の内の一つに数えられる土地である。
『闇の女神』の支配地とされるが、その女神の正確な名前すら伝わっておらず実質的な支配者が不在の群雄割拠の大陸である。
北部の高原では人馬とその亜種にあたる種族たちが中心の氏族社会が多数形成されており、高原の覇者を決するべく日夜争っている。
南部には独自の格闘術や舞踊、奇妙な体勢で瞑想する事で魔力を高める武僧中心の国家が乱立し各々の理念や信仰対象の違いによって対立している。
そしてアリエラとピチカが降り立ったのは東西に広がる平野部に近年建国された東方大陸最大国家『ウーヴ皇国』である。
『武皇帝』を自称するワン・チィリンを中心としたならず者集団『ワン五兄弟』が圧倒的武力によって無理矢理に建国した武術至上主義国家である。
国民の二人に一人はワン・チィリンの広めた〈麒麟震天脚〉と呼称される激しい震脚を基礎とする武術の修行をしていると言われており、昼夜問わず地揺れが止まない国として有名だ。
そんな東方大陸で隊商の護衛任務を解任されたアリエラとピチカは修行者の起こす地揺れが鬱陶しいので町には滞在せず、人気の少ない荒野で簡素なテントを張り野営をしていた。
アリエラは赤の、ピチカは様々な模様のツギハギのストールを纏っていかにも旅人といった装いだ。
町を出たら出たで野営地の焚き火に引き寄せられたのか羽虫が飛び回って煩わしいが、野営をする以上しょうがない事だと割り切ってアリエラは手を軽く振って追い払った。
二人共に空を飛ぶ事ができるが、それでは道中の面白い物や人々との出会いを見逃すかもしれないので必要な時しか空は飛ばないと決めたのだった。
元々ピチカは自らの神業【楽々御粧し】の効果で荷物量を大幅に圧縮してもなおパンパンに張り詰めた背嚢と身の丈程もある道具袋に【楽々御粧し】の対象外である生活必需品や雑貨類を詰め込み、その大きな鳥脚で文字通り鷲掴みにした状態で旅をしていたので冒険者ギルドに荷物を預けた時を除き空を飛んでいた。
しかしアリエラと旅をするようになってからはアリエラの衣服と装飾品のほとんどを預かり適切なタイミングで着替えさせる代わりに、突発的に別行動する事態に陥っても困らない最低限の荷物以外はアリエラの黄金石棺の中に預けている。
さらにピチカは両腕が翼である都合上火を満足に使えないため、野営の際は買い溜めた保存食や捕らえた小動物をそのまま齧って腹を満たしていたが、アリエラと同行するようになってからはアリエラがなんでも焼いてくれるようになって食事の質が格段に上がっていた。
「──……チッ、蝿が……もうそろそろ良い焼き加減かしら……はい ピチカの分よ」
「ありがと〜! アーちゃん料理うまーい☆
いや〜やっぱ火が通った方がおいしいね〜☆」
ピチカは怒った隊商の船乗りに「駄賃代わりにとっとけ!」と投げつけられた岩のように硬いチーズをアリエラに細かく砕いて炙ってもらい、元々持っていた干し肉と共に固いパンに挟んで食していた。
両腕が翼ではあるが鳥脚のような質感の親指はあるため、掴んで食べる物や自前の食器で食べられる物ならば問題無く食べられるのだ。
人間ならば噛み切るのに苦労する固さだが女面鷲であるピチカの咬合力と特徴的なキバで容易く咀嚼していく。
「フフ……大袈裟に褒め過ぎよ。
それにしても……〈麒麟震天脚〉の修行で地揺れが起こるって話、冗談かと思っていたのだけれど本当だったとは驚きよね」
「それな! あーしも〈麒麟震天脚〉と〈朱雀猛蹴撃〉習ってたけどさ〜やっぱ本場は違うね☆」
「あらピチカ武術の心得があったの──……ってもう!! さっきから鬱陶しい蝿ねッ!!」
いくら追い払っても周囲を飛び回る蝿に業を煮やしたアリエラは手から火を放とうと魔力を溜め出した。
「アーちゃん落ち着いてよ〜……ちゃんとおフロ入ってる?」
「失礼ね! 入れる機会があれば入っているし、入れない時には魔術で汚れを焼き飛ばしてるじゃない……なんなのかしら」
とはいえ自信がなくなってきたのかアリエラは自分の服や身体を嗅ぐ仕草を取り始めた。
「たしかに……じゃあ干し肉が腐ってたのかな……? フツーにおいしかったけどなー」
「シッシッ! もう……ん? 蝿……まさかゼブブ卿?」
アリエラが追い払っていた蝿に向かって話しかけると、蝿の身体ごと空間に小さな裂け目が発生し、そこから無数の蝿とその羽音が溢れ出した。
「わああ゛あ゛ あ゛ あ゛!!!???」
羽虫の一匹や二匹なら平気なピチカだが、突如空間を割って蟲の大群が湧き出す様にはさすがに悲鳴を上げた。
「無理もないけれど落ち着きなさいピチカ」
アリエラがそう言うと蝿の大群は徐々に人型を形成し、丸い王冠に襞襟付きの立派な服、赤い複眼に髑髏模様の蝶の翅と口吻を持つ蝿の蟲人の姿をした魔王軍四天王『蝿蛆元首バアル・ゼブブ』に擬態した。
「いやぁ……驚かせてしまって申し訳ない。
急ぎの用です故お赦しを……ご無沙汰しておりますアリエラ殿。
そちらのハーピィのお嬢さんは……?」
「この娘はピチカ。
ワタクシが魔王軍四天王だとわかった上で旅に同行しているからこの娘も実質魔王軍よ」
(えッ!?)
「おやそうなのですか。ではアリエラ殿直属の見習いとして登録しておくとして……本題に入ってもよろしいですかな?」
「よろしくてよ」
呆気に取られている間に魔王軍所属になったピチカを置いて話が進んで行く。
「まずアリエラ殿は旅に出る事の許可を魔王陛下に頂いたと仰っていましたが……後で我輩が陛下にお尋ねしたら許可を出した覚えは無いとの仰せでしたぞ」
「そんなまさか……陛下はワタクシが旅をしたいと伝えたら『んああ゛……? おぉ……うん……』って仰ってたわ!」
「寝ぼけて生返事しただけでしょうそれは!! んもォ〜全く……。
まあ我輩が陛下にその旨お伝えしたところ、アリエラ殿が旅をする許可が正式に下りましたのでご心配なく」
「さすがゼブブ卿は頼りになるわ」
「ただ……四天王の職務を放棄している事実には変わりないので……魔王軍所属者の中で新たな四天王に立候補する者が挑戦して来た場合受けて立つように……とのお達しです。
我輩の愚妹も立候補すると息巻いておりましたので、道中襲撃してくるかもしれませんな。
まあアリエラ殿なら問題ありますまい」
「へえ……『アナト』も参戦するのね……戦闘力はゼブブ卿のほぼ下位互換だけれど……」
「適当にあしらってやってくだされ。
あ……そうそうヴィゾフニル殿とジーク殿も旅に出られましたぞ。
どこかでばったり会うかもしれませんな」
「それはどうでもいいわ。
そんな事よりピチカ? ゼブブ卿にちゃんと挨拶なさい」
急に話を振られたピチカは尻すぼみな声で反応した。
「うぇあっ……? あっ……あっ……よろしゃっす……」
「こちらこそよろしくお願いしますぞピチカ殿。
では伝達も終わったので我輩はこの辺で……アリエラ殿、ピチカ殿良き旅路を……ブフフ……ハーハッハッハッ……」
バアル・ゼブブに擬態していた蝿の大群は謎の高笑いを上げながら擬態を解除し、四方八方に散り散りになり去って行った。
「はぁ〜マジビビった〜……すごい敵キャラっぽい帰り方だったね……そんであーしってもう魔王軍なの?」
「そうなるわね。……まあ見習いなら辞めたい時に辞められるから心配なくてよ」
「ん〜……ならいっか☆
ってかアーちゃん以外に二人も四天王がウロついてんのマジでヤバくない?
ゼブブ卿? が言ってたのって『格闘覇王』と『魔剣聖君』のことでしょ?」
「その二人は戦闘狂ではあるけれど一般人に手を出す程狂ってはいないし、四天王同士で潰し合う意味もないから大丈夫よ。
それより四天王立候補者の方が問題ね……ゼブブ卿の口ぶりからして不意打ちもアリのようだし……。
ねえピチカ。確かこの近くに有名な冒険者ギルド管理下の魔窟があったはずよね?」
「あー……なんだっけ……なんか絵の中に入れるってヤツ?」
「それよ! 三級冒険者になった事だし腕試しに挑戦しない?
四天王立候補者と闘うのに腕が鈍ってないか心配になってきたわ」
「いいね! あーしダンジョン行くの初めて! 楽しみ〜☆」
「ワタクシもちゃんと挑戦するのは初めてよ。
今までは入り口から火や毒煙を吹き込んだり、水や混凝土を流し込んで壊滅させて……後片付けは部下に丸投げしていたから」
「エグすぎ〜(笑)」
「フフフッ……さてそうと決まったからには早く寝ましょ。
先にワタクシが見張りをするからピチカは早く歯磨きして寝ちゃいなさい」
「オッケー☆ 楽しみで寝れないかも〜」
こうして冒険者チーム『パリピ☆愚連隊』はギルド管理下のダンジョン『栄誉の壁画』へ腕試しに向かう事となった。
◇『闇の女神』
各大陸を支配しているとされる女神の一柱。
東方大陸を支配しているとされるが名前すらろくに伝わっておらずほとんど信仰されていない。
数少ない信仰者も邪教徒扱いの憂き目に遭っている場合が多い。
蛇と犬が聖獣らしい。
東方大陸のさらに東にある極東列島で器に受肉していると噂されているが真偽は不明である。